#07|元カレのSNS、まだ見てる
元カレのSNSを見続ける友達。
それを「意味が分からない」と言っていた凛ですが、
どうやらカレーには勝てなかったようです。
今回は、そんなお話です。
カウンターの内側で、凛のスマホがまた震えた。
凛は画面を見て、小さく息を吐き、伏せた。三十秒もしないうちに、また震えた。
「さっきから鳴りっぱなしじゃん」と満が言った。
「大学の友達です。彩っていう子」
「何かあったの?」とみのり。
「元彼のストーリーを、実況してきてます」
悠真が、グラスを置いた。
「実況」
「半年前に別れた元彼のストーリーを、毎日見てるんです。で、今日は更新されるたびに私に報告してきてます」
「戻りたいの?」とみのり。
「戻りたくないって言ってます。連絡も取ってないです」
「じゃあ、なんで見てんの」と満。
「それを私も聞きたいです」
凛は布巾を持ち直した。
「別れたら、終わりじゃないですか。関係ない人のストーリーを見て、何になるんですか」
スマホが震えた。凛は画面を見て、読み上げた。
「『今、カレー作ってる』」
三人が、少し黙った。
「……元彼が?」とみのり。
「元彼がです」
「カレーくらい作るだろ」と悠真。
また震えた。
「『玉ねぎ、飴色になってる』」
「おお」と満。
「『付き合ってたとき、玉ねぎ炒めたことなかったのに』」
みのりが、グラスに伸ばしかけた手を止めた。
「……それは、ちょっと悔しいかも」
「悔しいんですか」
「なんか、分かる。自分といたときはやらなかったのに、って」
「玉ねぎの話か?」と悠真。
「玉ねぎの話だけど、玉ねぎの話じゃないの」
凛は、悠真とみのりを交互に見た。
「私には、玉ねぎの話にしか聞こえないです」
震えた。
「『スパイス、自分で調合してる』」
「本格的じゃん」と満。
「『クミンって何』」
「知らないのかよ」
「『私といたときより、人間になってる』」
「……で、彩はそれを見て、どうなってるんだ」
悠真が言った。
「どうって」
「見るのは別にいい。見て何も思わないなら、ただのカレーの写真だ。問題は、見たあとどうなってるかだろ」
凛は画面をスクロールした。
「『なんか腹立つ』『でもちょっと安心した』『いや腹立つ』って、三件来てます」
「忙しいね」とみのり。
「安心って何に」と満。
「ちゃんと生きてることに、らしいです」
「生存確認だな」と悠真。
「カレーで生存確認しないでください」
満が、氷をグラスに落としながら首をかしげた。
「てかさ、別れたら次の日から急にどうでもよくなるもんなの?」
凛は、答えようとして、少し止まった。
「……ならないみたいです。彩、言ってました。別れた日に全部終わると思ってたって。終わったのに、なんでまだ見てるんだろうって」
「へえ。そういうもんか」
満はそれ以上は言わず、グラスを悠真の前に置いた。凛は、伏せたスマホを見下ろした。別れたら終わり、とさっき自分で言ったばかりだった。
「ねえ、そのストーリーって」
みのりが言った。
「見たら、見たって向こうに分かるんだっけ」
「分かります。足跡がつくので」
「え、こわ」
満が、本気で引いた顔をした。
「じゃあ元彼、彩ちゃんが毎日見てるの、知ってんの?」
「知ってますね」
「こわ」
「二回言いました」
悠真が、グラスを揺らしながら言った。
「なら向こうは、見られてる前提で上げてる可能性があるな」
凛は、悠真を見た。
「……どういう意味ですか」
「毎日同じ人間が見てると分かってて、今日、飴色の玉ねぎとクミンを上げてる」
少しの間があった。
「……え、それって」とみのり。
「やめてください」と凛は言った。「ややこしくなるので」
「ややこしくしたのは元彼だろ」
「元彼は、カレー作ってるだけです」
「たぶんな」
凛は布巾をたたんで、広げて、またたたんだ。
「でも凛ちゃん」とみのりが言った。「凛ちゃんなら、見る? 別れた人のストーリー」
「見ないです」
「即答」と満。
「ミュートします。見えなきゃ、腹も立たないし、安心もしないです」
「合理的だ」と悠真。
「当然です」
凛のスマホが震えた。凛は画面を見た。今度は読み上げなかった。
親指が、画面の上で少し動いた。
「……凛ちゃん?」
みのりが、凛の手元を覗き込んだ。
「それ、誰のアカウント?」
凛の親指が、止まった。
「……彩の元彼です。さっき、彩がアカウント名を送ってきたので」
「見てるじゃん」と満。
「カレーが気になって」
「見ないって、今言ったよな」と悠真。
「私の元彼じゃないので、ルールの外です」
「どんなルールだ」
画面には、湯気の立つ鍋が映っていた。飴色の玉ねぎの上に、赤茶色のルーがかかっている。本当に、おいしそうだった。
「……おいしそうだね」とみのり。
「おいしそうなんですよ」
「クミンの力だな」と満。
凛は、ストーリーを閉じようとして、画面の下のほうに指を伸ばした。
指先が、ハートのマークに触れた。ハートが、赤くなった。
誰も、何も言わなかった。
「……今の、何」と満。
「……いいねです」
「押したのか」と悠真。
「押してないです。閉じようとしたら」
「押したんだな」
「本人に、通知が行きます」
凛は、自分の声が思ったより平らなことに気づいた。
「え、こわ」
「三回目です」
みのりは、何か言いかけて、やめた。悠真は、グラスを置いた。
「見たあと、どうなるかが問題だって言っただろ」
「今、どうなってるんですか、私」
「知らない人の元彼に、カレーのいいねを送った」
「言い方」
スマホが震えた。
彩ではなかった。
凛は、画面を見た。
「……『ありがとう! クミン、自分で炒ったやつです』」
凛は、スマホを持ったまま動かなかった。
「……いい人じゃん」と満。
「いい人なのが、いちばん困るんです」
凛は、知らない人のアカウントの、知らない人のカレーの写真を、もう一度だけ見た。
それから、ミュートしようとして、指を止めた。
「……ミュートできないです。フォローしてないので」
「フォローしてないのに見てたの?」と満。
「公開アカウントなので」
凛はアプリの検索画面を開いて、履歴に残っていた彼のアカウント名を、横にある小さな×で消した。
「何したの」とみのり。
「検索履歴から消しました」
「凛が消すんだ」
スマホが、また震えた。今度は彩だった。
『ねえ、ストーリー更新された! 今度はナン焼いてる』
凛は、画面を伏せた。
「……ナン、見たかったな」
小さな声だった。誰も拾わなかった。悠真は何も言わずに、グラスを傾けた。
今回、個人的に好きなのは、
あれだけ「見ない」と言っていた凛が、最後にはナンを見たがっているところです。
カレーは強いですね。笑
それはそれとしまして、
皆さんは別れた相手のSNS、見ない派ですか? つい見てしまう派ですか?




