#05|同棲するなら、家賃は半分?
「家賃を半分ずつにするのは、公平か」
悠真がそんなことを言い出しました。
嫌な予感しかしませんが、
今回は同棲と「公平」のお話です。
「家賃を半分ずつにするのは、公平か」
座るなり悠真が言うと、満はグラスに氷を落とす手を止めた。
「……何?」
「家賃を半分ずつにするのは公平か、って聞いてる」
「いや、聞こえてはいる」
凛がカウンターの内側から、珍しいものを見る顔でこちらを見ていた。隣のみのりも、おしぼりを広げたまま止まっている。
「悠真から話振るの、珍しくない?」と満。
「悠真さん、今日なんかありました?」と凛。
「仕事で会った二人が、途中で揉めた」
悠真は満からグラスを受け取って、一口飲んだ。
「同棲する予定の二人。部屋はほぼ決まってる。で、最後に家賃の分け方で止まった」
「あー」とみのりが言った。「それは揉めるね」
「どこの誰かは言わない」
「聞いてないです」
凛が言った。聞いてはいないが、聞きたそうではあった。
「片方が、もう片方よりだいぶ収入が多い。その多いほうが、『二人で住むんだから半分ずつが一番公平でしょ』って言った」
「多いほう」と凛が繰り返した。
「少ないほうは、半分払えないわけじゃない。ただ、払うと手元に残る金がかなり減る」
「少ないほう」
「何だ」
「呼び方、ひどくないですか」
「個人情報を出さない配慮だ」
凛は何か言いたそうな顔をしたが、言わなかった。
「二人が納得してるなら、何でもよくない?」
満が、氷を割りながら軽く言った。
「納得してないから揉めてるんだろ」
「あ、そっか」
満は素直に頷いた。この男は、こういうところで引っかからない。
「でも、半分って分かりやすくないですか」と凛が言った。「私は収入割合でいいと思いますけど。多いほうが多く払う。少ないほうが少なく払う」
「収入比な」
悠真はグラスを置いた。
「じゃあ部屋は。その部屋、一室は多いほうの仕事部屋になる予定だ」
「……え」
「荷物も多いほうがだいぶ多い。場所も、多いほうの通勤には便利だけど、少ないほうには特にメリットがない」
「それ、先に言ってくださいよ」
「今言った」
凛は布巾を持ったまま、少し考えた。
「じゃあ、仕事部屋の分は多いほうが持つ……?」
「その部屋の面積で割るのか、家賃全体に上乗せするのか」
「……割る、ですかね」
「在宅で仕事するなら、電気代も多いほうが使う。光熱費はどうする」
「えっと」
「食費は。どっちがどれだけ食べるか。料理はどっちがする。する側の手間は金額に入れるのか」
「悠真さん」
凛が手を挙げた。
「同棲を精算表にしようとしてません?」
「だから最初に決めろって話だ」
「もう共同生活じゃなくて会社ですよ」
「会社のほうが揉めないように作ってある」
みのりが、グラスの縁を指でなぞりながら言った。
「でも、そこまで細かくしたら、一緒に住むの疲れそう」
「曖昧にしたまま揉めるよりマシだろ」
「それはそうなんだけど」
みのりは少し首をかしげた。
「毎月、『払ってもらってる』って思いながら暮らすのも嫌じゃない? 少ないほうの人」
悠真は黙った。
「逆にね、多いほうの人が、何かで喧嘩したときに『自分のほうが多く払ってるんだから』って言っちゃったら、もう戻れない気がする」
「言わなきゃいいだろ」
「言わなくても、思ってたら伝わるよ」
伝わるのか、と悠真は思った。思ってはいても、言わなければ証拠はない。ただ、妹の言う「伝わる」が証拠の話でないことくらいは分かる。
「じゃあ、比率を決めるときに、負担額と発言権は別だって最初に決めればいい」
「それ、契約書に書くんですか」と凛。
「書いてもいい」
「書いてあるほうが怖いです」
満が、割った氷をグラスに落としながら笑った。
「でもさ、毎月のことだもんな、家賃って」
「今それ言うのか」
「いや、今気づいた。一回払って終わりじゃないじゃん。毎月、その比率で引かれてくんだろ。それ、ずっと続くって、けっこうあれだな」
「あれって何だ」
「あれはあれだよ」
悠真はそれ以上追及しなかった。満の「あれ」は、たいてい本人にも説明できない。ただ、外れてもいない。
みのりが、凛のほうを見た。
「凛ちゃんが、多く稼いでる側だったらどうする?」
「え、私ですか」
凛は、布巾をたたむ手を止めた。
「……多く払うのは、別にいいです。収入割合で」
「うん」
「……いや」
凛はたたみかけた布巾を、もう一度広げた。
「毎月、自分の口座から多く引かれてくの見たら、ちょっと嫌かもしれないです。理屈では収入割合が公平だと思うんですけど。なんか、毎月それ見たら」
「感情が混ざったな」と悠真。
「混ざりますよ。自分のお金なんで」
凛は少しむっとした顔で言った。それから小さく、「さっきまで割合でいいって言ってたのに」と自分で付け足した。
悠真は、グラスの中の氷を見た。
「そういえばさ」
満が、急に思い出したように言った。
「ちっちゃいとき、お菓子分けるときに、悠真、定規持ってきたよな」
「持ってきた」とみのりが即答した。
「持ってきてない」
「持ってきたよ。ポッキーの長さ測ってた」
「折れてたからだ」
凛が、ゆっくりこちらを向いた。
「測ってたんですね」
「折れてたんだ。長さが違ったら揉めるだろ」
「で、店長はどうしてたんですか」と凛。
「俺?」
満は少し考えた。
「いちばん長いのを、みのりにあげてた気がする。いちばんちっちゃかったから」
「そうだっけ」とみのり。
「覚えてないのかよ」
「覚えてない。悠真が定規持ってたのは覚えてる」
悠真は反論しかけて、やめた。
同じ箱のお菓子を、一人は同じ長さに揃えようとして、一人は小さい子に長いのを渡そうとしていた。どちらも、あのときは公平のつもりだったのだろう。
「で、その二人、どうなったんですか」と凛が聞いた。
「決まらなかった。いったん持ち帰り」
「悠真さん、何か言ったんですか」
「条件を並べた」
「今みたいに?」
「今ほどじゃない」
本当は、今ほどではなかったが、それなりには並べた。並べた結果、二人とも黙った。多いほうは「そっか」と言い、少ないほうは「ちょっと考えます」と言った。どちらの顔も、来たときより少し疲れていた。
条件は並べられる。どの条件を重く見るかは、並べた側には決められない。
「俺、一人暮らしでよかった」
満が、しみじみと言った。
「比較対象がないだろ」
「あるよ。今の話」
「今の話は他人の話だ」
凛が、カウンターに肘をついた。
「同棲する予定ないのに、なんで私までこんなに考えてるんですか」
「凛ちゃん、途中からいちばん真剣だったよ」とみのり。
「……気のせいです」
満が笑って、空いたグラスを下げた。みのりは凛に向かって、何か小声で言って、凛が「言ってません」と返した。
悠真は、手元の紙ナプキンに目を落とした。
いつの間にか、ボールペンで線が引かれていた。縦に二列。横に、家賃、仕事部屋、光熱費、食費、家事。
「悠真さん」
凛の声がした。
「それ、精算表じゃないですか」
「違う」
「表になってます」
悠真は紙ナプキンを丸めて、ポケットに入れた。
項目は、まだ増やせた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
精算表ではないと言い張っていますが、
あれはたぶん精算表です。
それはそれとしまして、
同棲するとしたら、お金の分け方は最初にきっちり決めたい派ですか?
それとも、ある程度はざっくりでいい派ですか?




