#23|その傘、たぶん私のです
「それ、私の傘」
「いや、俺のかも」
似たようなビニール傘を前に、
なぜか本気の持ち主探しが始まりました。
今回は、傘のお話です。
閉店後の入口で、みのりが傘立ての前にしゃがみ込んだ。ガラスの向こうから、雨の音がしていた。
「あ、これ、私の」
三本並んだビニール傘のうち、一本を引き抜く。持ち手に、白いテープが巻いてある。みのりはそれを持ち上げて、満のほうを向いた。
「じゃあ、帰るね」
「ちょっと待って」
満が、手を上げた。
「それ、俺のかも」
「え?」
「テープ、巻いたの俺だと思う」
みのりは、手の中の傘を見た。それから、満を見た。
「私も、自分で巻いたんだけど」
「じゃあ、どっちかが勘違いしてる」
「勘違いしてるのは、みっくんだよ」
「いや、俺だって」
二人は、傘を挟んで向き合った。
「じゃあ、証拠出そう」と満。
「証拠?」
「先に言って。どの特徴で、自分のだと思うか」
みのりは、少し考えた。
「持ち手のテープ。巻き方が雑なの。端がぐしゃってなってる」
満は、傘を受け取って、持ち手を見た。確かに、端がぐしゃりとよれている。
「……雑だな」
「でしょ。私が巻いたから」
「俺も、雑に巻いた」
「でも、これは私の雑さだよ」
「雑さに、持ち主の違いがあるの?」
みのりは、答えられなかった。
「……じゃあ、次の証拠」
満が、傘の先を指さした。
「先端のところ、ちょっと欠けてるだろ。去年、ドアに挟んだ」
「あ、それ、私が駅の階段で落としたとき欠けたやつ」
「欠けた理由が違うだけで、特徴は同じだな」
「それ、特徴として使えないよ」
二人は、しばらく黙って傘を見た。
奥から、凛が顔を出した。レジの締めを終えて、帰る準備をしている途中らしかった。
「……何してるんですか」
「傘の持ち主、決めてる」とみのり。
「どっちの傘ですか」
「この傘」
満が、持ち手のテープを指さした。凛は、傘を一瞬見て、首をかしげた。
「持ち主、分かるんですか?」
「分からないから、決めてる」
「決めるものなんですか」
誰も答えなかった。
「雨、強くなる前に帰りたいんですけど」
凛が言ったが、二人の耳には入っていなかった。
「開いてみよう」と満が言った。
「開く?」
「開き方に癖があるんだよ。持ち主のは、ちょっと右に傾く」
「そんなの、覚えてるの?」
「覚えてる」
満は、傘を店の中で開いた。ばさり、と広がる。確かに、少しだけ右に傾いている。
「ほら、右に傾いてる」
「傾いてるね。……私のも、右に傾く」
「じゃあ、どっちだよ」
みのりは、傘の内側を覗き込んだ。それから、あっと声を上げた。
「待って。ここ、インクのシミがある」
「シミ?」
「去年、ボールペンを入れっぱなしにして。私のだから、ここにシミがあるはず」
満は、傘の内側を覗いた。確かに、小さな青いシミがある。
「……ある」
「でしょ」
「でも、俺も、ここにペンのインク付けたことある」
「それ、絶対嘘」
「嘘じゃない。去年、レジ周りを片づけてて」
凛が、深いため息をついた。
「二人とも、同じ傘に同じ理由を持ってるって、おかしくないですか」
「おかしいよね」とみのり。
「おかしいな」と満。
「どちらかが、他の傘と混ざってるんじゃないですか」
凛は、傘立てに残った二本を見た。それから、自分でも一本を取り出して、持ち手を確かめた。
「あ」
凛の動きが、止まった。
「これ、私の傘かもしれません」
「え?」
「ここ。傘の内側に、小さく『R』って書いてあります」
三人は、凛の手元に集まった。確かに、骨のところに、油性ペンで小さく「R」と書かれている。
「それ、凛の傘だ」と満。
「いつ置いたんだっけ」
「先週です」
満は、少し沈黙してから言った。
「じゃあ、残りは二本か」
「二本ですね」
みのりは、手に持っていた傘を見下ろした。
「……これ、私のじゃなくて、みっくんの?」
「いや、俺のだとは言ってない。ただ、似てただけで」
「でも、さっき『巻いたの俺』って」
「それは、巻いた記憶があっただけで」
二人の会話が、またもつれ始めた。
そのとき、凛が、傘立ての最後の一本を取り出した。持ち手に、何も巻かれていない。
「これは?」
「それは違う」とみのり。
「どう見ても私のじゃないよ。テープがないもん」
「テープ、前は巻いてなかったですか」
「前……」
みのりは、はっとした顔になった。
「……先週、テープ、剥がした」
「え」
「汚れてたから、一回外して、新しいの巻こうと思って。そのまま忘れてた」
凛が、最後の傘を、みのりに渡した。
「じゃあ、これじゃないですか」
みのりは、傘を受け取った。持ち手は、何も巻かれていない。ただ、持ち手の根元に、うっすらと赤茶色のシミが残っていた。
「……これ」
「何のシミですか」
「カラー剤。仕事中に、手袋はずしたまま持っちゃって」
みのりは、シミを指でなぞった。落ちきらなかった跡だった。
「たぶん、先週。テープ剥がしたときに気づいたやつ」
三人が、同時に満を見た。
満は、自分の手元の傘を見ていた。持ち手のテープを巻いた記憶は、確かにある。ただ、その傘をいつ傘立てに置いたのかが、どうしても思い出せなかった。
「……俺のは、どれだ」
「みっくんのは、その、テープが雑なやつだよ」
みのりが、指さした。
「最初に、巻いたの俺だって、自分で言ってたじゃん」
「言ったっけ」
「言ってた。入口で」
満は、黙って傘を見た。
「……俺の、だった」
「最初から、みっくんのだったんだ」
「最初から、そう言ったのに」
「違うよ。『かも』って言ったよ」
凛が、頭を抱えた。
「一時間、何してたんですか」
「三十分くらいだよ」
「三十分、何してたんですか」
三人は、それぞれの傘を持って、入口に並んだ。ドアを開けると、外は静かだった。路面が少し濡れているだけで、雨はもう、止んでいた。
「……降ってない」
「降ってないね」
「いつから降ってなかったんですか」
誰も、答えなかった。
みのりは、手に持った傘を軽く振った。それから、傘立てに、一度戻した。
「……今日は、置いて帰ろうかな」
「持って帰れよ」と満。
「だって、降ってないし」
「降ってないから、持って帰らなくていいってことか」
「うん」
凛は、自分の傘を、そのまま持って帰ることにした。
「私は持って帰ります。R書いてあるので」
「その印、いつ書いたの」
「先週です」
満は、何か言いかけて、やめた。
三人は、それぞれの傘を持って、あるいは置いて、夜の道へ出て行った。
今回、個人的に好きなのは、
三十分かけて傘の持ち主を突き止めたあと、
外に出たら雨が止んでいたところです。
何のための三十分だったんでしょうね。笑
それはそれとしまして、
皆さんはビニール傘、自分のものをちゃんと見分けられますか?




