#15|1円、どこ行った?
レジのお金が1円足りない。
「まあ1円なら」で終わればよかったんですが、
四人とも、そうはいかなかったようです。
今回は、消えた1円を探します。
閉店後のレジ締めは、凛の仕事だった。
レシートの合計と、レジの中の現金を数えて、合っていれば終わり。合っていなければ、もう一度数える。それでも合わなければ、満に言う。
凛は、三回数えた。
「店長」
「ん?」
「一円、足りません」
満はカウンターを拭きながら、顔も上げずに言った。
「一円なら、入れとけばいいよ」
「入れる一円が、ないです」
「え?」
「私、財布に一円玉ないです」
満は、ベストのポケットを探った。出てきたのは、輪ゴムと、ペンのキャップと、十円玉だった。
「……俺もない」
カウンターの端で、閉店後の一杯を飲んでいたみのりが、自分の財布を開いた。
「五円と、十円ならあるけど」
「一円は」
「ない」
悠真は、グラスを置いた。
「俺は現金をほとんど持ち歩かない」
「知ってます」
「なら聞くな」
「聞いてないです」
四人は、レジを見た。一円足りないレジと、一円を持っていない四人がいた。
「……コンビニで何か買って、お釣りで一円もらえば」とみのり。
「一円のために買い物するの?」と満。
「一円のために入れるなら、一円のために買ってもいいでしょ」
「それはそうなんだけど」
悠真が、腕時計を見た。
「今からコンビニへ行って戻るまで十分。四人の時間で計算すると」
「悠真さん、それ計算しないでください」
「……計算しなくても、一円より高い」
凛は、レジの前でもう一度だけ数えた。やっぱり一円足りなかった。
「入れても、合うだけで、どこ行ったかは分からないですね」
誰に言うでもなく、凛は呟いた。
少しの間があった。
「……どこ行ったんだろうね」とみのりが言った。
その一言で、何かが始まった。
◇
最初に床に膝をついたのは、満だった。
「レジの下、落ちてるかも」
満はスマホのライトをつけて、カウンターの内側の床を照らした。凛も隣にしゃがんだ。床には、レモンの皮の切れ端が一つと、輪ゴムが二本落ちていた。一円は、なかった。
「ない」
「ないですね」
みのりが、カウンターの外側から覗き込んだ。
「椅子の下は?」
「見る」
満がカウンターを出て、椅子を一脚ずつ持ち上げ始めた。みのりが、持ち上がった椅子の脚の下を覗く。
「ない」
「次」
「ない」
「次」
悠真は、レシートの束を手に取っていた。今日の会計を一枚ずつめくっていく。
「現金払いは、十四件」
「数えてるんですか」と凛。
「どこでずれたかを見る。釣り銭を一円多く渡したなら、そこだ」
悠真は、レシートを一枚ずつ指でたどりながら、小声で計算を始めた。千円札で払って、お釣りがいくら。一万円で払って、お釣りがいくら。
「……悠真さん、それ一円のためにやってます」
「一円のためにやってるんじゃない。ずれた場所を知りたいだけだ」
「同じです」
「違う」
満が、四脚目の椅子を持ち上げたところで、みのりが声を上げた。
「あった!」
四人とも、みのりを見た。
みのりは、椅子の脚の下から、何かをつまみ上げた。
五円玉だった。
「……五円」
「五円だね」
「一円じゃないですね」
「一円じゃない」
みのりは、五円玉を手のひらに乗せて、しばらく見ていた。
「でも、落ちてたってことは、落とす人がいたってことだよね」
「いつのだか分かんないけどな」と満。
「探す意味は、ある」
みのりは、五円玉をカウンターに置くと、今度は自分がしゃがみ込んだ。スマホのライトで、カウンターの外側の、いちばん奥の隙間を照らし始めた。
凛は、少し驚いてみのりを見た。みのりのほうが、満より低い姿勢になっていた。
「みのりさん、本気じゃないですか」
「一回見つけると、止まらなくなるの」
「一円じゃなかったのに」
「一円じゃなかったから、止まらないの」
悠真が、レシートの束を置いた。
「十四件、全部合ってる。釣り銭のミスじゃない」
「じゃあ、どこ」と満。
「レシートの外だ」
「レシートの外って、なんですか」と凛。
「会計以外で、レジから一円出て行った可能性だ」
「会計以外で一円出ていくこと、あります?」
満が、椅子を戻しながら首をかしげた。
「……あ」
「あ?」
「そういえばさ、夕方、リモコンの電池蓋、開かなくて」
満は、棚の上に置いてあるスピーカーのリモコンを見た。
「ドライバーなくてさ。レジから一円出して、それで開けた」
店の中が、静かになった。
「……店長」
「うん」
「一円を、ドライバーにしたんですか」
「ちょうど溝に合うんだよ、一円」
「知ってますけど」
満は、リモコンを手に取った。電池蓋は閉まっていた。満はそれを裏返して、ひっくり返して、振った。
何も出てこなかった。
「……ない」
「ないんですか」
「開けたあと、どこ置いたっけ」
四人は、リモコンの置いてあった棚の周りを見た。棚の上には、予備のコースターと、古いレシピメモと、瓶が何本か。
悠真が、黙ってスマホのライトをつけた。
「悠真、手伝うの?」と満。
「原因が分かってるのに場所が分からないのは、気持ち悪い」
「さっきまで、一円より高いって言ってた」
「今は、原因の問題だ」
みのりが、棚の下の床に這いつくばった。凛は、コースターを一枚ずつめくった。満は、瓶を一本ずつ持ち上げた。悠真は、レシピメモを一枚ずつ裏返した。
「ない」
「ない」
「ない」
「……あった」
凛の声だった。
三人が、凛を見た。
凛は、棚の奥から、何かを引っ張り出していた。
百円玉だった。
「……百円」
「百円ですね」
「一円じゃないな」と悠真。
「一円じゃないです」
満が、百円玉を受け取って、しげしげと眺めた。
「これ、いつのだろ」
「知りません」
「儲かった」
「儲かってないです。どこかで百円足りなかった日があったってことです」
「……ああ」
凛は、五円玉と百円玉を持って、少し考えた。どこに置けばいいか分からなかった。とりあえず、レジの中に入れた。
みのりは、まだ床に這いつくばっていた。
「みのりさん、もう三十分くらい経ってます」
「あと少し」
「その『あと少し』、三回目です」
「今度こそ、あと少し」
悠真が、棚を照らしていたライトを止めて、ふとリモコンのほうを見た。満が振ったあと、元の場所へ戻したリモコン。
悠真は、リモコンを手に取った。電池蓋ではなく、リモコンの裏の、滑り止めのゴムの溝を見た。
溝に、何かが挟まっていた。
悠真は、爪の先でそれを押し出した。
一円玉だった。
「……あった」
三人が、顔を上げた。
「どこ?」
「リモコンの裏。滑り止めの溝に挟まってた」
「満が開けたあと、そのまま挟まったのか」
「俺、振ったのに」
「振っても落ちない位置だった」
満は、一円玉を受け取って、じっと見た。
「……ずっと、ここにいたんだ」
「ずっとそこにいました」と凛。
「俺たちが椅子持ち上げてる間も」
「持ち上げてる間もです」
みのりが、床から起き上がった。膝に、ほこりがついていた。
「……よかった」
「よかったね」と満。
「一円だけどね」
「一円だけど」
凛は、一円玉を受け取って、レジに入れた。これで終わりだ。念のため、最後にもう一度だけ数えた。
指が、止まった。
もう一度数えた。
「……店長」
「ん?」
「百五円、多いです」
店の中が、しんとした。
悠真が、レジを見た。凛を見た。凛は、目を逸らした。
「……さっき、五円と百円、入れました」
「入れたのか」
「どこに置けばいいか分からなかったので」
「レジは、置き場所じゃない」
「知ってます」
満が、腹を抱えて笑い出した。
「一円探してたら、百五円増えた」
「増えてないです。混ざったんです」
「混ざって、増えた」
「増えてないです」
みのりが、膝のほこりを払いながら笑った。悠真は、腕時計を見た。
「……一時間二十分」
「言わないでください」
「一円に、一時間二十分」
「言わないでください」
満は、五円玉と百円玉をレジから取り出して、カウンターの端に並べた。それから、少し考えて、その横に置いてあった小さなガラスのコップに入れた。
「何してるんですか」
「落とし物入れ。今日から」
「今日から作るんですか」
「今日、作った」
コップの底で、五円玉と百円玉が、小さく音を立てた。
凛は、レジをもう一度だけ数えた。
合っていた。
「……合いました」
「合った!」
満が拍手した。みのりも拍手した。悠真は拍手しなかったが、少しだけ肩の力を抜いた。
凛は、レジを閉めて、リモコンを棚に戻した。滑り止めのゴムの溝を、指で一回なぞった。何も挟まっていなかった。
「店長、次から一円でドライバーにしないでください」
「じゃあ、何で開けたらいい?」
「ドライバーで開けてください」
「ドライバー、ないんだよ」
「……買ってください」
「いくらだろ」
悠真が、グラスを持ち上げた。
「一円よりは、高い」
1円を探すのに、一時間二十分。
途中で5円と100円まで見つかりました。
たぶん、途中から誰も「1円だから」探していたわけではないんでしょうね。笑
それはそれとしまして、
皆さんは小さいことでも、原因が分かるまで気になるタイプですか?




