#14|グループワークで一人だけ何もしない人
「了解です!」
返事は来る。
スタンプも元気に動いている。
でも、頼んだ資料は来ない。
今回は、グループワークのお話です。
大学の図書館の、ガラス張りのグループ学習室は、たいてい誰かの溜め息で曇っている。
凛はノートパソコンの画面を睨んでいた。スライドは十二枚。うち九枚は、凛と森川さんと佐野くんで埋めた。残りの三枚は、昨日の夜、凛が一人で作った。
最終発表まで、あと三日だった。
ドアが開いて、宮下くんが入ってきた。
「ごめん、遅れた。……で、何かやることある?」
凛は、画面から顔を上げなかった。
グループは四人。授業の最終課題で、テーマを決めて調べて、十五分で発表する。評価はグループ単位。一人でもいなくなれば、全員の点に響く。
最初の週、宮下くんは言った。「なんでもやるんで、言ってください」。それから三週間、何も言われなかった宮下くんは、何もしなかった。グループのトークには「了解です!」のスタンプだけが並んでいた。
「もう、だいたい終わったから大丈夫だよ」
森川さんが、にこにこしながら言った。森川さんはいつもそう言う。三週間、ずっとそう言っていた。
「そっか。ありがとう」
宮下くんは素直に頷いて、椅子に座った。スマホを出した。
「じゃあさ、発表、俺が読むだけやろうか? 原稿あれば読めるし」
凛の指が、キーボードの上で止まった。
一番目立って、一番評価されやすい場所を、今、三週間何もしなかった人が、さらっと持っていこうとしている。
「……原稿は、まだないです」
凛は言った。自分の声が、思っていたより低かった。
「あ、そうなんだ。じゃあ、できたら言って」
宮下くんは、にこっと笑った。悪気のない顔だった。それが一番、腹が立った。
◇
「で、言ったんですか。何か」
その夜、凛がカウンターの内側で話し終えると、満がグラスを拭く手を止めて聞いた。
「何も言ってません」
「なんで」
「言ったら、グループの空気が悪くなるので。あと三日、四人でやらなきゃいけないので」
「ああ……」
みのりが、おしぼりを持ったまま小さく頷いた。悠真は、グラスを揺らしていた。
「普段なら、どうするの?」とみのりが聞いた。「凛ちゃん、合わない人いたら」
「離れます」
「即答だ」と満。
「関わらなければ、腹も立たないので」
「今回は」
「離れられないです。点数が一緒なので」
凛は、布巾をカウンターに置いた。
「離れられない人と、どうしたらいいか、分からないんです。経験がないので」
満が、腕を組んだ。
「一回、ちゃんと頼んでみたら?『これやって』って」
「頼みました。最初の週に、資料集めお願いしますって」
「どうなった」
「『了解です!』ってスタンプが来て、終わりました」
「資料は」
「来てません」
「スタンプは来たのに」
「スタンプは来ました。元気なやつが」
満は、少し黙った。
「……元気なスタンプだったんだ」
「すごく元気でした。動くやつでした」
みのりが、おしぼりで口元を押さえた。
悠真が、グラスを置いた。
「分担表を作れ。名前と、やることと、締切。それをグループに流す」
「今からですか。三週間目ですよ」
「今からでも」
「それ、なんか、晒してるみたいになりません?」
「記録だ」
「悠真さん、記録って言えばなんでも許されると思ってますよね」
「思ってない。記録は、あとで揉めないためのものだ」
凛は、少し考えた。確かに、それは正しい。正しいけれど、それを流したときの森川さんの顔と、宮下くんのスタンプの動きが、同時に浮かんだ。
「……それに、宮下くん、たぶん分担表に名前書いてあっても、『了解です!』って言うだけな気がします」
「言うだけなら、締切を過ぎた時点で分かる」
「分かって、どうするんですか」
「分かったら、分かる」
「何も解決してないです」
「解決はしてない。ただ、お前が一人で抱えてる不満が、全員に見える事実になる」
凛は、黙った。
「……その子さ」
みのりが、グラスの縁に指を置いた。
「最初に『なんでもやるんで言ってください』って言ったんだよね」
「はい」
「そのあと、誰か、何か言った?」
凛は、答えようとして、止まった。
最初の週。資料集めを凛が頼んで、スタンプが来て、何も来なかった。二週目。森川さんが「大丈夫、こっちでやっとくね」と言った。佐野くんが「俺やるわ」とスライドを取った。三週目。凛が、夜中に一人で三枚作った。
「……私が最初に一回頼んで、あとは、森川さんと佐野くんと私で、全部取りました」
「取った」とみのり。
「宮下くんに頼むより、自分でやったほうが早かったので」
「早かったんだね」
「早かったです。……早かったんですけど」
凛は、自分で言いながら、少し嫌な顔をした。
「でも、それで宮下くんが悪くなくなるわけじゃないです。言われなくても、やることがあるのは見れば分かるじゃないですか。三週間ですよ」
「うん。分かるよね」とみのり。
「分かります」
みのりは、それ以上は何も言わなかった。凛の不満を取り消そうとはしなかった。凛は、それが少しだけありがたかった。
満が、ふと顔を上げた。
「凛さ、最初この店来たとき、グラスどこ置くか、毎回俺に聞いてたよね」
凛は、満を見た。
「……それは、初めての店だったので」
「うん。だからさ、宮下くんも、初めてのグループで、何やったらいいか分かんないのかなって」
「三週間目です」
「……三週間目か」
「三週間目です」
満は、それ以上は押さなかった。凛は、満の言ったことを少しだけ頭の中で転がして、それから横に置いた。
「……じゃあ、どうすればいいんですか」
凛が言うと、三人とも少し黙った。
「その宮下は、やりたいって言ったことがあるんだろ」と悠真が言った。
「発表を、読むだけ」
「それを渡せばいい」
「一番目立つところですよ」
「一番目立つところを、やりたいやつがやる。やりたくないやつがやるより早い」
「私、人前で話すの、得意じゃないです」
「知ってる」
「知ってるんですか」
「さっき、スタンプの話を三回した」
「それとこれは関係ないです」
みのりが、少し笑った。
「凛ちゃん、発表の原稿、誰が書くの?」
「……私です、たぶん」
「じゃあ、宮下くんに原稿を書いてもらって、凛ちゃんが直すのは?」
「直すほうが、書くより大変なこともあります」
「そっか」
「……でも、書いてくる場所は、渡せます」
凛は、ポケットからスマホを出した。グループのトークを開く。宮下くんの、元気に動くスタンプが見えた。
少し考えて、宮下くんに個別で打った。
『発表、お願いします。原稿も、宮下くんの言葉で作ってください。明日の夜十時までに送ってもらえれば、私が見ます』
送信する前に、悠真がちらりと画面を見た。
「締切、書いたな」
「書きました」
「名前も」
「宮下くんにしか送ってないので、名前は要らないです」
送信。
十秒もしないうちに、返事が来た。
元気に動く、「了解です!」のスタンプだった。
凛は、無言で画面を三人に向けた。
「……来た」と満。
「来ましたね」
「元気だね」とみのり。
「元気です」
悠真が、グラスを持ち上げた。
「あとは、明日の夜十時を待つだけだ」
「待つのが、一番嫌なんです」
「知ってる」
「さっきから、何を知ってるんですか」
「全部」
◇
翌日の夜、十時二分に、凛のスマホが震えた。
宮下くんからだった。長いメッセージだった。
『原稿できました! 読んでみてください!』
その下に、原稿が貼ってあった。
凛は、カウンターの内側で、グラスを拭く手を止めて、それを読んだ。
思っていたより、ちゃんとしていた。スライドの順番に沿って、凛たちが調べた内容を、宮下くんなりの言葉で言い直してあった。ところどころ、凛より分かりやすかった。
句読点が、一つもなかった。
「……店長」
「ん?」
「原稿、来ました」
「おお。どうだった」
凛は、画面を見たまま答えた。
「……二分遅れで、句読点がゼロで、ちょっとだけ分かりやすかったです」
満が、笑った。
「どれがいちばん腹立つ?」
「……ちょっとだけ分かりやすかったところです」
凛は、スマホを置いて、原稿に最初の句読点を打ち始めた。
今回、個人的に好きなのは、
三週間ほとんど何もしなかった宮下くんの原稿が、
「ちょっとだけ分かりやすかった」ところです。
そこが一番腹立つんですよね。笑
それはそれとしまして、
皆さんはグループワーク、役割を最初にきっちり決めたい派ですか?




