#13|悠真の大失敗
「手順通りにやれば、早い」
そう言って、
三十八分十二秒で棚を組み上げた悠真。
問題は、そのあとでした。
閉店後の店に、大きな段ボール箱が一つ置いてあった。
「棚、買ったの?」
みのりが箱を見て言うと、満は得意げに頷いた。
「奥の物置、瓶が置ききれなくなっててさ。組み立て式のやつ、安かったから」
「組み立てるの、店長ですか」と凛。
「俺、そういうの苦手なんだよな」
悠真が、箱の側面の写真を見た。棚板が三段と、下に引き出しが二つ。よくある作りだった。
「貸せ」
「え、悠真が?」
「工具、あるか」
「プラスドライバーくらいなら」
悠真は説明書を取り出して、最初のページから最後まで、一度全部めくった。それから、腕時計をちらりと見た。
「時間、計ってもらっていいか」
「え、計るの?」
「目安として」
凛が、スマホのストップウォッチを構えた。
「じゃあ、スタートで」
「スタート」
悠真は、部品を種類ごとに並べ、ねじを数え、板の記号を確かめながら、驚くほど無駄のない手つきで組み立てていった。三人は途中から見るのをやめて、他の作業に戻った。
三十八分後、悠真がドライバーを置いた。
「終わった」
凛が、ストップウォッチを止めた。
「三十八分十二秒」
「悪くない」
「早いですね」
「手順通りにやれば、早い」
悠真は、テーブルの上を見た。ねじが五本と、L字の金具が一つ、余っていた。
「余った」と凛。
「予備だ。説明書に、予備が入ってるって書いてある」
「五本もですか」
「予備は多いに越したことはない」
悠真は満足そうに、余った部品をひとまとめにして袋へ戻した。
四人で棚を持ち上げて、物置へ運んだ。壁際に据えて、満が瓶を並べ始める。一本、二本、三本。
四本目を上の棚に置いた瞬間、棚全体が、ゆっくりと前に傾いた。
「わっ」
「あっ」
「うわ」
満が瓶を両手で押さえ、凛が横から倒れかけた別の瓶を受け止め、みのりが「危ない危ない」と言いながら悠真の腕を引っ張った。悠真だけが、何も持たずに立ち尽くしていた。
棚は、そのまま止まった。傾いたまま。
四人とも、しばらく息を止めていた。
「……傾いてる」と満。
「傾いてるな」と悠真。
「傾いてるな、じゃないですよ」と凛。
「なんで悠真だけ何も持ってないの」とみのり。
「持つ判断が遅れた」
「一番早く逃げてました」
「逃げてない。様子を見てた」
悠真は、棚の前にしゃがみ込んで、裏側を覗いた。
「……壁に固定する金具が、余ってる」
さっき袋に戻した部品の中に、L字の金具が転がっていた。
「それ、余ってるんじゃなくて」とみのり。
「余ったんだと思った」
「使うやつだったんじゃないですか」と凛。
悠真は、説明書の最終ページを開き直した。棚を壁に固定する手順の図が、そこにあった。
「……最終工程に、これがある」
「あるんですか」
「ある。図が二つ並んでて、引き出しの向き違いの図と、位置が近かった」
「見間違えたんですね」
「確認した上で、これは予備だと判断した」
「判断、間違ってましたね」
「……間違っていた」
満が、噴き出した。
「悠真が、間違えるとこ、初めて見た」
「間違えることはある」
「三十八分十二秒で自信満々に終わったのに」
「タイムと正確さは別だ」
「別の意味、なくないですか」
みのりが、引き出しに手をかけて、確認しようとした。
引かなかった。
「……あれ」
「どうした」とみのり。
「引き出し、開かない」
四人で、代わる代わる引き出しを引いてみた。びくともしなかった。
悠真が、正面から引き出しの板を見た。木目の粗い、何も塗られていない面が、こちらを向いていた。
「……これ」
「これ?」
「表と裏が、逆だ」
凛が、しゃがんで下から覗き込んだ。
「本当だ。つるつるの面が、中に入ってます」
「表を裏にしてつけたら、そりゃ開きませんよ」
「裏を表につけた」
「同じことです」
「違う。……いや、同じかもしれない」
満が、腹を抱えて笑い出した。
「悠真、裏表逆で三十八分で組んだの!?」
「速度は関係ない」
「関係あるでしょ、なんで速く間違えるんですか」
悠真は、無言で片方の側面板を見た。しばらく見て、もう片方も見た。
「……あと、左右が逆だ」
「まだあるんですか」とみのり、声が少し裏返った。
「側面の板、鏡合わせで作る指定だった。同じ形で二枚作ってた」
凛が、両手で顔を覆った。
「もう、全部やり直しじゃないですか」
「全部ではない。……七割くらいだ」
「それ全部です」
悠真は、ドライバーを持ち直して、棚を分解し始めた。今度は誰も見るのをやめなかった。三人とも、椅子を持ってきて、正面に並んで座った。
「見世物じゃないぞ」
「見世物です」と凛。
「監督します」とみのり。「悠真、次、その板」
「言われなくても分かる」
「言われないと裏表逆にするタイプの人が、何言ってるんですか」
「一回だけだ」
「一回で二か所間違えてます」
満が、腕を組んで、悠真の手元をじっと見た。
「悠真、次のねじ、締めるとき、あと九十度」
「お前まで言うのか」
「楽しいから」
三人は、順番に「その板の向き」「そのねじ、あと少し」「表、こっち」と、妙に的確な指示を飛ばし続けた。悠真は、否定しながらも、一つずつその通りに直していった。
一時間近くかかって、棚がもう一度組み上がった。
満が瓶を並べる。一本、二本、三本、四本。棚は、動かなかった。
「……大丈夫」
「大丈夫だ」
悠真は、引き出しを開けてみせた。すっと開いて、すっと閉まった。
「開いた」
「開いた」
みのりが、拍手した。凛も、控えめに二回だけ手を叩いた。
「これで、瓶の置き場所、増えたな」と満。
「増えた」
「一時間半かけて」
「三十八分で終わってた」
「二回目に一時間かかってたら、意味ないですよ」と凛。
テーブルの上に、ねじが二本だけ残っていた。
悠真は、それを手に取って、じっと見た。数え直す。もう一度数える。
「……今度こそ、本当に予備だ」
「信じていいんですか」と凛。
「今回は、確認した」
「さっきも確認したって言ってました」
「今回は、本当に確認した」
「本当に本当ですか」
「本当に本当だ」
満が、また笑った。
「悠真の『確認した』、今後どこまで信じればいいの」
「今回のは信じていい」
「それ、本人しか言えないやつですよ」
凛は、スマホでストップウォッチの画面を撮った。三十八分十二秒の表示と、まだ止まっていない二回目のタイマー。
「何撮ってるの」と満。
「記録です」
「何の記録だよ」
「悠真さんの、最速で三か所間違える記録です」
「残さなくていい」
「もう残りました」
悠真はポケットに手を入れて、本当の予備のねじを二本、しまった。指先で、その感触を何度か確かめていた。
今回、個人的に好きなのは、
「三十八分十二秒」という数字が、
途中からまったく自慢にならなくなるところです。
速かったんです。
速かったんですけどね。笑
それはそれとしまして、
皆さんは組み立て家具、
説明書を最初に全部読む派ですか?
作りながら読む派ですか?




