#12|店のレビューに星1がついた
店のレビューに、星1がつきました。
しかも、書かれていることに
まったく心当たりがないわけでもないようです。
今回は、そんなお話です。
開店してすぐのカウンターで、満はスマホを見ていた。まだ客は誰もいなかった。
見て、置いて、グラスを一つ拭いて、また見た。
「店長、それ何回目ですか」
凛が、ボトルを並べながら言った。
「何が」
「スマホ。さっきから七回見てます」
「数えないでよ」
「数えたくなくても、目に入るんです」
満は、スマホを伏せた。三秒後、また表に返した。
「……レビュー、ついてた」
「レビュー?」
「店の。地図のアプリのやつ」
「へえ。何点ですか」
満は、画面を凛のほうへ向けた。
星が、一つだけ黄色かった。
凛は、少しの間それを見ていた。
「……一」
「一」
「一ですね」
ドアベルが鳴って、みのりと悠真が入ってきた。駅で一緒になったらしい。満の顔を見て、みのりが首をかしげた。
「みっくん、どうしたの」
「星一」
「え?」
「店に、星一ついた」
悠真が、いつもの席に座りながら言った。
「読ませろ」
満はスマホをカウンターの真ん中に置いた。四人で覗き込む。
満が、声に出して読んだ。
「『お酒はとても美味しかったです。店主さんも、最初は感じのいい方でした』」
「褒めてるじゃん」とみのり。
「ここまではね」
満は、スクロールした。
「『ただ、カウンターの常連さんらしき方々の会話が、ずっと内輪で盛り上がっていて、入りにくかったです』」
四人とも、黙った。
「『特に、眼鏡の男性が、店主さんに向かって新メニューの原価を聞いたり、「それは効率が悪い」と何度も指摘していて』」
満の声が、少し小さくなった。
「『店主さんが気の毒で、落ち着いて飲めませんでした。一人で来る人には、少しつらいお店かもしれません』」
誰も、すぐには何も言わなかった。
三人の視線が、ゆっくり悠真に集まった。
悠真は、眼鏡の位置を指で直した。
「……俺か」
「眼鏡で、原価って」と凛。
「眼鏡で、効率って」とみのり。
「悠真以外に、いる?」と満。
悠真は、画面をもう一度読んだ。
「原価を聞くのは、経営の話として当然だろ。効率が悪いものは効率が悪い。間違ったことは言ってない」
「言ってないと思う」とみのり。
「なら」
「でも、『気の毒』って書いてある」
満が、画面を指さした。
「……ていうか、俺、気の毒だったの?」
三人が、満を見た。
「悠真に原価聞かれるの、別に嫌じゃないよ。むしろ、聞かれないと寂しいっていうか」
「寂しいんですか」と凛。
「毎回聞かれるから、聞かれない日は、あれ? ってなる」
「店長、それ外から見たら、気の毒に見えます」
「なんで」
「嬉しそうに怒られてるからです」
悠真が、少し眉を寄せた。
「怒ってない」
「怒ってるように見えるんです。悠真さんの普通の声、知らない人には、たぶん怒ってます」
「普通の声だ」
「その普通が、です」
悠真は黙った。反論を探している顔だった。
満は、また画面をスクロールした。
「……まだある」
「まだあるの?」
「『若い女性の店員さんも、常連さんたちの会話に鋭くツッコミを入れていて、楽しそうではありましたが、完全に内輪のノリでした』」
凛の手が、止まった。
「……」
「若い女性の店員さん」とみのり。
「鋭くツッコミ」と悠真。
「凛以外に、いる?」と満。
「……いません」
凛は、ボトルを一本、棚に戻した。
「ツッコミは、業務です」
「業務なの?」
「業務の一環です。放っておくと、店長と悠真さんの話が終わらないので」
「楽しそうではありましたが、って書いてある」と悠真。
「……楽しくないとは、言ってないです」
みのりが、小さく口元を押さえた。満は、画面から顔を上げずに続けた。
「『店主さんも、常連さんと話すのに夢中で、注文を二回お願いすることになりました』」
満の声が、止まった。
凛が、満を見た。悠真も、満を見た。
「……二回」と満が言った。
「覚えてます?」と凛。
「……覚えてない」
「覚えてないのが、たぶん答えですね」
満は、スマホを持ったまま、カウンターに肘をついた。
「俺、気の毒で、しかも注文聞いてなかったの」
「気の毒な人が、注文を聞いてなかったんですね」と凛。
「星一の理由、全員に配られてる」とみのり。
みのりは、画面をもう一度覗き込んだ。
「……でも、分かるな」
「何が」と悠真。
「この人の気持ち。初めて来て、カウンターで四人が楽しそうに喋ってたら、私も入りにくいかも」
「みのりも、その四人の一人だろ」
「……そうだね」
みのりは、少し考えた。
「私、この人が来た日、いたかな」
悠真が、スマホを取り出した。
「日付は」
「えっと……三週間前の、木曜」
悠真は、家計簿アプリを開いて、画面を指でさかのぼった。止まった。もう一度さかのぼった。
「……その日、来てない」
三人が、悠真を見た。
「来てないの?」と満。
「来てない。支出がない。その日は家で飯を食ってる」
「じゃあ、眼鏡の男性は」
「俺じゃない」
店の中が、静かになった。
満は、三週間前の木曜を思い出そうとした。木曜。眼鏡。原価。
「……あ」
「あ?」
「斉藤さんだ」
「誰」
「常連の。眼鏡の。あの日、新メニュー出したら、すごい原価聞かれた。『それは効率が悪い』って、三回くらい言われた」
悠真は、しばらく何も言わなかった。
「……俺が言いそうなことを、俺がいない日に言ってるやつがいるのか」
「いるね」
「悠真さんが二人いたんですね」と凛。
「俺は一人だ」
みのりが、ゆっくりと三人の顔を見回した。
「……でも、私たち、全員一瞬で悠真だと思ったよね」
誰も、否定しなかった。
「俺も思った」と悠真が言った。
「悠真さんも思ったんですか」
「読んだ瞬間、俺だと思った。言いそうだから」
「自分でも言いそうだと思ってるんですね」
「思ってる」
悠真は、グラスを持ち上げて、一口飲んだ。
「……間違ったことは言ってないと思ってる。今も」
「うん」とみのり。
「ただ、隣で聞いてるやつに、どう聞こえるかは、考えたことがなかった」
満は、スマホを見た。星は、一つのままだった。
「返信、できるらしいよ。店からレビューに」
「するんですか」と凛。
「どうしよう」
「『その眼鏡は斉藤さんです』って書く?」とみのり。
「書かない」
「『悠真じゃないです』って書く?」
「それも書かない」
「『気の毒じゃないです』って書く?」
「……それは、ちょっと書きたい」
「書かないでください」
満は、しばらく画面を見て、それから伏せた。
「……返信は、しない。次に来てくれたら、注文は一回で聞く」
「来ますかね」と凛。
「分かんない」
そのとき、ドアベルが鳴った。
入ってきたのは、見たことのない若い男性だった。一人だった。入口で少し立ち止まって、店の中を見回す。
四人とも、ぴたりと口を閉じた。
悠真はグラスを置いて、背筋を伸ばした。みのりはおしぼりを膝の上に下ろした。凛は、ボトルを持ったまま動かなくなった。満は、カウンターの内側で、いちばんいい笑顔を作った。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
男性は、カウンターの端の席に座った。店の中は、驚くほど静かだった。有線の音だけが、少し大きく聞こえた。
満は、おしぼりを出した。
「ご注文、お決まりでしたら」
「あ、じゃあ……ハイボールで」
「ハイボール、かしこまりました」
一回で聞けた。満は、少しだけ胸を張った。
グラスに氷を落としていると、悠真の声が、ほとんど聞こえないくらいの大きさで、みのりに言った。
「……あのハイボール、原価いくらだと思う」
「今それ聞かないで」
凛が、ボトルを持ったまま、悠真を見た。何も言わなかった。言わないのも、たぶん業務だった。
男性は、満の出したハイボールを一口飲んで、店の中をもう一度見回した。四人とも、真剣な顔で黙っていた。
「……静かなお店ですね」
男性が言った。
満は、「はい」と言うべきか「いいえ」と言うべきか分からなくて、笑った。
星1を気にした結果、
いつもの四人が全員黙りました。
そして初めて来たお客さんから、
「……静かなお店ですね」
本来なら悪くない言葉のはずなんですけどね。笑
それはそれとしまして、
皆さんは静かなお店と、店員さんや常連さんがよく話しているお店、どちらが好きですか?




