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それはそれとしまして。【月水金20時更新!】  作者: ゆぴろ ✎*


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13/26

#12|店のレビューに星1がついた

店のレビューに、星1がつきました。


しかも、書かれていることに

まったく心当たりがないわけでもないようです。


今回は、そんなお話です。

開店してすぐのカウンターで、満はスマホを見ていた。まだ客は誰もいなかった。


見て、置いて、グラスを一つ拭いて、また見た。


「店長、それ何回目ですか」


凛が、ボトルを並べながら言った。


「何が」

「スマホ。さっきから七回見てます」

「数えないでよ」

「数えたくなくても、目に入るんです」


満は、スマホを伏せた。三秒後、また表に返した。


「……レビュー、ついてた」

「レビュー?」

「店の。地図のアプリのやつ」

「へえ。何点ですか」


満は、画面を凛のほうへ向けた。


星が、一つだけ黄色かった。


凛は、少しの間それを見ていた。


「……一」

「一」

「一ですね」


ドアベルが鳴って、みのりと悠真が入ってきた。駅で一緒になったらしい。満の顔を見て、みのりが首をかしげた。


「みっくん、どうしたの」

「星一」

「え?」

「店に、星一ついた」


悠真が、いつもの席に座りながら言った。


「読ませろ」


満はスマホをカウンターの真ん中に置いた。四人で覗き込む。


満が、声に出して読んだ。


「『お酒はとても美味しかったです。店主さんも、最初は感じのいい方でした』」

「褒めてるじゃん」とみのり。

「ここまではね」


満は、スクロールした。


「『ただ、カウンターの常連さんらしき方々の会話が、ずっと内輪で盛り上がっていて、入りにくかったです』」


四人とも、黙った。


「『特に、眼鏡の男性が、店主さんに向かって新メニューの原価を聞いたり、「それは効率が悪い」と何度も指摘していて』」


満の声が、少し小さくなった。


「『店主さんが気の毒で、落ち着いて飲めませんでした。一人で来る人には、少しつらいお店かもしれません』」


誰も、すぐには何も言わなかった。


三人の視線が、ゆっくり悠真に集まった。


悠真は、眼鏡の位置を指で直した。


「……俺か」

「眼鏡で、原価って」と凛。

「眼鏡で、効率って」とみのり。

「悠真以外に、いる?」と満。


悠真は、画面をもう一度読んだ。


「原価を聞くのは、経営の話として当然だろ。効率が悪いものは効率が悪い。間違ったことは言ってない」

「言ってないと思う」とみのり。

「なら」

「でも、『気の毒』って書いてある」


満が、画面を指さした。


「……ていうか、俺、気の毒だったの?」


三人が、満を見た。


「悠真に原価聞かれるの、別に嫌じゃないよ。むしろ、聞かれないと寂しいっていうか」

「寂しいんですか」と凛。

「毎回聞かれるから、聞かれない日は、あれ? ってなる」

「店長、それ外から見たら、気の毒に見えます」

「なんで」

「嬉しそうに怒られてるからです」


悠真が、少し眉を寄せた。


「怒ってない」

「怒ってるように見えるんです。悠真さんの普通の声、知らない人には、たぶん怒ってます」

「普通の声だ」

「その普通が、です」


悠真は黙った。反論を探している顔だった。


満は、また画面をスクロールした。


「……まだある」

「まだあるの?」


「『若い女性の店員さんも、常連さんたちの会話に鋭くツッコミを入れていて、楽しそうではありましたが、完全に内輪のノリでした』」


凛の手が、止まった。


「……」

「若い女性の店員さん」とみのり。

「鋭くツッコミ」と悠真。

「凛以外に、いる?」と満。

「……いません」


凛は、ボトルを一本、棚に戻した。


「ツッコミは、業務です」

「業務なの?」

「業務の一環です。放っておくと、店長と悠真さんの話が終わらないので」

「楽しそうではありましたが、って書いてある」と悠真。

「……楽しくないとは、言ってないです」


みのりが、小さく口元を押さえた。満は、画面から顔を上げずに続けた。


「『店主さんも、常連さんと話すのに夢中で、注文を二回お願いすることになりました』」


満の声が、止まった。


凛が、満を見た。悠真も、満を見た。


「……二回」と満が言った。

「覚えてます?」と凛。

「……覚えてない」

「覚えてないのが、たぶん答えですね」


満は、スマホを持ったまま、カウンターに肘をついた。


「俺、気の毒で、しかも注文聞いてなかったの」

「気の毒な人が、注文を聞いてなかったんですね」と凛。

「星一の理由、全員に配られてる」とみのり。


みのりは、画面をもう一度覗き込んだ。


「……でも、分かるな」

「何が」と悠真。

「この人の気持ち。初めて来て、カウンターで四人が楽しそうに喋ってたら、私も入りにくいかも」

「みのりも、その四人の一人だろ」

「……そうだね」


みのりは、少し考えた。


「私、この人が来た日、いたかな」


悠真が、スマホを取り出した。


「日付は」

「えっと……三週間前の、木曜」


悠真は、家計簿アプリを開いて、画面を指でさかのぼった。止まった。もう一度さかのぼった。


「……その日、来てない」


三人が、悠真を見た。


「来てないの?」と満。

「来てない。支出がない。その日は家で飯を食ってる」

「じゃあ、眼鏡の男性は」

「俺じゃない」


店の中が、静かになった。


満は、三週間前の木曜を思い出そうとした。木曜。眼鏡。原価。


「……あ」

「あ?」

「斉藤さんだ」

「誰」

「常連の。眼鏡の。あの日、新メニュー出したら、すごい原価聞かれた。『それは効率が悪い』って、三回くらい言われた」


悠真は、しばらく何も言わなかった。


「……俺が言いそうなことを、俺がいない日に言ってるやつがいるのか」

「いるね」

「悠真さんが二人いたんですね」と凛。

「俺は一人だ」


みのりが、ゆっくりと三人の顔を見回した。


「……でも、私たち、全員一瞬で悠真だと思ったよね」


誰も、否定しなかった。


「俺も思った」と悠真が言った。

「悠真さんも思ったんですか」

「読んだ瞬間、俺だと思った。言いそうだから」

「自分でも言いそうだと思ってるんですね」

「思ってる」


悠真は、グラスを持ち上げて、一口飲んだ。


「……間違ったことは言ってないと思ってる。今も」

「うん」とみのり。

「ただ、隣で聞いてるやつに、どう聞こえるかは、考えたことがなかった」


満は、スマホを見た。星は、一つのままだった。


「返信、できるらしいよ。店からレビューに」

「するんですか」と凛。

「どうしよう」

「『その眼鏡は斉藤さんです』って書く?」とみのり。

「書かない」

「『悠真じゃないです』って書く?」

「それも書かない」

「『気の毒じゃないです』って書く?」

「……それは、ちょっと書きたい」

「書かないでください」


満は、しばらく画面を見て、それから伏せた。


「……返信は、しない。次に来てくれたら、注文は一回で聞く」

「来ますかね」と凛。

「分かんない」


そのとき、ドアベルが鳴った。


入ってきたのは、見たことのない若い男性だった。一人だった。入口で少し立ち止まって、店の中を見回す。


四人とも、ぴたりと口を閉じた。


悠真はグラスを置いて、背筋を伸ばした。みのりはおしぼりを膝の上に下ろした。凛は、ボトルを持ったまま動かなくなった。満は、カウンターの内側で、いちばんいい笑顔を作った。


「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」


男性は、カウンターの端の席に座った。店の中は、驚くほど静かだった。有線の音だけが、少し大きく聞こえた。


満は、おしぼりを出した。


「ご注文、お決まりでしたら」

「あ、じゃあ……ハイボールで」

「ハイボール、かしこまりました」


一回で聞けた。満は、少しだけ胸を張った。


グラスに氷を落としていると、悠真の声が、ほとんど聞こえないくらいの大きさで、みのりに言った。


「……あのハイボール、原価いくらだと思う」

「今それ聞かないで」


凛が、ボトルを持ったまま、悠真を見た。何も言わなかった。言わないのも、たぶん業務だった。


男性は、満の出したハイボールを一口飲んで、店の中をもう一度見回した。四人とも、真剣な顔で黙っていた。


「……静かなお店ですね」


男性が言った。


満は、「はい」と言うべきか「いいえ」と言うべきか分からなくて、笑った。

星1を気にした結果、

いつもの四人が全員黙りました。


そして初めて来たお客さんから、


「……静かなお店ですね」


本来なら悪くない言葉のはずなんですけどね。笑


それはそれとしまして、

皆さんは静かなお店と、店員さんや常連さんがよく話しているお店、どちらが好きですか?

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