#10|その子、今日は機嫌が悪いから
「その子、今日は機嫌悪いから」
ゲームセンターで、みのりが突然そんなことを言い出しました。
悠真は当然、納得していません。
今のところは。
店の備品を買いに出た帰りだった。段ボールを二箱抱えた悠真が「重い」と三回言ったところで、満がゲームセンターの前で足を止めた。
「ちょっとだけ」
「何がちょっとだけだ」
「見て、あれ」
入口のすぐ横の台に、カップ焼きそばが入っていた。普通のカップ焼きそばではない。蓋に「四人前」と書いてある。洗面器くらいの大きさがあった。
「……何ですか、あれ」と凛。
「四人前だって。今ここ、四人いるじゃん」
「四人で一個のカップ焼きそばを食べるんですか」
「夢あるだろ」
「ないです」
満はもう百円玉を入れていた。悠真は段ボールを床に下ろして、壁にもたれた。みのりは、なぜか満の台ではなく、店の奥のほうを見ていた。
アームが下りて、四人前の蓋の端をつかんで、持ち上がらずに滑った。
「あっ、惜しい」
満が、ガラスを手のひらでぺちんと叩いた。
「叩くな」と悠真。
「叩いてない。応援」
「応援で台は叩かない」
満は二枚目を入れた。アームは今度は、箱の真ん中をつかんで、少し持ち上げて、落とした。
「惜しい!」
ぺちん。
「だから叩くな」
三枚目。今度は、かすりもしなかった。満は叩かなかった。叩く場所がなかった。
「みっくん」
みのりが、店の奥を見たまま言った。
「その子、やめたほうがいいよ。今日、機嫌悪いから」
凛は、みのりを見た。
「……その子?」
「うん。その台」
「機嫌?」
「さっきから見てたんだけど、その子、今日ずっと誰にも取らせてないの。惜しいところまではいかせるんだけど、最後で落とすでしょ。ああいう子は、今は何やってもだめ」
満は、台とみのりを交互に見た。
悠真が、壁から背中を離した。
「……払い出しの設定の話をしてるのか」
「設定って言い方、かわいそうじゃない?」
「機械にかわいそうはない」
「あるよ」
凛は、布巾を持っていないことに気づいた。持っていたら、たたんでいた。
「じゃあ、機嫌いい子はどれなんですか」
「あの子」
みのりが指さしたのは、奥の列の三番目だった。中には、モバイルバッテリーの箱が並んでいる。
「あの子はね、さっき二人続けて取られて、今ちょっと落ち込んでるけど、根はいい子だから、次の人には優しいと思う」
「根はいい子」と凛。
「取られたら、設定上しばらく取れないはずだ」と悠真。
「そう思うでしょ。でもあの子、取られたあとのほうが優しいタイプなの」
悠真は、少し黙った。それから、段ボールをまたいで、奥の列の三番目まで歩いていった。
「悠真さん?」
「検証だ」
百円玉を入れる。アームが動く。止まる。下りる。モバイルバッテリーの箱の端をつかんで、そのまま、まっすぐ持ち上げて、穴に落とした。
ごとん、と音がした。
悠真は、取り出し口から箱を出して、しばらく見ていた。
「……一回目だ」
「みのりすげえ」と満。
「だから言ったでしょ」
凛は、みのりを見た。みのりは、もう次の台を見ていた。
「あの子は恥ずかしがり屋だから、人が集まってると取らせてくれない。あっちの子は、朝からずっと同じ人がやってたみたいで、ちょっと疲れてる。あの子はね、すごく真面目」
「真面目な台って何ですか」
「設定どおりにしか取らせない子」
「全部そうじゃないですか」
「全部そうじゃないよ」
満が、身を乗り出した。
「じゃあ、俺と相性いい子は?」
みのりは、満の顔を見た。それから、ゆっくり店内を見回した。
「……みっくんは、今日は、どの子にも嫌われてる」
「なんで!」
「叩くから」
「叩いてない」
「さっき二回叩いてました」と凛。
「あれは応援」
「嫌がってたよ、あの子」
満は、カップ焼きそばの台を見た。四人前は、さっきと同じ場所に、同じ顔で置いてあった。
悠真が、モバイルバッテリーの箱を段ボールの上に置いて、店内を見回した。
「奥の二列目。右から二番目」
「え」
「さっきから三人やって、三人とも手前で落としてる。そろそろ出す」
「悠真さん、それ」
「あの子は、たぶん次で取らせる」
凛は、悠真を見た。
満も、悠真を見た。
みのりだけが、うん、と頷いた。
「……今、『あの子』って言いました?」
「言ってない」
「言いました」
「便宜上だ」
「便宜上で『あの子』って言う人、初めて見ました」
悠真は、答えずに奥の二列目へ歩いていった。百円玉を入れて、右から二番目の台で、小さなぬいぐるみを一回で落とした。取り出し口から出して、何も言わずに戻ってきた。
段ボールの上に、モバイルバッテリーと、ぬいぐるみが並んだ。
凛は、その二つを見た。それから、みのりを見た。
「……みのりさん」
「なに?」
「私と相性いい子、どれですか」
みのりは、少し首をかしげて凛を見た。それから、店の隅を指さした。
照明が一つ切れかけた、いちばん奥の台だった。中には、木彫りの熊が一体だけ入っていた。鮭をくわえていない。何もくわえていない熊だった。
「あの子」
「……景品が」
「相性はいいよ。すごく」
「景品が」
「あの子、誰にも見てもらえなくて、寂しかったと思う」
凛は、熊を見た。熊は、ガラスの向こうで、何もくわえずに凛を見ていた。
「……今日は、いいです」
みのりが、ふと満のほうを振り返った。
「あ。みっくん、今ならいけるかも」
「え」
「その子。さっきより、ちょっと機嫌直ってる」
満の目が、カップ焼きそばの台へ戻った。
「なんで分かるの」
「みっくんが、しばらく触ってなかったから」
満は、四枚目の百円玉を入れた。アームが動く。四人前の箱の、真ん中の少し奥。止まる。下りる。つかむ。持ち上がる。
箱が、ゆっくりと穴のほうへ運ばれていく。
「よし、よし、よし――」
満の手のひらが、ガラスに向かって動いた。
ぺちん。
アームが、揺れた。
四人前は、穴の縁に当たって、台の上へ落ちた。
誰も、何も言わなかった。
「……叩いたから」とみのり。
「今のは応援」
「機械に応援は通じません」と凛。
「通じるよ」とみのりは言った。「嫌がってた」
悠真は、黙って段ボールを持ち上げた。
帰り道、満はずっと、四人前のことを話していた。どこをつかめばよかったのか。あと何回やれば取れたのか。みのりは「今日はもう無理だったよ」と言い、凛は「叩かなければ取れてました」と言った。
悠真は、段ボールを抱えたまま前を歩いていた。角を曲がる手前で、一度だけ、ゲームセンターのほうを振り返った。
「……また来る」
小さな声だった。
みのりが、悠真の横顔を見た。
「今、誰に言ったの」
「独り言だ」
段ボールの上で、ぬいぐるみが、歩くたびに小さく揺れていた。
今回、個人的に好きなのは、
あれだけ「機械に機嫌はない」と言っていた悠真が、
途中から普通に「あの子」と呼び始めるところです。
最後には「また来る」まで言っていました。笑
それはそれとしまして、
皆さんはUFOキャッチャー、設定を見る派ですか? なんとなく台との相性を感じる派ですか?




