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アメリア①


昔から、記憶が混ざることがある。


白い屋敷。

夜に沈む薔薇園。

アメジストみたいな紫の瞳。


冷たい指先が頬を撫でる感覚だけが、妙に鮮明で、胸の奥に残り続ける。


アメリア・エルダートン以外の名前で呼ばれた記憶が、幼い頃から、ずっとそこにあった。


例えば、まだ文字も読めない頃から、古い祝詞の響きが何故か耳に馴染んでいた。

母に連れられて夜会へ出れば、誰に教わるより先に自然とカーテシーができた。

知らないはずの香水や宝石の名前を、当たり前みたいに知っていた。


リアーナ・アルセイン。


私の記憶のほとんどは、リアーナだった。




十を過ぎた頃。


革張りの重たい表紙を、父に内緒で書庫から持ち出した。

この国に属する貴族と、その契約悪魔が記載されたその名鑑は、過去から今に至るまでが記録されている。

私は興味本位で、アルセイン家のページをめくる。


王妹を迎え入れたことで始まった、由緒正しい血筋のアルセイン家。

何代も続く家系図の中で、今より四代前の当主から繋がる二つの名前は、次代の当主である「レオニス・アルセイン」と「リアーナ・アルセイン」だ。


リアーナ・アルセイン

契約悪魔 アザリエル

アルセイン公爵家の悲劇の娘。高位悪魔と契約をし、後に命を奪われた。


その無機質な文字が、首の後ろを撫で上げた。

記憶の中の紫の瞳と、冷たい指先の感触。


あぁ、興味本意で見なければよかった。

リアーナが死んだ後、あの家がどうなったのか。

ただ、知りたかっただけなのに。

彼の名は、余計な記憶まで思い出させる。



十二歳が近づくにつれ、私は一層知識を吸収した。

一回目の人生で、私は“選ばれる側”だった。だからダメだったのだ。

だから今度は、選ばれるのを待つのではなく、自分で選びたかった。


「アメリア、お前またそんなところで本を読んでいるのか」

穏やかな声に、ぱちりと顔を上げる。

午後の陽射しが差し込む温室。

硝子越しの淡い光が、白い花弁の上で揺れていた。

「お父様」

秋の陽だまりみたいな父の声に、慌てて膝の本を閉じた。


エルダートン伯爵家。


王都から少し離れた土地を治める、中位伯爵家。

華やかでもなければ、没落しているわけでもない。

社交界では、話題にもならないような家だった。

けれどアメリアは、この穏やかな家を気に入っていた。

社交とは離れているからこそ、静かに考えられる。

前世で、自分がどれほど愚かだったのかを。

「そんなに難しい本ばかり読んで、楽しいのか?」

父が苦笑しながら向かいへ腰を下ろす。

「好きなの」

そう答えると、困ったような笑みが返ってくる。

「お前は昔から変わっているな」

変わっている。

その通りだと思う。

前世の記憶を持ったまま生きているのだから。


悪魔史。

王国史。

召喚学。


リアーナだった頃の私は、高位悪魔に選ばれた特別な存在だと思っていた。

でも違った。

私はただ、気まぐれに殺される、取るに足らない存在だったのだ。

だから今度は、私が選ぶのだ。


「あぁ、そういえば」

不意に父が思い出したように口を開く。

「アルセイン家の次期当主殿だが、召喚の儀で、中位悪魔だったそうだ」

アメリアは瞬きをする。

アルセイン。

私の死後も繁栄を続けていた家だ。

「従兄弟の悪魔と比べると、いやはや……」

父はただの噂話だと笑う。

けれど。

アメリアは、本の表紙に指を滑らせるだけだった。


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