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リアーナ②



喉の奥に落とされた冷たい毒は、歳月をかけて静かに全身へ広がり、気づけば私は二十二になっていた。


世界の軋みに目を逸らし、笑い方も、褒め言葉の受け流し方も覚えていった。ただ、賞賛の言葉を素直に受け取らなくなっただけ。それが、大人になったことなのだと、自分に言い聞かせた。


「リアーナ、お前の嫁ぎ先が決まった」


相手は、侯爵家の次男。

十二歳になってからは、社交場で顔を合わせる程度になっていたが、幼い頃はよく共に遊んだ、穏やかな青年だった。

「リアーナ様は、子供の頃からとても聡明で、お優しい方でしたね。努力を知っている、そういうところに惹かれたのです」

彼は、私を見ている。

アザリエルではなく、リアーナ・アルセインではなく、私を。


彼とのお茶会は、終始和やかだった。

幼少の頃の思い出や、領地で盛んな産業、社交界のトレンドに、二人の未来。

「リアーナ様の博識には驚かされてばかりです。あなたと二人なら、どんな困難でも立ち向かえそうです」

そう柔らかく笑う彼は、私を特別にしてくれた。


婚姻のドレスが屋敷に届いた夜。

私は、アザリエルを呼んだ。それは、二ヶ月ぶりのことだ。

黒い影がゆっくりと形を成し、アメジスト色が私を捕える。

不遜に笑う彼は、音もなく私の隣へ腰を下ろした。

ベッドが僅かに沈み、遅れて、冷たい香が肩先を掠める。

長い指がゆっくりと伸びて、頬にかかった髪を掬い、そのまま首筋へ滑った。

いつもと同じ、意味のない接触。いつもなら、戯れで撫でる指を抓るのだけど、今日は違う。


「アザリエル。私、結婚するの」


その瞬間、部屋から音が消えた気がした。


首筋をなぞっていた指先が、ぴたりと止まる。

アメジスト色の瞳が、静かに私を映した。

紫水晶みたいに美しいのに、その奥には、覗き込むほど深い夜が沈んでいる。


声は落ちない。

問いかけもない。

ただ、アザリエルは静かに私を見ていた。

不意に、自分がとても愚かなことを口にしたような気がして、喉が浅く震える。

それでも、私は笑うしかなかった。


「私、幸せになれるの」


まるで言い聞かせるみたいな声だった。


アザリエルの爪が、ゆっくりと首筋を撫で上げる。

爪先まで凍えるような冷たさだけが、肌に残った。

アザリエルは、そのまま私の耳朶を指先で弄びながら、退屈そうに目を細めた。


やがて、低い声が静かに落ちる。


「本当にお前は、」


微かに息を含んだ低い声は、怒りでも嘲りでもない。

ただ、静かで、深くて、底が見えなかった。

黒い影が揺れ、ベッドが軽く軋んだ。


冷たい夜の香りが私を包む。


「馬鹿な子だ」


囁くみたいな声だった。


白い指先が髪を梳き、そのまま喉元をなぞる。

触れられた場所から熱が奪われていくのに、どうしてか逃げられない。


「だから、可愛いんだろうな」


甘やかすみたいに落ちた声に、胸の奥がひどく軋んだ。

指先が、ゆっくりと心臓の上を撫でる。


その瞬間。


まるで最初から、そこに在る形を知っていたみたいに。

白い指が、なんの躊躇いもなく胸を貫く。


痛みは遅れてやってきた。

熱いはずなのに、体の奥から冷えていく。


甘い声だった。

優しい声だった。


愛していると囁かれたのだと、錯覚してしまうほどに。


そして私は、アメジストの奥に沈む夜へ、静かに飲み込まれていった。


リアーナ・アルセインの人生は、ここで終わりを迎えた。

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