第9話(ジェイリアム視点)
エルディット・マーク2の言っていることは、正論だった。
もっとも、彼女はいつも正論しか言わないのだが。
俺は長いため息を漏らし、それから、頷いた。
「わかった……お前の言う通りにする……」
こうなったら、とことんまでやってやる。
すべては、『完璧なる国』を作るため。
家族同然だったパウレンスさえも、俺は殺したのだ。もう、躊躇はなかった。それに、俺の理想を理解せず、愚かな不正に手を染める重臣たちへの怒りもあった。
『将来不正を犯す可能性がある者たち』の処刑は、その日のうちに、一斉におこなわれた。わずかでも時間差ができると、逃げたり反逆したりするものが出てくるからというエルディット・マーク2の指示に従ってのことだった。
……大変な決断だった。
だが、やり遂げた。
また一歩。『完璧なる国』に近づいた。
特権階級の優雅な暮らしを妬み、不平不満を漏らしていた民衆は少なくない。
彼らもきっと、俺のおこないに賛同するだろう。
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だが、民衆の反応は、俺の予想とは大きく違っていた。まだ罪を犯していない者を、エルディット・マーク2の予測に基づいて全員処刑した俺に対し、民衆たちは一斉に異を唱えたのだ。
『やりすぎだ!』
『機械の言いなりになるな!』
『狂った王! 過去のどんな暴君よりも酷い!』
皆、そんなことを言いながら、王城の前でデモ行進をしている。
俺は高所のテラスから、エルディット・マーク2と共にそれを眺めていた。
「……うまくいかないものだな。普段は特権階級に対し、陰で罵詈雑言ばかりを言いあっている民衆が、まとめて特権階級を処刑したことで、このような反応を見せるとは」
エルディット・マーク2は、アリの行列でも見るような目で民衆を見下ろし、微笑んでいた。そして、ギギギと首を動かし、こちらを見て、無感情に言う。
「陛下。王城前でのデモ行進は、不敬行為です。皆、処分いたしましょう」
俺は、あまり驚かなかった。
エルディット・マーク2なら、そう言うと思っていたからだ。
そして俺自身も、執政者の苦悩も知らずに、知ったようなことを言いながら乱痴気騒ぎをしている民衆たちを、罰してやりたいと思っていた。
……ただ、いつ頃からか、彼女が『処刑』ではなく、『処分』という言葉を使うようになったことだけは、少し気がかりだった。
何も言わない俺の代わりに、エルディット・マーク2は、淡々と言葉を続けていく。
「今はまだ、ただ喚いて行進しているだけですが、放っておけば、彼らは陛下を『弱腰の執政者』とあなどり、すぐに暴徒と化すでしょう。甘やかせばつけ上がり、締め付けすぎれば暴れ出す。民衆とは、なんて不安定で、愚かな存在でしょう。そんな彼らを導くためにも、陛下のように強い決断力を持った偉大な指導者が必要なのです」
俺は、苦笑した。
『陛下のように強い決断力を持った偉大な指導者が必要なのです』か。
エルディット・マーク2は、機械的に正論を述べるだけではなく、しばしばこのようなことを述べて、俺のご機嫌取りをする。見え見えのお世辞ではあるが、そのお世辞を言うタイミングが、いつも絶妙だった。
人は誰しも、悩み、惑う。
そして、悩みと惑いからくる不安で決断が鈍る時がある。
そんなとき、トンと背中を押すように、エルディット・マーク2は、俺が最も喜ぶであろう言葉を、かけてくるのだ。……全て、機械頭脳の計算でやっているのだろうか。そう思うと、少しだけ恐ろしくなる。
そっと、俺の腕に、何かが触れた。
それは、エルディット・マーク2の手だった。
機械の動きとは思えない、たおやかで、優美な手つき。エルディット・マーク2は、俺の決断を急かすようなことをせず、躊躇心を溶かすように、俺の腕を優しく撫でた。
……恐れ入った。
まさか、エルディット・マーク2が、スキンシップをしてくるとは。
寵姫たちが俺に媚びる姿を見て、学習したのだろう。判断に迷っている俺には、正論を並べ立てるより、こうやって決断を待つのが、一番効果的だと。
実際、エルディット・マーク2の行動は最適だった。迷っている今の俺は、ああしろこうしろと、頭ごなしにしつこく言われたら、逆に反発したことだろう。静かに、いじらしく決断を待つエルディット・マーク2の動作は、少しずつ俺の迷いを消していく。
元々、高度な学習機能を備えているエルディット・マーク2だが、最近の成長ぶりは、目を見張るものがあった。自分自身で加工したのだろうか? 初期は金属がむき出しであった部分にも人工皮膚が張られ、エルディット・マーク2の美しさは、かつての聖女エルディットに勝るとも劣らないものになっていた。




