第7話(ジェイリアム視点)
アデライド王国の『完璧なる平和』は、とこしえに続くと思われた。
俺も、重臣も、国民も、皆、そう思っていた。
どんな素晴らしい国も、偉大な執政者の死と共に、乱れるもの。
だが、機械であるエルディット・マーク2の寿命は無限だ。
だから、アデライド王国の平和も無限なのだ。
いつか俺が死んでも、エルディット・マーク2が俺の息子を補佐し、導いてくれる。ああ、安心だ。未来永劫の平和と繁栄が約束されている。これ以上の安心は、この世に存在しないだろう。
だが、そんなある日のこと。
想像もしていなかった大事件が起こった。
重臣の一人、パウレンス子爵が、公金の一部を横領していたことが分かったのである。……俺の祖父の代から王家に仕えている名家の末裔でありながら、なんという馬鹿なことを。国民が一人も罪を犯さぬ『完璧なる国』で、特権階級が罪を犯すなど、あってはならないことだ。
しかし俺は、パウレンスを罰することを躊躇した。
パウレンスとは、子供の頃から家族同様の付き合いであり、俺は彼のことを、兄のように慕っていたからだ。パウレンスは温厚な男で、気性の激しい俺の言動にもいちいち目くじらを立てることはなく、いつも穏やかに接してくれた。だから俺は、パウレンスのことが好きだった。
……公金横領は、大罪だ。
国法に照らすのであれば、死罪である。
パウレンスは泣いて土下座し、俺に許しを乞うた。
『出来心だった』『もう二度としない』『どうか、命だけは』
正視に堪えないほど、哀れな姿だった。
俺も、パウレンスを殺したくなかった。
もちろん犯した罪を考えれば、さすがに無罪放免というわけにはいかない。
だが、なんとかして命だけは助けてやりたかった。
そんな俺に、エルディット・マーク2は、抑揚のない声で言った。
「陛下。公金横領は大罪です。パウレンス子爵を、即刻処刑しましょう」
何の慈悲もない言葉だった。
パウレンスは土下座の姿勢のまま、震えあがった。
俺は慌てて、言う。
「ま、待ってくれ、エルディット・マーク2。俺とパウレンスは、幼いころから家族同然の……」
「陛下。相手によって罰の程度を変えていては、法というものは成り立ちません。しかも、パウレンス子爵の犯した罪は、単に公金横領だけではありません。彼のしたことは、長きにわたって犯罪件数皆無を成し遂げていたアデライド王国の平和を侮辱したのと同じです。見せしめとして、彼の一族も、皆殺しにすべきです」
エルディット・マーク2の言っていることは、正論だった。
当然だ、機械の頭脳が導き出した、完璧な答え。
その答えの中に、間違いなどあるはずがない。
……残念だが、パウレンスの処刑は、おこなわなければならないだろう。
エルディット・マーク2の言う通り、相手によって罰の程度を変えていては、法治国家は成り立たない。俺は『完璧なる国』の王として、国法を曲げるわけにはいかない。
しかし……
「い、一族皆殺しは、いくらなんでも、やりすぎではないか……? パウレンスは少し前に、子供が生まれたばかりだ。俺も抱かせてもらったことがある。とても無垢で、愛らしい赤ん坊だ……。一族皆殺しとなれば、その赤ん坊も殺さなくてはならない。それは、あまりにも……」
エルディット・マーク2は、いつも通りの微笑を浮かべ、理路整然と言葉を述べていく。
「陛下。『赤子がいたので一族は処刑を免れた』という前例を作れば、これから先、悪知恵の回る者は皆、横領をする前に子を成しておくことでしょう。罪人を裁く際、特例があってはなりません。いかなる理由があろうとも罪は罪。いかなる立場であろうとも、罰は罰です。どうか、ご決断を」
「う……うぅ……」
……俺は結局、エルディット・マーク2の言う通りにした。
彼女の言っていることは厳しいが、明らかに、正しい理屈だったからだ。
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最近、夢見が悪い。
しばしば、パウレンスの夢を見る。
俺が処刑を決断したときの、絶望した彼の顔を。
夢の中で、赤ん坊の泣き声が聞こえる。
パウレンスの一族が、俺を責めているのか。
それとも、俺の罪悪感が見せている、ただの悪夢に過ぎないのか。
……だが、すべては仕方なかったことだ。厳しい決断だったが、正しい決断だったと俺は信じている。パウレンスのことが見せしめとなり、これからは、公金横領のような大罪を犯す者もいなくなるだろう。
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しかし、特権階級による不正は、無くならなかった。
頻度こそ少なくなったものの、どうしても、ゼロにはならない。
何故だ。
皆、パウレンスの一族に起きた悲劇を知っているはずなのに。
不正がバレたら、自分たちの一族が地獄を見ると知っていて、何故悪事を犯す?




