第3話
私もまた、ルーカード神父を真似るように頷き、言う。
「そうなんです。神父様、どうかこのことは、他のシスターや教会に来る人たちには、言わないでほしいのですが……」
「わかりました。決して他言は致しません。誰にでも、知られたくないことというものは、あるものですからね」
ルーカード神父はそう言い切ると、表情を変えず、もう一度頷いた。
まるで、お面のような無表情であり、私には、彼がどんな思いで私の話を聞いていたのか、想像がつかなかった。ルーカード神父は誠実で、美しい顔をした青年だが、どんなときも、ほとんど表情が変わらず、見方によっては不愛想ととられかねないのが、少々玉に瑕だった。
しかし、とにもかくにも、私の秘密は守られるようだ。ルーカード神父なら、間違っても面白半分で人の過去を言いふらしたりすることはない。私はホッとして、胸をなでおろす。
そんな私に、ルーカード神父は、何かを思い出したように言う。
「それにしても、あなたがアデライド王国のご出身だったとは、驚きです。実は私も、かつて、あの国で働いていたことがあるんですよ」
「えっ、そうなんですか?」
「ええ。働いていただけではなく、生まれも育ちも、アデライド王国です。事情があって国を出ましたが、それでも生まれ故郷ですからね。新聞にアデライド王国の記事が載るたび、ちゃんと目を通しています」
ルーカード神父は、そこで一度言葉を切り、小さなため息を漏らしてから、語り続ける。
「だから、長年アデライド王国を守護してくれていた聖女様を追い出して、機械仕掛けの聖女に役目を引き継がせたと知ったときは、心の底から呆れてしまいました。今のところは、問題なく国の平和が保たれているようですが、私は、なんだか嫌な予感がしてなりません」
「嫌な予感って……どういう意味ですか?」
「シスター・エルディット……いえ、聖女エルディット様。聖女の役目とは、機械に模倣できるほど、簡単なものなのでしょうか? 私には、とてもそうは思えません。今は良くても、そう遠くないうちに、何か問題が起こると思います。聖女の代わりが務まる機械なんて、存在するはずがないからです」
それは、不穏な言葉ではあったが、ルーカード神父が、私の果たしてきた役目を『簡単なものではない』『聖女の代わりが務まる機械なんて、存在するはずがない』と思ってくれていたことが、なんとなく嬉しかった。
しかし、私の見た限り、あの機械仕掛けの聖女の能力は見事だった。自分で言うのも癪だが、少なくとも『国の平和を守る』という点においては、人間の私よりも、完璧に役目を果たすことができるだろう。機械は、疲れることを知らないのだから。
もちろん、私の聖女としての働きを認めてくれたルーカード神父に、わざわざそんなことを言う必要はない。私は「そうかもしれませんね」と言い、小さく頷いた。
それにしても、ルーカード神父に『聖女エルディット様』などと呼ばれるのは、どうにも気恥ずかしい。私は頬を染め、言う。
「あの、神父様。私はもう聖女ではありませんし、そんなふうに呼ばないでください。えっと、ほら、他の人たちに聞かれたら、私がアデライド王国の聖女だったってバレてしまいますし……」
その言葉で、ルーカード神父は苦笑した。
苦い微笑ではあるが、初めて見た、ルーカード神父の笑顔だった。
「その通りですね、うかつでした。ではこれからも、いつも通りでいきましょう」
「はい、ありがとうございます」
「シスター・エルディット。あなたが何者で、これまで何をしてきたかは、もう問題ではありません。この教会で働く他のシスターも、祈りを捧げに来る人々も、それぞれ、過去にはいろいろあるものです。もちろん、私も。だから、お互いに過ぎたことに思いを馳せるより、未来のことを考えて生きていきましょう」
それは、過去を忘れて生きていきたいと思っている私にとって、とてもありがたい言葉だった。
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そしてまた、いつも通りの日常が始まった。『過ぎたことに思いを馳せるより、未来のことを考えて生きていきましょう』という言葉通り、ルーカード神父は、私を元聖女として特別扱いすることもなく、これまでと同じように接してくれた。
予想通りというべきか、魔物たちが再びやって来るようなことはなかった。聖女の力に恐れをなしたのだろう。この辺りは、元々治安が良いし、平和な日々がのんびりと続いていく。
もちろん、多少のトラブルは発生する。
どこで生活していても、嫌な人と遭遇することはあるし、時には思いがけない事故で怪我をすることもある。どんなに気をつけていても、病気になることもある。
だが、それが人生というものだ。
完全無欠の、完璧なる人生なんて存在しない。
皆、多少のトラブルを抱えながらも、そういうものだと割り切って、自分の人生を受け入れていくのだ。この私にも、将来どんなことが起こるか分からないが、少なくとも私は今、幸せだった。
そんな時、教会を訪れた行商人から妙な噂を聞いた。
「ワシは仕事柄、色々な国を行ったり来たりするんだが、最近、アデライド王国が、なんかおかしいんだよ」
行商人は、訝しげな顔でそう言ったのだ。
正直言って私は、もはやアデライド王国に何の関心もなかったが、それでも『なんかおかしい』という意味深な言い方をされると、変に気になってしまい、詳しく尋ねることにした。
「なんかおかしいって……具体的に、どうおかしいんです?」
「いや、それがさ、簡単に入国できなくなったんだ。それに、アデライド王国の中の人も、自由に出国したりできないらしい。あれじゃ、経済が停滞しちゃうと思うんだけどなぁ。まあ、でかい国だから、貿易せず、国内の商いだけでも、やっていけるのかもしれないけどね」
「へえ……」
つまりは、出入国の審査が厳しくなったということか。
別に、そんなに訝しがることでもない気がするけど……
まあ、何にしても、今の私にとってアデライド王国は、関係のない国だ。特に深く考える必要もないだろう。私はその後もこの教会でシスターとして過ごし、平和で穏やかな毎日を送るのだった。
……後になって分かったことだが、行商人の述べていた『出入国の審査の厳格化』は、それからアデライド王国が辿った狂った道のりの、第一段階に過ぎなかったのである。




