第2話
そして私は、アデライド王国を出た。
先に述べた通り、貯金は沢山あるので、今のところは、大急ぎで身の振り方を考える必要もない。私はとりあえず、周辺の国をのんびり旅することにした。
これまでは、毎日聖女の役目を果たさなければならなかったから、旅行なんて初めてだ。見るもの、聞くもの、すべて新鮮で、なかなかに楽しい日々だったが、そんな放浪生活も一ヶ月ほど続けると、正直飽きてきた。どうやら放浪を続けるというのも、それなりに才能がいるものらしい。
お金はまだまだあったが、フラフラと各地を回るのにも疲れた私は、仕事を探そうと思った。どこか、アデライド王国とは違う場所で、地に足をつけた生活がしたかったからだ。
それで、見つけた仕事が、田舎の小さな教会でシスターをやることだった。
当たり前と言えば当たり前だが、シスターの仕事は、ただ神様に祈りを捧げていればいいわけではなく、掃除洗濯、その他もろもろの雑務、そして、日曜学校にやって来る子供の世話など、思った以上に重労働であった。
しかし、充実していた。
それほど大したことをしているわけでもないのに、教会に来る人々から、何かにつけて「ありがとうございます、シスター・エルディット」と感謝してもらえるのは、とても気分が良かった。アデライド王国で聖女をしていた時は、役目の重大さの割に、人から感謝されることがなかったからだ。
教会の一角に私室まで用意してもらえて、まさに至れり尽くせり。……正直に言えば、別に一生シスターを続けるつもりはなく、お試しという感じで就職しただけだったが、この教会なら、ずっといてもいいかなと思うくらいだ。
だが、そんな平和な日々がしばらく続いたある日、ちょっとした事件が起こった。教会に小型の魔物が侵入し、礼拝堂の屋根裏部分をねぐらにしているようなのである。
魔物と言っても、ゴブリンやコボルトのような、凶悪なタイプではない。体格は、猫や小さな犬と同じ程度で、よほどのことがなければ、向こうから襲って来ることもない。
彼らのやることは、主に二つ。
食料を盗むことと、人間に子供じみたイタズラをすること。
魔物の中では、比較的無害なタイプである。
しかし、いくら『比較的無害』とはいえ、放っておけば仲間を呼び寄せ、どんどんと数が増えるに違いない。そうなったら、食糧庫はたちまちのうちに空っぽになり、魔物のイタズラで、教会に来る人が困ることは明白だった。
だから私は、聖女の力を使い、教会から魔物を追い出すことにしたのである。
人がいない時間を見計らって、教会の礼拝堂で、一人、静かに祈りを捧げる。その際、体の中の聖女の力を、私は開放した。溢れ出した力は、まばゆい光りとなって、一瞬、礼拝堂全体を包み込んだ。
たったそれだけで、魔物たちは逃げて行った。それも当然だろう。あとほんの少しでもここに留まっていたら、聖女の力で、魔物の体は消滅してしまう。恐ろしい目に遭ったことで、彼らはもう二度と、この教会に近づくことはないに違いない。
ひさしぶりに聖女の力を使った私は、誰にも見られていないことを確認するように、左右を確認した。……左を見て、右を見て、最後に後ろを見たところで、びくりと肩をすくませてしまう。
見られていたからだ。
この教会の長である、ルーカード神父に。
いつの間に、礼拝堂に入って来ていたのだろう。ルーカード神父は、いつもあまり足音を立てないので、接近に気づかないことがよくあるが、まさか今、このタイミングで礼拝堂に来るなんて……
私は、自分がアデライド王国の聖女であったことを、他人に知られたくなかった。
いや、まあ、必死に隠している……という程のことでもないのだが、アデライド王国の国王――ジェイリアムが、ロボット聖女の完成を、国の内外に大きく宣伝したため、それと同時に、ロボットに役目を取られて国を追放された惨めな聖女の噂も、あちこちの国に届いているのである。
その惨めな聖女が私であることを、なるべくなら知られたくなかったのだ。
だが、もう隠しておくことはできないだろう。ルーカード神父は、まだ二十代前半の若き神父だが、それでも神父は神父。聖なる力の専門家である。だから、今私が発揮した力が、ただの魔法とは一線を画したものであることに、すぐに気がついたはずだ。
こうなったら、あれこれ聞かれる前に、自分の方から秘密を打ち明けてしまおう。私は、驚き、固まったままのルーカード神父に、滔々と自分のことを語り始めた。
すべての話が終わると、ルーカード神父はゆっくりと頷き、言う。
「なるほど、そういう事情で、あなたはご自分がアデライド王国の聖女であったことを、秘密にしていたのですね」
静かで、淡々とした語り口だった。ルーカード神父は、年齢からいえば、まだ若者と呼ばれるべき世代なのに、すでに悟りを開いた賢者のごとき落ち着きがあった。




