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1杯目¦俺とあいつの10年間¦1話完結作品

 ドアベルが鳴ると、少しだけ空気が揺れる。


 カウンターは五席。

 まだ誰もいないカウンターに俺はひとりで座った。


 マスターは温かいおしぼりと、この店オリジナルのクリームソーダを無言で差し出した。

 

 このBARカウンターには、とある噂がある。

 嬉しかった話をマスターに聞いてもらい、ドリンクを作ってもらうとその幸せは長く続くのだという。

 

「ご注文は?」


 俺はマスターにそう聞かれて、〝この店に来た理由〟を語った。


「今日、十年越しに友達と会ってきたんです」


 マスターの相槌は短かった。


「オンラインゲームで知り合って。気づいたら十年で。毎週のように一緒にクエスト行ってたんですけど、会ったことはなくて」


「昔はお互い学生だったこともあって、毎日深夜まで一緒にゲームをしていたんです。だけど3年前にお互い社会人になって、住んでる場所も離れてるし昔ほど一緒には遊ばなくなって」


 ログイン時間は、少しずつ噛み合わなくなった。

 寝落ちして一緒にゲームが出来ない夜もあったし、既読だけが並ぶ日も少しずつ増えた。

 それでもフレンドリストの一番上にある彼の名前が消えることはなかった。


「なんだかんだ今では週末の深夜だけ一緒に通話しながらゲームを遊ぶ仲なんですけど、あいつがこっちに出張で来るという話になって。それで俺達1回も会ったことないって話から実際に今日会う約束をしたんですよ」


待ち合わせは駅前。


それっぽい人が何人もいて、

どれも違う気がして、

全部そうな気もして。

 

「お互い事前に服装は伝えて待ち合わせしたんですけど、声でわかりました。『おつ』って言われて」


ゲーム通話の時とまんま同じで笑ってしまう。


「見た目は想像と全然違ったんですけどね。もっと細いと思ってたし、無口だと思ってた。でも不思議と違和感なくて」


 お互い顔を合わせ、沈黙は三秒くらいだった。


 その後はいつもの調子で昨日のアップデートの話をしていた。


 ランチ中、自然に役割分担している自分たちに気づいた。

 水を取りに行くのは向こう。

 席を確保するのは俺。

 ゲームをしている時と同じだった。


 「エスカレーターでつい俺が前、あいつが後ろで乗ってて。ゲームの中では俺が前衛なので」


 小さく笑う。


 コンビニでは、奢る奢らないで揉めた。

 この十年間、ゲームでレアドロップを譲った借りがどうとかでお互いにお礼がしたかったからだ。



 会話は、心配してたより途切れなかった。


「帰り際にあいつが『またな』って言ったんです」


それが、いつもの通話越しより少しだけ軽くて。


軽いのに、ちゃんと重かった。


「俺、柄にもなくあいつと握手しちゃいましたよ」


「……会って、合わなかったらどうしようって、正直思ってたんです」


 俺にとって大切な十年が壊れたらどうしよう、と。


 でも。


「俺達ちゃんと、友達でした。――これからも」


 それだけで、今日は十分だった。


 「これからのおふたりに」

短い祝辞。

 グラスが静かに置かれる。


 マスターは俺に一杯のドリンクを出した。

 微炭酸の泡が青いカクテルの中で弾けていた。

 

 一口飲む。


 強くない。

 でも、芯がある味がする。


 「また来ます」


 そう言って立ち上がる。


 ドアベルが鳴る。


 カウンターには、まだ微かな音が残っている。


 ――今日は十年分のログインボーナスみたいな一日だったな。


 店を出て俺はSNSのダイレクトメッセージを確認した。


 『今日は会ってくれてありがとう。でも、やっぱ画面越しのほうが落ち着くな。今週末何時にする?』

 

 俺は今週末の予定を送った。


 この距離のまま、続けばいいと思った。

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