恐怖 自業自得
ガスタ親方たちドワーフの職人集団が夜を徹して組み上げた簡易分別蒸留塔は、完璧に機能した。
太郎の厳密な温度管理の指示のもと、鉱山のゴミだった黒い泥水(原油)を熱していくと、塔の最上部の管から、ついに不純物のない、透明で特有の臭気を放つ『ガソリン』がトトト……と流れ出たのだ。
尽きかけていた高機動車のタンクに、出来立ての異世界産ガソリンを投入する。
太郎が運転席に座り、イグニッションキーを回すと――ズロロロンッ!!!と、これまで以上に力強い、現代のエンジン音が地下都市に響き渡った。
「動いた……! 魔法も魔力もない大地のゴミから、本当に神の馬を動かす聖水を生み出しやがった!」
ガスタ親方をはじめ、ドワーフの技術者たちは畏怖と尊敬の眼差しで太郎を見つめていた。
だが、職人の探究心というものは、時に恐ろしい暴走を招く。
おい、山田……。ガソリンの作り方は分かった。
だがよ、ガソリンって言う物でこいっが動くならどうして動くか?構造だ ! 。
この『鉄の馬』そのものが、一体どんな部品で動いていて、何のためにこの形になっているのか?積んでいる物もただもんでないだろう?……職人として見逃すわけにはいかねえ。中身を全部、見せてもらおうか」 ガスタの言葉に、周囲のドワーフたちが一斉に色めき立った。
彼らにとって、高機動車の内部はまさに『未知の超技術の宝の山』だったのだ。
彼らは「見せてくれ!」「解体させろ!」と、ギラギラした欲望の目を向けて高機動車を取り囲み始めた。
「おっと、そこまでにしてもらいましょうか」 太郎は滑らかな動作で、運転席の脇から『89式5.56mm小銃(銃剣なし)』を引き抜いた。
ジャキッ、と鋭い装填音が響く。
「退いてください、親方。これは私の故郷の国家機密です。これ以上の立ち入りは、我が国への敵対行為とみなしますよ」
「フン、脅しのつもりか! こちとら自慢の槌と鎧があるんだ、人間の細い槍ごとき――」
――バァァァン!!!
太郎は躊躇なく、工房の頑丈な鉄の梁に向けて一発の威嚇射撃を放った。
鼓膜を震わせる銃声と共に、ドワーフたちがどんなに叩いても傷一つつかなかった最高級の防魔鋼鉄の梁に、一瞬で深い風穴が穿たれる。
現代兵器の圧倒的な貫通力。
「なっ……魔力なしで、この硬度の鉄を撃ち抜いただと……!?」「防衛線を構えろ! 人間どもが仕掛けてきたぞ!」 中庭の空気は一瞬で氷結し、ドワーフの戦士たちが一斉に斧や盾を構えて殺到した。
背後ではアルベルト辺境伯の私兵たちも剣を抜き、まさにガラム王国とドワーフの国との『戦争勃発寸前』の極限状態へと陥った。
「そこまでにしろ!!!」 地響きのような声と共に、工房の奥から一人の『怪物』が歩み出てきた。
身長は優に三メートルを超える、丸太のような四肢を持つ巨漢。
ドワーフの血を引きながらも、突然変異によって人間の枠を遥かに超えた体躯を誇る、ドワーフ国歴代最強の戦士・バルガンだった。
バルガンが身の丈ほどもある巨大な戦斧を地面に突き立てると、凄まじい風圧が周囲を襲う。
「異邦の男よ、お互い譲れぬ国家の誇りがあるならば、我が国の伝統に従い、戦いで決着をつけようではないか、お前が勝てば車には指一本触れん、私が勝てば、その中身をすべて差し出してもらう!」 三メートルの巨漢戦士を見上げた瞬間、四十歳の太郎は一瞬で『降参モード(完全なる諦め)』に入った。
人間?ドワーフ?いやいやドワーフとは認めん!!
うん、無理。あんなの、89式小銃の残弾を全部叩き込んでも生きて突っ込んでくるタイプだ、俺は知ってるんだ、漫画で見た。
生身のままの俺が戦ったら、一撃で挽き肉にされて終わりだね。
ウケる。
よし、諦めよう、車は諦めて命だけ持って逃げ――
「――お待ちください。太郎様の代わりに、この私が出ましょう」 太郎が潔く敗北宣言をしようとしたその時、背後から凛とした、しかしどこか弾んだ声が響いた。
第一王女・シャルロット姫様だ。
姫様は、豊かな胸を強調するように腕を組み、太郎の顔をじっと見つめて不敵に微笑んだ。
「ただし、太郎様。条件がございます、私があ奴を可哀想なほどに圧勝して差し上げたら……私と正式に『結婚』してくださいますね? ゆうべは逃げられてしまいましたが、今度こそ、逃がしませんわよ?」 至近距離で迫る、異世界最強のロリ巨乳王女からの、物理的にも精神的にも退路を断つ要求……。
太郎は必死に脳細胞をフル回転させ、要領の良さの極致とも言える『グレーゾーンの契約』を弾き出した。
……クソ、すべてを差し出して裸でこの世界をさまようか?あの大男に殺されるか、姫様に骨まで愛されるかの三択かよ! いや、待てよ。
ここで『元の世界へ帰る方法が見つかるまでは婚前交渉(手を出さない)は一切なし』という条件をつければ……帰り道が見つかった瞬間に、俺だけ地球にスタコラサッサと逃げてやればいいんじゃねえか?
太郎はプロとしての冷徹な(最低な)詐欺師の笑顔を顔に貼り付けると、姫様の手を握った。
「分かりましたよ、姫様! その勝負、お任せします! ただし、私の故郷の厳しい戒律がありましてね。
元の世界へ帰る方法が見つかるまでは、清い交際のまま、婚前交渉は一切なしということで! それでも良ければ、お願いします!」「はいっ! 喜んでお受けいたしますわ、太郎様! ああ、愛の力で胸がはち切れそうです!」
条件の裏にある太郎の逃亡計画など微塵も気づかない姫様は、完全に目がハートマークになり、鼻歌交じりで三メートルの巨漢戦士の前へと歩み出た。
勝負は、まさに「圧倒的すぎて可哀想」な結末だった。
「ふん、小娘が――貴様の噂は知っておる、どうせ張ったりであろう、さっさと避けるがよい、命は取らぬ!」
バルガンが咆哮と共に、大気を引き裂くような速度で巨大な戦斧を振り下ろす。
まともに喰らえば、砦の城壁すら一撃で崩壊する破壊力。
だが、シャルロット姫様は、避けることすらしなかった。
彼女は可愛らしく首を傾げると、
【その凄まじい一撃を、ただの片手で、涼しい顔をしてガシッと正面から受け止めた】のだ。
ドゴォン!!!と、衝撃で姫の足首が埋まり、立っていた中庭の石畳がすり鉢状に爆砕する。
しかし、130センチの姫様姿勢は変わらず、細い腕は、ピクリとも動いていない。
「……え?」
『えっえ……?』
バルガンが、太郎が、生まれて初めて見る「本物の怪物」を前にして、間抜けな声を上げた。
「太郎様との甘い新婚生活の邪魔をしないでくださる?」 姫様がほんの少し、片手に力を込める。 パキィィィン!!!と、ドワーフの至宝と言われた巨大な戦斧の刃が、ガラス細工のように粉々に砕け散った。
さらに姫様が軽くその細い脚でバルガンの巨体を小突くと、三メートルの巨漢は弾かれたボールのように工房の壁まで吹っ飛んでいき、白目を剥いて完全に失神した。
ドワーフ族に新たなる伝説が生まれた瞬間で有った。
注 姫様の活躍?は様々な尾ひれがつきドワーフと交易のあった国々広まっていく。
勝負あり!……圧倒的過ぎるだろ?
「ひ、姫様強すぎる……。あんな怪力に夜這いされてたら、俺、今頃この世にいなかったぞ……」 太郎はあまりの恐怖に武者震いをしながらも、「絶対に地球に帰ってやる」という決意をより一層固くするのだった。
*
数日後。 太郎の圧倒的な知識と、シャルロット王女の「物理的な説得力」により、ドワーフの国との関係は無事に修復。
それどころか、太郎はこの国の歴史上初となる『国家最高名誉顧問』の地位を要領よくもぎ取っていた。
注 ドワーフ最強のバルガンが破れた事により破った姫が実質的にドワーフの王となるはずだったが、友好関係を結んでいた国を武力で制圧したとなると、外交上不味いので発端となった太郎に実態のない名誉職を与えて解決する。
出発の朝、太郎はガスタ親方の作業台に、高機動車から持ってきた一つの『小さな真鍮の筒』を置いた。
――『5.56mm小銃弾(実弾)』。
「親方。顧問としての最初のお願いです。この『銃弾』の見本を差し上げますから、ドワーフの最高の鋳造技術で、これと全く同じ寸法のレプリカ(複製)を大量に作れるよう、ラインを開発しておいてください。
中に入っている黒い粉(火薬)の調合は、追って私が指示しますから」 ガソリンがあっても、弾薬が尽きれば現代兵器の優位性は消える。
太郎は自分のアドバンテージを維持するため、ドワーフの技術を完全に兵器工廠として組み込む計画を立てたのだ。
ガスタは銃弾の精密な構造を睨みつけながら、深く頷いた。
「分かった。これほどの精密さ、職人の意地にかけて複製してみせる……
それと、ガソリンだったか? あの黒い水から作る聖水も、定期的におめぇの街へ届けるように手配しておくが、いいんだな?」
「あ、それなんですがね、親方」 太郎は人差し指を立てて、真面目な顔で釘を刺した。「ガソリンの『作り置き』は絶対にしないでください。
あれは非常に揮発性が高くて、小さな火花一つで国ごと消し飛ぶような大爆発を起こす、極めて危険な液体なんです。
ですから、私が定期的に車で取りに来るか、必要な時にだけその都度、必要な分だけを作るように徹底してください。
いいですね?」「な……国ごと消し飛ぶ、だと!? わ、分かった、職人の掟にかけて厳守する!」 太郎のハッタリ混じりの警告に、ガスタは顔を青くして誓った。
燃料の安全管理をドワーフに徹底させつつ、自分への依存度を高めるという、これまた「参謀」としての高度な計算だ。
「よしよし。じゃあ、辺境伯閣下、姫様、レオ坊っちゃん。
燃料も弾薬の目処も立ったことですし、そろそろ王都へ戻って、私の『本業(帰還の手がかり探し)』を始めましょうかねぇ」「はい、太郎様! 王都に戻ったら、さっそく結婚式のドレス選びですわね! シャルロット、今からとっても楽しみですわ!」「いやぁ、滅相もない、姫様。旅の疲れが出るといけませんから、車内では大人しくしていましょうね、ははは……」 助手席からグイグイと迫る最強の婚約者(仮)のプレッシャーを受け流しつつ、四十歳の叩き上げ士官は、復活した高機動車のアクセルを踏み込んだ。
現代兵器の優位性をさらに強固なものにし、国家規模のバックアップを手に入れた太郎。
元の世界への『帰り道』を見つけ出し、この愛らしくも恐ろしい最強の姫様から要領よく逃げ切るための本当の頭脳戦が、いよいよ王都の深い闇の中で幕を開けようとしていた。




