参謀の誤算と、最強の求婚(プロポーズ)
「……レオ坊っちゃん。お願いだから、今日は俺の隣で、俺の右腕を絶対に離さずに寝てくれ。これは友達としての切実なお願いだ」
北の大地へと向かう旅路の途中、宿場町の宿の一室で、山田太郎は真剣な顔でやんちゃ坊主のレオに両手を合わせていた。
「えー? さんぼう、いびきうるさいから嫌だぞ!」
「そこをなんとか! 明日、ジャンケンの必勝法をもう一つ教えてあげるから!」
「本当か!? じゃあ一緒に寝てやる!」
レオをなんとかベッドに引き込み、太郎はホッと胸を撫で下ろした。
四十歳、叩き上げの一等陸尉(大尉相当)が、十歳のガキを盾にして必死に守ろうとしているのは、己の『貞操』だった。
原因は、高機動車の助手席に座る、第一王女シャルロット――通称『姫様』だ。
王都を出発して以来、姫様は狭い車内で太郎にグイグイと超積極的な猛アタックを繰り返していた。
17歳、130センチの愛らしいロリ体型に、衣服を破らんばかりの巨乳という極上の美少女。
しかし、その本質はドワーフの隔世遺伝による『異世界最強のスーパーマン』だ。
二人きりになれば、太郎には物理的な勝ち目が万に一つもない。
手を出したら最後、政治的にも肉体的にも地球へ帰れなくなる気がする。
そのため、太郎は道中、後部座席のレオを要領よく巻き込み、常に三人行動を徹底することで姫様の突進を牽制し、コミカルな防衛戦を繰り広げていたのだ。
太郎様、早く私を『シャルロット』と名前で呼んでくださいまし。
姫様などと他人行儀な!
いやぁ、滅相もない。
私はしがないお気楽迷子ですから、お国のためにも『姫様』と呼ばせていただきますよ、はい。
「むぅ……頑なですね、ですが、そういう実直なところも素敵です!」
(違う、実直なんじゃなくて命が惜しいだけだ……!あんたの立場を考えろよ!)
そんな胃の痛いイチャイチャ(?)ロードムービーを続けながら、一行はついに目的地である職人の民の故郷――『ドワーフの国』へと到着した。
*
ドワーフの国は、岩山をくり抜いて作られた巨大な地下都市だった。
街の至る所から、鉄を叩く金属音と蒸気が立ち上っている。
案内されたのは、アルベルト辺境伯の古い友人であり、この国の技術者たちを束ねる頑固なドワーフの老鍛冶屋・ガスタの工房だった。
「フン、人間の王族が何の用だ。ここは職人の聖域、お偉方の遊び場じゃねえぞ」
低い身長に、地面に届きそうなほど立派な髭を蓄えたガスタは、入ってきた太郎たちを露骨に睨みつけた。
ドワーフの種族特性として、彼らは魔力に頼る人間をあまり信用していないのだ。
太郎はここで、いつもの要領の良さを発揮した。
「まぁまぁ、ガスタ親方。そう言わずに、まずは旅の土産でも見てくださいよ」
太郎は迷彩服のポケットから、自衛官の必需品である『マルチツール(折り畳み式万能工具)』を取り出し、親方の前の作業台にコト、と置いた。
それを見ていた背後のレオが、目を輝かせて太郎の服の裾を引っ張った。
「あ! さんぼう、それいつも使ってるやつだろ! 紐を切ったり、ネジを回したりするやつ! じいちゃんが『未知の超精密機械だ』って驚いてたぞ! ズルい、俺にもくれよ!」
こらこら、レオ坊っちゃん。
これは大人の道具……って、あー、分かった分かった。友達になってくれたお礼だ、あげるよ!指を挟まないように気をつけるんだよ?
「やったぁ!」
やんちゃ坊主に強請られ、太郎はあっさりとマルチツールをレオに譲ってしまった。
それを見たガスタ親方が、驚愕のあまり椅子から転げ落ちそうになっていた。
「ま、待て……! 小僧、今その道具をなんと言った!? 機械だと!? 何のために機械だ!?」
親方はレオの手からひったくるようにマルチツールを受け取ると、拡大鏡を片目に嵌めて、狂ったように観察し始めた。
な、なんだこの精密さは……!なんだこの刃物は 鉄の分子が限界まで均一に鍛えられている! どうすれば作れるのだ、ただの鋳造と研磨だけでこれほどのノコギリやプライヤーの機構をこの極小サイズに収めるなど……どんな神の職人が作ったのだ!?」
魔力のない、地球の現代工学が生んだ超精密工具。それは職人の民ドワーフにとって、どんな伝説の魔剣よりも価値のある『未知の超技術』だった。一瞬でガスタの職人魂が驚愕に塗り替えられる。
一方、太郎の隣では、マルチツールをもらって喜ぶレオを、姫様がもの凄く物欲しそうな、そして嫉妬に満ちた目で見つめていた。
太郎様……。レオにはそのような素晴らしい家宝を授けたのに、この私には何も無いのですか……?
私は、太郎様の特別な存在にはなれないのですか……?
ウルウルとした大きな瞳で、今にも泣き出しそうなロリ巨乳の姫様。
(うわ、めんどくさいスイッチが入った! ここで機嫌を損ねて暴れられたらドワーフとの関係も俺自身も死ぬ!)
太郎は内心で大慌てし、高機動車の後部ハッチへ駆け込んだ。
何か、姫様の気を引いて誤魔化せる「ガラクタ(彼にとっての)」は無いかと必死に探す。
そこで目に留まったのが、砦の時に小銃の先端に着けて『変な槍』として誤魔化していた、自衛隊の『89式多用途銃剣』だった。
これなら見た目も綺麗だし、武器として没収されてたけど、槍の本体(小銃)は車の中に隠してあるから単体ならただの頑丈なナイフだ。
これなら彼らの価値観にも合うはずだよし、これをあげて煙に巻こう
太郎は車から戻ると、鞘に収まったままの銃剣を、両手で恭しく姫様に差し出した。
「姫様。これは我が故郷の、夜の戦いでも刃が光らないように加工された特別な守り刀(銃剣)です。私の身を守ってくれた大切なものです。これを、姫様に差し上げます。ですから、機嫌を直してくださいな」
「――えっ」
その瞬間、工房の中の空気が、完全に『凍りついた』。
ガスタ親方はマルチツールを落としそうになり、周囲にいたドワーフの弟子たちは信じられないものを見る目で太郎を凝視している。
そして何より、受け取った姫様は、顔をこれ以上ないほど真っ赤に染め上げ、信じられないほどの力で銃剣を胸に抱きしめて、ぶるぶると震えていた。
「た、太郎様……! ああ、なんということでしょう……! よもや、このような旅の途中で、貴方からそのような素敵な言葉をいただけるなんて……!」
「……え? はい?」
太郎は首を傾げた。あきらかに、周囲の反応がおかしい。
ガスタ親方が、同情と畏怖の入り混じった顔で太郎の肩を叩いた。
「おめぇ……知らねえのか? この国(ガラム王国)じゃあ、男が女に自分の『守り刀』をプレゼントするって行為はな……」
「は、はい」
「『一生、俺の刃でお前を守る、俺の妻になってくれ』っていう、【最高位のプロポーズの儀式】なんだよ!!!」
「――――はぇ?」
太郎の口から、情けない声が漏れた。
こちらの世界なら有りそうな(自衛隊装備)を適当にプレゼントした結果、異世界の慣習と文化に完璧に引っかかり、知らないまま国を揺るがすプロポーズを誤爆してしまったのだ。
「分かった時には、もう後の祭り……」
太郎が絶望の白目を剥いたときには、すでに姫様は狂喜乱舞し、結婚式の段取りを脳内で開始していたのだった。
「知るかよ!……こちとら異邦人なんだよ!……ノーカンにしてくれよ」
「……終わった。俺の人生、ここでまさかの強制終了か?」
ドワーフの国が用意してくれた賓客用のホテルの一室。
山田太郎は頭を抱えてベッドに丸くなっていた。
昼間の出来事は、完全に叩き上げの士官としての計算を狂わせていた。
ただの「頑丈なナイフ」のつもりでプレゼントした自衛隊の『89式多用途銃剣』。
それがこの国において、命懸けのプロポーズを意味する守り刀だったなんて、誰が予想できただろうか。
適当にプレゼントを与えて機嫌を取るつもりが、自分が底なし沼に助走を付けて頭からドボンと飛び込んでしまった。
いやいやいや、可笑しいだろう?何で会って数日の男からのプロポーズを受けれるんだよ、こちとら自分で言って悲しくなるけど、草臥れた何の変哲もない中年男子だぞ!せめて若くて美男子なら分かるけど、ただの中年だぞ!勘弁してくれよ。
隣のベッドでは、太郎のマルチツールを握りしめたまま、やんちゃ坊主のレオが「すやすや……」と無邪気な寝息を立てている。
いや、まだだ。まだ俺の『貞操?』は破られていない。
しかし、姫のあの様子……
ラノベのヒロインじゃないが、やらかす!、お約束として 絶対に来る!
おっさんとして、あんなに若くて可愛い子に言い寄られるのは、ご褒美だが、
手を出したら最後、政治的にも倫理的にも二度と地球へ帰れなくなる。
絶対に、絶対に死守するぞ……! 太郎は決意も新たに、寝ているレオの体をガシッと抱きかかえ、自分の腕の中に完全な『肉壁(盾)』として固定した。
王国最強の姫様といえど、可愛い盛りのレオが盾になっていれば、そうそう無理な突撃はできないはず――。
そんな浅はかな「中年男」の希望は、
深夜、静寂と共にあっけなく崩壊の危機を迎える。
――ガサリ。
真夜中の午前二時、歴戦の士官として研ぎ澄まされた太郎の聴覚が、廊下からの不穏な気配を察知した。
気配を殺しているつもりなのだろうが、その全身から溢れ出る『質量?』と『圧倒的な最強のオーラ』が、隠しきれずに壁を透過して伝わってくる。
間違いない、姫様だ。(来る……! 本当に来やがった……!) 太郎は暗闇の中で冷や汗を流し、息を殺した。
当然、ホテルの部屋の分厚い木製のドアには、内側から頑丈な鉄の閂と鍵がかけられている。
普通の人間なら開けられるはずがない。
だが、相手は『王国最強、最強!』だった。
――メキ、メキメキメキメキッ……。
暗闇の寝室に、聞いてはいけない恐ろしい金属の破壊音が響き渡った。
鍵穴に鍵を差し込む音ではない。
鍵がかかっているなら、その構造ごとねじ伏せるという暴力の音。
姫様は、ホテルの頑丈な鉄製のドアノブを、まるで【ただの古新聞か紙屑でも丸めるかのように、素手でメキメキと握り潰していた】のだ。
パキィン! と、内部のシリンダーが破裂する音がし、続いて、鉄の閂が木製のドア枠ごと「バリバリッ!」と引きちぎられる。
ゆっくりと、音もなく開くドア。
逆光の月明かりの中に浮かび上がったのは、昼間の愛らしいドレス姿ではなく、薄手のネグリジェを身に纏い、昼間プレゼントされた銃剣を嬉しそうに両手で胸に抱きしめた、
17歳・130センチのロリ巨乳姫様――シャルロットの姿だった。
その瞳は、獲物を見つけた肉食獣のように妖しく爛々と輝いている。
「太郎様……♡ 夫婦の契りを交わしたのですから、夜は一緒のベッドで眠らなくては不自然ですわ……♡」 とろけるような甘い声。
太郎にとって、もはや何処かで見たホラー映画の一シーンで有った。
だから、太郎の脳内アラートは最大音量で鳴り響いていた。
(死ぬ! あんな怪力で抱きつかれたら、俺の背骨がバキバキに折れて即死する……!)
だが、さすがは一般隊員から泥をすすって這い上がってきた叩き上げの士官だ。
太郎の「要領の良さ」と「危機の回避能力」は、ここでも極限の冴えを見せた。
太郎は姫様がドアノブを握り潰し始めたその最初の数秒の間に、腕の中のレオをしっかりと抱きかかえ、ベッドから無音で飛び起きていた。
そして、昼間のうちに「部屋の下見」として、マルチツールであらかじめ固定ボルトを緩めておいた窓の鉄格子をひょいと外し、ベランダへ脱出。
そのまま夜陰に紛れて中庭へと飛び降り、厩舎に停めてあるお馴染みの『高機動車』の後部ハッチへと滑り込み、内側から電子ロックをガッチリと施していたのだ。
一方、誰もいない寝室。
シャルロット姫様は、愛しの婚約者が待っているはずのベッドへと、満面の笑みでダイブした。
「たぁーろぉーさぁーま――って、あれ?」 ふかふかのシーツの上には、誰もいない。枕元には、太郎が脱ぎ捨てたお守りの帽子(暗視ゴーグル付きヘルメット)だけが、ぽつんと残されていた。
「居ない……? 太郎様が、居ない……!?」 深夜のステルス夜這いを完璧にかわされたことに気づいた姫様は、頬を信じられないほど膨らませ、その場に立ち上がった。「もうっ! 太郎様の意気地なし! 照れ屋さん! どこへ隠れてしまわれたのですか! むきーっ!」 悔しさのあまり、姫様はその小さな足で、ホテルの石造りの床を【ドン! ドン! と地響きがするほどの力で激しく踏み鳴らし、ジダンダを踏んだ】。
その衝撃で、ホテルの部屋の天井からパラパラと漆喰の粉が舞い散り、下の階の宿泊客たちが「地震か!?」と飛び起きる羽目になったが、恋する最強王女の耳には届いていなかった。
*
翌朝。
何食わぬ顔をして、どこか寝不足の目をこすりながら高機動車から出てきた太郎を、待ち受けていた姫様が猛然と呼び止めた。
その背後には、ノブが完全に消滅して無惨な鉄屑と化したドアの前で、涙目で立ち尽くすホテルの支配人の姿がある。
「あ、太郎様! ゆうべはどちらへ行かれていましたの!? 私、寂しくて一晩中ジダンダを踏んでしまいましたわ!」「いやぁ、姫様。ドワーフの国の夜の空気がとても綺麗だったので、愛車の『鉄の馬』の点検を兼ねて、車中泊を楽しんでおりましてね、ははは」 太郎は冷や汗を隠しながら、朗らかな剽軽スマイルで受け流した。
「もう! 姫様などという他人行儀な呼び方はお止めくださいと、再々申し上げているでしょう! 私たちはもう、あの銃剣で魂を結んだ仲なのですから! さぁ、早く私のことを『シャルロット』と名前で呼んでくださいまし!」 姫様は豊かな胸をこれでもかと突き出し、太郎の顔の前に迫る。
その圧倒的な肉圧と、昨夜のドアノブ破壊の光景が脳裏をよぎり、太郎の防衛本能が最大ギヤで噛み合った。
「滅相もない、姫様! 私はしがない迷子、お上を名前で呼ぶなんて恐れ多い。これからも変わらず、敬意を込めて『姫様』と呼ばせていただきますよ!」
「むぅー! 頑なですね! でも、そういう古風で貞淑(?)なところも、本当に、本当に素敵です……♡」 名前を呼ばない=防御姿勢であることに気づかない姫様は、ますます太郎への恋心を募らせ、その小さな手で太郎の腕をギュッと抱きしめた。ミシミシ、と太郎の腕の骨が悲鳴を上げる。
(手を出してもいいけどさぁ……手を出したら最後、この怪物級の可愛いお姫様に物理的に骨まで愛されて、二度と地球へ帰れなくなる気がするんだよね。
まさに進むも地獄、退くも地獄のグレーゾーンだな、こりゃ) 四十歳の叩き上げ士官は、自分の右腕の無事を祈りながら、助けを求めるようにガスタ親方の工房の扉を見つめた。
貞操の危機をハッタリと詭弁だけで乗り切った太郎。
いよいよ物語は、このドワーフの国の深部、国を揺るがす「黒い水(原油)」を巡る、本格的な知識と交渉の戦いへと突入していくのだった。




