鋼鉄の馬と、高貴な乗客たち
「……うん、分かってた。分かってたけどさぁ」
王都へと続く舗装された街道。高機動車の運転席で、山田太郎はハンドルを握りながら、本日何度目か分からない溜息をついた。
ルームミラーに目をやると、後部座席には、きらきらと目を輝かせたやんちゃ坊主・レオ。
そしてその隣には、普段の厳格な面影はどこへやら、少年のように相好を崩したアルベルト辺境伯が座っていた。
「おい、さんぼう! 前の馬車を追い抜いたぞ! すげえ、揺れないし、風も入ってこない!」
「うむ、うむ! まるで極上の絨毯に乗って空を飛んでいるかのような乗り心地だ。これぞまさしく、至高の魔導技術、いや、神の乗り物だな!」
城を出発する際、物珍しそうに高機動車を眺めていた二人が「一度乗せてくれ」と言い出したのが運の尽きだった。
クッションの効いたシート、エアコンから吹き出す快適な冷気(異世界人から見れば常時発動の高級結界魔法)、そして何より、異世界のデコボコ道でも驚くほど滑らかに走るサスペンションの性能に、辺境伯と孫は完全に「感動」してしまったのだ。
結果、二人は自分の豪華な馬車に二度と戻ろうとせず、王都までの全行程をこの車で過ごすと宣言して降りなくなってしまった。
「辺境伯閣下、レオ坊っちゃん。気に入っていただけて光栄ですがね……この『鉄の馬』、実はものすごく大食らいで腹持ちが悪くて、大飯食らいなんですよ」
太郎は剽軽におどけて見せつつも、ダッシュボードの燃料計をチラリと見て、内心で冷や汗を流していた。
(この世界の植物油とかでエンジンが回らないかな、なんて甘いことも考えたけど……今の日本のエンジンはなまじ精巧だからね、不純物だらけの油なんか入れたら、一発でノッキングを起こして心臓部が焼き付いて終わりだ。
せめて、ガスタービン、アメリカのM2なら燃えたら何でもよいらしいしなあ……
知識があっても、原油の採掘や近代的な蒸留精製プラントなんて個人で作れるわけがない。詰んだか? ……いや、待てよ) バックミラーに映る、ホクホク顔の辺境伯を見つめる。
(俺の肉体スペックが最弱のこの世界で、生き残るための武器は現代兵器だけじゃない。元の世界で培った、年上上司をたらし込む『要領の良さ』があるじゃないか。……よし、この頑固じいさんと、その上にいる『王様』を、この車の魅力で骨抜きにしてやろう)
太郎の脳裏で、国家規模の巻き込みを狙った、途方もない『ペテン師計画』が静かに動き始めていた。
*
数日後。一行はついにガラム王国の王都へと到着した。
しかし、白亜の巨大な城壁の「正門」に差し掛かったところで、高機動車は即座に停止を余儀なくされた。
当然である。正体不明の鋼鉄の怪異が突如現れたのだ、城壁の上に配置された王国兵たちが、一斉に弓矢や魔導杖をこちらに向け、正門の重厚な鉄格子が凄まじい音を立てて閉じられる。
「止まれ! 止まれ! なんだその怪異は! 武器を捨てて即座に姿を現せ!」
王国兵の鋭い怒号が響く、すかさず、高機動車の周囲を護衛していた辺境伯の私兵兵士たちが前に出て、盾を構えて叫び返した。
「無礼者! こちらに乗られているのはガラム辺境伯、アルベルト閣下であらせられるぞ! 武器を収めよ!」
「馬鹿なことを言うな! 辺境伯閣下がそのような得体の知れない鉄の箱に乗られるわけがなかろう! 謀略か!?」
一触即発の緊迫した空気が流れる。
太郎が「やれやれ」と苦笑いしていると、後部座席のドアが勢いよく開いた。
「ええい、騒々しい! 私の顔を見忘れたか、若造ども!」
アルベルト辺境伯みずからが車から降り立ち、威厳に満ちた声を張り上げた。その姿を見た王国兵の指揮官は、驚愕のあまりあわてて城壁から駆け降りて平伏した。
「こ、これはアルベルト閣下! 大変なご無礼を! しかし、その……背後にある奇妙なものは……?」
「ふん、これは我が領地を救った山田殿の乗り物だ、陛下への謁見のために同行させている。門を開けよ!」
辺境伯直々の釈明により、ようやく誤解が解けた。
正門が開き、王都の治安を預かる臨戦態勢の近衛騎士団が迎えとして到着。
彼らの先導と厳重な監視のもと、高機動車はゆっくりと王都の市街地へと進むこととなった。
だが、今度は町が大騒ぎになった。
見たこともない鋼鉄の馬が、御者もいないのに轟音を響かせて走るのだ。物珍しさに市民たちが街道に押し寄せ、パニック寸前の人だかりができる。
「うわっ、危ない!」
太郎の視界の端で、人混みに押された一人の小さな子供が街道へ飛び出し、石畳に派手に転び込んだ。
太郎は叩き上げの士官としての凄まじい反射神経で、ブレーキペダルを力一杯踏み込んだ。
高機動車がガガガッと激しい制動音を立て、子供のわずか数センチ手前で完璧に停止する。
「レオ坊っちゃん、動かないでね」
太郎は車を飛び降りると、泣き叫ぶ子供の元へ駆け寄った。命に別状はないが、膝や腕から血が流れている。
太郎は素早く高機動車のサイドポケットから、自衛隊備え付けの『救急箱』を取り出した。
異世界人には何だか分からない白い樹脂の箱だ。
そこから清潔な滅菌ガーゼと消毒液、そして伸縮性のある包帯を手際よく取り出す。
「よしよし、痛いの痛いの飛んでけー、な。すぐ楽になるからね」
剽軽な口調で子供をあやしながら、太郎の手の動きは極めて迅速かつ的確だった。傷口を洗浄し、的確に圧迫止血を施して包帯を巻く。
その洗練された応急処置の技術は、地球の過酷な戦場?で培われた本物だ。
その様子を、近衛騎士団の先頭でじっと見つめている『一人の女騎士』がいた。
金属鎧に身を包んだその騎士は、ひときわ異質だった。
身長は130センチほどしかなく、一見すると可憐な幼い少女のようだ。
しかし、その衣服や鎧を押し上げるような、不釣り合いなほどに豊かな発育の胸元(巨乳)を持ち、何よりその全身からは、周囲の成人男性の騎士たちを遥かに凌駕する、圧倒的な『最強』のオーラが放たれていた。
(魔力による治癒魔法ではない……。だが、あの見たこともない白い布と透明な水による手当て、あまりに迅速で見事……。それに、あの鉄の怪異を完璧に御する冷静さ……)
女騎士は、深く考え込むような鋭い視線で、太郎の姿をその瞳に焼き付けていた。
*
騒ぎを収め、一行はようやく王城へと到着した。
謁見の間。玉座に座る初老の国王陛下の前で、太郎はアルベルト辺境伯と共に跪いていた。
山田太郎とやら、アルベルトから、貴様が国境の砦を救った顛末は聞いた。
詠唱も魔力もない不思議な爆発物を使い、夜行性の魔獣を瞬く間に制圧したと。
……貴様、何者だ?
いやぁ、国王陛下。滅相もございません
太郎はいつもの朗らかな笑みを浮かべ、言葉巧みに煙に巻き始めた。
私はただの、しがない迷子でしてね、故郷の簡単な使い捨ての爆魔道具が、たまたま運良くハマっただけにございます。
私は筋力もありませんし、戦うなんてとてもとても……
自衛隊の装備や、自分の技術の本質(現代兵器)については一切明かさず、ひたすら「運が良かっただけのお気楽な男」を要領よく演じきる。
しかし、その後の『試乗会』で事態は一変した。
国王、王妃、そして王族の一族を乗せ、城の中庭を高機動車で走らせると、王族一同はその圧倒的な快適さとエアコンの冷気に完全に「感動」してしまったのだ。
彼らもまた、笑顔の泥沼にハマり、一向に車から降りようとしない。
だが、ここで太郎の計算通りの『イベント』を発生させる。
――ズ、ズズ……と、エンジンが不規則に身震いし、計器の燃料ランプが激しく明滅した。本当に、最後の燃料が尽きようとしていたのだ。
「……ああ、なんということだ。陛下、大変申し訳ありません。我が『神の馬』の命の灯火が、今、消えようとしています」
太郎は今にも泣き出しそうな困り顔を作ってエンジンを止めた。
「この馬は、私の故郷にしかない『ガソリン』という特別な油しか飲まないのです。なまじ精巧な命を持っておりますので、この世界の不純物混じりの油を飲ませると、一発で病気になって二度と動かなくなってしまいます……。どうか、助けてください……!」
一度あの快適さを知ってしまった国王だ。「二度と動かない」という言葉に必死の形相になる。
「大地の底から湧き出る特別な油だと……!? 待て、アルベルト、心当たりはないか!」
「陛下、遥か北、職人の民である『ドワーフの国』の鉱山深くにて、黒い燃える泥水が湧き出て処分に困っているという噂がございます」
「よし! 山田太郎よ、そのドワーフの国へ向かえ! 必要な支援は惜しまん!」
(よし、原油のルート確保!)
太郎が心の中で完璧なガッツポーズを決めた、その時だった。
「――お待ちください、父上。その男の言葉、未だ信じるには足りませぬ」
謁見の間の隅から歩み出てきたのは、先ほど町で太郎を見つめていた、あの17歳・130センチのロリ巨乳女騎士だった。
驚くべきことに、彼女はこの国の『第一王女・シャルロット』だったのだ。
シャルロットはドワーフの強力な隔世遺伝と突然変異を持って生まれ、その愛らしい幼い見た目に反して、生身の戦闘能力は「国内最強」と謳われる規格外のスーパーマンだった。
それゆえに周囲の男たちが恐怖して寄り付かず、結婚相手が一人も来ないのが悩みの種だった。
「山田殿。貴様が本当に『運がよいだけの男』かどうか、私の剣で確かめさせてもらう!」
シャルロットが凄まじい風圧と共に、剛腕を伸ばして太郎の胸元へ掴みかかってきた。異世界最強の突進だ。当たれば地球人の太郎の骨など一瞬で粉砕される。
(うわ、またこのパターンかよ! 若くて真面目なエリートはこれだから嫌なんだ!)
太郎は内心で悲鳴を上げつつも、叩き上げの技術を発揮した。
突っ込んでくるシャルロットの超人的な力をそのまま利用し、彼女の手首を滑らかな円運動で掴み、重心をわずかにずらす。
――合気道、本日一回目(初見殺し)。
「なっ――!?」
シャルロットの視界がぐるりと反転した。
自身の規格外の破壊力がそのまま自分に跳ね返り、抗う間もなく、宙を舞って美しく床へと投げ飛ばされた。
「おっと、お怪我はありませんか、王女殿下」
太郎は涼しい顔で手を差し伸べた。内心では(うわぁ、完璧に決まっちゃった!?もう一回やり直してって言われたら仕組みがバレて死ぬから絶対やらないぞ!)と冷や汗ダラダラだったが、ハッタリの笑顔は崩さない。
床に座り込んだシャルロットは、呆然と太郎の手を見つめ、それから……その大きな瞳を、かつてないほど激しく輝かせた。
(魔力も使わず、私の『怪力』を完全にいなして無力化した……!? こんなに強くて、優しくて、得体の知れない大人の殿方、今しかない!やってやる……!)
最強ゆえに孤独だった王女の恋の導火線に、完璧に火がついた瞬間だった。
「山田殿……! いえ、太郎様! お決めしました、私は次のドワーフの国への旅、貴方の『随行護衛』として同伴いたします!」
シャルロットは太郎の手をギュッと握りしめ、凄まじい力(太郎の骨がミシミシ言うほど)で猛アタックを開始した。
「え、あ、いや、私はお気楽な迷子でしてね……?」
差し出された最強のヒロイン。手を出せば男冥利に尽きる極上の美女(ロリ巨乳)だが、手を出したら最後、物理的にも政治的にも二度と地球へ帰れなくなる気がする――。
四十歳の「参謀」山田太郎は、新たな、そして人生最大の【貞操の危機】というグレーゾーンに直面しながら、やんちゃ坊主、頑固な老将軍、そして最強の肉食系ロリ王女を乗せ、北のドワーフの国へと要領よく(?)出発するのだった。




