宇宙平定編:魔王の広域臨検と、神速の粛清
黒い軍服の不可能な布告
あの大騒動となった『魔王の寝室脱出(逃避行)作戦』と、それに続く涙の和解から、さらに1年の歳月が流れていた。
神聖シャルロット帝国の首都星『星系シャルロット』の巨大な中央広場。
その壇上に立つ帝国の絶対権力者たちの姿は、全宇宙の主要星系、および地球の日本政府の秘密モニターへとリアルタイムで同時配信されていた。
壇上の真ん中に立つのは、42歳(肉体年齢20代前半)となった帝国の最高権力者、魔王・太郎。
その左右には、19歳となった第一夫人・シャルロット姫様と、第二夫人候補・アリスお嬢様が、寸分の隙もなく控えている。
この日の三人は、いつものドレスや私服ではなく、深淵の闇を思わせる【黒を基調とした、極めて洗練された帝国の漆黒の軍服】を着用していた。
規律正しく、冷徹無比なその三人の並びは、見る者すべてを本能的に平伏させる圧倒的な威厳を放っている。
マイクの前に進み出た太郎は、若返った鋭い眼光を全宇宙のカメラへと向け、静かに言葉を紡ぎ出した。
「――全星系の諸侯、および住民たちに告ぐ。我が神聖シャルロット帝国が産声を上げてより、ここに平定の礎は築かれた。……これより、一ヶ月間にわたり、俺自らが全星系を順次巡り、諸君らの統治状況を直接【臨検(監査)】する」
広場、そして通信の向こう側の宇宙が、一瞬でざわつきに包まれた。太郎は周囲の動揺を完全に無視し、淡々と、しかし絶対の命令として告げる。
「巡回の具体的な日時、および星系の順番はすべて【未定】とする。
俺の船が到着した際、星系首都から最も近い宇宙港から、お前たちの首都、そして王宮へと直接向かう。
……繰り返す。今から一ヶ月の間に、帝国に属するすべての星系を回り切る。各自、いつ俺たちが現れてもいいよう、首を洗って準備をしておけ。以上だ」
パチリ、と通信が切られた瞬間、宇宙各地の群小国家や諸侯の政府内では、失笑と安堵の混じった声が上がっていた。
「ははは! 1ヶ月で全星系を巡回するだと? あの魔王太郎も、超人化の手術のせいで脳までバグったか?」
「宇宙の広さを知らない無知な地球人め。現在の宇宙海軍が誇る最新鋭の高速駆逐艦を使用したところで、この広大な帝国の全領域を回り切ろうと思えば、最低でも『3年』はかかるのが常識だて」
「どうせ、帝星から近い主要な星を2~4個ほど適当に回って、全星系を監査したことにする腹づもりだろう。
我が星は辺境だ、準備など適当に書類をでっち上げておけば問題ない」
帝星の近くに位置する一部の真面目な星系を除き、大半の辺境諸侯たちは、太郎の布告を「ただのハッタリ」と断定し、何一つ準備を進めようとはしなかった。
――だが、彼らは致命的な計算違いをしていた。
太郎の狙いは、まさにその『油断した奴らの首を、根こそぎ刈り取る』ことにあったのだ。
「シャルロット、アリス。準備はいいな。
……あの逃避行の際、お前たちが俺の超高速船を一瞬で捕獲した、あの【共同推進手段】……あれを今回は、公式の移動戦術として採用する」
「はい、太郎❤ あなたの黒い軍服姿、すっごく格好良くて、私、もう今からお部屋に戻ってからのことが我慢できそうにありませんわ……っ!」
シャルロットが顔を真っ赤にして身悶えする。
「ふふ、シャルロット様、公務中ですから欲求不満を爆発させるのはおやめなさいな。
……太郎、私の空間把握能力の計算は完璧ですわ。いつでも、あの脳筋破壊神様の魔力を神速へと変換してみせますわよ」
アリスお嬢様も不敵に微笑み、黒い軍服の袖を整えた。
帝国に牙を向く愚か者ども、そして不正を働く不届き者どもに思い知らせてやるのだ。
この帝国の守護神と内政の鬼を従える魔王にとって、全宇宙の『距離』など、存在しないに等しいという圧倒的な恐怖の事実を。
神速の臨検と、素手の地獄
布告の翌日。宇宙の歴史は、恐怖という名の絶望によって完全に塗り替えられることとなった。
「――な、何だと!? 今、宇宙港のセンサーに、正体不明の超高エネルギー体が激突しただと!?」
辺境星系の王宮で、書類の偽造に勤しんでいた虎族の残党の大臣が、悲鳴を上げて立ち上がった。
ドゴォォォォォン!!!!!!!
次の瞬間、王宮の重厚な大理石の天井が、文字通り隕石が直撃したかのような大爆発と共に粉々に粉砕された。
巻き上がる爆煙と瓦礫の中から現れたのは、最新鋭の宇宙船ではない。
衣服を少しも汚していない黒い軍服姿の太郎、そしてその左右で涼しい顔をしているシャルロットとアリスの三人だった。
「ひ、ひぇぇっ!? 魔王・太郎……!? なぜだ、昨日演説していたはずの男が、なぜ3年かかるはずの我が星に、わずか数分で……っ!?」
各国の政府は、文字通りのパニックに陥った。
太郎たちは、シャルロットの無限の魔力推進とアリスの超空間把握能力を組み合わせることで、宇宙空間を生身で【ほぼ瞬間移動】に近い神速で移動し、全星系の王宮へと直接『文字通りの殴り込み』をかけていたのだ。
「さて。抜き打ち監査を始める。アリス、帳簿を出させろ」
太郎が冷徹に命じると、アリスお嬢様は鋭い目を光らせて、王宮のコンソールへと向かった。
各国の政府や諸侯たちが、数年がかりで巧妙に隠蔽してきた国庫の横領、物資の密輸、そして帝国への税の誤魔化し。
それらのデータは、猫妖精大商会の経済の天才であるアリスお嬢様の前では、ただの子供の落書きに等しかった。
「――見つけましたわ。第七区の防衛予算、および配給物資の3割が、裏の隠密口座へ流れていますわね。……悪質ですわ、死刑」
アリスが冷酷に判決を下した瞬間、不正を働いていた悪質な大臣や諸侯たちが、狂乱して私設の親衛隊がレーザー銃を構えて突撃してくる。
「魔王を殺せ! 化け物どもを撃てェェ!!」
ババババババン!!!と放たれたレーザー光線やプラズマ弾が、シャルロットとアリスの身体に直撃する。だが、二人はそれを避けることすらしない。
これこそが、太郎があらかじめ二人に下していた【絶対厳守の作戦命令】だった。
『いいか、二人とも。敵が攻撃してきたら、まずはそのすべての攻撃を、無傷で堂々と受け止めろ。
そして、相手の心が恐怖で完全に折れた瞬間を見計らって――殺す際は、素手で頭を握りつぶすか、あるいは胴体を叩いて原型が残らないほど派手に弾けさせるなど、圧倒的な暴力を使い、最高に残酷で、派手な殺し方をしろ』
その冷徹極まる魔王の命令の通り、シャルロット姫様は、降り注ぐレーザーの中で「ふふ❤」と、身の毛もよだつほどに蕩けるような、美しい笑顔を浮かべた。
「私の太郎から盗みを働くなんて、本当に命が惜しくない虫ケラさんたちですわね」
シャルロットは一歩前へ進み出ると、突撃してきた虎族の巨漢の戦士の頭部を、自らの白い片手で無造作に掴み上げた。そして、指先にわずかに力を込める。
ベキッ、グシャァァァン!!!
何万という群衆や、通信越しのカメラが見守る中、戦士の頭部が文字通り素手で木っ端微塵に握り潰され、凄惨な肉飛沫が王宮の壁を赤く染めた。
「あら、私はこちらをいただきますわ」
アリスお嬢様もまた、軍服の袖を汚さないように配慮しながら、逃げ出そうとした別の貴族の胴体に向けて、パワードスーツ並みの生身の拳を軽く叩き込んだ。
ズドォォォン!!!
凄まじい衝撃波と共に、貴族の肉体は原型を留めずに粉々に弾け飛び、後ろの防壁ごと消滅した。
基本、二人は一切の手加減をせず、ただ圧倒的な「神の暴力」を見せつけるためだけに、派手で凄惨な粛清を繰り返した。
抵抗がいかに無駄であるか。そして、魔王太郎の前ではいかなる隠し事も不可能であるか。それを、星々の政府の脳裏に、消えないトラウマとして深く深く刻み込むための、太郎の冷徹な政治戦術だった。
そして何より、この地獄のような光景をあえて全宇宙に広域放送することで、一般の群衆には、シャルロット姫という存在が「実在する、逆らえば一瞬で滅ぼされる本物の神(破壊神)」であることを骨の髄まで認知させ、新帝国の掲げる『宗教国家』の信憑性を、これ以上ないほどに嵩上げすることに成功したのである。
わずか一ヶ月。
太郎の冷酷なハッタリ通り、全星系の巡回臨検は完璧に完了し、神聖シャルロット帝国には、宇宙の歴史上、最も強固で、最も揺るぎない『鉄の規律』が行き渡ることとなった。
「……ふぅ。これでしばらくは、裏でコソコソ動く奴はいなくなるな」
帝星の寝室に戻ってきた太郎は、若返った肉体の軍服を脱ぎながら、満足そうに微笑んだ。
「今後も、この抜き打ち監査は【不定期】で続けることにしよう。その方が、奴らは四六時中、俺たちの影に怯えて大人しく仕事をするだろうからな」
「さすがは私の太郎! 本当に冷酷で素敵ですわ! さあ、一ヶ月もお仕事ばかりでしたもの……今夜は、私をたっぷりと可愛がってくださいましね……っ❤」
シャルロットが、待ち兼ねたようにベッドの上で全裸シーツの引きこもりスタイルから這い出してくる。
「ずるいですわ、シャルロット様! 監査中の帳簿チェックは私の手柄ですのよ!? 当然、今夜は私を真ん中にして、太郎に可愛がってもらう権利がありますわ!」
アリスもお嬢様の皮を脱ぎ捨て、ふさふさの猫耳を赤くしてベッドへ飛び込んできた。
「はは……二人とも、順番なんて関係ないさ。今夜は、三人で仲良く寝よう」
42歳になった魔王は、本当の意味で心が通じ合った二人の最高のワイフたちを両腕に抱き寄せ、その頭を優しく撫でながら、静かにベッドの明かりを落とした。
外の廊下では、ゴブリンの医療班が「今夜は心肺停止のランプが点かなくて済みそうだギギッ」とホッとして胸を撫で下ろしていたという。
レオの専用船と、死神のお買い物
一方、今回の宇宙平定ツアーの最中、帝星のプライベートドックでは、もう一つの「お祝い」が行われていた。
「わぁぁぁーーーーーーっっ!!!! す、凄いっ、凄いよ、さんぼう!! これ、本当に僕の船なの!?」
12歳になった人族の男の子、レオは、ドックの真ん中に鎮座する真新しい宇宙船を見上げて、短い尻尾(獣人の特徴を持つが、人族の少年)を激しく振り回しながら大はしゃぎしていた。
そこに置かれていたのは、かつて太郎が二人の夜戦地獄から命がけで逃げ出すために極秘建造した、あの【超高速偵察艇の、最新量産型モデル】であった。
太郎は、これまでの旅の前半において、シャルロットの肉体的アタックからの盾(肉壁)としてレオを連れ回し、先日の逃避行でも多大な迷惑をかけてしまったことを、ことのほか心苦しく思っていたのだ。その最大の罪滅ぼしと、12歳の誕生日祝いを兼ねた、魔王からの破格のプレゼントだった。
「ああ、レオ。お前の専用船だ。もちろん、帝国から選りすぐった、お前専用のベテラン乗組員も一隻分、専属で配備してある。
……それと、船体の色は、お前の好きな色に塗っておいたぞ」
船体は、レオが一番大好きだと公言していた鮮やかなブルーとゴールドのツートンカラーに美しく塗装され、ドックの照明を浴びてピカピカと輝いていた。
「ありがとう、さんぼう! ぼく、この船で、いつか宇宙の果てまで冒険に行くんだ!」
少年の純粋な笑顔に、太郎もまた、父親のような優しい眼差しを向けてその頭を撫でた。
さらに、レオへの「お詫び」はそれだけでは終わらなかった。
「レオ。今日は、私の『お買い物練習』に付き合いなさい」
王城の廊下で、普段着の可愛いドレスを着たシャルロット姫様が、大きな革の財布(太郎から貰った、ちゃんとお金が入っている財布)を両手でしっかりと握りしめながら、レオを呼び止めた。
先日の保険体育(一般常識)の授業により、「お買い物にはお金が必要である」という衝撃の事実を学んだ第一夫人。彼女は、これまでの「無一文カツアゲショッピング」を激しく反省し、現在は太郎のために、ちゃんとお金を払ってお買い物をする練習の真っ最中だったのだ。
「えっ? おねえちゃんとお買い物? ……ぼく、また店主の人が泡を吹いて倒れるのを見るのは嫌だよ?」
「失礼なことを言わないでくださいまし! 今日の私は、ちゃんとこの『オカネ』という紙切れを店主に渡す練習をするのです! ……その代わり、日頃の暴走のお詫びとして、今日はレオの好きなものを、何でも、いくらでも買ってあげますわ!」
「えっ……!? 本当!? じゃあ、僕、ずっと欲しかった最新の魔導ゲーム機と、ケット・シー特製の高級お菓子が欲しい!」
「よろしいですわ! 泥棒猫の星のゲーム機なんて少し癪ですが、太郎様から貰ったこのお財布の力(経済)を見せてあげますわよ!」
こうして、19歳の破壊神と11歳(12歳)の少年による、ちょっと物々しい「お買い物練習サバイバル」が星系シャルロットの市場で繰り広げられた。
シャルロットは、店主に商品を渡された際、無造作にそのまま無言で立ち去ろうとするのをレオに「おねえちゃん、違う! 最初にお財布からお金を出すの!」と何度も裾を引っ張られ、真っ赤になりながら「こ、これで足りてますかしら……っ!」とお札を叩きつけるという、微笑ましい(周囲にとっては心臓が止まるほど恐ろしい)練習を何度も繰り返した。
結果として、レオは両手にお抱えきれないほどのゲーム機やお菓子を買ってもらい、シャルロットも「お金を払えば、店主が卒倒せずに笑顔で『ありがとうございました』と言ってくれる」という人類の基本システムを完全に理解し、大満足でお詫びとお買い物を終えるのだった。
宇宙には鉄の規律が行き渡り、仲間たちには確かな絆と笑顔が戻り、そして魔王の寝室には、本当の意味での穏やかで幸せな夜の温もりが満ちている。
42歳になった魔王・太郎と、二人の美しき超人ワイフたちの、命がけで、そして全宇宙で一番愛に溢れたサバイバル日常は、これからも末永く、幸せに続いていくのである。
(神聖シャルロット帝国・宇宙平定編 完)




