魔王の限界
魔王の限界、そして破壊神のポンコツな兆候
これ以上の強化は「死」を意味する 全宇宙の叡智を結集し、三ヶ月の肉体改造、そしてさらに半年の「再・再生手術」を経て完了した『太郎強化計画』。
結論から言えば、四十歳の中年男から二十歳前後の肉体へと若返り、緋緋色金とオリハルコンの合金骨格を得た太郎の生存率は、これまでの地球人基準に比べれば飛躍的に高まっていた。
比べる相手が「無敵の破壊神」と「数百年の先祖返りパワードスーツ猫耳お嬢様」という宇宙規模の二大怪獣だったから霞んでいるだけで、太郎単体のスペックを見れば、生身で宇宙の凶悪な原生生物を素手で殴り殺せるレベルの、十分すぎる『化け物』へと進化していたのだ。
だが、帝国のハイテク魔導ICUに集まった地球の医師団、エルフ、ドワーフ、ゴブリンの複合医療チームの結論は冷徹だった。
「――これ以上の強化施術は、不可能です。いえ、絶対にやってはなりません」
エルフの女性治療長が、青ざめた顔で大商会長(帝国宰相)に向けて報告書を提出した。
これ以上の出力を求めれば、それは太郎参謀の細胞、ひいては遺伝子そのものを根本から組み替えることになります。
それは『太郎』という材料を使って、別の、人工的な『何か別の化け物』を作る行為に他ならない。
……つまり、それは【現在の太郎参謀の魂の死】を意味するのです その言葉に、報告書を受け取った大商会長のふさふさとした猫耳が、恐怖でピクリと跳ね上がった。
「……なるほど。魂の領域で太郎殿と深く結び合っているシャルロット姫様が、そんな『偽物の太郎殿』を見逃すはずがない、か」
「その通りですわ、宰相閣下」エルフの治療長がガタガタと震えながら頷く。
「もし姫様が、私たちが太郎様を別のナニカへ書き換えた(殺した)と気づいた瞬間、それがどれほど精巧な強化体であろうとも、私たちの首は一瞬で撥ねられ、全宇宙に死刑宣告が下されます。
……よって、太郎参謀の強化はここまでとし、今後はこれまで通り、事後の超高度な医療サポート(蘇生陣形)に全力を注ぐものとします!」
「うむ……致し方あるまい。これ以上のリスクは商人としても冒せん。現体制を維持せよ」 未来の帝国宰相たる大商会長も、深く溜め息をついてそれを了承するしかなかった。こうして、太郎の限界スペックが確定したのである。
魔王の歓喜と、人類滅亡のカウントダウン そのように、新帝国の裏で自分の処遇がギリギリの防衛線で決定されているとは露知らず、当の本人である太郎は、ここ数日、かつてないほどの深い喜びのさなかにいた。
なぜなら、第一の妻であるシャルロット姫様が、顔を林檎のように真っ赤に上気させ、衣服を破らんばかりの巨乳を激しく揺らしながら、太郎の元へ信じられない「大ニュース」を告発してきたからだ。
「太郎様! た、太郎様ぁーーーっっ❤ 出来ましたわ! 私たちの、愛の結晶が……私のお腹の中に、出来てしまいましたわーーーっっ!!」「えっ……!? し、シャルロット、本当か!?」 ベッドの上で点滴を打たれていた太郎は、飛び起きるほどの衝撃と歓喜に包まれた。
聞けば、彼女はどこからか『人間は、赤ちゃんができると、酸っぱいものが無性に食べたくなる』という噂話を聞いてきたらしい。
そしてたまたま、今日の今日、おやつに酸っぱい果物が無性に食べたくなった。
その自身の体調の変化を、彼女は天才的なポンコツ思考で強引に結びつけ、「出来た!」と太郎に満面の笑みで報告したのだ。
だが、理由はどうあれ、太郎にとってはこれ以上ない救いの光だった。
「ついに……ついにやったぞ……!」 太郎の目から、感動の涙がぽろぽろと流れ落ちる。
もしシャルロットに子供ができれば、少なくとも彼女からの地獄の夜戦(圧倒的フィジカルからの強要SEX)の試練は、胎児の安全のためにしばらくの間は確実に無くなる。さらに、彼女の狂気的な愛の対象が自分以外(=我が子)に分散されることで、自分が死んだ後の彼女の暴走による「人類滅亡(宇宙崩壊)」の危機が、一気に何百年も遠のくことになるのだ!「よし! この素晴らしいニュースを、すぐにお義父さん(宰相)に報告しに行こう! 国を挙げての大お祝いだ!」 太郎が歓喜に震えながら、車椅子から立ち上がろうとした、その時だった。
「――お待ちになって、太郎様。落ち着きなさいな、この脳筋破壊神様も」
ピシャリと冷たい声をかけて部屋に入ってきたのは、ツインテールを揺らしたアリスお嬢様と、その後ろに控える地球人医師団の面々だった。
彼らの顔には、お祝いの雰囲気など一滴もなく、むしろひどく冷静で、どこか呆れたような光が宿っていた。
「アリス、医師長……? なんだ、みんなそんな暗い顔をして。シャルロットにおめでたが――」「太郎参謀、大変申し上げにくいのですが、あなたのバイタルサイン、およびシャルロット姫様の魔力波形、生体電流のどこを測定しても、そのような妊娠の【兆候は一切ありません】。
……完全に、ただの勘違いです」
「……え?」 太郎の脳内が、真っ白にフリーズした。歓喜に満ち溢れていた王宮の空気が、一瞬でシベリアの永久凍土へと逆戻りする。
「勘違い……? いや、でも、シャルロットは確かに、酸っぱいものが食べたくなったと……」
「た、太郎様ぁ! 本当なんですわよ! 嘘じゃありませんわ!」シャルロットが涙目で訴えかける。
「だって、前にエルフの治療長から聞いたのです! 赤ちゃんができる当初は、お口が酸っぱいものを求めるって! 私、今すっごくレモンが食べたいんですの!」
その必死の主張を聞いた瞬間、太郎の脳裏に、このサバイバル旅の最初期、まだ地上で高機動車で旅をしていた頃の記憶が、鮮烈にフラッシュバックした。 ――そういえばこの子は、最初の頃、『男の人の手を握って一緒に眠れば、子供が生まれる』と大真面目に思い込んでいたほどの、お姫様育ちの超絶箱入りポンコツ娘だったではないか。
「……シャルロット。一応聞くが、エルフの治療長が言っていたその話、前後の文脈はどうだったんだ?」 太郎がじっくりと、諭すように話を聞いていくと、エルフの治療長が「あー……それ、私が『昔、妊娠した当初は酸っぱいものが食べたくなったなぁ』って思い出話を、廊下で雑談していただけです……」と、申し訳なさそうに頭を掻いた。 つまり、シャルロットは単に、その日たたまたま生理的に酸っぱいものが食べたくなっただけ。
それを妊娠の初期症状だと勝手に脳内変換して、太郎に突撃してきただけだったのだ。
「……意味が、違う……」 ガクッ、と。 若返ったはずの超人・太郎は、精神的なダメージのあまり、その場に力なく脱力して床に頽れた。人類滅亡のカウントダウンの針が、凄まじいスピードで元の位置まで巻き戻った瞬間だった。
「まったく、呆れた破廉恥神様ですわね」アリスお嬢様が、ふふんと鼻で笑いながら、これでもかとばかりにシャルロットを見下ろした。
「いくら太郎様と早くお子を作りたいからって、そんな子供騙しのハッタリが通じると思いましたの? 義務教育からやり直して、出直してきなさいな!」
「う、うるさいですわ、泥棒猫! 私はただ、お腹が酸っぱくて、太郎様と、その……っ!」 顔を真っ赤にして地団駄を踏むシャルロット。
このあまりにも初歩的すぎる勘違いにより、新帝国の医療班、および日本政府の最高幹部たちの手によって、急遽、『シャルロット姫様に対する、絶対厳守の新たな保険体育の授業(性教育)』のカリキュラムが、国家機密として策定されることが決定したのだった。
だが、この「酸っぱいレモン事件」は、さらなる地獄の引き金となった。 自分の知性と言い回しでシャルロットを完全に論破したアリスお嬢様は、この日を境に、シャルロットに対する「知略マウント」を極限までエスカレートさせ始めたのだ。
「いいですか、シャルロット様? 子供というものは、ただレモンを食べれば生まれるような生ぬるいものではありませんのよ? 適切な周期、適切な体位、そして何より、私のような知的なパートナーとの綿密な計算の元に授かるものですの。
あなたのように、ただ力任せに太郎様を紙細工にするだけの脳筋には、あと三百年経っても無理ですわ❤」 毎日のように王宮の王座や廊下で繰り広げられる、アリスからの執拗な、そしてネチネチとした正妻マウント。
これに対して、言葉での言い返しが苦手なシャルロット姫様がとった対抗手段は、やはり圧倒的な『物理(夜戦)』の強化だった。
「――泥棒猫に、あれほどバカにされて、黙っていられるはずがありませんわ……っ!」 お顔を真っ赤に染め、プライドをズタズタにされたシャルロットは、その怒りと欲求不満のエネルギーのすべてを、「周替わりの自分の週」における、太郎への夜戦の要求へと全力で注ぎ込んだのである。
「太郎様ぁ! 今週は私の番ですわ! あの泥棒猫に見せつけるためにも、今夜は朝まで、一秒の休憩もなく私を愛しなさいっっ!!」「待っ、シャルロッ、俺のオリハルコンのフレームが、お前の欲求不満のパワーのせいで、さっきからギチギチ鳴っ――ぎゃあああああああ!?」 寝室のハイテクICUの扉が閉まり、いつも以上の、凄まじい衝撃波と愛の地響きが戦艦全体を揺らす。
そして、このシャルロットの過激すぎる暴走(夜戦)を見て、第二夫人候補のアリスお嬢様もまた、ケット・シーの負けず嫌いの野性を爆発させてしまった。
「あら、シャルロット様がそこまでやるというのなら、来週の私の番では、ケット・シー王族の秘伝の技を尽くして、太郎様を私の匂いと愛だけで完全に骨抜きにして差し上げますわ! 医療班、来週の私の週に向けて、太郎様の心臓の強化点滴の出力をさらに三倍に引き上げなさい!」「お、お嬢様!? それをしたら、本当に参謀殿の細胞が焼き切れますって!!」 ドワーフのメカニックが泣きながら止めるが、超人お嬢様の独占欲の炎もまた、誰にも止められなかった。
結果として。 太郎が若返り、寿命が三百年に延び、骨格が緋緋色金になったところで、二人の最強ワイフからの夜戦の要求が「相対的に激化」したため、待機している医療班の負担やノイローゼの度合いは、以前と全く変わらないという、絶望的な無限ループ(デスゲーム)へと至るのだった。「……ギギッ、今週も心肺停止の警告ランプが点滅しているぞ……」「強壮剤の在庫がもう底を突く! 地球の日本政府に連絡して、今すぐ新しい『子宝のお守り』と、マカとスッポンのエキスをコンテナごと宇宙に打ち上げさせろ!!」 宇宙の歴史を変えた魔王・太郎の寝室の外では、今夜も血走った目の医療班たちが、蘇生魔法の術式を構えて廊下にずらりと整列していた。
骨格を変え、超人となった魔王の、これが終わらない、そして誰も救われない「生存戦略」の日常であった。




