慣らし運転
用意周到なる「慣らし運転」
半年。
それは、全宇宙を震撼させる不老不死の破壊神、シャルロット姫様に対して言い渡された【完全面会謝絶】の期間であった。
同時に、オリハルコン合金の骨格とゴブリンの細胞固定術によって「再・再生」を果たした超人・太郎が、自室のハイテク魔導ICUのベッドの上で、静かに怯えながら命を繋ぎ止めるための最低限の猶予期間でもあった。
そしてついに、恐るべき「面会謝絶解禁」の日がやってくる。
「……いいですか、全軍。前回の悲劇を絶対に繰り返してはなりません!」 執務室の巨大モニターの前で、地球から派遣された医師長が、青い顔をして叫んでいた。「太郎参謀の肉体は強化されたとはいえ、姫様の感情が限界突破した瞬間のタックルを受ければ、再び一瞬で紙細工のように潰されます! ですから今回は、段階を踏んだ【慣らし運転期間】を設けます!」 新帝国の医療連合と日本政府が用意した安全対策は、まさに国家予算を湯水のように注ぎ込んだ、異常なまでの用意周到さであった。
解禁当日の面会は、直接対面ではなく、『超高精細立体ビデオスクリーン(ホログラム)』を介して行うことが決定された。
これならば、画面の向こうでどれほど姫様が興奮しようとも、こちらの太郎の身の安全は物理的に保証される。
さらに、彼女の規格外の空間跳躍能力を考慮し、太郎が乗る本船は帝星(星系シャルロット)の周回軌道上、それも『月の裏側の秘密要塞』の中に配置され、そこから限定シグナルで放送を送るという念の入れようだった。
「万が一、放送中に姫様が興奮のあまり画面を突き破って、こちらへ直接向かってくるようなことがあれば――」
太郎が指示を出す前に、大商会長(帝国宰相)が冷徹な声で全軍のネットワークに命令を下した。
「帝国の全兵士、全艦艇は、一切の抵抗をするな。無駄死にするだけだ。
できうる限り、全力でその場から逃げよ」 破壊神が本気で突撃してきた場合、迎撃など何の意味もなさない。
生存戦略の基本は「逃亡」である。 そして、太郎の身を守るための最後の防壁として、今回の放送の舞台そのものにも細工が施された。
シャルロット姫様が待機する「ビデオルーム」は、帝星の遥か彼方に浮かぶ、宇宙空間の無人の空母の残骸の中に設置されたのだ。
「シャルロット様。太郎殿との大切な再会の電波を安定させるためです。
どうか、あの無人空母の特設スタジオからお話しください」 ゴブリンの交渉官たちが命がけで説得した結果、
シャルロットは「まぁ、太郎様に綺麗に映るためなら仕方がありませんわね❤」と大人しく応じ、その無人空母の内部で、今か今かと太郎の姿がスクリーンに映るのを心待ちにしていた。
だが、この用意周到な安全網の裏で、誰も予期していない「もう一つの化け物」が動いていた。
ガシャン、ガシャン、と。 無人空母の薄暗い格納庫に、不気味な金属音が響き渡った。 カメラの前で、若返った太郎の凛々しい式典服姿のホログラムが映るのを、頬を赤らめて待っていたシャルロット姫様が、不機嫌そうに片方の眉を跳ね上げて振り返る。
「……誰ですか? 今、私は太郎様との大切な初恋の通信(慣らし運転)を待っているのですけれど。邪魔をするなら、今すぐ塵にしますわよ」
冷酷な死神の眼光の先に立っていたのは、いつものフリルドレス姿ではない、異様な重装甲を纏った少女の姿だった。
「――その必要はありませんわ、シャルロット様」 歪な金属音を立てて現れたのは、猫妖精の王族秘伝、【対破壊神用パワードスーツ】をその全身に換装したアリスお嬢様であった。
かって破壊神の力で宇宙を支配していた古代人に対して古代ケット・シーは、破壊神のデータを元に「劣化グレードの破壊神」を大量生して破壊神に対抗しようとしたが本物の前に完敗。
その為に劣化グレード版の強化パーツとして作られたのが最終決戦兵器としてのパワードスーツだった、破壊神が宇宙の表舞台から消え去ってからは、劣化破壊神のノウハウも消え、このスーツだけがのケット・シー宮殿の奥深くに眠っていた。
時折、一族の中に現れる「先祖返り」の超人的な身体能力を持つケット・シーがこのスーツを起動するたび、新たな王朝が復興しては消えていくという歴史を繰り返してきた、いわばケット・シー族の『最終決戦兵器』である。
そして目の前のアリスお嬢様は、一族の中でも数百年ぶりに誕生した、完璧な遺伝子を持つ「先祖返りの完全体」だったのだ。
「アリス……? 何ですか、その不細工な鉄屑は。泥棒猫の分際で、私と太郎様の逢瀬の邪魔をするつもり?」
「お黙りなさい、脳筋破壊神!!」 アリスはお嬢様らしい気品をかなぐり捨てて激昂した。
その猫耳がパワードスーツのヘッドパーツの中で怒りに震える。「私は、あなたのあの『やらかし』に、激しく腹を立てていますのよ! 例えそれが愛の暴走だろうが何だろうが、せっかくケット・シーの秘薬とゴブリンの科学で若返らせた私の、私たちの、大切な大切な太郎様を一瞬で紙細工のように潰すなんて……ッ! どれだけ私のお預け期間が延びたと思っていらっしゃいますの!?」
「はあ? 太郎様は私の旦那様です。私がどう愛そうが、私の勝手ですわ!」
「勝手なものですか! 自分でも抑えきれないこの衝動の元、今日ここで、あなたに第二夫人としての、そして宇宙トップクラスの生物としての教育(肉体言語)を叩き込んで差し上げますわ!」
大商会長(帝国宰相)が「アリス、よせ!」と通信越しに悲鳴を上げるが、恋するお嬢様の暴走は、もはや誰にも止められなかった。
何も語らず、ただ太郎への愛と嫉妬の衝動のままに、宇宙のパワーバランスを崩壊させる戦闘が開始された。
光を超える衝撃と、解散する同盟 シャルロットもまた、目の前の「泥棒猫」が、これまでのお嬢様ごっこの皮を脱ぎ捨て、本気の化け物のオーラを放っていることに何か予感したのだろう。
彼女はいつもの退屈そうな顔を消し、その小さな白い拳に、銀河を揺るがす魔力を込めて突き出した。
アリスの対破壊神用スーツの拳と、シャルロットの神速の拳が、無人空母の中心で真っ正面から激突した。
ズ、ドン――。 次の瞬間、音が消えた。
衝撃の余波だけで、二人が立っていた巨大な無人空母の残骸が一瞬で「爆散」し、宇宙の塵の霧へと変わった。
それだけではない。二人の拳の衝突が引き起こした超重力波の衝撃波は、物理法則を完全に超越。光の速度さえも置き去りにしながら、宇宙空間を文字通り「津波」のように伝播し、遥か彼方にある帝星(星系シャルロット)、そして太郎が潜んでいた月の裏側の秘密要塞のバイタルセンサーを激しく狂わせた。
「な、何が起きたギギッ!? 遠方の無人空母の座標から、超新星爆発(超弩級)を遥かに超えるエネルギー反応が……!!」「まさか、姫様がまた暴走したのか!?」
秘密要塞のブリッジで、若返った太郎は冷や汗を流しながら、捉えられた戦闘映像を凝視した。
カメラの自動追尾機能がようやくピントを合わせたと思ったら、そこには、宇宙空間を生身で縦横無尽に飛び回り、光速の数千倍の速度で拳を交わし合う、シャルロット姫様とアリスお嬢様の姿があった。
「あ、あのお嬢様……パワードスーツを着ているとはいえ、シャルロットとガチで殴り合ってやがる……」 太郎の顔から、すべての血の気が引いていった。
自分は、骨格を緋緋色金に変え、三百年の寿命を手に入れ、超人化したと自惚れていた。 だが、画面の向こうで繰り広げられている次元の違う大怪獣バトルを見て、太郎は深い絶望を覚えた。
自分がどれだけ強化されようが、あの二人の「足元にすらたどり着いていない」という残酷な現実を突きつけられたからだ。
自分の超人化など、彼女たちの前ではただの「少し破れにくい紙細工」になった程度に過ぎない。
しかし、画面を見て、太郎以上に人生のすべての心を折られた者たちがいた。
「……勝てるわけがない。あんなものに、勝てるわけがないだろう……!!」 宇宙の影でコソコソと新帝国への反撃の機会を伺い、シャルロットの非情さを糾弾していた『反破壊神同盟』の最高幹部たちは、アリスとシャルロットの生体データを見た瞬間、完全に精神が崩壊した。
破壊神一匹でも宇宙の終わりだというのに、大商会のあの可憐なお嬢様までが、その気になれば破壊神とガチで殴り合える「第二の怪物」だったのだ。
勝率など最初からゼロどころかマイナスである。
この日を境に、反破壊神同盟は「もう無理だ、解散しよう。
大人しく魔王太郎の宗教国家の信者になろう」と、歴史的なスピードで自主解散を宣言し、宇宙から消滅した。
また、地球の日本政府関係者、および市ヶ谷の防衛秘密本部でも、レポートを受け取った幹部たちの心が次々と粉々に折れていた。
「……一見、おしとやかに見えるあの猫耳お嬢様が、破壊神と互角にやり合える存在だったとは……」
「我が国の最先端ナノマシンだの陰陽道だの、何の意味があったんだ……。この宇宙は、理不尽に満ち満ちている……」
一佐は、太郎に送った「子宝のお守り」が、もはやただの気休めにもならないことを悟り、静かにデスクに突っ伏して涙を流したという。
肉体言語の和解と、共有される聖域 数時間後。 数十隻の無人船の残骸をスクラップに変えた「肉体言語による話し合い」は、奇跡的な【引き分け】という形で幕を閉じた。
実際には、シャルロット姫様が「太郎様の大切な実務担当(泥棒猫)」を本当に殺してしまっては太郎に嫌われると、途中でほんの少しだけ気を遣って本気を出さなかったのが真相であり、アリスお嬢様も殴り合いの最中にそれを敏感に察知していた。
だが、この全宇宙を巻き込んだ壮絶なキャットファイトを経て、二人の少女の間にあったドロドロとしたわだかまりは、奇妙な形で氷解していった。
「……ふん。少しは見直しましたわ、泥棒猫。そのブリキの玩具の割には、私の拳をよく止めましたこと」 宇宙空間の塵の中で、衣服が弾け飛んで全裸になったシャルロットが、ふいっと顔を背けながら言った。
「お褒めに預かり光栄ですわ、シャルロット様。……ですが、これで分かったでしょう? 私は、ただのポッと出のメス猫ではありませんの。太郎様の隣に立つ資格が、この私にもあるということを」 アリスもまた、パワードスーツの装甲の大部分を大破させ、ボロボロになりながらも、不敵な笑みを浮かべて猫耳をピンと立てた。
少なくとも、シャルロット姫にとって、アリスお嬢様は「ただの害虫」から、「太郎様という至高の存在(聖域)を分かち合うことを、渋々ながらも認めるに足るライバル」へと昇格したのだ。
もちろん、感情としては未だに「泥棒猫」「脳筋化け物」と呼び合う最悪の仲ではあったが、戦友としての、あるいは『魔王の妻』としての奇妙な連帯感が、そこに生まれたのである。
そして。
この肉体言語による和解(和解の規模が宇宙崩壊レベル)が成立したことにより、太郎の【周替わりベッドスケジュール】は、ついに二人の間で「正式な協定」として批准されることとなった。
「お待たせいたしました、太郎様❤ さあ、今週は私の番ですわ!」「いいえ、シャルロット様! 規約により、今夜の24時までは私の週(実務予行練習)の残り時間ですわよ!」 月の裏側の秘密要塞の寝室(魔導ICU)のベッドの上で、若返った超人・太郎は、再び両手を挙げて天井を見つめた。
肉体は強化され、寿命は三百年になり、骨はオリハルコンになった。だが、自分の周りにいる二人のワイフが、宇宙を滅ぼせるレベルの二大怪獣であることに変わりはなかった。彼の命がけのサバイバルは、ここからさらに加速していくのである。




