魔王の肉体改造
全宇宙の叡智を結集した「絶対条件」
神聖シャルロット帝国の最高権力者にして、全宇宙から『魔王』として恐れられる四十歳の中年参謀、太郎。
彼の「夜の腹上死」という宇宙崩壊のトリガーを回避するため、帝国王宮のハイテク魔導ICUには、既存の宇宙に存在するあらゆる技術、科学、魔法の叡智が文字通りすべてかき集められていた。
帝国の太郎強化プロジェクトが極秘裏に投入した国家リソース、猫妖精大商会の無限の資金力、そしてゴブリンやエルフの魔導医療ギルドの天才たちが、血走った目で連日連夜の最高機密会議を繰り広げる。
「いいか! 太郎参謀の強化計画において、絶対に、何があっても遵守しなければならない【鉄の掟】が三つある!」
エルフの女性治療長が、ホワイトボードを激しく叩きながら、集まった地球人医師団やゴブリンの科学者たちを叱咤した。
「一つ! 太郎参謀の【生殖能力(子作り能力)】には絶対に傷をつけないこと! 二つ! 参謀殿の精神、意思、感情といった人間性の根本には一切弄らないこと! そして三つ目……これが最も重要だ!」
治療長は、廊下の外でシーツを巻いて引きこもっている破壊神の気配を恐れるように声を潜めた。
「我々が施した改造のせいで、太郎参謀が苦痛を感じたり、あるいは肉体が変異したなどとシャルロット姫様に思われるような不手際は、絶対に一切犯してはならない! もし姫様に『お前たちが私の太郎様を害した(変な風に改造した)』と一瞬でも誤解されれば、ここにいる全員だけでなく、この星系が微塵切りにされてブラックホールに投げ込まれるぞ!!」
「ギギッ! 分かっている! リスクが高すぎる!」
ゴブリンの科学者たちが震えながら頷く。
さらに、このプロジェクトの裏では、大商会長や日本政府の最高幹部たちの思惑により、一つの【隠しプロジェクト】が並行して進められていた。
それは、万が一、億が一にシャルロット姫様が完全に暴走して世界を滅ぼそうとした際、何らかの形で彼女に対抗・抑止可能な「対破壊神兵器」を探すという、あまりにも無謀で絶望的な試みだった。
かくして、帝国の超機械知性達を交えた、数百万パターンに及ぶ肉体強化シミュレーションが連日連夜行われることとなったのである。
ボツ案の山と、判明したお嬢様の正体
しかし、全宇宙の技術を組み合わせるという試みは、狂気的なボツ案の山を生み出すことにもなった。
「シミュレーション第452号、非常に有望なデータが出ました! 被験者の筋力、瞬発力、魔力抵抗値を従来の数万倍に引き上げ、破壊神の愛の抱擁にも耐えうる肉体を構築可能です!」
地球の遺伝子学者が興奮気味にホログラムを操作する。
おおおお!
「ただし……副反応として、被験者の寿命が大幅に減少します。およそ【残り数年】の命となる、どこかで見たような、白い髪の怪物を生み出す術式です!」
「ボツじゃ、ボツ!!」
ドワーフのメカニックがスパナを投げつけた。
「そんなものを太郎に施してみろ! あと数年で太郎が寿命で死んだ瞬間、未亡人になった姫様が絶望して全宇宙を道連れに自殺するわい!」
(※なお、この『寿命減少型・対姫様用超人化術式』は、後に万が一の「対姫様用決戦兵器」として使えるかもしれないという名目で、こっそり隠しプロジェクトのアーカイブへと回された)
さらに、地球の日本政府関係者が「我が国の歴史ある神秘の技術です」とドヤ顔で持参した『陰陽道』の呪術シミュレーションにいたっては、「失敗すると、太郎がドロドロとした怨霊の怪物(鵺や九尾の狐のような化け物)に変化する」という最悪の結果が出たため、リスクが怖すぎて全員が即座に手を引いた。破壊神の寝室に怪物を送り込む度胸など、宇宙の誰一人として持ち合わせていない。
そうした混沌とした議論の末、ついに最も安全で、かつ劇的な効果を見込める「ハイブリッド改造案」が採用された。
まず、太郎の脆弱な骨格を、ドワーフの最高技術によって最新の『緋緋色金』と『オリハルコン』の特殊合金へとすべて入れ替える。
これにより、シャルロットの超重量級タックルを受けても骨折しない無敵のフレームが完成する。
そして肉体部分(筋肉や内臓)には、エルフの王家に伝わる高濃度秘薬と、ケット・シーの秘伝の細胞活性秘薬を調合し、最新のゴブリン魔導機械によって超高速合成。細胞の超活性化による肉体の大幅な強化と、劇的な【若返り】を図るというプランだ。
「これならいけるぞ! 試算では、肉体年齢を【最大で二十歳程度】まで若返らせることが可能だ! さらに寿命の大幅延長も期待できる。最大で【三百年の延命】が可能という試算が出たて!」
ドワーフの棟梁の弟子がコンソールを叩き、勝利の雄叫びを上げた。
だが、その歓喜のデータの片隅に記されていた「ある測定基準値」を見て、太郎はハイテクICUのベッドの上で、文字通り絶望の声を漏らして嘆くことになる。
「……なぁ、医療班の皆さん。このデータ、何かの間違いじゃないか?」
太郎は、自分の若返りデータの横に並ぶ、アリスお嬢様の「生体スペック測定値」を指差した。
「ああ、それですか?」地球の医師が哀れみの目を太郎に向ける。「間違いありませんよ、太郎参謀。今回、アリスお嬢様の細胞活性秘薬をベースにするにあたって、彼女の身体能力を改めて精密測定したのですが……。アリスお嬢様、普段は知的な内政官としてお嬢様ぶっていますが、その生物的な実力は、普段は隠しているだけで余裕で宇宙トップクラスの化け物(超人)です。今回のあなたの超絶肉体改造を以てしても、ようやくアリスお嬢様と【互角か、少しアドバンテージがある程度】ですよ」
「……嘘だろ。あのお嬢様、最初の頃、ゴブリン宇宙海賊船に捕まって監禁されてただろ? 俺が助け出したはずなんだが……」
「あ、それ、お嬢様から直に聞きましたわ」エルフの護衛がクスリと笑った。「『あの時は退屈でしたので、ちょっと囚われの捕虜ごっこをして遊んでいただけですの。そしたら太郎様がすっごく格好良く助けに来てくださったので、そのまま流されてお嫁さんになっちゃいました❤』だそうですよ」
「あのお嬢様、わざと捕まってやがったのかよ……!!」
太郎は枕に顔を埋めて絶望した。第一夫人が無敵の破壊神なのは知っていたが、第二夫人候補の猫耳お嬢様まで、その気になれば星を滅ぼせるレベルの武闘派の化け物だったのだ。
そりゃあ破壊神とも相手できるはずだよ、スペック的にはシャルロットが、じゃれる程度なら問題なく相手できるレベルであり二流の星系軍なら相手にもならない怪物だった。
結局、自分の周替わり寝室サバイバルは、どちらを選んでも地獄であることに変わりはなかった。
かくして、嫌がる太郎を大商会長が「帝国の未来のためです!」と宥めすかし、地球の医師団が「一佐からのお守りの効果を高めるためです!」と脅した結果、三ヶ月に及ぶ極秘肉体改造手術が始まった。
超人太郎の爆誕と、一瞬の紙細工
三ヶ月後。
帝国王宮の奥深くの最高機密医療カプセルの扉が、白い蒸気と共に静かに開かれた。
そこに現れたのは、かつての四十歳の中年男性特有の、どこかくたびれた雰囲気が完全に払拭された、驚くべき姿だった。
肉体年齢は二十歳前後まで若返り、肌には瑞々しい張りが戻り、緋緋色金とオリハルコンの合金を内包したその身体は、服の上からでも分かるほどにしなやかで強靭な筋肉のラインを描いている。
それでいて、太郎自身の意思や、どこか哀愁の漂う優しい感情の光、そして何より生殖能力は完璧に維持されていた。
「おお……! これが、全宇宙の叡智を結集した、超人・太郎参謀……!」
ノイローゼから復活した医師団が、奇跡の完成度に涙を流して拍手を送る。太郎自身も、自分の拳を握り締め、かつて自衛隊に入隊したばかりの頃のような、漲る圧倒的なパワーを全身に感じていた。
(……これならいける。これだけの肉体があれば、シャルロットの不意の甘え(タックル)にも耐えられるし、アリスお嬢様の情熱的な週だって、医療班の手を借りずに乗り越えられるかもしれない……!)
太郎が、未来へのサバイバルに確かな希望を見出した、まさにその瞬間だった。
ガシャァァァン!!!と、医療室の重厚な防爆隔壁が、外からの凄まじい衝撃波によって粉々に吹き飛ばされた。
現れたのは、この三ヶ月の間、プロジェクトの安全管理(および太郎の防衛)のために、大商会の私設軍隊とゴブリン兵によって【完全面会謝絶】を言い渡され、太郎に一目会うことすら我慢させられ続けていたシャルロット姫様だった。
三ヶ月の間、最愛の旦那様を奪われ、欲求不満と愛のエネルギーが極限まで濃縮され、ドロドロの超高圧状態になっていた17歳の破壊神。彼女は、カプセルから出てきた若々しく格好良い太郎の姿を見た瞬間、理性のラスト一枚のネジが完全に消し飛んだ。
「――ああああああ❤ 太郎様ぁぁぁーーーーーーっっ!!!!」
「え、あ、シャルロッ――」
ドゴォォォォォン!!!!!!!
それは、先日の虎の獣人艦隊を滅ぼした一撃すら生温いと感じるほどの、愛のフルパワーを遥かに超越した、銀河系最重量級の突撃だった。
全宇宙の叡智を結集し、最新の緋緋色金とオリハルコンの合金骨格を手に入れ、肉体を限界まで若返らせて超人化したはずの太郎の肉体は――。
破壊神の三ヶ月分の狂気的な愛の前には、ただの「紙細工」のように、一瞬で、完膚なきまでにクシャクシャに潰された。
「ぎゃ、は、ぶふぉっぉぉぉぉぉおおおおおおん!!???」
オリハルコンの骨格が悲鳴を上げてひん曲がり、若返ったはずの筋肉組織が衝撃の風圧だけで破裂する。太郎は声にならない悲鳴を上げ、誓いのキスの時以上の白目を剥いて、文字通り一瞬で意識を喪失。再び、元の木阿弥となる形で、血の海の中に沈んでいくのだった。
「ひ、ひぃぃぃぃぃーーーっ!! 太郎参謀の肉体がが、骨格ごとペッちゃんこじゃーーーっ!!」
「突撃! 医療班、全員突撃ィィィ!! 心臓マッサージじゃなくて、これはもう全身のパーツの再組み立ての領域だギギッ!!」
医療室は三ヶ月前以上のパニックに陥り、超人太郎の華々しいデビュー戦は、わずか一秒で「全損(即入院)」という最悪の結果に終わるのだった。
もし太郎が改造前なら肉体は爆散し如何に超魔法をもってしても助からなかっただろうとは、太郎専属医療班の談。
怒れるお嬢様と、恐怖の面会謝絶マウント
このあまりにも凄惨な「やらかし」により、帝国の医療連合ギルド、大商会、そして日本政府は、激怒を通り越してガチの恐怖に震え上がった。
「シャルロット様!! あなたは本当に、太郎殿を殺す気ですか!!」
未来の宰相である大商会長が、今回ばかりは命がけでシャルロットを怒鳴りつけ、医療班は泣きながら、シャルロット姫様に対して【今後半年の間、完全なる面会謝絶(太郎への接近禁止令)】の絶対命令を言い渡した。
さすがのシャルロットも、自分が愛のあまり太郎を「紙細工」にしてしまった罪悪感から、今回は部屋の隅でシーツにくるまって、しくしくと泣きながら引きこもるしかなかった。
その結果、太郎の再起動(再手術と治療)には、さらに半年の月日を要することとなった。
通算で、9ヶ月近くの時間を費やし、骨格の合金をさらに増強し、ゴブリンの細胞固定術を何重にも施した結果、太郎はようやく、再び自力で歩行できるレベルまで肉体を「再・再生」させることに成功したのである。
そして、この「シャルロット姫の半年間の面会謝絶」という状況を、最大限に、冷酷に利用した人物がいた。
「――あら、太郎様❤ やっと、あの野蛮な破壊神のせいで壊されたお身体が治りましたのね? さあ、私の特製ハーブティーをどうぞ、あーーーんですわ❤」
ハイテクICUのベッドの横で、我が世の春とばかりにふさふさの猫耳を揺らし、太郎にスプーンを差し出しているのは、アリスお嬢様だった。
アリスは、シャルロットが接近すら許されないこの半年間、第二夫人の立場をフルに活用し、連日連夜、太郎のもとに訪れて太郎の再生状態を確認し、太郎の意識が戻り医療カプセルから出されると、かいがいしく太郎の世話(&濃厚なアプローチ)を焼き続けていた。
実のところ、アリスお嬢様も、シャルロットに対して凄まじく「怒って」いたのだ。
せっかく、大商会の秘伝の秘薬を投入して、太郎様を安全に美味しくいただくための「超人化計画」を成功させたというのに、あの脳筋破壊神が一瞬で台無しにし、お預け期間をさらに半年も延ばされたのだ。
本来ならば、自分にとってガラス細工のような太郎の肉体を力いっぱい抱きしめ抱き返されるという、夢に見た自分と同等の者と愛し合う、それが一瞬で台無しに
ケット・シーの王族としてのプライドが、女としての自分が、あれを許すはずがなかった。
「ふふん、シャルロット様。見ていらっしゃいますか? 許されない違反(太郎様を潰す)を犯したあなたがお部屋でシーツを被って泣いている間、私はこうして、太郎様と毎日のように【新婚生活の予行練習】をさせていただいていますのよ? 正妻の座がどちらにあるか、これでハッキリいたしましたわね!」
アリスはお嬢様らしいお上品な笑顔を浮かべながら、太郎の自室の監視カメラ(※廊下で引きこもっているシャルロットが見ている)に向けて、これでもかと太郎の腕に胸を擦り付け、濃厚なマウントを仕掛け続けた。
廊下の向こうからは、「うう、泥棒猫……! 泥棒猫ぉ……! 私の太郎に触るな……っ! 半年経ったら、絶対にその猫耳を……っ!」という、シャルロット姫の壁を引っ掻くようなドロドロとした怨嗟の音が響いてくる。
「……あの、アリス。君からの愛の匂い付け(マウント)は嬉しいんだが、廊下からの重力波のプレッシャーで、せっかく入れ替えたオリハルコンの肋骨が、さっきからピキピキと音を立ててるんだ。
……あと、君が俺の肩を揉む時の指の力が、時々ドリルみたいに肉に食い込んでるんだが……」
太郎は、若返ったイケメンの顔を引き攣らせながら、アリスの「宇宙トップクラスの化け物(超人)」としての握力に恐怖を覚えていた。
アリスは「あら、嫌だわ太郎様。私、手加減は得意ですのよ?❤」と微笑むが、その瞳の奥にある独占欲の炎は、シャルロットのそれと何ら変わりはなかった。
執務室は実質的な病院、寝室はハイテクICU。
骨格を神話の合金に変え、若返りを果たして三百年生きられる超人となったはずの魔王・太郎のサバイバル生活は、強化される前よりもさらに過酷な、隠すことの無くなった二大超人による「正妻・第二夫人戦争」の爆心地と化していくのであった。




