結婚式
故郷の王国と、膨らんだお腹の恐怖
神聖シャルロット帝国の首都星『星系シャルロット』を出港した最新鋭戦艦は、隠密回廊を経て、シャルロット姫の生まれ故郷である懐かしき惑星へと帰還していた。
ここで行われるのは、本来の約束であった、シャルロット姫と太郎の「一度目の結婚式」である。
だが、感動の里帰りを期待していた周囲の予想に反して、戦艦が王都のドックに到着した際の雰囲気は、拍子抜けするほどに平穏だった。
「――あ、太郎殿、シャルロット。お帰り。
遠征、ご苦労だったね」 王城の出迎えの間に現れた彼女の両親――国王夫妻や、かつて共に戦った元同僚たちのリアクションは、太郎が「あれっ?」と思うほど特別感がなく、日常の延長のようなものだった。
それもそのはず、遠征組の通信兵や大商会の手回しにより、太郎たちは常々無線や映像による定時連絡を故郷に細かく入れ続けていたのだ。
「全宇宙の魔王になった」という太郎の演説も、故郷の人間からすれば『相変わらず太郎殿は苦労しているなぁ』くらいの認識でしかなく、実家に帰ってきた息子を迎えるような生温かい空気だった。
しかし、そんな緩い空気の中に、唯一にして最大の「サプライズ」が隠されていた。
「お母様……? その、お腹は……?」 シャルロットが大きな瞳をさらに見開いて、母親である王妃の元へと駆け寄る。
王妃のドレスの腰回りは、それほど極端に目立ちはしなかったものの、確かにお腹の中に新しい命が宿っているのが分かる程度には、ふっくらと膨らんでいたのだ
。シャルロットに、新しい弟か妹ができる――。
「ええ、そうなのよシャルロット。あなたが遠征で宇宙を飛び回っている間にね。ふふ、あなたもお姉ちゃんになるのよ」「まぁ……っ! 赤ちゃん……! お姉ちゃん……っ!」 新しい家族の予兆に、シャルロットはたいそう喜び、お腹に耳を当てて無邪気な少女のように声を弾ませた。
だが、その直後だった。 ふ、と顔を上げたシャルロットの瞳の奥に、言葉では言い表せないほどにギラギラとした、「底知れない獣のような狂気的な光」が宿った。彼女はゆっくりと首を巡らせ、部屋の隅でホッとしていた太郎を真っ直ぐに見つめた。
(……お母様にあって、私にないもの。それは、太郎様との間の、愛の結晶(赤ちゃん)……!) シャルロットの頭の中で、アリスお嬢様との「子作りマウント合戦」の記憶、そして母親への対抗心が最悪の形でスパークした。
じ、と太郎を凝視する彼女の目は、獲物を品定めする肉食獣そのものであり、完全に「今夜は絶対に一滴残らず絞り尽くしてやる」という恐ろしい決意に満ち満ちていた。
「……ひっ」 太郎の背筋を、かつてないほどの凶悪な悪寒が駆け抜けた。
四十歳の元自衛官の生存本能が「死」の危険信号を大音量で脳内に鳴り響かせる。ガタガタと震え出す太郎。
新婚初夜を今夜に控え、太郎は自分が果たして『明日という名の朝』を無事に迎えられるのだろうかという、純然たる生命の危機に直面していた。
本来であれば、今夜は国を挙げた盛大な宴の席になるはずだった。
しかし、王城の廊下に待機していた新帝国のエルフ、ドワーフ、そしてゴブリン8名からなる医療関係者各位は、お祝いの席だというのに、これから最前線の敵陣へ突撃するかのような、極度に悲壮な、血走った形相で蘇生魔導結晶を磨いていたという。
彼らにとって、今夜の婚礼の寝室こそが、全宇宙で最も過酷な戦場だった。
壊滅の誓いのキス
故郷での結婚式自体は、新帝国の規模からすれば、惑星内の身内や元同僚たちだけを招いた、極めて質素で温かいものだった。
厳かな祭壇の前で、白いタキシード姿の太郎と、純白のウェディングドレスに身を包んだシャルロット姫が並び立つ。
神官の言葉が終わり、いよいよ、二人の愛を証明する「誓いのキス」の瞬間がやってきた。
太郎が覚悟を決めて、シャルロットのベールをそっと持ち上げる。
その瞬間、新婚初夜という言葉の響きに完全に頭のネジが数本ぶっ飛んで、興奮が限界突破していたシャルロット姫様の理性が弾け飛んだ。
「――太郎様ぁぁぁーーーっ❤」 誓いのキス、という厳かな儀式を完全に無視し、シャルロットは衣服を破らんばかりの巨乳ごと、太郎の身体を骨が折れるほどの力で抱きしめると、そのまま気圧が反転するほどの凄まじい吸引力のディープキスを敢行した。
「んぐっ!? ぶふっ、あ、が……っ!?」 人類の、それも四十歳のおじさんの脆弱な肉体が、破壊神のフルパワーの抱擁と、魔力が直接脳に逆流してくるような激しい口づけに耐えられるはずがなかった。
太郎の視界は一瞬で真っ暗になり、首の骨が妙な音を立てる。
神聖なる誓いの舞台の上で、最高権力者である太郎は、誓いのキスを交わした瞬間に白目を剥いて卒倒し、そのまま用意されていたストレッチャーで緊急入院(ICU行き)となるという、前代未聞の壊滅的幕引きを迎えるのだった。
「太郎様!? いやだわ太郎様、まだ式は終わっていませんのよ! 目を開けてくださいまし!」
「廊下のゴブリンども、突撃じゃあああ! 心臓マッサージの準備! 蘇生陣形を展開せよ!」 質素で平和だったはずの故郷の結婚式会場は、一瞬にして救急救命センターの修羅場へと化し、太郎の一度目の新婚初夜は、病院のベッドの上で心電図の音を聞きながら更けていくのだった。
巨大帝国の豪華絢爛な婚礼 それからさらに数週間後、強壮剤の過剰投与によってなんとか車椅子から立ち上がれるまでになった太郎は、新帝国の首都星である
『星系シャルロット』へと戻り、二度目の、そして本番たる『帝国編の結婚式』に臨んでいた。 先日の故郷での質素な式とは打って変わり、こちらは全宇宙を睥睨する巨大帝国の結婚式である。 会場となった巨大な空中宮殿には、宇宙各地から数千の各国首脳、王族、大商会の幹部たちが豪華絢爛な正装で集結していた。
彼らはみな、新帝国の圧倒的な武力と経済力に臣従を誓うため、山のような貢ぎ物を持って列をなしている。
招待客の席には、シャルロットの故郷の国王夫妻の姿はもちろんのこと、なんと地球の日本からも、極秘裏に重要人物たちが招かれていた。
一般席の奥で、異世界の料理を珍しそうに突いているのは、太郎の地球の実の両親である。
「お父さん、うちの太郎、いつの間にやら宇宙の魔王になって、あんな綺麗な
(そして怖い)お嫁さんを貰ったのねぇ」
「ああ……自衛隊のレンジャー訓練よりも過酷なところに就職したもんだな」 と、のんきに会話を交わしている。
その隣には、太郎の恩師であり、先日志資として「子宝のお守り」を送りつけてきた自衛隊の一佐が、精悍な軍服姿で腕を組んで座っていた。
一佐の隣には、新興帝国との間にどうしても強力なパイプ(利権)が欲しい、日本政府の最高幹部や官僚たちも顔を並べている。
ちなみに、これほど大規模に地球の人間や資材が異世界(宇宙)を行き来しているにもかかわらず、日本政府は未だにこの事実を地球の他の大国(アメリカや中国など)には完全に「秘密」にしていた。
もしこの超技術や魔導戦艦の存在が地球側に漏れれば、世界バランスが崩壊するため、日本政府は必死で情報隠蔽のサバイバルを続けているのだ。
絢爛豪華な式典は、アリスお嬢様(第二夫人候補)の鉄壁の内政手腕と大商会の資金力、そしてゴブリン兵たちの物々しい警備によって、大きなトラブルもなく無事に終了した。
世界は改めて、神聖シャルロット帝国の盤石な権力構造を見せつけられた。 ――そして、式典が無事に終わったということは。
宇宙が最も恐れる、「二度目の新婚初夜」の時間がやってきたことを意味していた。
呪詛の夜と、ノイローゼの医療班
「……あの、アリスお嬢様。……いえ、アリス」 大病院と化した執務室の奥、ハイテク魔導ICUとして改造された太郎の寝室。 ベッドの端に腰掛け、今夜に備えて点滴の針を刺したままの太郎は、隣に座るアリスお嬢様に向けて、本気で命乞いをするような目で語りかけた。 今夜は、周替わりローテーションのルールに基づき、アリスお嬢様の新婚初夜の番であった。
アリスは、いつものツインテールを解き、猫妖精の王族に伝わる妖艶な夜着を身に纏い、ふさふさの尻尾を上機嫌に左右に揺らしている。その目は、知的な令嬢の皮を脱ぎ捨てた、完全に「肉食獣」のそれに変わっていた。
「アリス、これだけは言わせてくれ。……『一度だけ』なんて贅沢は言わない。ただ手加減して欲しい、君が全力できたら、俺の心臓は一発で止まる。俺が死んだら、この国の未来も、君たちの幸せも全部おしまいなんだ。だから……どうか、地球人の肉体基準で、手加減をしてくれないか……?」
「ふふふ、太郎様。何をそんなに怯えていらっしゃいますの? 私はシャルロット様のように、力任せに旦那様の肋骨を折ったりはいたしませんわ。
……ただ、猫妖精の王族の夜は、朝まで【情熱的】なことで有名ですのよ? 覚悟してくださいませ、私の愛しい魔王様……❤」 アリスがしなやかな超人の身体で太郎にのしかかり、濃厚な夜の帳が下りる。
――が、その新婚初夜の部屋のすぐ外、防音魔法が施されているはずの重厚な装甲隔壁の外では、全宇宙で最も不気味な現象が起きていた。「――泥棒猫……泥棒猫……私の太郎様を今すぐ返しなさい……。今すぐそこを開けなさい、このメス猫……。もし太郎様に一ミリでもアリスの匂いがついたら、明日その身体を大気圏で摩擦消滅させてあげますわ……。泥棒猫……泥棒猫……」
なんと、担当週ではないため寝室への立ち入りを禁じられていたシャルロット姫様が、全裸にシーツを巻いた引きこもりスタイルのまま廊下の床にペタリと座り込み、一晩中、寝室の扉に向かってドロドロとした怨嗟の呪詛の声を囁き続けていたのだ。
防音隔壁を強引に透過して響く、破壊神の「怨念の呪い」の声。
寝室の外の廊下で、太郎がいつ心肺停止してもいいようにストレッチャーを構えて24時間三交代制で待機していたゴブリン8名、エルフの治療長、そして地球から派遣された精鋭医師団たちは、その夜、本当の地獄を見た。
「ひ、ひぃぃ……! 姫様の呪詛の魔力濃度が、さっきから安全基準値を大幅に超えているギギッ!」「だ、誰か、私に精神安定魔法を……っ! 耳を塞いでも、脳内に直接『泥棒猫』って声が響いてくるんだ!」
寝室の向こうからは、超人アリスお嬢様の情熱的な愛による太郎のベッドの軋み(と太郎の悲鳴)が聞こえ、廊下からは破壊神シャルロットのドロドロとした呪詛が響き渡る。
一晩中、この世の終わりような精神攻撃に晒され続けた結果、待機していた超一流の医療班たちは、朝を迎える頃には全員が目を血走らせ、深刻なノイローゼになってその場にバタバタと倒れ込んでいた。
ちなみに、この帝都での最大の婚礼の夜を狙って、かねてより新帝国へのテロを計画していた『反破壊神同盟』の残党たちもいた。
しかし彼らは、侵入部隊から送られてくる「新婚初夜を前にして、嫉妬と欲情で完全に理性を失い、魔力を暴走させている二人の破壊神」の物々しすぎるエネルギー波を感知した瞬間、一斉に作戦を中止した。
『馬鹿野郎! 今あの二人の新婚初夜を邪魔してみろ! 八つ裂きどころか、俺たちの星系ごと宇宙の塵に変えられるぞ! 駄目だ、今回は完全に見逃せ! 撤退だッ!!』 敵の残党たちは恐怖のあまり作戦室でガタガタと震え、結果として新帝国の新婚初夜は(太郎の命を除けば)完璧な安全が保たれるのだった。
戦後処理と、次なる希望 翌朝。 アリスお嬢様の新婚初夜の儀を終えた太郎は、文字通り「抜け殻」のようになってベッドに沈んでいた。
アリスは「ふふ、ごちそうさまでしたわ❤」と、すっきりと瑞々しい笑顔で身支度を整えて内政の仕事へと向かい、廊下でノイローゼになっていたゴブリン治療士たちが、ゾンビのような足取りで太郎に蘇生点滴を打ちに突入してくる。
部屋の隅では、ようやく部屋への立ち入りを許されたシャルロットが、「た、太郎様ぁーっ! 泥棒猫の匂いがします、今すぐ私の愛で上書きを――!」と涙目で迫ってきていた。
「ま、待て……シャルロット、……。今、お前の相手なんかしたら、俺は本当に、物理的に死にますよ……」 太郎は、点滴を打たれた状態で、弱々しく両手を挙げて降伏を宣言した。
この様子を、ノイローゼからなんとか復帰した地球の医師団がバイタルモニター越しに観察し、深刻な顔で会議を開いていた。
「……駄目だ。治療ばかりを繰り返していても、根本的な解決にはならない。
参謀殿の肉体が、二人の超人の愛の出力(夜のサバイバル)に全く追いついていないんだ」「ああ、お嬢様くらいなら、せめて互角、いや、なんとか耐えられるレベルにまで、太郎参謀自身のスペックを引き上げなければ、新帝国の後継者が生まれる前に、本当に『魔王の腹上死』による宇宙崩滅の日が来てしまう……!」 ここに、ノイローゼになった医療班、地球の精鋭医師団、そして帝国の極秘資金が一つに結集し、次なる宇宙規模の超巨大プロジェクトの幕が上がろうとしていた。
名付けて、『魔王・太郎超人化(肉体強化)計画』。
ただの四十歳の中年男性である太郎を、異世界の古代魔法から、地球の最先端遺伝子工学、サイバネティクス技術にいたるまで、あらゆる科学と魔導の粋を尽くして「最強のワイフたちに対抗できる超人」へと魔改造するための、狂気的なサバイバル肉体強化計画が、今、極秘裏に動き出そうとしていたのである。
(次章、太郎強化計画へ続く)




