神の代弁者と、老商人の心服
「――逆らうな。シャルロット姫を称えよ。逆らえば死。だが、逆らわなければ、お前たちには大幅な自治を与える」 星系シャルロット(旧・虎の獣人星)の広大な中央広場。
そこに集まった何万という多種族の兵士、そして全宇宙の通信モニターの向こう側にいる数百億の生命に向けて、四十歳の魔王・太郎の声が厳かに響き渡った。 一言で言えば、極めて単純明快な「脅迫」であり「抱き込み」だった。
だが、その演説の直前、沿道で石を投げた虎族の少年が、シャルロット姫の手によって文字通り一瞬で「握り潰された」光景を目撃した直後の群衆にとって、太郎の言葉は単なるハッタリなどではなかった。
それは絶対的な現実であり、逆らう余地のない『魔王の宣告』として、寸分の狂いもなく全員の魂に突き刺さっていた。
「……なるほど。そういうことですか、太郎殿」 演説の壇上から少し離れた特等席で、未来の帝国宰相となる猫妖精の大商会長は、高級な珈琲カップを手にしながら、老獪な笑みを深くした。
シャルロット姫の横に立つ同じくケット・シーの愛娘であるアリスお嬢様が、うっとりとした目で太郎を見つめている。 商会長をはじめとする帝国の重臣たちは、太郎のこの演説の「真の狙い」を完全に看破していた。(太郎殿は、この新興帝国を『宗教国家』に仕立て上げようとしているのだ……!) どれほど強大な軍事力や経済力を持つ国家であっても、歴史の荒波の中でいつかは潰れ、滅び去る。
しかし、『宗教』というシステムは、信者(人)が存在する限り、どれほどの時が経とうとも決して不滅である。
ましてや、この『神聖シャルロット帝国』には、神話の絵空事ではない、世界を気まぐれに滅ぼせる「実在する神(破壊神シャルロット)」が本尊として現座しているのだ。
もし、この帝国が宗教としての体裁を整え、全宇宙にその教えを根付かせることができれば、各国を武力でねじ伏せて傀儡国家にするよりも、遥かに少ない動力で世界を陰から支配することが可能になる。
表立って統治しないため、内政の混乱による持ち出し(赤字補填)の必要も一切ない。商人の頂点に立つ商会長にとって、これほど「効率的で、利益率の高いサバイバル戦略」は存在しなかった。
(ただの自衛隊の元参謀ではない。武力を誇示する化け物の手綱を握り、その一振りの暴力を『神罰』に昇華させ、宇宙規模の永久機関(宗教)を設計してみせるとは……!)
大商会長は、恐ろしさに背筋を震わせると同時に、太郎の圧倒的な頭の良さに完全に惚れ込んでいた。
これまで太郎のことを「破壊神のオマケ(便利な安全装置)」として見ていた老商人は、この瞬間、彼を「真に従うべき王、魔王」として認識した。
一族の未来と全財産を賭けるに値する、唯一無二の主君。
ここに、生涯の忠臣が誕生したのである。
式典服の魔力と、第二の破壊神の誤断 しかし、その偉大な演説の裏で、壇上の「魔王の背後」では、もう一つの致命的な暴走が始まっていた。
この日の太郎は、新帝国の最高権力者に相応しい正装として、日本から取り寄せた『自衛隊の礼式服(式典服)』を身に纏っていた。
白く、あるいは厳かな濃紺の生地に、精緻な装飾が施されたその軍服姿は、中年の渋みも相まって、尋常ではない威厳を醸し出していた。
そして、その規律正しく冷徹な美しさは、斜め後ろに控えていたシャルロット姫様の「女のインサイド」を、限界まで激しく刺激してしまったのだ。
「――っ、はぁ……❤ ああ、太郎様……!」 シャルロットの顔は、興奮のあまり見る見るうちに上気し、真っ赤に染まっていた。
両手はぎゅっと握りしめられ、滾る情欲と愛のエネルギーによって、その豊満な肉体が微妙にガタガタと震えている。
『逆らえば死在るのみ――』 太郎が冷酷な台詞を口にするたびに、シャルロットの脳内では「ああ、お部屋に戻ったら、あの冷たいお声で私をどうしてくださるのかしら……っ❤」という不穏な妄想が爆発していた。
その様子は、カメラのレンズや広場の群衆からもバッチリ捉えられていた。
見る者すべてが、「見よ……魔王太郎が『逆らえば死』と言った瞬間、背後の破壊神が、今すぐ誰かを皆殺しにしたくて興奮のあまり震えているぞ……!」と、最悪の方向に勘違いし、恐怖を倍増させていた。 だが、事態はそれだけでは終わらなかった。
シャルロットのさらに隣にいたアリスお嬢様もまた、全く同じように「震えて」いたのである。
アリスは、本来であれば大商会の令嬢として、極めて冷静沈着な現実主義者のはずだった。
しかし、先ほどのパレードで間近に見た、シャルロットによる虎族の少年の「圧倒的な暴力(死)」。その血の匂いと、全宇宙を脅迫する太郎の凛々しい式典服姿の演説が、アリスの中にあるケット・シーとしての野性の興奮を、完全に呼び覚ましてしまったのだ。
「――ぁ、つ、太郎様……なんて、なんてゾクゾクするお姿ですの……っ❤」 アリスもまた、興奮のあまりふさふさの猫耳をピンと立て、尻尾を激しく波打たせながら、シャルロットと完全にシンクロする形でガタガタと身震いを始めていた。
広場に集まった何万という重臣や他国の使節団は、それを見て完全に凍りついた。『おい、見ろ……破壊神の隣にいる、あのケット・シーの女も、血を求めて震え上がっているぞ……!』『神聖シャルロット帝国には、化け物が二匹もいるのか……!?』 この凄まじい誤解は、後日、太郎が正式にアリスを「帝国の第二夫人候補」として世界に紹介した際に、最悪の形で結実することになる。
新参の諸侯や他国の代表たちは、アリスの名前を聞いた瞬間、全員がガタガタと震え上がり、床に額を擦り付けて命乞いを始めたのだ。「ひぃぃっ! 第、第二の破壊神様……っ! どうか、どうか我が星系をお許しください!」
「な、何ですってぇーーーっ!? 誰が化け物ですか! この可憐で、知的で、経済の最先端を往くアリス様が、あんな脳筋の破壊神と同じに見えますの! 私、激しく憤慨いたしましたわよ!?」 アリスはおでこに青筋を立てて怒り狂ったが、彼女が怒れば怒るほど、周囲は「ひぇっ、第二の破壊神様がキレた! 星が消される!」とさらにパニックになり、誤解は一向に解けなかった。
太郎はブリッジの隅で、また一つ増えた胃痛の種に、そっとお腹を押さえるしかなかった。
太郎生存プロジェクト、極秘裏の樹立
演説が大成功に終わり、新帝国の骨組みが「宗教国家」として急速に固まっていく中、帝国のの裏側では、あの『太郎生存(子作り)プロジェクト』が、宇宙規模、
地球をも巻き込んだ超巨大プロジェクトとして、極秘裏に始動していた。「――これより、我が新帝国は、地球の『日本国』へと密かに宇宙船を派遣。
極秘裏に国交を樹立する」 大商会長の絶対的な指示により、新帝国の隠密高速船が地球へと飛び、日本政府の最高幹部たちと接触した。
日本政府側としても、元自衛官の太郎が宇宙の支配者(魔王)になってしまい、その手綱を握り損ねれば地球ごと一瞬で消し飛ぶという現実を突きつけられ、協力を拒む選択肢など最初から存在しなかった。
「我が国の最優先事項は、太郎参謀の寿命をミリ秒単位で引き延ばし、同時に、破壊神の愛を受け止められる『頑強な子孫』を確実に残させることだ。
それが日本の繁栄に繋がる!
そのために、我が国の医療の粋を集めた精鋭医療団を、今すぐ帝国へ派遣する!」 数日後、日本から派遣された超一流の医師、遺伝子学者、生理学の権威たちが、最新の地球製医療機器と共に帝国へ乗り込んできた。
彼らは、ゴブリンの怪しげな薬効ギルド、そしてエルフやドワーフの魔導治癒士たちと即座に合同チームを結成。
太郎という一人の人間の肉体を、細胞レベル、遺伝子レベル、生理現象のすべてに至るまで「丸裸」にするための徹底的な解析が始まった。
「いいですか、太郎参謀の肉体は地球人基準としては頑健ですが、破壊神のエネルギー出力(夜の営み)に対しては、紙切れ同然の脆弱さです!」 エルフの女性治療長が、地球製のバイタルモニターを見ながら叫ぶ。
「これより、太郎参謀が立ち入るすべての空間を、医療空間へと再定義します!」 その結果、帝国王宮の太郎の私生活環境は、凄まじい変貌を遂げることとなった。
太郎の『執務室』は、壁一面にバイタル測定センサーが埋め込まれ、常にゴブリンの薬調合師と地球の救急救命医が常駐する「実質的な大病院の総合診察室」へと改造された。
太郎がペンを握るだけで血圧と心拍数が測定され、少しでも数値が乱れれば、即座にエルフの護衛が「参謀殿、強壮剤の時間です!」と注射器を構えて突っ込んでくる。
そして、最も過酷な死線となる太郎の『寝室』にいたっては、大病院の集中治療室(ICU)すらも裸足で逃げ出すほどの、超重厚な「ハイテク魔導ICU」へと変貌を遂げていた。
ベッドの周囲には、心肺停止時に一瞬で蘇生術式を起動する魔導クリスタルが配置され、天井からは地球製の人工心肺装置や自動点滴システムがズラリと吊り下がっている。
部屋のすぐ外の廊下には、ゴブリン、エルフ、ドワーフ、そして日本からの医療団、計数十名が、いつでも心臓マッサージを開始できるよう、ストレッチャーを構えて三交代制で24時間完全待機していた。
「……なぁ、先生方。俺はただ、静かに眠りたいだけなんだが……」 頭上に輝く幾つもの警告ランプと、寝室のガラス越しに見える、物々しい医療団の真剣な視線に、太郎はベッドの上で力なく呟いた。「駄目です、太郎様! あなたの心臓が一拍でも止まれば、外で控えているシャルロット様が悲しみのあまりこの星系を消滅させます! あなたの命は、全宇宙の安全保障そのものなのですから!」 アリスお嬢様が、シャルロットの匂いを上書きするための新しい香水を手にしながら、ICU(寝室)の扉を開けて入ってくる。
その後ろからは、顔を真っ赤にして「泥棒猫、また太郎様のICUへ忍び込みましたね!?」と叫ぶシャルロットの足音が聞こえていた。「……だ、誰か、自衛隊のサバイバル教本に……『大病院と化した自室から生き延びる方法』を……っ」 迫り来る二人の最強のワイフ(超人)の気配と、外で待機する医療団の鋭い眼光に囲まれながら、四十歳の魔王は、点滴を打たれた状態で、宇宙で最も過酷な「生存戦略」のベッドへと横たわるのだった。




