神聖シャルロット帝国』建国編
第一章:内政の猫と、第二の爆弾
数日後、治療士たちの必死の魔力蘇生と最新の魔法治療によって、太郎はどうにかベッドから自力で起き上がれるまでに回復していた。全身の骨組織はゴブリン特製の再生薬で強引に結合され、ミシミシと軋むものの、自衛官の歩行訓練の要領で動けばなんとか歩けるレベルだ。
「……さて、戦後処理の状況を確認しなきゃならんが……。あの惨劇の後だ、各星系の反発や混乱をどう抑えるか……」
太郎が重い頭を押さえながらブリッジへと這い出していくと、そこには驚くべき光景が広がっていた。太郎の心配を余所に、戦後処理の山積みだった事務仕事は、驚いたことにほぼ全て終わっていたのである。
「あ、太郎様! もう動いて大丈夫なのですか!?」
ホログラムディスプレイの前に立ち、膨大なデータ端末を凄まじい速度で操作していたアリスお嬢様が、ふさふさの尻尾をピコピコと揺らして振り返った。
その隣では、未来の帝国宰相となる大商会長が、老獪な笑みを浮かべて優雅に珈琲を啜っている。
「いや、太郎殿。我が商会の事務処理能力を侮ってもらっては困りますな。
虎の獣人星系の利権配分、降伏した群小国家への通告、新帝国の配給ラインの確保……すべて娘と共に片付けておきましたよ。
後は、あなたが最高権力者として出るべき『戦勝式典』を残すのみです」
太郎は開いた口が塞がらなかった。元自衛官の参謀としての戦術眼は確かだが、国家規模の経済と内政をこれほどの短期間で掌握・処理する能力は、自分にはない。
勿論、この老商会長の迅速な動きにも計算があった。自分と娘アリスの「内政官としての圧倒的な有用性」を太郎に見せつけ、アピールするためだ。商会長は眼鏡の奥の目を光らせ、太郎に歩み寄った。
「太郎殿。この機会に、我が娘アリスを帝国の『第二夫人候補』として、世間に広く認知させなさい。これだけの功績を立てたのです、文句はあるまい?」
「……分かりました。お二人の有能さは、嫌というほど思い知らされましたから」
太郎は苦笑して折れるしかなかった。
実際、太郎の冷徹な計算でも、将来の帝国の運営において、圧倒的な武力と神格化された力の象徴たるシャルロット姫と、実務と内政を完璧にこなすアリスお嬢様――この二人が力を合わせれば、生まれたばかりの新興帝国の運営も盤石だろうと思ったからだ。
しかし、この時の太郎は完全に失念していた。
新興の帝国がこの先何百年と続くためには、二人に自分の子供(後継者)を産ませなければならないという現実を。
そして、第一の妻であるシャルロット姫様が「不老不死の破壊神」なのは言わずもがなだが、猫妖精の王族の血を引くアリスお嬢様もまた、地球人の基準からすれば完全なる「超人」であるという事実を……。
つまり、もしアリスお嬢様がその気になって本気で夜のベッドに臨んできた場合、シャルロットの時と同様、太郎の肉体は耐え切れず腹上死待った無しという過酷な生存への戦いがが、もう一門増えるという絶望的な未来を、この時の中年参謀はまだ知る由もなかった。
シャルロット主星のパレード
神聖シャルロット帝国の初陣にして大勝利を祝う、大々的な戦勝パレードが幕を開けた。
開催場所は、未来の帝国の首都星として選定された、旧・虎の獣人星だった。この決戦の地は帝国主星として登録され、星の名はシャルロット姫にちなんで『星系シャルロット』と改名された。
首都星のメインストリートを埋め尽くすパレードの列は、圧倒的な長さを誇っていた。これから新帝国の要職(大臣ら)に任命される予定の各国・各種族の重鎮たちが長蛇の列をなし、その後ろを最新鋭の機甲兵器が厳かに行進していく。
そして何より、沿道をびっしりと埋め尽くす警備兵の姿が、見る者すべてにこの国の実態を伝えていた。
並んでいるのは、無気気味なほど統率されたグリーン・スキン――ゴブリンの突撃兵たちと、しなやかでありながら冷徹な眼光を放つケット・シーの私設兵たち。
この光景を一目見れば、新帝国がどのような武力と経済によって支配されているか、そしてその頂点に誰がいるかが一目で分かった。沿道の多種族の群衆は、その物々しい軍勢の前に息を呑み、平伏するしかなかった。
太郎は、華やかな装飾が施されたオープンタイプの反重力カーの座席に座っていた。その隣には、純白のドレスに身を包んだ、まだ17歳の美しき許嫁・シャルロット姫が、嬉しそうに太郎の腕に抱きついている。
「太郎様、見てくださいまし! みんな、私ではなく、私の隣にいる太郎様を恐れ、敬っていますわ! 私、とっても誇らしいです!」
「ああ……。だが、油断するなよ、シャルロット。ここはつい先日まで敵地だった星だ。反乱分子が潜んでいる可能性は……」
事件が起きたのは、太郎の乗る反重力カーが、いよいよ演説予定の巨大広場を目前にした、まさにその瞬間だった。
ゴブリンとケット・シーの鉄壁の警備。その一瞬の、本当にわずかな隙を突き、群衆の最前線から一人の影が飛び出した。
それは、先日の決戦で親や同胞を失ったのであろう、憎悪に目を血走らせた虎族の少年だった。少年は、小さな手に握りしめていた尖った石を、呪詛の言葉と共に太郎に向けて全力で投げつけたのだ。
「――死ね、魔王ッ!!」
ヒュン、と風を切って飛んできた石は、太郎の乗る反重力カーが展開していた目に見えない防御シールドに弾かれ、カランと虚しく地面に落ちた。太郎の身体には傷一つついていない。
「……少年、か」
太郎が、その少年の悲痛な叫びに微かな憐れみを覚え、声をかけようとした――次の刹那だった。
「――私の太郎様に、何をしてくださいますの?」
凍りつくような、低く静かな声。
次の瞬間、太郎の隣にいたはずのシャルロットの姿が、文字通り消えた。
ドッ、という空気が爆発するような衝撃音と共に、シャルロットは瞬時に、遥か数拾メートル先の群衆の中にいた少年の元へと飛んでいた。
太郎が「待て、シャルロット! やめろ!」と叫ぶ間すら、世界は彼女の速度に追いつけなかった。
シャルロットは、恐怖で身動きの取れなくなった虎族の少年の頭部を、自らの白い片手で無造作に掴み上げた。
「あ、が……っ!?」
巨躯を誇る虎族の少年が、17歳の少女の片手によって、まるで羽毛のように宙に吊り上げられる。シャルロットの瞳には、怒りすら浮かんでいない。
ただ、自分の聖域(太郎)を汚そうとした害虫を駆除する、冷徹な神の眼光があるだけだった。
ベキベキ、と、鈍い音が響く。
シャルロットが指先にわずかに力を込めたかと思うと、太郎が制止の声をかけるよりも早く、少年の頭部を文字通り、その片手で握り潰してしまったのである。
凄惨な肉飛沫が沿道に飛び散り、群衆から悲鳴すら上がらないほどの絶対的な絶望が広がった。
シャルロットは、自らの白いドレスと片手を赤黒い血でまみれさせたまま、何事もなかったかのように、ふわりと反重力カーの座席へと戻ってきた。その顔には、子供の命を奪ったことに対する罪悪感や躊躇いは一切見られず、ただただ、太郎の元へ帰ってきた喜びの「純粋な笑顔」だけが咲き誇っていた。
「お待たせいたしました、太郎様。害虫は駆除しておきましたわ❤」
血まみれの顔で、無邪気に微笑む17歳の破壊神。
太郎は、全身の血が逆流するような強烈な戦慄と共に、改めて思い知らされた。
(……そうだ。この子は、人間の道徳や善悪で測れる存在じゃない。俺が隣にいて、手綱を握り続けていなければ……この宇宙のすべての種族が、今の少年と同じように一瞬で握り潰されるんだ……)
そして、その場を目撃していた帝国の重臣予定の者たち、大商会長、アリスお嬢様、そして通信越しに見ていた日本政府の官僚や社会学者たちもまた、魂の底から同じ事実を理解し、ガタガタと震え上がっていた。
『太郎参謀が居なくなれば、人類(宇宙の知的生命体)は終わる――』
あの不老不死の怪物を、一人の愛しい男として繋ぎ止めているのは、世界で太郎ただ一人。もし太郎が寿命で死ぬか、あるいは夜のスキンシップで腹上死でもしてみろ。その瞬間に、愛を失い暴走したシャルロットによって、宇宙のすべての生命は絶滅の業火に焼かれることになる。
「太郎参謀は、絶対に死なせてはならない。何があっても、命懸けで守り抜かねばならん……!」
日本の官僚が、血の気の失せた顔で呟いた。
「それだけでは足りん。人間には寿命がある」
大商会長が、冷や汗を拭いながら、これまでにないほど真剣な目でアリスを見つめた。
「参謀殿が存命の内に、姫様、あるいは我が娘アリスとの間に、姫様がその愛情をそのまま注ぎ続けられる存在(=太郎の血を引く子供)を、何が何でも作らせねばならん。それが、この宇宙が生き延びるための唯一の生存戦略だ……!」
「お、お父様……! 私、太郎様の子なら、喜んで何人でも産みますわ……っ!」
アリスが顔を赤らめつつも、愛欲を燃え上がらせる。
ーこうして、太郎の全く知らないところで、新帝国の重臣、ケット・シーの大商会、ゴブリンの医療ギルド、そして地球の日本政府までもを巻き込んだ、『魔王・太郎に死ぬ気で子作りをさせ、その命を限界まで維持する全人類的極秘プロジェクト』が、物々しく立ち上がるのであった。
そんな周囲の決意を知る由もない太郎は、血まみれのシャルロットの身体をハンカチで拭きながら、目の前に迫る広場を見つめていた。
恐怖と畏怖、そして歪な生存戦略の入り混じる中、ついに宇宙の歴史を変える、魔王・太郎の『戦勝演説』の時間が始まろうとしていた。
(次回、太郎の戦勝演説回へ続く)




