懐かしの日本に帰還と、基地司令の長い夜
自衛隊員サバイバル日記改42話目
約4,800文字
超古代文明の巨大要塞星に眠っていたメインゲート。
その座標データを、山田太郎一等陸尉(四十歳)が持つ現代地球の端末でデーターをアップデートし、反転リンクさせた瞬間、時空の壁は完璧に崩壊した。
地球と異世界を自由に行き来できる、不滅の双方向ゲートの開通。
太郎の乗る、宇宙ゴブリン特製の超近代アップグレードが施された漆黒の海賊戦艦は、地球のあらゆるレーダーや衛星監視を完全に無効化する『電磁ステルス・光学迷彩モード』を最大展開し、静かに、音もなく夜の日本の領空へと侵入していた。
*
――同日、深夜二時。 地方都市にある、陸上自衛隊の基地司令――
一等陸佐の自宅リビング。
ナイトライトだけの薄暗い静寂の中、一佐はソファに腰掛け、神隠しに遭ったお気に入りの部下・山田太郎の写真を前に、苦渋の表情でグラスを傾けていた。
一般隊員から泥をすすって這い上がってきた太郎の才能を誰よりも評価し、実の息子のように可愛がってくれた恩師である。
「……サボり癖はあったが、作戦立案に関しては天才だった。太郎、お前は本当にどこへ消えたんだ」
「いやぁ、司令。夜中に不法侵入してすいませんねぇ。相変わらず、いいお酒飲んでますね」
「――ッ!?」
一佐は跳ね起き、即座に身構えた。
薄暗いのリビングのソファに、いつの間にか、あの懐かしい自衛隊の迷彩服に身を包み、剽軽で朗らかな笑みを顔に貼り付けた山田太郎が、平然と腰掛けていたのだ。
「た、太郎……!? 山田太郎か! 生きていたのか! 一体どこに隠れて――」
「話せば長くなるんですがね、司令。……俺、ちょっと『神隠し』に遭って、異世界に行って、そこで大冒険して嫁さんをもらったり、宇宙に出てそこの大帝国を征服して皇帝に成ったりして戻ってきたんです。
ハハハ、何言っているか分かりませんよね、自分もです。
気が狂ったとお思いでしょうが、ちょっとだけでよいので話を聞いてくださいお願いします。
太郎は至って真面目な顔で、しかしどこか軽口の調子で、異世界での出来事をすべて包み隠さず話し始めた。
だが、一等陸佐という国家の防衛を担う高級幹部の脳は、どれほど可愛がってきた部下の言葉であっても、そんなラノベのような荒唐無稽な話をそのまま信用するほど甘くはなかった。
一佐の瞳が、冷徹な『上官』のそれに切り替わる。
「冗談はよせ、山田陸尉。神隠しの間、どこの過激派や敵性勢力に監禁されてマインドコントロールを受けた? そのような現実離れした妄想、精巧なトリックやホログラムの可能性を疑わざるを得ん」
あはは、そりゃそうだ。一国の高級高官が、こんな話だけで納得したら日本の防衛が終わっちゃいますもんねぇ。……じゃあ、司令。ちょっとパジャマのままでいいですから、庭に出て、俺の連れてきた『部下』をその目で、直接観察してみてくださいな。
一番インパクトのある、人間離れしたやつを一人、待機させてありますから。
一佐は眉をひそめ、細心の警戒を払ってカーテンを開け、勝手口から深夜の庭へと足を踏み出した。
そして――植木鉢の影の暗闇から、静かに立ち上がった『影』を目撃した瞬間、一佐の背筋に本能的な激しい戦慄が走った。
そこにいたのは、【身長二メートルを遥かに超える、ごつごつとしたの未来的な装甲に身を包んだ、緑色の皮膚を持つ屈強な宇宙ゴブリン兵】であった。
一佐は「ハリボテの特殊メイクか、あるいは精巧なロボットか」と冷酷に疑い、自らゴブリン兵のすぐ近くまで歩み寄った。
その強靭な緑色の皮膚、地球の生物にはあり得ない筋肉の張りと骨格の質感、さらには彼が手にしている、魔科学の光を微かに放つ未知のプラズマ重火器を、自らの手で直接触れ、叩き、徹底的に検分したのだ。
ゴブリン兵は、太郎の「山田家の第一規律」の訓練によって、陸自さながらの完璧な集団行動の直直立不動(気をつけ)を維持したまま、微動だにしない。
『――グォォ、ルゥ……』 ゴブリンが低く唸る。地球の言語ではない。
太郎は地球に戻る際、超古代人に脳内翻訳機をインプットしてもらっているが、それは戦艦のシステム内、あるいは太郎を介さなければ機能しない。
「司令。こいつ、ゴブリン帝国の精鋭です。何を言っているか分からんでしょう。俺が通訳しますよ」
一佐は、触れた手から伝わってきた圧倒的な『本物の異生物の質量』に、額から滝のような冷汗を流しながらリビングへと戻った。
彼は太郎の妄想でも、どこかの国のハイテクなトリックでもない、完全なる『国家存亡レベルの特異災害』の現実に直面したのだ。
だが、ここからが一国の高級高官の、真の冷徹な本領発揮だった。
一佐は動揺を完璧に押し殺すと、太郎に鋭い眼光を向けた。
太郎一尉。……私の副官と、医務官(医師)を今からここに緊急招集する。
これほどの超常事態、私一人の目だけで処理するわけにはいかん。
異論はないな?
どうぞ、当然で有ります。必要なと思える事はすべて行ってください指令!
太郎は自衛隊員としての姿に戻り、直立不動で答えた。
一佐は即座に私物の秘匿回線を取り出し、腹心の副官と医務官に「詳細を一切問わず、今すぐ私の自宅へ私服で駆けつけろ」と極秘の命令を下した。
さらに、駐屯地の当直へと連絡を入れ、
「理由の開示は不可。今すぐ当直の警務隊(自衛隊の警察)を動かし、私の自宅周辺を半径数百メートルにわたって完全物理封鎖、不審な車両や一般人の接近をすべて排除せよ」と、極めて迅速かつ厳重な『保険(防壁)』を敷いたのだ。
数十分後、一佐の自宅に駆け込んできた副官と医務官を交え、太郎からゴブリンの皮膚や衣服に付着した化学物質の組織サンプル、細胞片を採取した。
長い会談の終わり。警務隊によって完全に封鎖された夜明け前のリビングで、一佐は立ち上がり、庭のゴブリン兵が手に持っていた最も小型のプラズマピストルを指差した。
山田一尉。お前たちの戦力と、その超古代の魔科学がどれほどのものか、陸自としても完璧に検証させてもらう。
……そのゴブリン兵が持っている武器、
【一番威力が小さいもので構わん。使用方法を説明した上で、ここに置いていけ】私が直接テストを行う」
「鹵獲兵器の検分ですか。いいですよ、これ、一番威力が低いですけど、地球の装甲車くらいなら一撃でドロドロに溶けますから、誤射には気をつけてください」
太郎は要領よく安全装置の解除方法を説明し、プラズマピストルを一佐へと引き渡した。
一佐はそれを話の担保として重々しく受け取った。
次の連絡は三日後だ。午前二時、お前たちのその電磁ステルス戦艦に乗船させてもらうぞ。
それまでは、そのゴブリンも破壊神も、日本の警察や情報部に一ミリも尻尾を掴ませるなよ。いいな、太郎一尉?「はい、了解しました、司令閣下。じゃあ、三日後の深夜に、また迎えに来させて頂きます」 太郎は要領よく敬礼を捧げると、夜陰のステルスの中へと音もなく消え去るのだった。
*
太郎たちが消えた直後、一佐は制服に着替えるのももどかしく、パジャマの上から防寒上着を羽織っただけの姿で、直ちに副官、医務官とともに秘密裏に基地へと帰還した。
基地の司令官室に、特に信用している幹部数名を集め、即座に緊急会議が開かれる。
そこで突きつけられた現実に、全員の背筋に氷水が流れた。
……恐ろしいことが判明した。太郎とあのゴブリン兵は、警務隊一個小隊による我が家の完全封鎖を、誰一人として気づかせることなく、跡形もなく突破して消え去った。
夜間とはいえ、プロの目を盗んであれほど簡単に隠密離脱を成し遂げるなど、地球の特殊部隊でも絶対に不可能だ。
あいつが言っていることの信憑性が、一気に跳ね上がったぞ」 一佐は、太郎から預かった奇妙な質感の『プラズマガン』を机の上に置いた。
「これが本物なら、対抗策を含めた我が国の防衛シミュレーションは一気に破綻する。……取り敢えず、実際に撃ってみるぞ。副官! 実弾射撃場の使用許可を取っておけ。取り敢えず俺の全権で使う、皆ついて来い!」
深夜の実弾射撃場。
何を標的にするかでもたついたが、通常の的を撃っても火力の比較に意味が無い。
一佐の指示で、転がっていた頑強なスチール製の空のドラム缶が射線上に設置された。
一佐がプラズマガンの引き金を引いた瞬間、射撃場は音もなく白熱の光に包まれた。 ――驚愕の結果だった。
着弾したドラム缶は爆発することすらなく、一瞬にして光り輝くと、まるで【熱い水飴のようにドロドロに溶け落ちた】のだ。
凄まじい超高熱を発しているのか、鉄の塊は地面に液体となって広がり、水溜りのようになってしばらくの間、不気味に赤く光り続けていた。
銃声を置き去りにした、地球の物理法則を無視した圧倒的な破壊力。
「……信じるしかない。あいつは本物の化け物を連れて帰ってきた」
顔面を蒼白にしながら一同が会議室に戻ると、待機していた医務官から、先ほど採取したサンプルの本格的な科学的検査結果が報告された。
「結果が出ました……。遺伝子配列、衣服に付着していた未知の化学物質、そのすべてにおいて、地球上の既存の物質に似たものは何一つありません。
完全に、地球外の生命体と未知の化合物です」 いよいよ大変なことになってきた。
山田太郎の野郎、とんでもない厄介ごとを日本に持ち込んでくれやがった。
気がつけば、窓の外は完全に夜が明けていた。
約束の三日後まで、もう時間が無い。国の中枢を巻き込んだ、全力を挙げた絶対の防壁(隠蔽作戦)へ直ちに行動に移らねばならなかった。
「副官! 直ちに太郎の日本の実家へ向かえ。保安員を同行させ、彼らの両親を『特異災害への備え』として極秘裏に保護、安全なセーフハウスへ収容しろ。……私は、これから市ヶ谷の上司へ連絡を入れる。ふぅ、どうやらここ数日は、眠る時間はなさそうだ……」
*
――そして、約束の三日後の深夜。 日本の地方都市の指定座標周辺は、一般人にはそれと気づかせない形で、自衛隊の歴史上、最大級の【極秘大作戦】の包囲網が敷かれていた。
太郎たちの宇宙船への接触を他国や情報機関から完璧にカモフラージュするため、周辺の空域には、常時『早期警戒機(AWACS)』や『電子情報収集機』が旋回。
海には潜水艦を含めた海上自衛隊のかなりの戦力が極秘裏に展開し、他国の目を欺くためにその数倍の偽装部隊がダミーの演習として日本中で動いていた。
さらに、現地の地上では、第一空挺団から一個連隊が派遣され、周辺エリアを完璧に隠密封鎖。
富士教導団のベテラン偵察部隊が周囲の索敵を固めていた。
その厳戒態勢の中心で、一佐が同行させるために選り抜いたのは、空挺のなかでも最高峰の戦闘力を誇る【精鋭の一個分隊(約10名)】の完全武装の隊員たち。
だが、一佐はそれだけで終わる甘い男ではなかった。 今回の乗艦査察には、戦闘部隊だけでなく、防衛省の情報畑から引っ張ってきた『卓越した知略を持つ三等陸佐(情報将校)』、そして自衛隊の技術研究所から選出された『三人のマッドサイエンティスト(技術研究官)』が同行していた。
彼らの真の目的は、太郎の連れてきた宇宙戦艦のシステム、推進機関、そして異世界の魔科学を、本物かどうかの確認と査察のドサクサに紛れて出来るだけデーターを収集する事であった。
待たせたな、太郎一尉。
約束通り、我が陸自の精鋭を連れてきたぞ。
……さぁ、お前の言う『電磁ステルス戦艦』とやらへ、案内してもらおうか?
夜陰の静寂の中、完全武装の隊員たち、情報将校、そして目をギラギラと輝かせた研究者たちを背後に従え、一佐は不敵な笑みを浮かべて太郎の前に立ちはだかるのだった。
国家の命運と、太郎の打算を掛けた『極秘乗艦査察サミット』が、いまここに幕を開けるのだった。
(第十六章:神隠し士官の強烈すぎる帰省編・第一話 完)




