宇宙の厨房戦線
虎の獣人王国を「18時間のお話し合い」によって無条件降伏させ、全宇宙から絶対的な神(魔王)として崇め奉られる存在となった山田太郎。
だが、そんな宇宙規模の威名とは裏剥腹に、巨大なゴブリン海賊戦艦の船内は、今日も今日とてアリスお嬢様たちとシャルロット姫様による、太郎の「正妻の座」を賭けた激しいマウンティング合戦が繰り広げられていた。
そんな中、今回の『地獄の幕開け』は、実にお気楽な、やんちゃ坊主のレオの一言から始まったのだ。
「なー、さんぼう。俺、なんだか『肉の卵とじ』が食べたいぞ!」 後部座席用のコンテナでマルチツールの手入れをしていたレオが、お腹を空かせた顔でそう願い出た。
「お肉の卵とじねぇ。よし、いいよ。久しぶりに俺が台所に立って、自分で作ってやろうじゃないの」 太郎が何気なく、袖をまくりながらおどけた調子で言った。その瞬間、レオが目を丸くして身を乗り出す。
「えっ、さんぼう作れるの!? 船の自動調理器のボタンを押すんじゃなくて、自分でイチから作るって意味だよね!?」 この会話に、ブリッジにいた『女たち』が一斉に過敏な反応を示した。
「まあ……太郎様、お料理まで嗜まれるのですか!? シャルロット、ますます太郎様に惚れ直してしまいますわ……♡」
「あら、山田様。殿方にお料理をさせるなど、専属メディック(かつ将来の妻候補)として見過ごせませんわ。
私がお手伝いいたしますわね、にゃん♡」
バチバチと火花を散らす姫様とアリス。
そこに、太郎がいつもの要領の良さで、何気ない「止めの一言」を投げかけてしまった。
いやぁ、二人はお嬢様だからね、良いよ、良いよ座ってて♪
……ところで、エルフの里の護衛長さんは、料理なんて出来るのかい?」
話を振られたエルフの女性戦士は、美しい耳をピクリと直立させ、どこか誇らしげに胸を張った。
「……舐めないでいただきたいわ、山田殿。私たちエルフは、森のなかで狩りをして自給自足の生活をしているのよ? 獲物の解体から、香草を使った焼き物まで、料理ならお手の物だわ」
「お、そりゃあ頼もしいねぇ。こちらの星の料理法は知らないけど、故郷の味なら俺だって負けないぞ! よし、今日の晩ご飯は、俺の故郷の奴を作ってやるよ!」
太郎が対抗意識を出して笑っていると
――ここで、やんちゃ坊主のレオが、何食わぬ顔で最悪の『追い打ち』をかけた。「へー! エルフのお姉ちゃんは作れるんだ! ……じゃあ、ねーちゃんたち二人
(姫様とアリス)は、お料理作れないの?」 ピキィン、と船長室の空気が完全に氷結した。 片や、超古代兵器の血を引く最高位の『ガラム王国の一等王女』。
片や、全宇宙の物流を握る『国一番の大商会の令嬢』
……作れるはずがなかった。
台所に立ったことすら、人生で一度としてあるわけがない。
二人が顔面を真っ赤にし、あるいは真っ青にしてプライドを傷つけられているのを見て、面白がったドワーフのメカニック治癒士が、ニヤニヤしながら決定打となる一言を放った。
「ガハハ! こりゃあ面白ぇ! おい大尉、いっそのこと、誰の『肉の卵とじ』が一番美味いか、あんたが審査員になって白黒つけてもらおうじゃねえか!」
「――受けて立ちますわ!! 太郎様のために、世界一の愛妻料理を作ってみせますわ!」
「私だって負けませんわ! 大商会の最高級の食材の知識、ここに注ぎ込んでみせますわ!」
「エルフの誇りにかけて、負けるわけにはいかないわね」
かくして、宇宙船という脆くて狭いカゴの中で、全宇宙の運命を左右する恐るべき【第一回・宇宙船内クッキングバトル】という名の、地獄の幕が開けるのだった。
*
結果から言えば、勝負は最初から見えていた。
数時間後、戦艦の食堂のテーブルに並べられたのは、まさに三者三様の『物体』だった。
まず、エルフの女性戦士が差し出したのは、香草のスープでじっくりと煮込まれた肉を、鳥の卵でふんわりと優しく包み込んだ、見事な出来栄えの肉の卵とじだった。一口食べた太郎とレオは「うわ、美味い! 味加減が最高だねぇ!」と大絶賛。
エルフの護衛長は、ふふんと誇らしげに胸を張った。
対して、他の二人は――食べ物にすらなっていなかった。
アリスお嬢様が作ったのは、大商会の最高級のスパイスと高価な調味料を、知識だけでデタラメにぶち込んだ結果、ドロドロの紫色の煙を上げる
【完全に不味そうな未知の劇物】と化していた。
そして何より最悪だったのは、新皇帝・シャルロット姫様だった。
彼女は太郎を干からびさせないための栄養を意識するあまり、自国で見せたあの『超硬質魔獣の肉』を台所に持ち込み、包丁が通らないからと、またしてもその人外の怪力で【メキメキ、バリバリと、素手で肉と卵を殻ごと握り潰して、ドロドロの肉塊】にしてフライパンへ投入。
火加減という概念のない姫様が、フライパンに対して両手と口から熱線を放射………一応彼女の名誉の為に付け加えるなら、彼女とて手加減はしたのだ……
手加減はしたのだ、ゴジラ基準で……
文字通り一瞬熱を加えただけで、光の玉にした結果、フライパンごと素材は変質し塊謎の色彩を放つ、ダイヤモンドのような硬度を持つ【漆黒の謎の鉱物(消し炭)】へと(変質)してしまっていたのだ。
「結果発表――! 唯一、人間が食べられる完成品を作った、エルフのお姉ちゃんの文句なしの優勝!!」 レオの冷酷な審査結果が食堂に響き渡った。
「う、嘘でしょう……。大商会の令嬢である私が、料理ごときに敗北するなんて……」 アリスお嬢様がショックのあまり、猫耳を完全にペタンと伏せて床にへたり込む。
そして――
敗北を知ったシャルロット姫様は、あまりの悔しさと、太郎に良いところを見せられなかった悲しみにより、その精神のシステムが完全に癇癪を起こして大暴走を始めていた。
「む、むきーっ!!! 料理なんて、料理なんて大嫌いですわぁぁぁ!!! なんで私の愛が、ただの消し炭になってしまうのですかぁぁぁ!!!」
――ドゴォォォォォォォォォォォン!!! 姫様が悔しさのあまり、地上の王宮前広場を更地にしたあの怪力で、食堂の調理台を軽くバンバンと叩き叩いた。
ただの癇癪の足踏みと手撃ち。
しかし、そのオリジナルスペック生体兵器の衝撃波の余波により、【ゴブリン戦艦の頑強な食堂の壁や天井がメキメキと崩壊し、部屋が文字通り『半壊』】。
飛び散った鉄屑と土煙の中で、ドワーフとエルフが「ひ、ひぃぃぃ! 料理に負けただけで船が沈むぞォォォ!」と大パニックで逃げ惑う大惨事となったのだった。
*
戦後処理(食堂のDIY修理)をドワーフの弟子に任せた後日。 太郎は、落ち込んで部屋から出てこない姫様とアリス、そして新メンバー全員をなだめるため、自ら厨房に立って『ある料理』を全員に振る舞うことにした。
「はい、お待たせ。俺の故郷の伝統料理――『日本式親子丼もどき』だよ。召し上がれ」 テーブルに並べられたのは、ドワーフのガソリン精製で使ったあの『分別蒸留』の精密な温度管理の知識を応用し、作った醤油モドキとエルフ産のキノコから作った、だしの素、太郎がフフフと笑いながら出汁と醤油の比率を完璧にコントロールして作った、鶏肉とトロトロの卵がご飯の上に美しく鎮座した、日本の親子丼モドキだった。
恐る恐る口に運んだアリスも、涙目で消し炭を見つめていた姫様も、一口食べた瞬間、その目の輝きを一変させた。
「な、何ですかこれは……! 甘辛い出汁の味が、お米の粒一つ一つに染み渡って……信じられないほど美味しいにゃん……!」
「太郎様……! とろとろの卵が、お口の中でとろけますわ……! ああ、太郎様は、やっぱり神の知恵を持つお方ですわね……っ!」 太郎の洗練された現代地球の料理技術により、全員の好感度が天井を突き破って跳ね上がる。
そしてその夜。「……ふぅ。今夜は、本当に平和だねぇ」 新婚用の客室のベッドの上で、太郎は心からの、深い安堵の息を吐き出していた。
今回は、前回の過酷な夜戦(ミイラ化)によるクルーたちの悲壮な覚悟を汲み、【夜戦(SEX)は完全に無し】。
その代わりに、太郎はベッドの上にシャルロット姫様を【お姫様抱っこで優しく膝の上に乗せ】、さらにその左右の脇に、アリスお嬢様とお付きのメイドの二人を【左右に座らせて、三人まとめて、よしよし、と優しく頭を撫ぜ撫ぜ】してやるという、極上のハーレム(?)日常の時間を過ごしていたのだ。
衣服を破らんばかりの巨乳を押し付けて、太郎の胸元で「ふにゃ……♡」と幸せそうに目を細める新皇帝シャルロット。
そして左右で猫耳をパタパタと震わせながら、太郎の手の温もりにうっとりと喉を鳴らしているアリスたち。
「太郎様……こうして、みんなで仲良く太郎様を囲めるなんて、シャルロット、とっても幸せですわ……。これからは、アリスたちのことも、少しだけ山田家の『身内』として認めてあげてもよろしいですわよ?」
「まあ、シャルロット様。ありがとうございますわ。山田様、これからの旅、専属のメディックとして、お命のすべてを私が守って差し上げますわね、ニャン♡」
嫉妬の炎を乗り越え、本当の意味でクルーたちの心のデバッグ(融解)が完了した、束の間のキャッキャウフフな息抜き回。
太郎は、左右と正面からの圧倒的な柔らかさに包まれながら、(あー、今夜は骨が一本も折れなくて本当に良かった……)と、心からホッとして目を閉じるのだった。
現代兵器の優位性を完全に失いながらも、その幅広い知識と人たらしの手綱、そして『美味しい親子丼』の知恵によって、宇宙の修羅場を要領よく完璧に制圧してしまった山田太郎。 全員の信頼と愛をこれまでにないほど強固なものにした山田家の一行は、いよいよ明日、超古代人の生き残りとデバッグデータの核心が眠るという、宇宙のパワーバランスの境界線――
【古代の大転送門】へと向かって、戦艦の舵を力強く押し進めるのだった




