歪んだ設計図
一週間にわたる、宇宙船という名の狭い籠の中での『臨床心理試験』は、劇的な幕切れを迎えた。
アリスお嬢様とメイドによる肉食系アプローチの猛攻に対し、シャルロット姫様は顔を真っ赤にして激しい嫉妬のプレッシャーを放ちつつも、最後まで「太郎様を壊さない、船を壊さない」という人間基準の自制のブレーキを踏み抜き、一度として暴発することはなかったのだ。
「――テスト完了ですわ、山田様。シャルロット様、大変なご無礼をいたしました!」
完璧な安全性のお墨付き(クリアデータ)を確認した瞬間、アリスお嬢様とお付きのメイドは、それまでの妖艶な態度を綺麗さっぱり消し去り、その場で深く平伏して土下座の謝罪を敢行した。大商会ガルド会長からの密命であった「安全性テスト」の真実を明かし、騙していたことを深く詫びたのだ。
「あはは、いいんですよ。おかげで我が山田家の第一規律が完璧に立証されたことが証明できましたからねぇ」
太郎はホッと胸を撫で下ろし、これまで張り詰めていた胃の痛みを解放した。
そして太郎は、今回の過酷な試練を耐え抜いたシャルロットを、【夜の実戦(SEX)以外(臨死体験はしたくない)での全力の甘やかし】で労った。
エルフ特製の最高級スープを振る舞い、自分の膝の上に彼女の130センチの小さな体を乗せて、その美しい金髪を優しく、優しく、何度も撫で回したのだ。
「よく頑張ったね、シャルロット。お前は本当に世界一の、最高の奥さんだよ」
「はぅあぁっ……♡ 太郎様ぁ……シャルロット、我慢して本当によかったですわぁ……♡」
太郎からおでこへのお代わりのチュウを大盤振る舞いされ、その胸元に頭をうずめて、100パーセントの幸せな微笑みを取り戻す姫様。
だが、この一件は、太郎の思惑とは全く違う方向への『新たなる修羅場』の引き金となってしまった。
太郎が己の命と船のすべてを人質にしてまで、破壊神の精神を鍛え上げようとした圧倒的な「覚悟」と「大人の優しさ」。
それを間近で目撃し、魂を揺さぶられたアリスお嬢様は、演技や任務としてではなく、【一人の男としての山田太郎に、ガチで深い興味(恋心)】を抱いてしまったのだ。
さらに、報告を受けた父親のガルド会長も、その猫耳をパタパタと小刻みに震わせ、強欲な商人の顔で行財政の計算を弾き出した。
(あの最凶の破壊神を完璧に従え、さらに見聞きした奴の才覚。そんな天才、我が大商会の『将来の会長(婿養子)』として、何が何でも手中に収めねえ手はねえ……!)
会長は娘のアリスに対し、「アリスよ、手段は選ばんでもよい。
あの山田太郎という最高の人材を、我が商会の物に奴の尻尾を引っ掴んで取ってこい!」と、本気で婿取りを狙った猛プッシュを開始したのだ。
新婚邸(離宮)の日常に、本物の泥棒猫がグイグイと詰め寄ってくる未来が確定し、太郎の胃の穴はさらに広がる予感に満ちていた。
(頭が回る参謀は将来シャルロットを正紀にアリスを側室にする未来が見えた。)
*
だが、そんなラブコメ的な修羅場を置き去りにするほどの、本当の『絶望』は、ケット・シーの星系本星に滞在し、大商会の超古代歴史図書館のデータを精査し始めた時に訪れた。
太郎が補助端末を大書庫のメインコアに繋ぎ、シャルロットの遺伝子系統系統、および【純粋戦闘兵器】の仕様書を解読していくと、驚愕の、そしてあまりにもおぞましい『超古代の設計図』の真実が白日の下に晒された。
「……元に戻す方法が、無い……?」
太郎の指が、キーボードの上で凍りついた。
画面に躍る超古代の仕様書。
そこには、彼女を『普通の女の子(人間種)』に戻すためのプログラムなど、最初から存在しないと明記されていた。
あったのは、唯一、彼女の機能を一時的に停止させる【スリープ信号(緊急停止プロトコル)】のパスワードだけ。……それすらも、先日の聖国の大書庫での致命的なプログラムバグによって、婚姻の護符のデータと癒着し、【太郎自身の手によって永久に解除・上書き不可能の鉄屑へとデバッグ(破壊)されてしまった】後だったのだ。
さらに、仕様書を読み進めた太郎は、あまりの恐ろしさに全身の血の気が引いていくのを感じていた。
超古代文明が造り出した【純粋戦闘兵器】。
それは、その規格外の星を滅ぼすパワーを維持するための莫大なエネルギー消費の代償として、【フル覚醒(オリジナルスペック発現)を果たすと、残り寿命がわずか『一年程度』になる】という、あまりにも過酷な使い捨ての兵器だったのだ。
本来の運用方法は、普段はパワーを制限した「半覚醒状態」でキープして必要に応じて前線に投入し、寿命がいっぱいになるまで作動させるか、あるいは必要がなくなれば「スリープ信号」を送ってそのまま眠らせたまま処分する……という、文字通りの生体消耗品だった。
その為に複数の(コード・シャルロット)が支配星系に存在し目覚めを待ちながら一般人として生活していた。
指令がない場合、そこで子を成し育て死んでいく、その子もまた同様に指示を待ちながら子を成し育て死んでいく、極めて安価で手のかからない戦略兵器だった。
その為に人から愛される姿形を持ち、性格も愛情深くなるように作られていた、そしてひとたび極秘指令が下ると、その指令通りに動くロボットになるのだ(姫が太郎の指示に盲目的に従うのも、埋め込まれたプログラムによる)
各星系に配備された(コード・シャルロット)はメイン一体に予備が十体だけ、各星系の支配的種族に姿形を似せ配備されていた。
本来のプログラムは覚醒信号を受信しなければ、そのまま何事もなく生きて子を成し育て死んでいく、それが世代交代していくうちに、薄れた血脈の者から覚醒するものが現れる、幸い覚醒する者の割合は遺伝的には強いもの程覚醒しにくく覚醒する年代も17歳からという基礎プログラムは強固に守られていた。
そのために各星系では様々な伝説が生まれている、有名どころは魔王や勇者だろうか?、それこそ国レベルなら無数になにがしらの能力の片鱗を持ったものが生まれていた、いずれも本来のスペックには問題にも成らない低レベルな力の発現で、その為に長生きした者は多い、しかしフルスペック完全に覚醒したものは姫が現れるまで居なかった。
そう千年ぶりに現れたフルスペック完全覚醒体、恐ろしいことに、シャルロット姫様のそのすべての『安全装置』は、最初から故障していた。
なぜなら、彼女がフルスペックのオリジナル能力を完全に覚醒させたのは、王城のサミットで国王が言っていた通り、彼女が【十三歳の時】だったからだ。
「十三歳で覚醒して……今十七歳。おかしいだろ、残り寿命が一年なら、あやつはとっくの昔に死んでなきゃいけないはずだぞ……!?」
太郎は冷や汗を流しながら、大商会の直属の医師に最高級の医療スキャン魔導具を使い、シャルロットの肉体の精密検査をお願いした。
その結果、判明した新事実。
シャルロットの肉体には、超古代人が仕込んだはずの『安全装置』や『寿命のタイマー回路』『生命エネルギーを触媒とし無限力を引き出す機構』
注 (それら安全装置により覚醒すればいずれ自壊するようにされていた)
そのものが、遺伝子の突然変異によって、【最初から存在すらしていない】という、設計者すら想定していない完全なバグ(特異点)が発見されたのだ。
さらに恐ろしいことに、彼女には生物としての【『寿命』という観念そのものが存在しない】ということまで分かってしまった。
エネルギーの消費と供給のバランスが彼女の肉体の中で完璧に自己完結しており、彼女は老いることも、寿命で尽きることもなく、文字通りの『不滅の不老不死の戦闘兵器』として、宇宙が崩壊するまで生き続ける存在だったのだ。
「寿命が無いって……おい、じゃあ、俺が先に死んだ後、あやつを止める手綱もタイマーも無いまま、完全無欠のゴジラとして永遠に宇宙に放り出されるってことかよ……!?」
太郎は頭を抱えてベッドの上にひっくり返った。
逃げる方法を探すはずが、調べれば調べるほど、彼女の仕様が人類の手に負えないバグの塊であることが証明されていく。
しかし、太郎は諦めなかった。
ケット・シーの大商会のデータには無い。ならば、別の角度からの見直し(知恵)が必要だ。
「……よし。方針変更だ。ケット・シーたち超古代人の末裔の科学技術には、この世界の常識に縛られた限界がある。
だったら、ここからは――あの『宇宙ゴブリンの星系』へ舵を切るぞ」
宇宙ゴブリン。彼らは超古代の安全弁の暴発によって、【全く別の異世界から、その高度な科学技術を丸ごと持ってこの宇宙に引きずり込まれた、完全にルーツの異なる種族】だ。
なお彼ら以外にも巻き込まれた種族、個人は多く、(宇宙空間や生存に適さない空間に放り出された者は数え切れない)巻き込まれても生き延びた者たちのコロニーがこの世界には幾つも存在していた、彼らの存在のおかげで人間達奴隷種族が解放された一面もある。
(ケットシーの廃棄エネルギー問題は彼らが母星を離れる5000年前から有ったと推測されている、分かってからも彼らは有用だからと止めないのだから度し難い。)
彼らの持つ異世界の科学知識や観念のなかには、この超古代文明のデータには存在しない、彼女の肉体をデバッグ(人間化)するための『未知のシステム』やアプローチが眠っている可能性が十分にあり得た。
今や優位性のかけらもない現代兵器(小銃や拳銃)を隠し持ち、生身の肉体スペックは最弱のまま。
しかし、最愛の最強のワイフを本当の女の子にするため、そして全宇宙を彼女の暴走から守るため、四十歳の叩き上げ士官・山田太郎は、次なる『宇宙ゴブリンの星系』への決死の過酷な航路へと、奪い取った黒い海賊戦艦の推進レバーを力強く押し込む日常の真っ只中にいるのだった。




