遂にハーレムか?キャッキャウフフは綱渡り
「山田様ぁ♡ お体の脈拍を測定いたしますわね。
ちょっとお耳を失礼します……にゃん♡」 拿捕して我が物とした巨大なゴブリン海賊戦艦の、豪華に改装された船長室。ケット・シー(猫型亜人)の大商会の令嬢アリスが、白衣の裾をはためかせ、最高級の聴診魔導具を手に太郎のベッドのうえへと大胆に詰め寄ってきた。
猫耳を小刻みにパタパタと震わせ、甘やかな香りの香水を漂わせながら、四十歳の独身自衛官の顔面にその愛らしい顔をグイグイと近づけてくる。
「おい、そこの泥棒猫ォォォ!!! 太郎様に気安く触るなと、あれほど申し上げたでしょうが!! むきーっ! その不届きなお耳ごと、分子レベルで消滅させて差し上げますわ!!!」
その瞬間、部屋の隅に控えていたシャルロット姫様の瞳からすべての光が消え失せ、全身から溢れ出た超古代生物兵器のプレッシャーが、船長室の分厚い防魔鋼鉄の隔壁をメキメキ、バリバリと嫌な音を立てて歪ませ始めた。
空気の密度が一瞬で跳ね上がり、室内のガラスコップにピキピキと無数の亀裂が入る。「おやおや、アリスお嬢様、そんなに近づかれたら、俺の四十歳のウブな心臓がバーストしちゃいますよ。
……あ、ほらシャルロット、山田家の第一規律。物を壊したら、日の暮れのご褒美がマイナス一回だからねぇ」 太郎はベッドに腰掛けたまま、表面上は「若くて可愛い女の子たちに迫られて、タジタジになって困り果てている情けない中年男」の振りを完璧に演じていた。
(伊達に、自衛隊の泥沼みたいな人間関係の中で、お上の将軍たちに孫扱いされながら四十歳まで生きてないんだよ、俺は。……よし、このまま適度にお互いを煽り合ってもらおうじゃないの)
キャッキャウフフと繰り広げられる、宇宙船という狭いカゴの中での、華やかでコミカルな修羅場日常。
だが――お気楽なラブコメの皮を剥いだその裏側で、山田太郎の脳細胞(参謀本部)は、かつてないほどの冷徹さと、胃が捩じ切れるような緊迫感をもって、最愛、最強のワイフの挙動をミリ単位で『スキャン(観察)』していた。
(――これは、テストだ。シャルロット、お前が本当の意味で『人の世界』で生きていけるかどうかの、最も重要で、最も危険な臨床心理試験なんだよ) 太郎の内心は、冷や汗でダラダラだった。
もし、シャルロットがここで感情を爆発させて理性のブレーキを吹き飛ばせば、太郎が止める間もなく、目の前のアリスやお付きのメイドは一瞬で肉片すら残さず消滅する。
それどころか、この海賊戦艦ごと宇宙の塵だ。
太郎は文字通り、己の命と船のすべてを『人質』にして、彼女を煽り続けていた。
なぜ、太郎はここまで諦めが悪く、えげつない賭けに挑んでいるのか。
理由は、太郎が「四十歳」だからだ。
現役自衛官?としての現実的な計算が、最悪の未来を導き出していた。
(この世界の人間は超人だけど、俺の肉体は地球人のままだ。寿命の件から言っても、どう考えても俺の方が先に死ぬ。
……さらに言えば、俺と、この超古代兵器のオリジナルスペックの姫様との間に、本当に『子供』は生まれるのか? という生物学的な致命的問題もある) もし、正式に結婚したあとに「子供ができない」という現実に直面したら。
あるいは、太郎が先に老いて死に絶え、彼女が世界にたった一人取り残されたら。 その時、周囲の人間や他国から、心ない言葉や、立場を利用した『悪意』に晒されることは火を見るより明らかだった。
従来の、愛を知らず、愛に餓えしかし、ひたすらに我慢し続けた、孤独なゴジラお姫様であれば、我慢できたかもしれない。
しかし、今のゴジラ姫様は違う!愛を知り温もりを知ってしまった、そこにそんな悪意を向けられた一瞬で、その者たちをも、その周囲の世界もも、怒りに任せてすべてこの世から消し去っていただろう。
だからこそ、太郎は彼女に「他者からの嫉妬、悪意、挑発」を世界から孤立した安全な船内で擬似的に経験させ、それに対して『暴力以外のブレーキ(人間種の自制)』で耐え切る精神の鍛錬を強いていたのだ。
これが上手くいけば、これから先、もっと色んな過酷な条件で彼女の精神を鍛え上げ、自分が死んだ後でも彼女が幸せに暮らせるようにするつもりだった。
*
「ひ、ひぃぃぃぃ大尉どの……。山田殿、また笑いながら、自分の命の蝋燭を限界まで削るような恐ろしいハメ技を仕掛けてやがる……」 部屋の隅で、そのブートキャンプ(修羅場)の本質を何となく察知していたドワーフのメカニックとエルフの戦士の二人は、顔面を土気色に変えて震えていた。
アリスたちの行動が、ただの「色ボケの誘惑」などではないことも、彼らには分かっていた。
そう、アリスお嬢様とお付きのメイドの猛アタックもまた、大商会のガルド会長からの『極秘指令』による【故意の挑発(安全性テスト)】だったのだ。
ケット・シーの大商会としても、この世界に突如現れた伝説のフルスペック破壊神が、本当に山田太郎という男の「手綱(安全装置)」によって制御されているのか。それとも、いつ爆発して自分たちの星系を消滅させるか分からない「安全装置のない生体核弾頭」なのか、命がけで見極める必要があった。
だからこそ、アリスは猫の誇りをかけて、ケット・シーの大商会、会長の娘の誇りを賭けて、シャルロットを図るための肉食系アプローチを演じ続けていたのだ。
「山田様ぁ、お熱もありますわね? ほら、シャルロット様の目の前で、私がお口でフーフーして特製の秘薬を飲ませてあげますわ♡」
「――ギ、ギチ、ギチチチッ……! 太郎様ぁぁぁ!!!
山田家の、山田家の第一規律、私は守りますわ! 物は壊しません! でも、でも、あの泥棒猫の首だけは、人間基準の力加減で、優しくねじ切ってもよろしいかしらァァァ!!!」
姫様のエプロンドレスの前が、激しい嫉妬の呼吸で今にもはち切れそうに脈打つ。
太郎は、彼女の瞳の奥にある、爆発しそうな本能の渇きと、それを「太郎様のために、私は大人の女になるの!」と必死に耐え忍んでいる美しい自制心の光を、じっと見つめていた。
(よし、耐えてる。シャルロット、お前は本当に、偉くて強い、最高の奥さんだよ……。あともう少しだけ、大人の女の我慢をお勉強しようねぇ) 宇宙船という脆くて狭いカゴの中で、全宇宙の運命と、一人の少女の精神の未来を天秤にかけた、参謀・山田太郎の命がけの「新婚日常」。
新メンバーの治癒士たちが(このお方、やっぱり人類の救世主であると同時に、一番敵に回しちゃいけない恐ろしい魔王だ……!)と、太郎への尊敬(畏怖)をさらに無限大へと深めていく中、キャッキャウフフの修羅場劇は、二人のハラハラドキドキの観察眼と共に、夜の帳へと向かって続いていくのだった。
(第二話へ続く)




