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自衛隊員サバイバル日記改  作者: kero


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砦 辺境伯

国境の防波堤と、見えざる牙

警備隊長バルトロの一団に先導され、山田太郎の乗る高機動車は、鬱蒼とした原生林の先にそびえ立つ巨大な建造物へと滑り込んだ。

 ――ガラム国境砦。

 そこは、凶暴な魔物が蠢く広大な原生林から、人間たちの住む平穏な領地を守るための、文字通りの『防波堤』だった。切り立った岩壁と一体化したような頑強な石造りの城壁が、威圧的にそびえ立っている。


「ほう、なかなかの要塞だねぇ」

 太郎は感心したようにおどけた声を出しながらも、運転席の窓から砦の構造、兵の配置、そして彼らの動きを、歴戦の叩き上げの士官の冷静な目で見つめていた。

超人染みた身体スペックたぶん?を持つ異世界人の軍隊だ。地球の常識で測れない部分はあるが、規律の高さや兵站の雰囲気から、ここを治める指揮官が相当に有能であることは一目で分かった。先ほど射殺したゴブリンの異常な筋肉の密度や、騎士たちが乗る巨馬の獰猛さを見るに、生身での戦闘能力は向こうが圧倒的に上。

まともに組み合えば、自分など子供のように捻り潰されるだろうと、太郎は冷静に推測していた。


高機動車が中庭に止まると、すぐに武装した兵士たちに包囲された。

バルトロが馬から降り、太郎の元へ歩み寄る。

「『参謀』殿。申し訳ないが、お前の素性が知れるまでは、その鉄の馬はここで預からせてもらう。

お前自身も、こちらの用意した部屋から出てもらうわけにはいかない。……それと、武器は置いていってもらう」


「あはは、そりゃそうだ。どこの馬の骨とも分からん男を自由にするほど、ここのボスは間抜けじゃないでしょ、いいですよ、従いましょう」

太郎は朗らかに笑い、両手を上げて車から降りた。

太郎が差し出したのは、高機動車に積まれていた斧やスコップ、そして先ほどゴブリンを仕留めた『89式5.56mm小銃』だった。

 ただし、太郎は車を降りる直前、小銃の先端に『89式多用途銃剣』をカチリと装着させておいた。


 異世界人にとって、銃という概念はない。彼らの目に映ったのは、先端に鋭利な刃物がついた、黒い鉄と樹脂でできた「奇妙な細身の槍」だった。

「私の故郷の、家宝の槍です。まぁ、今はただの飾りみたいなもんですが」


 バルトロたちは、その「奇妙な槍」の構造を不審そうに見つめつつも、刃物である以上は武器とみなし、慎重に回収していった。彼らにとって、これこそが太郎の主戦力だと誤認した瞬間だった。


だが、彼らは知らなかった。

太郎が車を降りる直前、シートの隙間から滑り込ませるようにして、一丁の鉄塊を腰の後ろのホルダーへ完全に隠匿したことを。

 ――『9mm拳銃』。

 刃物のついていないこの小さな拳銃は、異世界人から見ればただの奇妙な鉄の部品にしか見えない。

 さらに、太郎の迷彩服のポケットには、自衛官が私物として愛用する「ノコギリやプライヤーがついた折り畳み式のマルチツール(万能工具)」が残されていた。彼らにとって武器とは「剣や槍、魔導杖」であり、服のポケットにある小さな工具や鉄の部品が、どれほどの脅威かなど想像すら及ばない。


(何だか分からない、というのが今の俺の最大のアドバンテージだ。手の内は、最後の最後まで見せないのが一番楽に生き残るコツだからね)

衣服の下に見えざる牙と爪を忍ばせ、太郎は要領よく兵士たちの案内に従った。

*

数時間後。太郎は砦の最上階にある、重厚な執務室へと呼び出された。

重い木製の扉が開くと、部屋の奥の机に、一人の老人が座っていた。

白髪混じりの髪を短く刈り込み、数々の死線を潜り抜けてきたことを物語る深い皺が刻まれた顔。だが、その背筋は鉄柱のように真っ直ぐに伸び、衣服の上からでも分かるほど強靭な肉体を維持している。

その眼光は、ただ部屋に入ってきた太郎を見ただけで、その魂まで見透かすかのように鋭かった。


ガラム辺境伯、アルベルト。

この辺境一帯を統べる最高責任者であり、引退間際でありながらも確かな審美眼を持つ百戦錬磨の智将。

普段は部下想いの好々爺の一面もあるが、軍務においては冷徹そのもの。

今回は砦の定期視察のために、わざわざ本拠地の城から訪れていたのだ。

「……座れ、異邦の男よ」

アルベルト辺境伯の声は、低く、部屋の空気を震わせた。

「お招きいただき光栄です、辺境伯閣下。私は山田太郎。故郷では『参謀』なんてお気楽な役職をやっておりました」

 太郎は部屋の空気に気圧されることなく、むしろ自衛隊の年の離れた将軍に気に入られる時の「いつもの愛嬌」を全開にして、勧められた椅子にどさりと腰掛けた。


その様子を横で見守るバルトロ隊長がハラハラとした表情を浮かべるが、アルベルトはピクリとも眉を動かさない。

「バルトロから報告は受けている。詠唱も魔力もなく、岩の裏に不可視の刃を撒き散らす奇妙な道具を使ったと、さらに、あの鉄の箱には、それが何百発分も詰まっており、お前の心臓が止まればこの地を更地にする、と不届きな脅しをかけたそうだな」

「いやぁ、人聞きが悪い、ただの自己防衛のブラフですよ、閣下、私はしがない迷子ですから、それくらいの大嘘を吐かないと、バルトロ隊長みたいな強そうな人に一瞬で首をハネられちゃいますからね」


太郎は剽軽に肩をすくめ、あっさりと「ハッタリ」であったことを白状してみせた。自分の手の内(自爆の嘘)をあえて一部明かすことで、逆に相手の警戒を緩める高等戦術だ。


アルベルトの鋭い目が、さらに細められる。

(……恐ろしい男だ。ハッタリだと平然と言い放ちながら、その瞳の奥には微塵の恐怖も狂気もない。これほどの胆力を持つ者が、ただの迷子であるはずがない、

どこかの大国が放った特務の工作員か……工作員なら目立ち過ぎ、馬鹿か道化か)

アルベルトの「確かな審美眼」は、太郎の卓越したプロとしての空気を正確に捉えていた。しかし、太郎が何を目的にここに現れたのか、その正体だけがどうしても掴めない。

「貴様が何者であれ、我が領地、ひいては我が国に仇なす存在であるならば、私は容赦なく貴様を排除する。たとえその鉄の箱が爆発しようとも、だ」

「それは困りましたねぇ。私はただ、温かい食事と安全な寝床が欲しいだけの平和主義者なんです。できれば、この周辺の地図でも見せていただいて、今後の身の振り方を考えたいんですが……」

「フン、寝言を言うな」

 アルベルトは冷酷に鼻で笑った。

「軍事機密である周辺地図を、素性も知れぬ者に開示するわけがなかろう、貴様は当面はこの砦の監視下に置く、一歩でも不審な動きをすれば、即座に処刑だ。分かったな?」

「ハイハイ、了解しました。偉い人には逆らいませんよ」

 太郎は両手を上げて降参のポーズを取った。


 軍機である地図がそう簡単に手に入らないことも、移動の自由が制限されることも、百戦錬磨の士官にとっては百も承知。想定の範囲内だ。

(ま、まずはここで大人しくして、この頑固なじいさんに『こいつは使える、手放したくない』と思わせるチャンスを要領よく待つとするか)


 太郎は、石造りの頑強な軟禁部屋へと連れ戻された。

 重い鉄格子のついた窓から、夕闇に染まる魔物の森を見下ろす、ポケットの中で、没収されなかったマルチツールの冷たい金属の感触を確かめ、ニヤリと笑う。

「この部屋、いざとなれば窓の格子を外していつでも脱出できるな、……まぁ、わざわざそんな面倒なことをしなくても、チャンスは向こうからやってきそうだけどね」

 

しっかりフラグ回収された。

砦全体を揺るがす未曾有の危機は、太郎の予想よりも遥かに早く、夜の帳と共にやってくることになる。

――ガガァン! と、主郭の分厚い木製の門が悲鳴を上げる。

 砦の兵士たちは、夜闇から無限に湧き出る影狼(シャドウウルフ)の猛攻に耐えかね、ついに第一防衛線を放棄。アルベルト辺境伯やバルトロ隊長を伴い、主郭の奥へと一時撤退を余儀なくされていた。

「門を閉めろ! 楔を打ち込め!」

 バルトロの怒号が響く。

彼らの視線は、今まさに突破されようとしている正面の門に釘付けだった。

門の隙間から、影狼たちの狂暴な赤い目が覗く。


その時、主郭の影――騎士たちの完全な『視界の死角』となる折れ曲がった通路の闇から、暗視ゴーグルを装着した山田太郎が音もなく忍び寄っていた。

視界は緑色に冴え渡り、迫り来る魔物の動きが手に取るように分かる。


(よし、ここなら奴らからは見えないな。手の内をわざわざ見せてやる義理はない) 太郎は迷彩服のポケットから『スタングレネード』を引き抜くと、ピンを抜き、門の隙間をすり抜けようと殺到している影狼の群れの中心へ向けて、影から音もなく転がした。


数秒後。

通路の角の向こう、騎士たちの目からは見えない遮蔽物の裏で――ッパァァァァァン!!!!!と、夜の静寂を完全に叩き潰す耳をつんざく爆音と、凄まじい閃光が弾けた。

「なっ……なんだ!? 爆発か!?」

正面の門にいたバルトロたちが、角の向こうから漏れ出た一瞬の激しい光と、鼓膜が痛むほどの轟音に驚愕し、身を強張らせる。

だが、真の地獄を見たのは影狼たちだった。

完全に暗闇に適応していた彼らの眼球と聴覚に、至近距離から数百万カンデラの光と爆音が突き刺さったのだ。

「ギャウンッ!?」「ギ、ギィァァァー!」

通路の奥にいた数十匹の魔獣は、悲鳴を上げて一斉にその場に転倒した。脳の平衡感覚を完全に破壊され、目と耳から血を流してのたうち回る。立ち上がることすらできず、完全に無力化された肉の山がそこにあった。


「はい、お片付けの時間」

 太郎は即座に暗視ゴーグルの電源を切り、カチリとヘルメットの上部へ跳ね上げた。これで周囲からは、ただの「奇妙な装飾がついた帽子」にしか見えない。

 腰の後ろの拳銃には絶対に触れず、太郎は地面に転がっていた、戦死した騎士の槍を素早く拾い上げた。

たぶん?まともに戦えば勝てない。

だが、目の前で痙攣している獣を仕留めるだけなら、力や経験の強さは関係ない。必要なのは、確実な技術だ。


異世界のトカゲも犬も、急所なんて分かんないからね、ここを狙うのが一番確実だ。


太郎は冷徹な目で、のたうち回る影狼の『首』だけを正確に見定めた。

ザシュッ、ザシュッ、と、迷いのない無駄のない動きで、槍の穂先を影狼たちの首筋へと深く突き刺し、頸動脈と神経を的確に断ち切っていく。

歴戦の叩き上げの士官だからこそできる、一切の感情を排した効率的な作業だった。

数十匹いた影狼が、太郎が拾った槍一本の手によって、声もなく次々と物言わぬ死体へと変えられていく。



「おい……見ろ、あれは……!」

光と音が収まり、恐る恐る門の様子を見にきたバルトロと兵士たちは、その光景に言葉を失った。

 そこには、大量の影狼の死体の真ん中で、死んだ騎士の槍を杖代わりに持ち、ふぅと息を吐いている太郎の姿があった。


「あ、バルトロ隊長。ちょうど今、片付けが終わったところです」

 太郎はいつもの朗らかな、剽軽な笑みを顔に浮かべ、パチンとウィンクをしてみせた。

「き、貴様、一人でこれを……? さっきの光と音は一体……!」

 バルトロが戦慄しながら、太郎が頭に被っている跳ね上げられた暗視ゴーグルに視線を向ける。


あぁ、これですか? 故郷にいた頃、夜の戦いの際に被る『お守りの帽子』みたいなものでしてね。さっきの音は、私が仕掛けておいた簡単な使い捨ての爆魔道具ですよ。まぁ、運良く角の向こうで綺麗にハマってくれましてねぇ

 太郎はおどけた調子で嘘を並べ立てた。


 何が起きたか分からない。だが、目の前には、砦を滅ぼしかけた魔物の大群が、傷一つない男の手によって全滅しているという圧倒的な結果だけがある。

 奥から歩み出てきたアルベルト辺境伯は、太郎のその「帽子」と、一分の隙もない立ち振る舞い、そして何より、被害を最小限に抑えて戦盤をひっくり返したその『武力』を、じっと見つめていた。

やがて、老将軍は深く、重く頷いた。

見事だ、『参謀』殿。貴様のその、圧倒的な武力……本物と認めざるを得んな。

我が砦を、部下たちの命を救ってくれたこと、深く感謝する。

「いやぁ、閣下にそう言っていただけると、頑張った甲斐がありましたよ」


 翌朝。

砦を救った英雄となった太郎は、約束通り、実質的な軟禁を完全に解かれることとなった。

さらに、アルベルト辺境伯の執務室の机の上には、昨日までは「軍事機密」として頑なに拒まれていた、『周辺地図』(かなり雑だっに描かれている様に見える、もしや俺に見せるだけに誰かに用意させたのか?)が広げられていた。


「約束だ。これがこの辺境一帯の地図だ。そして――」

アルベルトは、精巧な銀細工が施された、辺境伯家の紋章入りの『通行章?』を太郎に差し出した。

「これを持っていれば、我が領内を自由に移動することを許可する。だが、お前ほどの武力を持つ者を、この最前線の砦に燻ぶらせておくのは国家の損失だ」


老将軍は、どこか悪戯っぽく笑った。

「私の本拠地である城へ同行せよ、『参謀』私の可愛い孫にも、お前のアドバイスを聞かせてやってほしいのだ」

「へえ、辺境伯様の城ですか。それは温かいスープが期待できそうですね」

 太郎は要領よく通行章を受け取り、ポケットへと仕舞い込んだ。


 その数時間後。太郎はフルの歩兵装備を再び満載した高機動車の運転席に座り、アルベルトたちの馬車と並んで街道を走っていた。

 車の窓から広がる異世界の景色を眺めながら、太郎はふと、自身の脳内に直接響く「自動翻訳のシステム」や、これから向かう高度な文明を持つという「城」の存在に想いを馳せていた。

(言葉がここまで完璧に通じるってことは、この世界のシステムそのものに、何か地球と繋がるルールがあるはずだ。城に行けば、もっと古い文献や、過去の『神隠し』の記録があるかもしれないな……)

 チート能力は試したがなさそうで有った、肉体は直接試していないが最弱。


 しかし、現代兵器のアドバンテージを完璧に隠匿したまま、四十歳の叩き上げ士官は、元の世界への『帰還の可能性』という一筋の光を胸に、異世界の中心へと、その鋼鉄の馬を進めるのだった。

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