思い込みと安心
ガラム王国の王都に、かつてない緊迫感を孕んだ「男たちの極秘サミット」が招集されていた。
場所は、王城の最奥に位置する、いかなる探知魔術も遮断する防魔結界に守られた密室。参加者は、国王陛下、白髪の老宰相、臨戦態勢の近衛騎士団長、そして国家最高名誉顧問であり、全人類を滅亡の危機から繋ぎ止める唯一の手綱となった山田太郎一等陸尉(四十歳)の四人のみであった。
「……山田殿、顔色が優れんようだが、昨夜のシャルロットの『夜戦』は無事だったのかね!?」
国王が木製の重厚な円卓に身を乗り出し、血走った目で太郎を見つめる。
「お陰様で、あの地盤ごと陥没したベッドの底で、生きた抱き枕(物理的拘束)としてなんとか五体満足で夜を明かしましたよ、クソ義父(国王)閣下。
……ですがね、もう国内の最高級スタミナ薬だの、超古代の頑強な防護服だので俺の寿命をゴリ増しするのは勘弁してください。
今日は、もっと本質的で、この世界の存亡に関わる『家族計画』の対策会議をしにきたんです」
太郎は冷徹な手つきで、聖国の大書庫からハッキングしてきた『生体兵器』のオリジナルスペックデータを円卓の上にピシャリと叩きつけた。
陛下。姫様が超古代の惑星間戦争用の戦闘兵器だってことは、すでに王家としても知っていますよね。
……もし、二人の間に『子供』が生まれたらどうなるか、考えたことはありますか?」
太郎は指を一本立て、叩き上げの士官特有の、最悪の戦況をシミュレートする鋭い眼光を国王に向けた。
「この世界の人間の身体スペックが地球より異常に高いのは、超古代の『遺伝子改良』の恩恵を多かれ少なかれ全員が血に継いでいるからだ。
特にこの国の貴族や、訓練を積んだ近衛騎士たちはその発現率が高く、大人の超人として規律で力を制御している。
……だが、姫様はレベルが違う。ほぼ一〇〇パーセント、星を滅ぼすオリジナルスペックのまま発現してしまった化け物だ。
そんな存在の遺伝子を継いだ子供が、もしネズミ算式に増殖してみろ。
……赤ん坊が夜泣きをして地団駄を踏んだだけで、このガラム王国の領土が一発で地図から消滅するんですよ。悪気のない子供の超パワーによる、王国の完全な物理的崩壊だ。我々は今、その絶望のカウントダウンの前に立っているんです」
太郎の言葉に、隣の老宰相と近衛騎士団長がガタガタと震えながら眼鏡や兜を押さえた。しかし――当の国王陛下は、太郎の必死のプレゼンテーションを聞いても、顔面を蒼白にするどころか、ふっと厳格な顔を緩め、どこか呆れたような、しかし確かな慈愛を湛えた息を吐き出したのだ。
「……山田殿。貴殿のその博学な知識と、最悪を想定する『参謀』としての頭脳には常に感服させられる。
だが、一つだけ、この世界の『人間の構造』と、我が王家の父親としての『現実』を教えよう」
国王は静かに腕を組み、太郎の目を真っ直ぐに見つめ返した。
「この世界において、超古代の能力が本格的に発現し始めるのは、ある程度の分別がつき、精神の土台が固まる【十歳頃】からなのだ。
……貴殿の理屈が正しいならば、シャルロットが赤ん坊だった頃、我がガラム王国はとっくの昔に滅びていなければおかしいのではないかね?」
「――え?」
あっ!言われて初めて気が付いた!
太郎の動きがピタリと止まった。
「シャルロットが生まれた時、我ら夫婦も、そして周囲の者たちも、彼女の将来の超パワーの予兆には何度も肝を冷やした。
確かに、幼少期のあの子は人並み外れて元気で、寝返りを打ったらベットが揺れ、あやそうとした専属メイドが突き指をするようなことはあった。
だが、それはあくまで『ちょっと力が強い子供』の範疇だ。
本当の『化け物』としての能力が覚醒し始めたのは、あの子が十歳を迎えた頃だったのだよ」
国王の背後に控える老宰相も思い出したのか、我が意を得たりと深く頷く。
「左様でございます、山田殿。我が国には、千年にわたり、十歳を迎えて能力が発現し始めた子供たちを暴走させないための、徹底した『教育と精神管理のノウハウ』がございます。
あの子が十歳で規格外の力を開花させた時、王家は物心ついたあの子に対し、『他者を傷つけぬために、いかに己の力を制御すべきか』という精神的な調教――いえ、徹底した自己規律の英才教育を施して参りました。
あの子が今日まで、怒りに任せて民を殺さず、国を守る高潔な騎士として理性を保っていられるのは、その教育の賜物なのです」
「つまり……」
太郎は冷や汗を流しながら、脳細胞をフル稼働させた。
「あやつがどれだけ化け物じみた力を持っていようとも、生まれ落ちた子供が十歳になり、能力が発現し始めるまでの長い期間がある。
その間に、王家と、そして何より『父親である貴殿』が最初から正しい規律と力の使い方を教え込めば、国が滅ぶような大惨事には絶対にならん。
……山田殿、貴殿は少し、あの子の力を恐れるあまり、人間の持つ『教育の可能性』を甘く見すぎていたのではないかね?」
国王の、厳かでありながらも確かな説得力を持つ言葉が、密室に響き渡った。
太郎は内心で、深く、大きく安堵の息を吐き出した。
(――そっか。十歳になるまでは、ただのちょっと力が強いだけの普通の子供なんだ。それなら、王家がとっくに潰れていないのも、物語の世界観が狂っていないのも完全に納得がいく。
生まれる前からパニックを起こして俺とした事が冷静さを欠いていた、最初から問題はなかったんだな……)
太郎の「要領の良さ」としての思考が、ここで急速に軌道修正を始める。
国が滅びない、十歳までの教育で完璧にコントロールできるという確証が得られたのなら、これ以上、恐怖のあまり斜め上の現実逃避(脳内核兵器の使用許可申請)をする必要はない。
「分かりましたよ、陛下。……俺の負けだ。これからは、もし二人の間に子供が生まれたら、十歳の発現期を迎えるまでに、俺と姫の愛情と俺の故郷の『学校教育のノウハウ(集団行動の精神)』と、王家のノウハウを組み合わせて、優しい子供に育て上げる方向で、家族計画を話し合いましょう。
……だから、もう変なスタミナ薬を俺に飲ませるのは本当にやめてくださいね?」
「おおお! 分かってくれたか、山田殿! これで我が王家の、いや全人類の未来は安泰じゃ!!」
国王は満足度一二〇パーセントの笑顔を浮かべ、太郎とがっちりと握手を交わした。
こうして、政治的なサミットは太郎の「現実の受け入れ」という形で、世界観のリアリティをより強固にしながら、穏やかに幕を閉じるのだった。




