聖国潜入編絶望のデバッグ、あるいは調教師の涙
……勝った。
俺の完全勝利だ。長かったサバイバル、これにて大団円だね
聖国の地下深く、幾重もの防魔結界の残骸(姫様がただ歩いて押したら砕け散ったもの)の先に眠る『聖国隠し大書庫』
その最奥にある、半透明の超硬質キーボードが備わった超古代の生体登録端末の前で、山田太郎は脳汁が溢れ出るのを止められずにいた。
太郎は自衛隊のフラッシュライトで端末の配線を照らし、地球なの知識を駆使して超古代のOSをハッキング(何故出来るのか?不思議なことに太郎自身も疑問に思っていない)していた。
目的は二つ。オリジナルスペック生体兵器たるシャルロット姫様を無力化する
【安全装置のパスワード】
そして教会の婚姻の護符を無効化する
【契約解除のマスターコード】。
カタカタカタ、ターンッ! と、太郎が最後のエンターキー(のような四角い結晶)を叩き込んだその時、画面にまばゆい緑色の文字が躍った。
『――認証完了。安全装置上書きプロトコル起動。婚姻解除コード、適用可能』
「やった……! やったぞォォォ!!! 見たかクソ義父、見たか王国の上層部ども! 俺様の頭脳を舐めるなよ!」
太郎は部屋の隅で、声を殺して狂喜乱舞のダンスを踊った。
このパスワードさえあれば、いつでも隣のゴジラ姫様をボタン一つで「スリープモード」にできる。
さらに婚姻の呪いも綺麗さっぱり消去だ。これで一年後の結婚式を待つまでもなく、今すぐ高機動車で地球へ逃げ切る完璧な退路が完成したのだ。
「よし、善は急げだ。まずは姫様にセーフティをかけて、その隙に……」
太郎は懐の端末を操作し、背後で「太郎様、何をしていらっしゃるのかしら♡」と暢気に首を傾げている130センチのロリ巨乳姫様へ向けて、安全装置の電波(信号)を送信した。
カチッ。
――対象:生体兵器エラー
セーフティは適用されません
「……え? はい?」
太郎の動きがピタリと止まった。もう一度、ボタンを押す。カチッ。
『エラー。セーフティは作動しません』
何度やっても、姫様には一ミリも安全装置が掛からなかった。
彼女は相変わらず、衣服を破らんばかりの巨乳を揺らしながら、「太郎様、ピコピコ光るオモチャで私と遊んでくださるの?♡」と、至って健康そのもの、元気いっぱいに微笑んでいる。
「なんで……!? パスワードは合ってるはずだぞ!?」
太郎は冷や汗を流しながら、脳細胞をフル回転させた。
(おかしい。セーフティが掛からないってことは、この端末の『権限』が足りないのか? ……待てよ、婚姻の護符(呪い)のマスターコードはあるんだ。
だったら、この総本山の教会関係者を騙して、もう一度、さらに強固な『婚姻護符の上書き儀式』をやらせるフリをさせてみよう。彼らが儀式のシステムを起動した瞬間に、このマスターコードを裏で流し込んで、護符のシステムそのものを根元から
【解除】してやる!
転んでもただでは起きないのが叩き上げの士官だ。太郎はすぐさま、部屋の外でガタガタと震えて待機していた聖国の高位神官たちを要領よく呼び寄せた。
神官の皆さん。実は我が妻(仮)のシャルロットですが、愛が深すぎるあまり、王国の婚姻護符の効力が少し緩んでいる気がするんです。
ですので、この聖国の教会の総本山の最高神術を使い、もっと強固に護符を『上書き』していただきたい。
さぁ、今すぐ儀式の祭壇を起動してくださいな。
お、おお……!
さすがは最凶の調教師山田殿! 破壊神をより強固に縛り付けようというのだな!
分かった、今すぐ総本山の婚姻システムを完全起動する!
神官たちは、これ以上ゴジラ姫様に暴れられては国が消滅すると必死になり、
大急ぎで祭壇の古代魔導端末を最大出力で起動した。
光の粒子が部屋を満たし、システムが完全に開かれたその一瞬の隙を突き、太郎は懐のハッキング端末から、解除のマスターコードを一気に流し込んだ。
(これでおさらばだ、婚姻の呪い――!!!)
――ブー、ブー、ブー!!!
突如として、大書庫の壁一面に、不吉な真っ赤な警告ランプが激しく明滅し始めた。神官たちの魔導端末がバチバチと火花を散らし、黒煙を吹き上げる。
「な、なんだ!? 儀式が……解除の術式と衝突している!? バカな、解除などできるはずが――」
『――警告。重大なシステムバグが発生。処理を中断します』
「解除できない……!? クソ、マスターコードを使ってすら、ビクともしないだと!?」
太郎は端末を叩きながら絶叫した。
完璧なハッキングを決めたはずなのに、教会の婚姻システムは、まるで底なしの泥沼のように太郎のコードを飲み込んで拒絶したのだ。
「――無駄な足掻きだ、有機生命体の低スペックな知性よ」
その時、大書庫の中央にある巨大なホログラムディスプレイが起動し、青白い光の中に、見たこともない精密な球体の光が浮かび上がった。
それは、千年間この聖国の地下で稼働し続けていた、超古代文明の
【管理AI】だった。
「お前は……ここのメインシステムか!? だったら教えてくれ! なんで安全装置も婚姻解除も動かないんだ!」
太郎は藁をも掴む思いでAIに食ってかかった。
同時に、この大書庫のデータを解析し、本来の目的である『巨大システムの安全弁を意図的に暴発させて、地球への門を強制的に開く方法』についても、裏で要領よくハッキングデータを盗み出し、そのルートだけは完璧に突き止めていた。
門を開く方法は分かった。あとは、自分の身の安全と、婚姻の自由(解除)さえ手に入れば完璧なのだ。
しかし、超古代の管理AIは、ホログラムの光を哀れみ(?)を込めてチカチカと明滅させながら、無慈悲な電子音を響かせた。
『バグの原因を解説します。山田太郎。お前がその個体にかけた教会の婚姻護符――あれは超古代の【生体量子登録プログラム】の一種です。
……お前たちは、あろうことか、惑星間戦争用の最高機密【純粋戦闘兵器】のコアシステムに対し、民間用のチープなシェアリング・プログラムを直接書き込み、上書きしてしまったのです』
「……は? 量子登録? 民間用プログラム?」
太郎は嫌な汗が背中を伝うのを感じた。
『分かりやすく言いましょう。核兵器の起動スイッチのOSの中に、市販の恋愛育成シミュレーションゲームのデータを無理やり叩き込んで、回路をショートさせたようなものです。
……結果、プログラムが致命的にバグりました。
戦闘兵器のセーフティ機能は、お前との婚姻データと完全に癒着して消失。
同時に、婚姻護符の解除コードも、彼女の生体防衛システムによって『敵対的ウィルス』とみなされて自動で永久隔離されました』
AIは、フッと音を立ててホログラムの解像度を落とし、冷徹に言い放った。
『つまり、安全装置も、婚姻解除のコードも、【どちらも永久に、物理的にも論理的にも、絶対に解除できなくなりました】。お前たちの魂の契約は、宇宙が崩壊するまでデバッグ不可能です』
「――――は?」
太郎の口から、魂の抜けた声が漏れた。
安全装置をかけようと、ハッキングを試みようとした結果、婚姻護符を戦闘兵(姫様)にかけたせいで、超古代のプログラムが致命的にバグり、どちらの解除も完全に不可能な『永久の軛』へと進化してしまったのだ。
「ふざけるなァァァ!!! 直せ! お前超古代のAIだろ! 今すぐバグを修正しろよ!!!」
太郎は端末の画面を掴んで激しく揺さぶったが、AIの球体は冷淡に明滅するだけだった。
『不可能です。そもそも、お前のようなただの未開の原生生物(地球人)が、惑星を滅ぼすための戦闘兵器と本気で婚姻の誓いを交わしてシステムをバグらせるなど、超古代の設計者すら想定していません。
……生体兵器とガチで結婚するなんて、お前はとんだ【変態】だな』
「変態って言うなァァァ!!! 俺はハメられたんだよ!!! クソ義父どもにぃぃぃ!!!」
大書庫の最奥で、四十歳の「参謀」山田太郎の、プライドも逃亡計画も粉々に砕け散った絶望の叫びが虚しく響き渡った。
門を強制的に開く方法は分かった。
しかし、安全装置は動かず、婚姻の呪いは永久不滅。世界を渡ろうが、地球の裏側に逃げようが、超古代兵器のゴジラ姫様は、バグった婚姻GPSを頼りに、どこまでも正確に自分を追いかけてハグ(物理的圧殺)しにやってくる未来が、ここに完全確定したのだ。
「――あら? 太郎様、AIさんと何のおお話し合いをしていらっしゃいますの? シャルロット、もうすぐ赤ちゃんが生まれる(※勘違い)のですから、早く王都に戻って、結婚式のドレスの寸法を測らなくてはなりませんわ♡」
大穴の空いた大書庫の入り口から、姫騎士姿のまま豊かな巨乳を揺らし、太郎から貰った銃剣を嬉しそうに撫でながら、最強の婚約者がお迎えにやってきた。
「……あ、はは。そうだね、姫様。王都へ……戻ろうか……」
太郎の脳内では、白旗を掲げた地球防衛軍の残党たちが、トボトボと敗戦の撤退を行っていた。
現代兵器のアドバンテージを隠し持ち、要領よく世界の理をハッキングして逃げ切るはずだった山田太郎。
しかし、自分で仕掛けたハッキングの裏をかかれ、致命的なプログラムバグというグレーゾーンの底なし沼に沈んだ四十歳の参謀は、最強のワイフ(ゴジラ)の隣で、泣く泣く、本当に泣く泣く、外堀がコンクリートで完全に固められた王都へと敗走するのだった。
聖国を物理的に全面降伏させ、超古代AIから「生体兵器とガチで結婚する変態」と罵られた、あの最悪の大書庫ハッキング事件から数日。
王都へ戻るために街道を走る高機動車の車内は、山田太郎の胃に穴が空きそうなほどの緊迫感(※太郎限定)と、春のような生温かい空気に包まれていた
。
「ふふ、ふふふふ……♡」 助手席に座るシャルロット姫様は、それはもう幸せそうに鼻歌を歌いながら、ご自身のお腹を、両手で優しく、愛おしそうに撫で回していた。
130センチの可憐なロリ体型に、衣服を破らんばかりの巨乳が、お腹を撫でる手の動きに合わせてプルンプルンと激しく揺れている。
高機動車のハンドルを握る太郎の顔からは、完全に生気が失われていた。白目を剥きかけながら、ダッシュボードの速度計を凝視する。
(……あかん。本当にあかん。聖国からこっち、ずっとあのお腹なでなでモードだ。あのゴジラ姫様の中では、もう『ぎゅってして寝たから子供ができた』っていうファンタジーシステムが完璧に確定演出に入ってる……!)
後部座席では、太郎から貰ったマルチツールで、ドワーフ産ガソリンの空き缶を器用に工作しているやんちゃ坊主のレオが、不思議そうに声を上げてきた。「ねぇ、さんぼう。ねーちゃんさっきから何でお腹ばっかり撫でてるんだ? 腹痛いのか? 芋の食べすぎか?」
「これ、レオ! 食べすぎだなんて失礼なことを言うものではありませんわ!」 姫様は頬をぷくーっと可愛らしく膨らませると、太郎の左腕にギュッと抱きつき、その肉圧をこれでもかと押し付けてきた。
超古代兵器の無意識のハグに、太郎の腕の骨がミシミシと悲鳴を上げる。
太郎様との愛の結晶が、ここに宿っている(※大いなる勘違い)のですから!
太郎様、王都に戻ったら、早くお子供のお名前を考えなくてはなりませんわね!
男の子なら、太郎様の故郷の高貴な名前をいただいて『イチロー』。
女の子なら……
「ま、待ってください、姫様!!!」
太郎は冷や汗を滝のように流しながら、走行中の車内だというのに、全力でハンドルを握る両手を震わせた。
「あのね、姫様。人間(と超古代兵器)の身体の構造というのはですね、そう簡単にお腹の中に新しい命が宿るものではないんですよ! 故郷の医学の常識から言いますとね、まだ生まれません! あと十ヶ月……いや、数年、いや、俺たちが正式に結婚式の準備を終える一年後までは、絶対に、物理的に、構造上、何があっても赤ちゃんは生まれませんから!!!」
「えっ……? そうなのですか、太郎様?」 姫様は大きな瞳をパチクリとさせて、お腹を撫でる手を止めた。
実の両親からも恐れられ、周囲から怪物扱いされて英才性教育を一切受けずに育ったピュアな処女だ。
太郎の「博学な知識(という名の必死の時間稼ぎのハッタリ)」を、彼女は一ミリも疑うことなく、本物の神の託宣のように真剣な顔で受け止めた。
「さすがは太郎様、私の知らない超古代の高度な医学知識までお持ちだなんて……! つまり、まだお腹の中での『生体パーツの製造期間(十ヶ月)』が必要だということなのですね?」
「え? あ、うん、まぁ、そういうことにしといて……」
(生体パーツの製造期間って言い方は生物兵器っぽくて怖いな、おい)と太郎は内心で戦慄しつつも、なんとか目の前の危機をハッタリで煙に巻くことに成功した。
「分かりましたわ、太郎様! では、王都へ戻るまでのあと数ヶ月、私は大人しくお腹を温めながら、太郎様の『抱き枕』に徹することにしますわね♡」「いや、夜は別々の寝袋で寝ませんか、姫様!? 俺の背骨が本当に粉砕骨折しちゃうんで――」「ふふ、太郎様ったら、照れ屋さんですこと♡」 防御姿勢を全て「愛の照れ隠し」へと脳内翻訳する最強の婚約者。
大書庫の超巨大システムをハッキングして「地球への門を開く方法」は突き止めた。あとは、この永久不滅の婚姻バグ(魂のGPS)をどうにかして、この可愛い怪獣の目を盗んで地球へ逃げ切るタイムリミットまで、あと十ヶ月――。 四十歳の叩き上げ士官は、助手席からの圧倒的な肉圧とお腹なでなでのプレッシャーに胃をキリキリと痛ませながら、外堀が完全にコンクリートで固められた王都へと、要領よく(?)高機動車を進める日常の真っ只中にいるのだった。




