エルフの里の夜這いサバイバル編――巨木の調教師
エルフの里の命綱である『大樹の結界核』を、ただの工具と博学な知識(排気フィルターの目詰まり解消)で完璧に修復してみせた山田太郎。
エルフたちから「破壊神を笑顔で従える最凶の調教師」として恐れ慄かれ、望み通り火薬の材料である硝石や硫黄の調達ルートを手に入れたまでは完璧だった。
しかし、最大の誤算は、その様子を見ていたシャルロット姫様の『恋のボルテージ』が、ついに大気圏を突き抜けて宇宙空間まで爆発してしまったことだ。
その日の夕方、エルフ特製の美しい木造ツリーハウス(賓客用コテージ)に案内された太郎は、部屋に入るなり、迷彩服の襟元を掴んで本気で頭を抱えていた。
「来る……。間違いなく、今夜、第二回戦(夜這い)が来る……!」
前回のドワーフの国でのホテルドアノブ紙屑化事件の恐怖が、脳裏に鮮明に蘇る。
太郎は自衛隊の一等陸尉(大尉相当)だ。脳内では、高機動車に満載された重機関銃(M2)や小銃の実弾を全弾叩き込んで火力による徹底抵抗を行うシミュレーションを何度も繰り返していた。だが、ここは美しい自然に囲まれたエルフの隠れ里である。ここで現代兵器の火力をぶちまければ、周囲の広大な森林を巻き込んだ恐ろしい付帯被害(山火事)が発生するのは火を見るより明らかだった。
「火器が使えないとなると……トラップでハメるしかないな」
太郎は剽軽な笑みを完全に消し去り、泥をすすって生きてきた叩き上げのプロの顔になった。
彼はすぐにエルフの長老や若き防衛隊長たちを要領よく呼び出し、彼らの全面協力のもと、ツリーハウスへと続く唯一の小道に、えげつない『本命の罠』を仕掛けた。
それは、人間の胴回りジャストの直径で掘られた、垂直の【落とし穴】だった。
「いいですか、エルフの皆さん。深さは殺意マシマシの五メートル以上でお願いします。人がここに落ちるとね、両腕が『バンザイ』の形で固定されるんです。
人間の骨格構造上、腕を上に向けたまま固定されると、どれだけ力があっても踏ん張りが利かなくなって、何もできなくなるんですよ」
「な、なるほど……。魔力を使わずに、人の構造そのものを封じる暗殺罠か……。山田殿、やはり恐ろしい男だ」
エルフたちは太郎の容赦ない泥臭い戦術に戦慄しつつも、必死になって夜までに深さ五メートルを超える絶対のピットトラップを完成させた。
本命の落とし穴が完璧すぎたせいで、太郎はその後の保険の罠(足を引っ掛けて逆さにぶら下げる古典的なロープトラップ)を少々適当に設置してしまった。
ただ、もし本命が破られた場合、凄まじい追いかけっこ(チェイス)になることが予想されたため、今回はやんちゃ坊主のレオを肉壁として巻き込むのを諦め、事前に長老の家に避難させておいた。
太郎自身は、ツリーハウスの屋根の上に寝袋をガッチリと固定し、そこから周囲の他の家々の屋根へと一瞬で飛び移れるよう、エルフの頑丈なツタ製ロープを縦横無尽に張り巡らせた。
「よし。これで完璧だ。……というかさ、俺、見た目が可愛い17歳のロリ巨乳お姫様に完全にビビって、村総出でここまでの防衛線を築いてるの、客観的に見ておかしくない?
……いや、おかしくない。
相手はゴジラだ。
忘れてたまるか。本来なら人類文明すべてを賭けて総力戦を挑んでも、勝負にすらならない大怪獣なんだからな」
太郎は自分の見た目に騙される甘さを必死に戒めながら、夜の帳が下りるのを待った。
*
午前二時。森の静寂の中に、予想通り、狂おしいほどの『質量』を伴った足音が近づいてきた。
屋根の上で寝袋にくるまっていた太郎は、フラッシュライトを握りしめ、固唾を呑んで見下ろす。
小道の闇から現れたのは、薄手のネグリジェを身に纏い、プレゼントした銃剣を胸に抱いたシャルロット姫様だった。
その瞳は完全に、愛しの旦那様(仮)を捕食せんとする肉食獣のそれだ。
「太郎様ぁ……♡ 今夜こそ、本当の新婚初夜を過ごしましょうねぇ……♡」
姫様がうっとりとした声を上げ、太郎の仕掛けた落とし穴のデッドラインへと一歩を踏み出す。
――ズドン!!!
完璧だった。姫様の130センチの小さな体が、太郎の計算通り、胴回りジャストの穴へと垂直に真っ逆さまに落ちていった。
深さは五メートル以上。腕は上に向かって綺麗な『バンザイ』の形で固定されているはずだ。
「よしっ! ハメ技成功!!!」
太郎がガッツポーズを掲げた、そのコンマ一秒後だった。
――ドブォォォォォン!!!
落とし穴の底から、火山が噴火したかのような凄まじい爆発音と衝撃波が吹き荒れた。
バンザイの形で力を封じ込めるという人体構造学の常識は、超古代の生物兵器には一ミリも通用しなかった。
彼女はただ腕を万歳の状態から下しただけだった。結果は劇的だった、落とし穴は【半径五メートルにわたって消し飛ばし、巨大なクレーターへと変えて】、悠然と地上へと跳ね上がってきたのだ。
「うそでしょぉぉぉ物理!物理!!が仕事してないじゃん!!!」
太郎は悲鳴を上げた。
地上に戻ってきた姫様は、自分が罠にハメられたことすら気づいておらず、「あら? 地面が急に崩れましたわ? 太郎様はどこかしら?」と首を傾げている。
その瞬間、姫様の足元に仕掛けられていた、適当なロープトラップが作動した。
シュルルッ!とツタが伸び、姫様の細い足首を捉えて木の上へと引き揚げる。
バチィィィン!!!と、大木がへし折れるような凄まじい音が響いた。
姫様が逆さに吊るされたのではない。
引き揚げようとした極太のツタのロープと、それを支えていた樹齢数百年の巨木の方が、【姫様の体重(自動質量変換機能付き)に耐えかねて、ゴム紐のように一瞬で弾け飛び、巨木が根元からへし折れて倒壊した】のだ。
「もうっ! このお部屋の周り、障害物が多すぎますわ! 太郎様への直進の邪魔です!」
ちょっと不機嫌になった姫様が、ついに屋根の上の太郎を見つけた。
「あ! 太郎様! そんな高いところで寝袋に包まって、可愛い照れ屋さんですわね! 今すぐそちらへ参ります!」
「来んなぁぁぁ! 全軍に要請(脳内)!!! 核兵器の使用許可をもう一度申請します!!!」
太郎は狂ったように叫びながら、寝袋を蹴り脱ぎ、張り巡らされたロープを掴んで隣のツリーハウスへと飛び移った。
必死のターザンごっこの開始である。
しかし、追うシャルロット姫様は、ロープを渡るような面倒なことはしなかった。
彼女は太郎の後を追うため、地上からまっすぐに、ただ『歩いて』追いかけた。
そう、【彼女の進路上にあるすべての巨木、エルフたちの美しい木造建築物、頑丈な防壁を、まるで何も存在しないかのように、その肉体一つでメキメキ、バリバリと突き破りながら、最短距離を直進してきた】のだ。
――バリバリバリッ! ドゴォン!
「キャー!? 破壊神が進撃してきたぞー!」
「家が! 我が家が紙のように突き破られていくぅぅぅ!」
夜中に飛び起きたエルフたちが、パニックを起こして逃げ惑う。
太郎がロープで空中をヒョイヒョイと逃げる下で、姫様はまるで『大型トラック』か『怪獣ゴジラ』のように、エルフの里の建物を次々と粉砕しながらブルドーザーのように直進してくる。
――ドガァン!!!
ついに、太郎が飛び移ろうとした先の一際大きなツリーハウスの『幹』を、姫様が突進の余波でへし折ってしまった。
支えを失ったロープが緩み、空中を舞っていた太郎は、なす術もなく地面へと落下。
「捕まえ……ましたわ……♡」
落ちてきた太郎の体を、ネグリジェ姿の姫様が、ガシッと正面から完璧にハグ(キャッチ)した。
その瞬間、エルフの里に響き渡っていた破壊音はピタリと止まり、あたりは静寂に包まれた。
ー翌朝。
幸いにも、エルフたちの驚異的な身体スペックのおかげで死人は一人も出なかった。出なかったが――エルフの隠れ里の中心部は、姫様の直進の軌跡に沿って見事な『更地(一本の直線道路)』が完成しており、村は実質的に壊滅していた。
これに対し、ガラム王国政府は後日、莫大な損害賠償(国家予算レベル)をエルフの里に支払う羽目になるのだが、それはまた別の話である。
そして肝心の山田太郎はといえば。
エルフの里の生き残ったコテージのベッドの上で、完全に身動きが取れなくなっていた。
彼の全身には、シャルロット姫様が【本物の『抱き枕』のように、これでもかと強固な力で覆いかぶさり、ガッチリと四肢を絡めて】スヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。衣服を破らんばかりの巨乳が太郎の顔面に押し付けられ、窒息寸前である。ちょっとでも動こうとすれば、超古代兵器の無意識の締め付けにより、太郎の骨がミシミシと嫌な音を立てるため、ハッタリも要領の良さも一切通用しない。太郎は完全に捕獲されていた。
だが、夜通しのチェイスの末に捕まった太郎が、覚悟を決めて「もうどうにでもしてくれ」と白目を剥いていた時、姫様が寝言でこう呟いたのだ。
「ふにゃ……太郎様と、こうしてぎゅってして寝たから……もうすぐ、シャルロットのお腹に、可愛い赤ちゃんが生まれますわね……♡ えへへ……」
「……え?」
窒息しかけていた太郎は、暗闇の中で点になった目を瞬かせた。
(待て、今なんつった……? ぎゅってして寝たから、子供ができる……!?)
太郎は四十歳の現役自衛官であり、博学な趣味人だ。地球の義務教育と大人の常識を完璧に備えている。
しかし、目の前でスヤスヤと眠る、超古代の最強生物兵器にして、この国の第一王女であるシャルロット姫様の『性知識』は――なんと、【男の人と抱き合って寝たら、翌朝には子供ができる】という、あまりにもピュアでファンタジーすぎるレベルで完全にストップしていたのだ。
確かに、実の親(国王夫婦)からも恐れられ、周囲の男たちからも怪物として遠ざけられてきた彼女だ。誰もそんな大人の教育を施せるはずがなく、彼女の性知識は幼少期の絵本レベルで止まっていたのである。
太郎は、顔面に押し付けられた極上の柔らかさを感じながら、脳内で宇宙猫のような顔をして真剣に悩み始めた。
(……え、これ、俺は安心していいの? 実際の貞操は守られたわけだし、このまま一年間、抱き枕として耐え抜けば地球に逃げ切れる? ……いや、待て。裏を返せば、俺はこれから世界中を旅する間、この『中身がゴジラのピュアな処女』に対して、大人の正しい性教育をどこかのタイミングで教えなきゃいけないってことか……? その時の恐怖と、もし勘違いが解けて本気で襲われた時の破壊力を考えたら……俺、40歳独身経験ありとして、一体どんな顔をすればいいんだよ……!)
エルフの里には、天災を笑顔で飼いならし、夜は彼女を抱き枕にして(勘違い)大人しくさせている『最凶の調教師・山田太郎』の、恐るべき新たなる伝説が刻まれていた。
天敵探しどころか、自分がゴジラの飼育員(仮の夫)として完璧に調教されつつある事実から目を背けながら、太郎の胃の痛い、しかしどこか甘くて恐ろしい世界探索サバイバルは、さらなる混迷を極めていくのだった。
(第九章:エルフの里の夜這いサバイバル編・完)




