ゴジラマーチは傑作
王都での束の間の休息(というか、王族たちによる外堀のコンクリート固め)を終え、野盗の村の戦後処理を騎士団に丸投げした山田太郎は、再び高機動車を北へと走らせていた。
目指すは、鬱蒼とした巨木の森の奥深くに隠された、魔法と弓の名手たちの故郷――『エルフの里』である。
「うわぁ……空気が一段と濃くなってきたねぇ。
さすがはエルフの縄張りだ」
太郎はフロントガラスの向こうに広がる、神秘的な光を放つ巨木の群生を見上げて呟いた。
車内には、助手席で太郎の左腕にこれでもかと豊満な胸を押し付けているシャルロット姫様。そして後部座席には、太郎から貰ったマルチツールを熱心にいじり倒しているやんちゃ坊主のレオが乗っている。
「太郎様、この森の奥には、超古代の『果樹園』の管理システムが眠っているという伝承がありますわ。きっと、太郎様の求める手がかりが見つかりますわね!」
「あはは、そうだね、姫様。何か良いものが見つかるといいんだけどねぇ」
太郎は引きつった笑みを浮かべた。
太郎の真の目的は、この「隣にいる可愛い超古代生物兵器」を無力化できる天敵と、教会の婚姻契約の解除方法を探すことだ。
しかし、これまでのデータ収集(至近距離での拳銃射撃を指でキャッチされる)の結果、太郎個人での勝率は完全にマイナス一〇〇パーセント。
太郎の諦めの悪い逃亡計画は、すでに最初から崖っぷちだった。
やがて、巨木の根が複雑に絡み合う森の開けた場所に、美しい木造の建築物が並ぶエルフの隠れ里が姿を現した。
高機動車が速度を落とし、里の広場へとゆっくりと滑り込んだ、その瞬間だった。
「――ッ!?」
広場で興味深げに高機動車を見ていた数人のエルフの戦士たちが、太郎、いや、その助手席に座るシャルロット姫様の姿を目撃した瞬間、顔面を紙のように真っ白に変え、全身に極度の緊張感を走らせた。
彼らは、ガタガタと膝を震わせると、そのうちの数人が狂ったように里の奥へと脱兎のごとく駆け出していったのだ。
次の瞬間、里の遠くの方から、けたたましく鐘を叩く音が鳴り響いた。
カン! カン! カン! カン! と、それは明らかに『未曾有の天災』や『敵国の奇襲』を知らせる最警戒の警報だった。
それと同時に、里のあちこちから、大勢の住人たちがパニックを起こして逃げ惑う足音や、荷物をひっくり返す音、そして――「お父さん!」「お母さん!」と、親の呼び名を叫びながら泣き叫ぶ子供たちの悲痛な声が、静かな森の空気を切り裂いて響き渡った。
高機動車の運転席で、太郎の脳内には、生々しい効果音と共に【大怪獣ゴジラが都市に進撃してくるあの有名なテーマ曲】が、大音量で自動再生され始めていた。
窓の外で繰り広げられているのは、まさに怪獣映画の古典的な「市民の避難シーン」そのものだった。
「……ゴジラの前では、人は無力だねぇ」
太郎はあまりの光景にドン引きし、遠い目をしながらポツリと呟いた。
「な、何だと……!? ゴジラ……!? それがあの破壊神の真の名か……!?」
車の窓のすぐ近くで、腰を抜かしてへたり込んでいたエルフの若き防衛隊長が、太郎のその呟きに過敏に反応し、絶望に満ちた声を上げた。
エルフの超人的な聴覚は、太郎の小さな独り言を完璧に拾ってしまっていたのだ。
そしてそのキツイ言葉の響きに、今度は助手席の姫様が反応した。
「なっ……! ゴジラ……!? 太郎様、それはどこの不届き者ですの!? 太郎様を怖がらせるような不届きな怪獣なら、このシャルロットが今すぐ大陸ごと消し飛ばして差し上げますわ!」
姫様が豊かな胸を怒らせ、ふんす、と鼻を鳴らした瞬間、彼女の全身から放たれた目に見えない『超古代生物兵器の殺気』が、大気をバリバリと震わせた。
ひぃっ!!! と、周囲に残っていたエルフの戦士たちが、恐怖のあまり完全に真っ青になり、誇り高いはずの種族のプライドをすべて投げ捨てて、その場に崩れ落ちるように平伏した。
「お、お願いだ……ゴジラの主よ……! 自分はどうなっても良い! この村の、子供たちや女たちだけは……どうか、どうかお命だけは助けてくれ……!」
「……え? いや、ちょっと待って!?なんで俺が主になってんの?」
太郎は完璧にドン引きしていた。
いつの間にやら太郎の脳内で鳴り響いていた「地球防衛軍のマーチ」は、急速にボリュームが下がり、完全に消えていった。脳内の太郎の精神は、すでに全力で白旗をパタパタと振っていた。
そう、エルフたちの間では、ガラム王国の第一王女・シャルロットの噂が、国境を越えて際限なく膨れ上がり、【一撃で砦を更地にし、如何なる攻撃も弾き返す、歩く破壊神】として恐れられていたのだ。
太郎としてはその評価に「うん、間違ってない。むしろ正しい」と深く納得していたのだが、エルフたちからすれば、その最凶の破壊神をリードもなしに助手席に乗せ、笑顔一つで完璧にコントロール(調教)している山田太郎(40歳)という異邦人は、【破壊神を完全に飼いならしている、破壊神を従える大魔導師か何か】にしか見えなかったのである。
(やばいねぇ。このままだと、世界中に『最凶の破壊神と、それを操る謎の調教師太郎』の名が爆発的に広まっちゃうよ……。俺、生身じゃ婆さん負ける程、弱いのにさぁ)
*
その後、太郎の持ち前の朗らかな態度と、必死の「誤解の釈明」により、ようやくエルフたちも落ち着きを取り戻した。
もちろん、姫様が太郎の後ろで「太郎様が穏便に話せと仰るなら、私は大人しくしていますわ♡」と、完全に大人しい従順な子猫(中身はゴジラ)のポーズを取っていたことも大きかった。
エルフたちはそれを見て(あの破壊神があそこまで怯え、従うとは……やはりあの男、ただ者ではない)と、さらに誤解を深めていたのだが。
誤解が解けたところで、里の長老から、彼らが今まさに直面している重大な『問題』について相談された。
「調教師、いや、山田殿……。実は、我が里の命綱である超古代の遺物――『大樹の結界核』が、数ヶ月前から魔力の対流を起こし、周囲の薬草や作物を枯らせてしまっているのだ。我らの魔法ではどうにもできず、このままでは里を捨てるしか……」
「ふむ、結界核の対流ねぇ、ちょっと見せていただけますか?」
太郎は地球の科学知識と、地下書庫で得た超古代文明のシステムデータを総動員し、里の中央にある結晶体を観察した。
エルフたちはそれを「高度な魔力装置」だと思い込んで儀式を繰り返していたが、太郎の目から見れば、それは単なる【超古代文明の農業用・環境維持端末の『排気フィルターの目詰まり』】に過ぎなかった。
千年も放置されていれば、不純物が溜まってエラーを起こすのは当然だ。
あー、これ、魔法で魔力を流し込むから余計にバグっちゃうんですよ。
ちょっと失礼
太郎は高機動車から持ってきた自衛隊の工具を使い、結晶体の基部にあるアナログな固定レバーを要領よくカチリと回し、溜まっていた静電気(魔力の残滓)を安全に地面へと放電させた。
さらに、フィルター部分に詰まっていた古い魔力の結晶を、マルチツールのノコギリで軽く削り落とす。
――キィィン……と、心地よい電子音が響き、結晶体が美しい緑色の輝きを取り戻した。
その瞬間、周囲の枯れかけていた草木が、目に見える速度で青々と蘇り、森の空気が一瞬で清浄なものへと変わった。
「な、何ということだ……! 詠唱も儀式もなく、ただの鉄の棒を動かしただけで、千年の結界が完全に修復された……!?」
エルフの長老たちは、奇跡を目の当たりにしたように太郎の前に平伏し、涙を流して感謝した。
「やはり、山田殿は神の知恵を持つお方だ! お礼に、我が里の秘蔵の薬草や、貴方の求める『燃える石の粉(火薬の材料である硝石や硫黄)』のルート、すべてを提供いたしましょう!」
「いやぁ、お役に立てて光栄ですよ、ははは」
太郎は完璧に要領よく、目的である『大量の火薬材料の調達ルート』を確保することに成功した。
これでドワーフの国での銃弾複製と合わせ、現代兵器の完全復活への道が大きく前進した。
だが、この完璧すぎる問題解決の様子を、背後でじっと見つめていたシャルロット姫様の瞳は、怪しく、そしてこれまで以上に熱く、狂おしいほどの恋の炎で燃え上がっていた。
(ああ……! エルフの誰もが解決できなかった千年の呪いを、太郎様はただの手遊びのように、お気楽に解決してしまわれた……! 強いだけでなく、これほどまでに博学で、世界を救う知恵をお持ちだなんて……。やっぱり、私の選んだ旦那様は、世界で一番素晴らしいお方だわ……!)
姫様の中での『山田太郎の評価・好感度メーター』が、天井を突き破って無限大へと跳ね上がった瞬間だった。
エルフの里を救い、英雄となった太郎。
しかし、その夜、太郎が宿泊するエルフ特製の美しい木造コテージでは、昼間の評価アップが引き金となった、あの【恐怖の夜這い事件】の、より過激で破壊的な幕が、静かに上がろうとしていたのだった――
エルフの里の夜這いサバイバル編へ続く)




