太郎はもうおしまいです
王都に近い主要街道沿いにあった、旅人をハメて身ぐるみ剥いでいた『野盗の村』。そこが、ネグリジェ姿の一人の少女によって、文字通り「更地の一歩手前」まで叩き潰されたという報告が王城に届いた時、内面で最も激しく動揺したのは、他ならぬ国王一族だった。
「……また、やったのか。あの娘は」
王城の奥深く、結界に守られた極秘の密室。国王陛下は、集まった王妃、そして老宰相を前にして、顔面を土気色に変えて震えていた。
彼らが恐れていたのは、正体不明の異邦人・山田太郎の底知れなさではない。身内に抱え込んでしまった、あの130センチの『愛らしい怪物』に対する、本能的な恐怖だった。
陛下、騎士団からの報告によれば、村の家々は衝撃波で消し飛び、周囲の地面は陥没……野盗どもは降伏する間もなく、バラバラに砕けていました。
シャルロット様だけでねじ伏せられたとのことです。
何時もながら、シャルロット様は、傷一つ負われておりません。
太郎様も、無傷でした。
老宰相の報告に、国王の奥方である王妃も、扇子を握る手を小刻みに震わせる。
「ああ……なんということでしょう。あの子が何かを決意したら、この国の全軍を以てしても、教会の神術を以てしても、誰も止めることはできない。
……実の娘ながら、やはりあの子は、この国が抱える最大の『守り神であり、恐怖の大王』ですわ」
そうなのだ。王族たちが太郎の『外堀を完璧に埋め立てて強制結婚させた』のは、太郎をハメるためだけではない。
あの安全装置の無い核兵器とも言える最強の娘が、生まれて初めて「この人と結婚する」と自ら決意してしまったからだ。
もしあの場で太郎が完全に拒絶し、娘が絶望して暴走でもすれば、ガラム王国そのものが地図から消滅しかねない。
国王たちもまた、娘という名の『ゴジラ』の機嫌を損ねないために、必死になって太郎を生贄(新郎)として捧げ、外堀をコンクリートで固めるしかなかったのである。
*
だが、そんな畏怖と恐怖の対象であるシャルロット姫様――シャルロット自身も、その『孤独』を、幼い頃から痛いほどに自覚していた。
(みんな、私のことを見てくれない、私の『力』だけを見て、怯えている)
王城のベランダから、中庭に停められた鋼鉄の高機動車を見つめながら、シャルロットは腰の『89式多用途銃剣』を愛おしそうに撫でていた。
ドワーフの隔世遺伝、そして超古代の戦闘用オリジナルスペックの化け物として生まれた彼女は、実の父親である国王からも、母親からも、腫れ物を触るような目で見られて育った。
近寄ってくる男たちは皆、彼女の天使の如き可憐な容姿と巨乳に目を奪われるが、一度その『人外の怪力』を目にすれば、悲鳴を上げて逃げ出していく。
誰も、シャルロットという一人の17歳の少女の『目』を、真っ直ぐに見つめて話してはくれなかった。
――そこに現れたのが、山田太郎という、得体の知れない異邦人の男だった。
初めて出会ったあの日、王都の街頭で人混みに押されて転んだ貧民の子供を、彼は見たこともない鋼鉄の馬を完璧に制御して救い出した。
それだけではない。魔法の使えない白い樹脂の箱(救急箱)を取り出し、汚れた子供の傷口を、本当に優しく、慈しむような手つきで手早く手当てしたのだ。
その時の彼の横顔には、力に対する誇示も、弱者に対する侮蔑もなかった。ただただ、本物の『大人の優しさ』があった。
そしてその直後、玉座の間で自分が力ずくで掴みかかった時。
シャルロットは、彼を傷つけないように、彼女なりに極限まで手加減をしていた。
それでも大抵の男なら恐怖で竦むか、触れた瞬間に腕の骨が折れる。
しかし、太郎は違った、知らないとはいえ、鎧に包まれた私の突進を……。
彼は魔力も使わず、シャルロットの突進の力を滑らかにいなし、世界の天地をひっくり返して自分を床へとしなやかに投げ飛ばしたのだ。
生まれて初めての経験だった。自分を力で受け止め、コントロールしてくれた男。
さらに倒れた私を気遣う優しさを見せた、その時しっかりと私の目を見て話してくださった……孤独な少女に惚れるなと言う方が無理であった。
そして今、彼は自分の正体が『超古代の生物兵器』だと知ってもなお、怯えて逃げ出す(実際には逃げ出そうと必死だが、姫様視点では逃げていない)こともせず、婚約式(護符を授けの日)ベッドの上で、まるで本物の父親のように、優しく、愛おしそうに自分の頭を撫でてくれた。
(太郎様だけが、私の目を真っ直ぐに見て、一人の女の子として扱ってくださる……私には、もうこの人しかいないの)
それは、最強ゆえに孤独だった少女にとって、父のようであり、男のようでもある、絶対的な理想の存在の誕生だった。
――神が居れば、【もう無理です太郎は現実を見ましょう】と言いたくなるほどの、魂の底からの完全なるロックオン。
太郎がどれだけ脳内で「核兵器の使用許可」を申請しようが、この少女の恋心の深層には、ハッタリも逃亡作戦も、一ミリも通用しない国境線が敷かれていた。
*
「――ハックシュン! 誰だろ、俺の悪口言ってるの。あー、胃が痛い」
王城の厩舎。高機動車のボンネットを開けて、ドワーフ産ガソリンのエンジンに対する影響をチェックしていた太郎は、盛大なくしゃみをして身震いした。
野盗の村の処理を騎士団に引き渡し、束の間の休息を得たものの、太郎の脳内アラートは未だに鳴り響いたままだ。
「さんぼう! 騎士団のおじさんたちが、あの村の倉庫から凄いものを見つけたって言ってたぞ!見に行かない?」
やんちゃ坊主のレオが、中庭からバタバタと走ってきた。その後ろからは、いつものように、衣服を破らんばかりの巨乳を揺らし、太郎から貰った銃剣をこれみよがしに腰に帯びたシャルロット姫様が、満面の笑みで歩いてくる。
「太郎様、お疲れ様ですわ! お荷物の積み込みは、私が全て済ませておきましたからね♡」
「あ、はは……姫様、いつもすいませんねぇ。
当たり前のようにガッツリ腕を抱える姫!
骨が折れる、あ、いや、助かりますよとしっかりと目を見てお礼する」
神が居れば、そんなところやろ!!と憐れんだに違いない。
太郎は引きつったプロの笑みを浮かべながら、高機動車の運転席へと滑り込んだ。
もう王都に長居は無用だ。
ここにいれば、あの国王夫婦と宰相に、今度はどんな外堀埋め立てコンクリートを流し込まれるか分かったものではない。
「よし、レオ坊っちゃん、姫様。今度こそ、最初の目的地である『エルフの里』へ向けて出発しましょうかね」
「はい、太郎様! どこまでも、世界の果てまでお供いたしますわ!」
助手席に滑り込み、さっそく太郎の左腕に嬉しそうに抱きついてくる最強の婚約者。
太郎は、ドワーフ特製の燃料で力強く駆動するエンジンの音を響かせながら、アクセルを踏み込んだ。
その様子を見て、王と宰相は、ほっとしていたと同時にエルフの里の無事を祈った。
超古代文明の痕跡調査という大義名分の裏で、この「ゴジラ級の可愛いお姫様」を無力化できる天敵と、契約魔法の解除方法を探すための、哀れな参謀の『世界探索編』が、いよいよ本格的にリスタートするのだった。




