王都帰還編――深淵の書庫と、不滅の灯火 前編
「――よし、まだ勝機はある。
諦めたらそこで試合終了だからね」
王城の豪華な客室。
山田太郎は、全身を襲う筋肉痛(ゆうべの姫様の熱烈な抱きつきの余波)に耐えながら、ベッドの上で密かに拳を握りしめていた。
教会の恐るべき神術により、魂の婚姻契約を結ばされてしまったのは事実だ。
しかし、ここは由緒正きガラム王国の王宮である。
いくら魂の契約が済んだとはいえ、第一王女の結婚式ともなれば、国中の貴族への通知、外交上の手続き、豪華な礼装の仕立て、式場の準備など、最低でも【丸一年間の準備期間】が必要になることが判明したのだ。
一年だ。一年あれば、地球のプロの工作員なら国の一つや二つ、要領よくひっくり返せる。
地下書庫に入って、元の世界へ『帰る方法』と、ついでにあの教会の『婚姻契約を強制解除する呪文』さえ見つけ出せば、隙を見て高機動車で逃亡してハイそれまでよ、だ(脳内であばよ、とっさん!と某国民的?アニメの怪盗のように高機動車から手を振る姿が再生された)
太郎は不敵な笑みを浮かべ、腰の後ろの『9mm拳銃』の感触を確かめた。腰の御守りは未だ力を失っていない、それに高機動車には、まだまだ装備は残っている、それらは王国民には知られていない。
参謀の頭脳戦は、ここからが本番だった。
だが、その頃。
王城の隠し部屋では、この国の最高権力者たちが、涙を流して大爆笑していた。
「ぶはははは! 見たか、あの山田太郎の顔を!
『まだ一年ある、なんとかなる』と完全に顔に書いてあったぞ!」
あまい!あまりにも甘いぞ!山田よ!
お腹を抱えて机を叩く国王陛下。
その隣では、老宰相がいつもの不敵な笑みで眼鏡を押し上げていた。
当然の思考ですな。あやつは博学ですが、我が王家の『真のえげつなさ』を舐めすぎております。
まさか自分が地下書庫に入る前に、我らが総出で【婚姻契約の解除方法が書かれた文献をすべて、綺麗さっぱり別の場所へ撤去した】などとは夢にも思っていないでしょう
「本当に、憐れな山田殿ですわねぇ、おほほほ!」
今回は国王の奥方である王妃までが扇子で口元を隠し、実の娘をハメるための完璧な手際を絶賛していた。
そう、王家は太郎の要領の良さを最初から警戒していたのだ。
だからこそ、彼が地下書庫で何を探そうとするかを完璧に先読みし、契約破棄の手段を最初から文字通り『物理的に抹消』していたのである。
これで、あやつがどれだけ書庫を引っ掻き回そうが、見つかるのは『元の世界への帰還の手がかり』だけ。
帰る方法が見つかったところで、魂の契約は解除できん。
世界を渡ろうが、我が娘シャルロットはどこまでも追いかけていく……
奴はまだシャルロットの真の恐ろしさを知らん。
シャルロットに目をつけられた時点で逃げ場など最初から無いのさ!
王族たちの容赦ない爆笑声が、密室に響き渡っていた。哀れ、山田太郎。
*
「さぁ、太郎様! 我が王家の地下書庫へ参りましょう! 私、太郎様のお手伝いができるなんて、本当に幸せですわ!」
そんな王家の陰謀など露知らず、太郎はシャルロット姫様を伴って、王城の最深部へと足を踏み入れていた。
姫様は、太郎がプレゼントした『89式多用途銃剣』を愛おしそうに腰に帯び、130センチの小さな体を弾ませて太郎の右腕にギッチリと抱きついている。
衣服を破らんばかりの巨乳の圧迫感は相変わらず凄まじいが、今はそれ以上に「監視の目を掻い潜る」というミッションの難易度に、太郎の脳はフル稼働していた。
「ハイハイ、ありがとね、姫様。足元が暗いから気をつけて」
重厚な防魔鋼鉄の扉が開くと、そこには果てしない闇の空間が広がっていた。
ガラム王国の建国以来、千年にわたる禁忌の歴史、呪われた魔導書、失われた古代技術の文献が眠る、底知れぬ深淵の書庫。
異世界人である姫様は、壁の燭台にパチンと火を灯したが、中世風の松明の灯りでは、広大な書庫のほんの一角をぼんやりと照らすのが限界だった。
(よし、ここからが俺の独壇場だ)
太郎は姫様が古い棚の書物に目を奪われた一瞬の隙を突き、迷彩服のタクティカルベストから、自衛隊の個人装備である『L型携帯フラッシュライト』を取り出した。
カチリ、とスイッチを入れる。
その瞬間、松明の貧弱な炎とは次元の違う、【地球の現代工学が生んだ超高輝度の白いLEDの光】が、暗黒の書庫を一直線に真っ二つに切り裂いた。
「なっ……!? た、太郎様、その強烈な光を放つ魔道具は一体……!?」
姫様が驚愕して目を丸くする。
異世界の魔導灯とも違う、熱を一切持たない、しかし昼間のように全てを白日の下に晒す圧倒的な近代の光。
あはは、故郷のちょっと明るいお守りですよ。
これなら、どんな小さな文字も見落としませんからねぇ。
太郎は飄々と言い流しながら、必死になって棚の背表紙をスキャンしていった。
(何故読めるのか?太郎自身は言葉の変換機能とセットだと思っている。)
目的は二つ。地球への帰還方法、そして教会の契約解除呪文。
しかし――探せけど、探せど、おかしい。
太郎の博学な知識をもってすれば、教会の神術に関する魔導書の棚はすぐに見つかった。
だが、その棚の特定の区画だけ、まるで不自然に『本が抜き取られたような隙間』ができていたのだ。チリ一つ落ちていないその空間を見て、太郎の脳裏に最悪の予感が過る。
(……待てよ。まさかあのクソ義父(国王)、俺がここに来る前に、契約解除の方法が書いてある本を全部隠しやがったな!?)
さすがは参謀、王家の罠に気づくのは早かった。
しかし、気づいたところで時すでに遅し。
解除呪文の探索というルートは、完全に、完璧に封殺されていたのだ。
「あー、もう! どこまで用意周到なんだよ、あの家族は!それに従ってどうして俺なんだよ」
太郎は内心で血涙を流しながら、がっくりと肩を落とした。
契約破棄の望みは絶たれた。
なら、せめてもう一つの目的である『神隠しの正体』だけでも掴まなければ、本当にただ異世界に骨を埋めるだけになってしまう。
絶望の中、太郎は自暴自棄気味に、フラッシュライトの超高輝度な光を、書庫の最も奥深く、誰も近づかないような湿気った壁の隅へと向けた。
白い強烈な光が、何百年もの間、誰の目にも留まらなかった『ある不自然な隙間』を鮮明に浮かび上がらせる。
それは、重厚な石壁の繋ぎ目。松明の暗い光ではただの影に見えるはずの場所が、現代のLEDの光によって、不自然なほど精密にカットされた「隠し扉」の輪郭として暴かれたのだ。
「……ん? 親方、いや姫様、あそこ、ちょっとおかしくない?」
「え……? あそこはただの古い壁のはずですが……待ってください、太郎様!」
太郎がフラッシュライトで照らすその場所へと、シャルロット姫様が歩み寄る。彼女がその異世界最強の怪力を込めた拳で石壁を軽くトントンと叩くと――硬質な音ではなく、奥が空洞であるような鈍い音が響いた。
「隠し部屋……。千年の歴史を持つ我が王家すら、誰も知らなかった場所ですわ……!」
太郎の「必死の探索」と「現代の明るいライト」の光が、ついに王国の最高機密のさらに奥に眠る、禁忌の深淵の扉を開け放った。その先に待ち受ける、この異世界の驚くべき真実とは――。
(後編へ続く)




