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white side 14

「シエナ! ユイ!」


走りながら叫んだ。


広大な円形の広場。その反対側で、大きな盾を持ったドランの隣に、シエナ、トウヤ、ユイが立っている。


よかった。みんな、あそこにいる。


四人がこちらを向いた。僕は手を上げかけ、そのまま動きを止めた。


「来ないで!」


「……え?」


冗談を言っている顔じゃなかった。シエナの弓が僕を狙っている。


「シエナっ。何してるの? 僕だよ!」


言った瞬間、自分の声に気づいた。


低い。


喉の奥から響く音が、いつもと違う。


目の前へ持ち上げた腕は長く、袖も黒い。


これは、僕の手じゃない。


「何だ、これ……」


さっきまで隣にいたのは、黒の仲間。


だったら、あの人たちには僕が誰に見えていたんだろう。


「黒……なのか?」


頭を抱えると、そこには長い黒髪があった。


「だから、動かないで!」


「なにしに来たの? あなた黒でしょ?」


「違う。白だよ!」


四人が顔を見合わせる。


言った僕自身が、一番説明してほしかった。


「白……なの?」


ユイが一歩前へ出た。


僕も足を動かしかけた。


ドンッ!


低い音とともに床が跳ねる。


広場の中央で、岩の巨人が身を起こしていた。


「散って!」


僕も逃げようとした。けれど踏み出した足が思ったより遠くへ出て、上体が置いていかれる。立て直そうとした時には、岩の掌が頭上を覆っていた。


間に合わない。


身体を低くし、そのまま横へ転がる。


するりと身体が抜けた。


背後で轟音が響き、巨大な掌が床へめり込む。


「黒さんっ……白!」


ユイが呼んだ。


「大丈夫!」


答えた声は、やっぱり僕のものじゃない。


それでもユイは、僕の方へ走ってきた。


◇


「本当に、白なの?」


「何が起きたのか分からない。でも、僕なんだ」


ユイが僕の顔を見上げる。その目が、戸惑いながらも僕を探していた。


もう一度巨人の腕が動く。


「右から来る!」


シエナは僕に背を向けて叫んだ。


それだけで、呼吸が少し楽になった。


「ドラン、ユイと下がって! トウヤ、足元を!」


「分かった!」


四人が動く。


姿も声も変わったのに、僕の言葉でいつもの四人が動いてくれる。


僕も止まってはいられない。


この身体は、低い姿勢から動くことに慣れているらしい。


ゴーレムを睨み、腰へ手を伸ばす。


何もない。


「ラディッシュ……」


剣だけじゃない。ばあちゃんからもらった鎧もない。


「白、離れて!」


巨大な足が持ち上がる。直後、それまでいた場所が踏みつぶされた。


風に押されながらトウヤのところまで走る。


「武器は?」


「……ないんだ」


「そっか。困ったね」


トウヤは僕の後ろへ杖を向けた。飛んできた岩が逸れ、床へ跳ねる。


「これ、使って!」


トウヤの小剣。彼の家に伝わる『エルフの世界から持ち込まれた武器』だ。何度か借りたこともある。


「恩に着るよ、トウヤ」


「これがあるからね」


トウヤが杖を振っておどけた。


小剣へ意識を集める。


光が身体を通り、指先から刃へ集まった。


黒い袖から伸びた知らない手を、見慣れた白い光が照らす。


僕の光だ。


身体が変わっても、これはついてきている。


「シエナ。狙えるところは?」


「足首。踏み込んだ時に、外側が開く!」


巨体の攻撃をかいくぐり、足首へ近づく。


「ここだっ!」


大きな家ほどある足首を撫で斬る。


白い筋が弧を描き、岩を半分ほど切り裂いた。けれど、思ったほど奥へ入らない。


いつもならラディッシュへ魔力を流せる。今は、小剣から力が垂れ流されている。


「浅い、もう一回!」


今度は光を一点へ集めた。


亀裂へ白い光が入り、ゴトリと足首が落ちる。


「よしっ!」


だが、すぐに床が鳴った。


剥がれた石が浮かび、欠けた場所へ吸い寄せられる。開けた傷は、次の一撃を用意する前に埋まっていった。


「なんだよそれ……」


「わかってたことでしょ? まあ、気持ちは同じよ」


代わりに床や壁には窪みが残り、その奥で虹色の光が揺れている。


「狭間……」


ゴーレムの傷は消える。


僕たちの立てる場所は減っていく。


長く戦うほど不利になる。


◇


ゴーレムの肩が、反対側から派手に砕けた。


巨体が向きを変えた隙間に、門を開けた直後にいた四人が見える。摩耶もいる。


「……黒っ! いるのか!?」


僕がここにいるなら、あそこにいるのは。


返事はない。


その時、ゴーレムの巨大な手が手首から切り離されて落ちた。


誰が斬ったのか、見えなかった。


「白、前から!」


慌てて身を引く。拳が目の前を通り、風に息を奪われた。


今は確かめられない。


向こうでも戦っている。


それだけは分かる。


僕たちが切断した足首は治っていたが、もう片方の脚が反対側からの攻撃で大きく欠けている。


「向こうが崩した時に、こっちも合わせよう」


「合図できるの?」


「見て合わせる。シエナ、お願い」


「分かった!」


反対側で岩が砕けた。


「今、右脚よ!」


光の斬撃を放つ。


シエナの攻撃が入った亀裂へ白い光が食い込み、足首が崩れた。


ほとんど同時に、もう片方の脚も折れる。


巨体が沈んだ。


向こうからも攻撃が入り、修復が追いつかなくなっている。


いけるかもしれない。


そう思った時、壁が鳴った。


「戻れっ!」


飛び交う岩が胸を埋め、脚を繋ぐ。消えかけた赤い目が再び強く光った。


さっきまでの攻撃が、なかったことになっていく。


もっと強く、一度に壊さなければならない。


でも、どうやって。


右手が自然にラディッシュを探す。


やはり無い。


向こう側を見ると、眼鏡の男の人が何かを叫び、摩耶たちが壁際へ下がっていく。


「みんな、下がろう」


「どうして?」


「向こうが離れてる。何かするんだと思う」


ドランもすぐにユイを後ろへ促した。


広場の中央に巨人だけが残る。


その足元の影が、より黒くなった。


◇


最初は、影が濃くなっただけに見えた。


次の瞬間、そこから巨大な黒い刃が伸び、ゴーレム自身の影から巨体を斬り刻み始めた。


「これ、黒がやってんのか?」


ドランの呟きが聞こえる。


きっと、これが黒の魔法。


刃は脚を貫き、腹へ届き、さらに胸へ突き抜ける。一本を目で追う間にも、別の刃が噴き出していた。


巨体が内側から裂ける。


「何、あれ……」


僕にも分からない。


ただ、誰がやっているのかだけは分かった。


「やっぱり黒だろ」


顔も見えない。声も聞こえない。


それなのに初めて、あそこにいると感じた。


胸も、首も、頭も、黒い刃に削られていく。


その時、ゴーレムの腕が影の根元へ伸びた。


「あっちを狙ってる!」


反射的に小剣を振る。


白い斬撃が手首の欠けた部分へ当たり、腕がわずかに逸れた。


最後にひときわ大きく岩が弾け、黒い刃がほどけ始める。


それでも、残った片目は赤く光っていた。


ゴーレムはまだ動いている。


だが、もう黒い刃は増えない。


向こう側の四人が一斉に走り出した。


あそこに黒が倒れている。


分からないのに、そう思えた。


黒。


返事のない名前を心の中で呼ぶ。


きっと黒は、僕に残りをやれと言っている。


「今しかない!」


「シエナ、どこを狙えばいい!」


「胸の中央! 今、奥まで開いてる!」


「ドラン、前へ出られるか!?」


「道を作る!」


「トウヤ、ドランをお願い!」


「もうやってる!」


ドランを補助の光が包み、ユイが僕の腕へ手を添えた。


◇


ドランの後ろを走る。


虹色の裂け目を避けながら進んだ。


「左から攻めて!」


ゴーレムは上半身だけになっても、拳で地面を叩きつけてくる。


ドランが岩を盾でいなした。


「行け、白!」


「ありがとう!」


盾に弾かれた破片の隙間を抜ける。


目の前に、黒が開けた胸の傷があった。


裂け目の奥は暗く、修復の石がその縁へ次々と貼りついている。


「駄目、閉じちゃう!」


刃先へ光を集める。


「白、足が!」


踏ん張っていた脚に痛みが走った。


いつの間にか大量の血が流れている。それでも、背後からユイの治癒の光が届いた。


「いけるっ」


小剣を両手で握り、大上段に振りかぶる。


「終わりだ!」


白い光が胸の裂け目へ入った。


硬いものを押し切る手応え。


しかし。


大きく斬り裂いたはずの胸へ、また壁や床の石が集まってくる。


いつもより魔力が少ない。


ラディッシュがいないからか。

あの階段で消耗しすぎたか。


『だから、投げるなって言っただろぉ!』


聞き慣れた声。


しかも、近づいてくる。


上を見る。


反射的に床を蹴った。


ラディッシュが宙を舞っていた。


「ラディッシュ!!」


『ん〜、今度こそ白か?』


空中で柄を掴む。


「話は後だ。デカいの行くぞっ」


『はぁ、やっぱこの魔力のほうが好みだぜ〜。よし、白。俺様の本気見せてやれ』


あまりにいつも通りで、思わず笑った。


「ドラン。浮かしてくれ。これで決める」


「おうっ」


ドランが盾を構える。


そこへ走り、盾へ足を着いた瞬間、強烈なシールドバッシュが僕を押し上げた。


「行ってこいっ!」


誰か一人の力じゃ足りなかった。


空へ舞いながら、思う。


ここまで、みんなが繋いでくれた。


僕の仲間。


そして、黒たち。


ラディッシュへ目一杯の魔力を流す。


刀身から激しい光が伸び、巨大ゴーレムの全長を超える白い剣になった。


「いい加減。壊れろよ……!」


修復中の巨体へ振り下ろす。


轟音と光、土煙がフロアを覆った。


これ以上戦わなくて済むように。

みんなでここを出られるように。


残った魔力を、全て注ぎ込む。


衝撃。


何も見えなかった。


遅れて轟音が届き、頬へ熱い砂が当たる。


ゴーレムの上半身が、なくなっていた。


宙に浮いていた岩が落ち、残った脚も崩れていく。


それを見届けたところで、僕も倒れそうになった。


知らない身体なのに、限界だけは分かった。


ラディッシュはもう光らない。

膝も腕も限界だと言っている。


少し笑いそうになった。


これ、僕の身体じゃないんだ。


借りた身体をこんなにしている。


「……ごめん、黒」


僕の意識は白の中へ消えた。

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