↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/37

black side 13

次は脚を狙った。


澪がゴーレムの顔を横へ向け、牙狼が足首へ噛みつく。俺は影で膝の動きを引っ張り、摩耶の針が入ったところへ剣を当てた。


斬れる。砕ける。攻撃は通っている。


だが、欠けた場所へすぐに石が集まる。俺が刃を抜いて退く頃には、足元から新しい岩が浮いていた。


肩を削っても同じだった。落とした分を補うように壁が剥がれ、その下から、見たことのない色が漏れた。


「黒さん、足元!」


柴田の声で踏み出しかけた足を止める。


床に細い亀裂が走っていた。その奥で虹色の光が揺れている。底の深さを見ようとしたのに、どこに目を合わせればいいのか分からない。


狭間。


資料で見た。落ちればどこへ飛ばされるか分からず、帰ってこない奴もいる。


「全員、虹から離れろ!」


「分かってる!」


牙狼が跳んだ。その着地先の床まで剥がれた。


「うおっ!?」


空中で牙狼の身体が傾く。足首へ影を巻きつけ、残っている床の方へ引いた。牙狼は腹から滑り込み、両手で地面を掴んで止まった。


「っぶねえ!」


「落ちんな!」


「好きで落ちてねえよ!」


牙狼が立ち上がった場所と、さっきまで俺たちがいた場所の間に、虹色の溝が開いていた。


ゴーレムを壊すたび、床と壁が持っていかれる。


敵の身体は戻るのに、俺たちの足場は戻らない。


「柴田。あと何回修復される」


柴田はすぐには答えなかった。剥がれた床から壁へ目を走らせ、ゴーレムへ吸い込まれていく岩を見る。


「分かりません」


「じゃあ予想」


「この速度で床を使われ続けたら、僕らが先に動けなくなります」


だろうな。


剣を握り直した手が、少し震えていた。身体の使い方が分かってきても、休めるわけじゃない。影を引くたびに息が浅くなる。


何度も同じことをやっている場合じゃなかった。


その時、ゴーレムの向こう側で轟音がした。


俺たちは攻撃していない。


なのに、巨体の肩が弾けた。こちらへ飛んできた岩を影で弾き、身をかがめる。ゴーレムが体勢を変えた拍子に、両脚の間から反対側が見えた。


四人いた。


さっき俺の周りにいた、知らない連中だ。竜人が前に立ち、その後ろで長い耳の二人と、人間の女が動いている。


白の仲間。


だが、俺の身体がいない。


摩耶たちは、向こうへ走っていったと言っていた。ここへ来る途中でも、視界の端を何かが通った気はした。


もう一度探そうとした時、向こう側から衝撃が入り、ゴーレムの腰が砕けた。


何をされたのか、どこから飛んだのか、はっきり分からない。四人の動きだけでは、今の攻撃へうまく繋がらなかった。


「……いるのか」


あの四人の近くに。


俺には見つけられないまま、俺の身体で戦っている奴が。


「白……」


呟いた声は、岩の崩れる音に紛れた。


ゴーレムが向こう側へ身体を向ける。俺たちへ伸びかけていた腕が引かれ、重心が反対側へ移った。


「今だ!」


牙狼が先に走った。狼の顎が右脚へ食いつき、摩耶の針が続く。


俺は足首へ影を巻き、踏ん張ろうとする脚を引いた。ひび割れたところへラディッシュを叩き込む。


ほとんど同時に、反対側から左脚へ大きな衝撃が入った。


二本の脚が崩れた。


「離れろ!」


巨体が片膝をつくように沈み、床から突き上げる揺れが来た。俺はよろけながらも、下がってきた腕へ影を伸ばした。


今なら届く。


黒い刃を立てて肩の継ぎ目へ突き込み、ラディッシュで割れ目を広げる。牙狼が噛み砕いた岩の隙間へ、摩耶の針が吸い込まれた。


向こう側からも攻撃が止まらない。


ゴーレムの胸が裂けた。首が傾き、頭の片側が砕け落ちる。


「修復が遅れています!」


柴田に言われるまでもなく見えていた。集まってくる石より、剥がれ落ちる石の方が多い。


「そのままやれ!」


さらに影を突き込んだ。胸の割れ目が深くなり、赤い目が一つ消える。


いける。


そう思った瞬間、床全体が鳴った。


足元だけじゃない。遠くの壁まで、太い亀裂が走っていく。


「下がって!」


柴田の声で剣を引いた。次の瞬間、壁から剥がれた岩が目の前を横切り、ゴーレムへ衝突した。


一つ、二つじゃなかった。


床の広い範囲が持ち上がる。無数の破片が巨体へ殺到し、削り取った胸も、崩した脚も埋めていく。


「嘘だろ!」


牙狼が叫ぶ間に、赤い目が二つに戻った。


ゴーレムは新しくできた足を床へ下ろした。そいつが立つための石を取られた場所に、虹色の裂け目が残っている。


俺たちは、また後ろへ下がるしかなかった。


「……そういうことかよ」


少し速く壊したくらいじゃ、もっと持ってくる。


それでも、さっき一瞬だけ間に合わなくなっていた。戻るより先に、壊せていた。


だったら、あれをもっとでかくやるしかない。


◇


「牙狼。澪。摩耶。柴田」


四人を呼び、壁際に残った床を顎で示した。


「下がれ。できるだけ遠く」


「黒ちゃん?」


「何をする気ですか」


ゴーレムの足元へ目を戻す。


でかい身体の下に、でかい影が落ちていた。崩れた床に途切れながらも、残った石の上へ黒々と広がっている。


あれを使う。


今までみたいに一本ずつ刃を通すんじゃない。脚も、腹も、胸も、まとめて壊す。


「ぶっ壊す」


「それをずっとやってんだろ!」


牙狼の声に、俺は顔を上げた。


「もっとだよ」


摩耶の表情が変わった。俺の足元から広がり始めた影を見ている。


「黒ちゃん、それ――」


「澪。四人で動ける場所、探せ。柴田、向こうの連中にも下がれって言え」


「黒さんは?」


「俺はこいつの下へ行く」


影の先を床へ這わせ、仲間の前に細い線を引いた。


「そこより前へ出るな。床が割れたら横へ逃げろ」


縛りつけるための線じゃない。俺がどこまで使うつもりなのか、見えるようにするだけだ。


澪が壁際へ走り、足元を確かめてから三人を呼んだ。柴田は両腕を振って反対側へ叫んでいる。ゴーレムの向こうでも、盾を構えた竜人が仲間を押し下げるのが見えた。


その近くにいるはずの、もう一人は見えない。


『おい』


ラディッシュの声がした。


「何だよ」


『嫌な予感するんだけど』


「気が合うな」


俺もする。


柄を握る手を、少し緩めた。力任せに押さえつけると、また身体の動きがずれる。


行く場所は俺が決める。敵を見るのも、斬ると決めるのも俺だ。


そこへ足を運び、刃を通す動きは、この身体に残っているものを使えばいい。


「お前は勝手に動け」


『誰に言ってんだ』


「この身体」


『……馬鹿じゃねえの』


俺は答えずに走り出した。


拳が落ちてくる。今度は手だけを見ず、肩が引かれたところから追った。落下する先を外して踏み込み、砕ける床の手前で跳ぶ。


着地した足が痛んだが、止まらなかった。


もう片方の腕が来る。影を巻きつけても止められないのは分かっている。手首の向きを少しずらし、通り抜ける隙間だけを作った。


振り抜いたラディッシュが、脚の張り出した岩を削る。


その向こうへ潜り込んだ。


頭上を、ゴーレムの腹が覆った。


巨体の真下。残っている床の上に、暗い影が広がっている。


俺は自分の影を、その中へ伸ばした。


足元から、ぞわりと感覚が広がった。


「……でけえ」


どこまで続いているのか、目で追うより先に分かる。


ただ、大きな影があるからって、勝手に力が増えるわけじゃない。そこから刃を出すには、全部、俺が魔力を流さなきゃならない。


試しに広げた分だけ、胸の奥が引かれた。いつもなら止めるところを越えて、さらに流す。


喉の奥へ吐き気が上がった。


だけど、いつもと違う。何度も使い果たして、ぶっ倒れてきた。そうして見つけた、俺の魔力の底。それが、いつもよりずっと深い。ずっと。


『おい。お前の身体じゃねえんだぞ。少しは、遠慮しろ!』


「遠慮はするなって教わったもんでなっ!」


借り物を壊すつもりはない。


けど、このまま小さく壊しては直させていたら、身体ごと落ちる。俺も、こいつも、四人も終わる。


全部、使わせてもらうぜ。


ゴーレムが動き、頭上の影が揺れた。その動きに置いていかれないよう、足元から伸ばした影を広げ直す。


いつも人間や魔物にやっていることだ。


ただ、でかい。


気が遠くなるくらい、でかいだけだ。


呪文なんて知らねぇ。俺は目を閉じ自分の暗闇を見つめる。物心ついてから、ずっと見つめ続けてきた、その暗がり。宇宙の果てのように光の速さを超えて、その闇が拡がる。


身体の中央から魔力が、闇に変わっていく。


「黒さん!」


遠くで柴田が叫んでいる。


聞こえてるよ。


俺はゴーレムを見上げた。


黒い刃が一本。


巨体の影から立ち上がる。


脚を貫いた。


もう一本。


腹へ。


その隣からも。


後ろからも。


次々と刃が噴き出した。


岩が内側から押し広げられる。右脚が崩れ、腹が弾け飛んだ。


巨体が傾く。


俺は残った足場の上で膝を曲げ、どうにか踏みとどまった。刃の向きは上だ。仲間のいる壁際へ広げるな。目の前の岩だけを通せ。


片腕が落ちた。


修復の石が浮き始める。


まだ足りない。


魔力を流すと、白い手が震えた。柄を握り続けることさえ難しくなって、ラディッシュの切っ先が床を擦る。


『もう止めろ!死ぬぞ』


「まだだ!」


あいつは倒れていない。


止めたら、また戻る。


向こう側から衝撃が入った。崩れかけたゴーレムの上体が揺れ、俺へ伸びてきた手が横へ逸れる。


あっちも、まだ戦っているみたいだな。


ハイネがずっと会わせたがっていて、俺も少しだけ会ってみたいと思った奴が、たぶん、あそこにいる。


俺の身体を使って。


こっちはそいつの身体を使って、ようやくここまで来た。


「負けられねえだろうが」


歯を食いしばり、残っている魔力を押し込んだ。


足元の影が膨れた。


細かった刃が厚みを増し、ゴーレムの身体を貫いたまま広がっていく。岩の隙間が黒く染まり、その向こうにあったはずの灰色が見えなくなった。


耳の奥で血の音がする。


もう、どこが痛いのかも分からなかった。


「――行け!」


無数の刃が、一斉に伸びた。


腹から胸。


肩から首。


食い込んでいた黒い刃が岩の身体を切り裂き、巨体の内側から外へ突き抜ける。


胸が吹き飛んだ。


頭が砕け、赤い光が一つ消える。残った片目だけが揺れながら、崩れた顔の中で光っていた。


降ってくる岩を避けようとして、足が動かなかった。


俺の周りで影がほどけ始める。持ち上げていた刃の形が崩れ、その隙間から、修復の石が見えた。


「たぶんアレ壊さなきゃ駄目だろ」


やはり、まだ動いている。


『簡単に言うんじゃねぇよ。白ならまとめてぶった斬れるのによぉ!』


「ハッ、あいつなら出来るってか?」


『おうよ。なんたって、俺様の相棒だからよ』


「そうかよ」


激しい損傷で、その巨体はさっきみたいに一息では戻らない。脚を繋ぐ石も、胸へ向かう石も足りず、ゴーレムの上体が大きく傾いていた。


「……は」


笑おうとしたら、息だけが漏れた。


倒せなかった。


でも、今なら。


崩れた巨体の向こうへ目を向けた。


四人が動いている。盾を持った奴が前へ出て、長い耳の二人がその横を走る。


その間に、俺には見えない場所があった。


何もいないようにしか見えない。それでも、あいつがいるなら、今しかない。


「おい、白っ!」


声が届く距離かどうかも分からなかった。


返事はない。


そもそも、声を聞いたことすらない。もし何か返ってきても、それがあいつなのか、俺には分からない。


膝が落ちた。


ラディッシュを杖にしようとしたが、柄を握る指が滑る。遠くで摩耶が叫んだ。牙狼の足音と柴田の声が近づいてくる。


「続き……」


視界の端から暗くなっていく。


最後まで残っていた赤い目が、向こう側を向いた。修復しかけた胸へ、反対側からまた衝撃が入る。


四人が、さらに前へ出た。


その先にいるはずの奴へ、俺は残った息を吐いた。


「……おらぁ!」


床が顔へ近づいてくる。


倒れながら、腕を振り上げた。


『投げるなって言っただろうがぁぁあ!』


ラディッシュが宙を舞う。


巨体の右脇を抜ける。


その後ろ。


何もいないように見える場所へ。


でも。


剣が途中で止まった。


誰かが掴んだ。


「続き……任せたぜ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。