black side 13
次は脚を狙った。
澪がゴーレムの顔を横へ向け、牙狼が足首へ噛みつく。俺は影で膝の動きを引っ張り、摩耶の針が入ったところへ剣を当てた。
斬れる。砕ける。攻撃は通っている。
だが、欠けた場所へすぐに石が集まる。俺が刃を抜いて退く頃には、足元から新しい岩が浮いていた。
肩を削っても同じだった。落とした分を補うように壁が剥がれ、その下から、見たことのない色が漏れた。
「黒さん、足元!」
柴田の声で踏み出しかけた足を止める。
床に細い亀裂が走っていた。その奥で虹色の光が揺れている。底の深さを見ようとしたのに、どこに目を合わせればいいのか分からない。
狭間。
資料で見た。落ちればどこへ飛ばされるか分からず、帰ってこない奴もいる。
「全員、虹から離れろ!」
「分かってる!」
牙狼が跳んだ。その着地先の床まで剥がれた。
「うおっ!?」
空中で牙狼の身体が傾く。足首へ影を巻きつけ、残っている床の方へ引いた。牙狼は腹から滑り込み、両手で地面を掴んで止まった。
「っぶねえ!」
「落ちんな!」
「好きで落ちてねえよ!」
牙狼が立ち上がった場所と、さっきまで俺たちがいた場所の間に、虹色の溝が開いていた。
ゴーレムを壊すたび、床と壁が持っていかれる。
敵の身体は戻るのに、俺たちの足場は戻らない。
「柴田。あと何回修復される」
柴田はすぐには答えなかった。剥がれた床から壁へ目を走らせ、ゴーレムへ吸い込まれていく岩を見る。
「分かりません」
「じゃあ予想」
「この速度で床を使われ続けたら、僕らが先に動けなくなります」
だろうな。
剣を握り直した手が、少し震えていた。身体の使い方が分かってきても、休めるわけじゃない。影を引くたびに息が浅くなる。
何度も同じことをやっている場合じゃなかった。
その時、ゴーレムの向こう側で轟音がした。
俺たちは攻撃していない。
なのに、巨体の肩が弾けた。こちらへ飛んできた岩を影で弾き、身をかがめる。ゴーレムが体勢を変えた拍子に、両脚の間から反対側が見えた。
四人いた。
さっき俺の周りにいた、知らない連中だ。竜人が前に立ち、その後ろで長い耳の二人と、人間の女が動いている。
白の仲間。
だが、俺の身体がいない。
摩耶たちは、向こうへ走っていったと言っていた。ここへ来る途中でも、視界の端を何かが通った気はした。
もう一度探そうとした時、向こう側から衝撃が入り、ゴーレムの腰が砕けた。
何をされたのか、どこから飛んだのか、はっきり分からない。四人の動きだけでは、今の攻撃へうまく繋がらなかった。
「……いるのか」
あの四人の近くに。
俺には見つけられないまま、俺の身体で戦っている奴が。
「白……」
呟いた声は、岩の崩れる音に紛れた。
ゴーレムが向こう側へ身体を向ける。俺たちへ伸びかけていた腕が引かれ、重心が反対側へ移った。
「今だ!」
牙狼が先に走った。狼の顎が右脚へ食いつき、摩耶の針が続く。
俺は足首へ影を巻き、踏ん張ろうとする脚を引いた。ひび割れたところへラディッシュを叩き込む。
ほとんど同時に、反対側から左脚へ大きな衝撃が入った。
二本の脚が崩れた。
「離れろ!」
巨体が片膝をつくように沈み、床から突き上げる揺れが来た。俺はよろけながらも、下がってきた腕へ影を伸ばした。
今なら届く。
黒い刃を立てて肩の継ぎ目へ突き込み、ラディッシュで割れ目を広げる。牙狼が噛み砕いた岩の隙間へ、摩耶の針が吸い込まれた。
向こう側からも攻撃が止まらない。
ゴーレムの胸が裂けた。首が傾き、頭の片側が砕け落ちる。
「修復が遅れています!」
柴田に言われるまでもなく見えていた。集まってくる石より、剥がれ落ちる石の方が多い。
「そのままやれ!」
さらに影を突き込んだ。胸の割れ目が深くなり、赤い目が一つ消える。
いける。
そう思った瞬間、床全体が鳴った。
足元だけじゃない。遠くの壁まで、太い亀裂が走っていく。
「下がって!」
柴田の声で剣を引いた。次の瞬間、壁から剥がれた岩が目の前を横切り、ゴーレムへ衝突した。
一つ、二つじゃなかった。
床の広い範囲が持ち上がる。無数の破片が巨体へ殺到し、削り取った胸も、崩した脚も埋めていく。
「嘘だろ!」
牙狼が叫ぶ間に、赤い目が二つに戻った。
ゴーレムは新しくできた足を床へ下ろした。そいつが立つための石を取られた場所に、虹色の裂け目が残っている。
俺たちは、また後ろへ下がるしかなかった。
「……そういうことかよ」
少し速く壊したくらいじゃ、もっと持ってくる。
それでも、さっき一瞬だけ間に合わなくなっていた。戻るより先に、壊せていた。
だったら、あれをもっとでかくやるしかない。
◇
「牙狼。澪。摩耶。柴田」
四人を呼び、壁際に残った床を顎で示した。
「下がれ。できるだけ遠く」
「黒ちゃん?」
「何をする気ですか」
ゴーレムの足元へ目を戻す。
でかい身体の下に、でかい影が落ちていた。崩れた床に途切れながらも、残った石の上へ黒々と広がっている。
あれを使う。
今までみたいに一本ずつ刃を通すんじゃない。脚も、腹も、胸も、まとめて壊す。
「ぶっ壊す」
「それをずっとやってんだろ!」
牙狼の声に、俺は顔を上げた。
「もっとだよ」
摩耶の表情が変わった。俺の足元から広がり始めた影を見ている。
「黒ちゃん、それ――」
「澪。四人で動ける場所、探せ。柴田、向こうの連中にも下がれって言え」
「黒さんは?」
「俺はこいつの下へ行く」
影の先を床へ這わせ、仲間の前に細い線を引いた。
「そこより前へ出るな。床が割れたら横へ逃げろ」
縛りつけるための線じゃない。俺がどこまで使うつもりなのか、見えるようにするだけだ。
澪が壁際へ走り、足元を確かめてから三人を呼んだ。柴田は両腕を振って反対側へ叫んでいる。ゴーレムの向こうでも、盾を構えた竜人が仲間を押し下げるのが見えた。
その近くにいるはずの、もう一人は見えない。
『おい』
ラディッシュの声がした。
「何だよ」
『嫌な予感するんだけど』
「気が合うな」
俺もする。
柄を握る手を、少し緩めた。力任せに押さえつけると、また身体の動きがずれる。
行く場所は俺が決める。敵を見るのも、斬ると決めるのも俺だ。
そこへ足を運び、刃を通す動きは、この身体に残っているものを使えばいい。
「お前は勝手に動け」
『誰に言ってんだ』
「この身体」
『……馬鹿じゃねえの』
俺は答えずに走り出した。
拳が落ちてくる。今度は手だけを見ず、肩が引かれたところから追った。落下する先を外して踏み込み、砕ける床の手前で跳ぶ。
着地した足が痛んだが、止まらなかった。
もう片方の腕が来る。影を巻きつけても止められないのは分かっている。手首の向きを少しずらし、通り抜ける隙間だけを作った。
振り抜いたラディッシュが、脚の張り出した岩を削る。
その向こうへ潜り込んだ。
頭上を、ゴーレムの腹が覆った。
巨体の真下。残っている床の上に、暗い影が広がっている。
俺は自分の影を、その中へ伸ばした。
足元から、ぞわりと感覚が広がった。
「……でけえ」
どこまで続いているのか、目で追うより先に分かる。
ただ、大きな影があるからって、勝手に力が増えるわけじゃない。そこから刃を出すには、全部、俺が魔力を流さなきゃならない。
試しに広げた分だけ、胸の奥が引かれた。いつもなら止めるところを越えて、さらに流す。
喉の奥へ吐き気が上がった。
だけど、いつもと違う。何度も使い果たして、ぶっ倒れてきた。そうして見つけた、俺の魔力の底。それが、いつもよりずっと深い。ずっと。
『おい。お前の身体じゃねえんだぞ。少しは、遠慮しろ!』
「遠慮はするなって教わったもんでなっ!」
借り物を壊すつもりはない。
けど、このまま小さく壊しては直させていたら、身体ごと落ちる。俺も、こいつも、四人も終わる。
全部、使わせてもらうぜ。
ゴーレムが動き、頭上の影が揺れた。その動きに置いていかれないよう、足元から伸ばした影を広げ直す。
いつも人間や魔物にやっていることだ。
ただ、でかい。
気が遠くなるくらい、でかいだけだ。
呪文なんて知らねぇ。俺は目を閉じ自分の暗闇を見つめる。物心ついてから、ずっと見つめ続けてきた、その暗がり。宇宙の果てのように光の速さを超えて、その闇が拡がる。
身体の中央から魔力が、闇に変わっていく。
「黒さん!」
遠くで柴田が叫んでいる。
聞こえてるよ。
俺はゴーレムを見上げた。
黒い刃が一本。
巨体の影から立ち上がる。
脚を貫いた。
もう一本。
腹へ。
その隣からも。
後ろからも。
次々と刃が噴き出した。
岩が内側から押し広げられる。右脚が崩れ、腹が弾け飛んだ。
巨体が傾く。
俺は残った足場の上で膝を曲げ、どうにか踏みとどまった。刃の向きは上だ。仲間のいる壁際へ広げるな。目の前の岩だけを通せ。
片腕が落ちた。
修復の石が浮き始める。
まだ足りない。
魔力を流すと、白い手が震えた。柄を握り続けることさえ難しくなって、ラディッシュの切っ先が床を擦る。
『もう止めろ!死ぬぞ』
「まだだ!」
あいつは倒れていない。
止めたら、また戻る。
向こう側から衝撃が入った。崩れかけたゴーレムの上体が揺れ、俺へ伸びてきた手が横へ逸れる。
あっちも、まだ戦っているみたいだな。
ハイネがずっと会わせたがっていて、俺も少しだけ会ってみたいと思った奴が、たぶん、あそこにいる。
俺の身体を使って。
こっちはそいつの身体を使って、ようやくここまで来た。
「負けられねえだろうが」
歯を食いしばり、残っている魔力を押し込んだ。
足元の影が膨れた。
細かった刃が厚みを増し、ゴーレムの身体を貫いたまま広がっていく。岩の隙間が黒く染まり、その向こうにあったはずの灰色が見えなくなった。
耳の奥で血の音がする。
もう、どこが痛いのかも分からなかった。
「――行け!」
無数の刃が、一斉に伸びた。
腹から胸。
肩から首。
食い込んでいた黒い刃が岩の身体を切り裂き、巨体の内側から外へ突き抜ける。
胸が吹き飛んだ。
頭が砕け、赤い光が一つ消える。残った片目だけが揺れながら、崩れた顔の中で光っていた。
降ってくる岩を避けようとして、足が動かなかった。
俺の周りで影がほどけ始める。持ち上げていた刃の形が崩れ、その隙間から、修復の石が見えた。
「たぶんアレ壊さなきゃ駄目だろ」
やはり、まだ動いている。
『簡単に言うんじゃねぇよ。白ならまとめてぶった斬れるのによぉ!』
「ハッ、あいつなら出来るってか?」
『おうよ。なんたって、俺様の相棒だからよ』
「そうかよ」
激しい損傷で、その巨体はさっきみたいに一息では戻らない。脚を繋ぐ石も、胸へ向かう石も足りず、ゴーレムの上体が大きく傾いていた。
「……は」
笑おうとしたら、息だけが漏れた。
倒せなかった。
でも、今なら。
崩れた巨体の向こうへ目を向けた。
四人が動いている。盾を持った奴が前へ出て、長い耳の二人がその横を走る。
その間に、俺には見えない場所があった。
何もいないようにしか見えない。それでも、あいつがいるなら、今しかない。
「おい、白っ!」
声が届く距離かどうかも分からなかった。
返事はない。
そもそも、声を聞いたことすらない。もし何か返ってきても、それがあいつなのか、俺には分からない。
膝が落ちた。
ラディッシュを杖にしようとしたが、柄を握る指が滑る。遠くで摩耶が叫んだ。牙狼の足音と柴田の声が近づいてくる。
「続き……」
視界の端から暗くなっていく。
最後まで残っていた赤い目が、向こう側を向いた。修復しかけた胸へ、反対側からまた衝撃が入る。
四人が、さらに前へ出た。
その先にいるはずの奴へ、俺は残った息を吐いた。
「……おらぁ!」
床が顔へ近づいてくる。
倒れながら、腕を振り上げた。
『投げるなって言っただろうがぁぁあ!』
ラディッシュが宙を舞う。
巨体の右脇を抜ける。
その後ろ。
何もいないように見える場所へ。
でも。
剣が途中で止まった。
誰かが掴んだ。
「続き……任せたぜ」




