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black side 12

巨大な門の横にある、不自然に小さなドアの取っ手を握る。


重い。


少し力を込めると、金属の奥から腹に響くような音が返ってきた。


ギギギ、と。


人が通れるだけの扉が、ゆっくり内側へ開いていく。


その向こうにあったのは、何もない広場ではなかった。


乳白色の石でできた円形の空間。その中央に、巨大な何かが鎮座している。


人の形をしていた。


足を組み、両手を膝へ置き、頭を垂れたまま動かない。


大仏……。


最初に浮かんだのは、それだった。


ただし。


「思ってたより、デカいな」


「……でっか」


横から、力の抜けた声がした。


「鎌倉の大仏って大きさじゃないよ。あれ、牛久大仏くらいない?」


別の声が答える。


そうかもしれない。


映像では何度も見た。でも、全然違う。


座っているのに、見上げなければ頭まで入らない。

立ち上がったら、どこまで届くんだ。


そこで気づいた。


今の声。


牙狼じゃない。

柴田でもない。


振り向く。


知らない奴らがいた。


人間の女。長い耳の女。もう一人、長い耳の男。

鱗に覆われ、大盾を持つ男。竜人か?


全員が巨大なゴーレムを見上げている。


誰だ、こいつらは。


摩耶は。

澪はどこだ。


俺はすぐに辺りを見回す。

円の反対側にも巨大な門があった。こちらと違って門は閉じたままで、足元の小さなドアだけが開いている。あれが、さっき俺が開けたはずのドアに見える。


そこに四人がいた。


小さな女。

狼の耳。

猫の耳。

眼鏡の背の高い男。


遠くても分かる。


いた!


俺は何も言わずに駆け出した。


「白っ!」


後ろから長い耳の女が叫んだ。

振り返らない。


石の床を蹴り、真ん中に鎮座するゴーレムの脇を走り抜ける。


身体が妙に軽い。だが、疲労も感じる。

歩幅が違い、足を出すたびにいつもの位置へ地面が来ない。


それでも止まらなかった。

アイツらがいる。


まず、そこへ行く。


中央を越えたところで、何かが横を通った気がした。

視界の端に、黒いものが映った。


人だったのか。

影だったのか。


分からない。

今はいい。


俺はそのまま走った。


「おい! そこで止まれ」


俺に気づいた牙狼が身構える。


「え、誰?」


「白くん!?」


摩耶が目を丸くした。


「どうしたの?」


「何言ってんだ、お前ら」


四人の顔が変わった。


近くで見ると、全員いる。

怪我もない。


「白くんだよね?」


摩耶が俺の顔を覗き込む。


なんなんだ?


「何だよ」


自分の声が耳へ入った。


違う。


俺の声じゃない。


「え」


手を見る。


白い袖が見えた。


俺の手じゃない。

袖も違う。黒くない。


胸元には銀色に光る鎧。

視界の端へ、金色の髪が落ちてきた。


「……何だ、これ」


髪を掴む。


金。


俺のじゃない。


「白くん、どうしたの?」


澪が鼻を動かす。


「匂いが……」


俺は摩耶を見る。


「さっきから何言ってんだよ?」


また、知らない声が俺の口から出た。


白。


どうしてアイツの名前が出る。


「……俺が白なら」


四人を見る。


「黒はどこなんだよ。柴田!」


柴田の目が変わった。


驚いている。

でも、それだけじゃない。


俺の立ち方。声。柴田を呼んだ時の言い方。


一つずつ確認するように、俺を見ている。


「まさか」


柴田が小さく息を呑んだ。


「黒さん、ですか?」


「だから、そう言ってんだろ!」


「言ってないよ……黒ちゃんなの?」


「そうだよ!」


摩耶が一瞬だけ笑いそうな顔をした。


でも、すぐに円の向こう側へ目を向ける。


「じゃあ、あっちにいた黒ちゃんは?」


「あっち?」


「黒さんは、中へ入った直後から変なことを言い出して」


柴田も反対側を見る。


「そのまま向こうへ走っていきました。すれ違いませんでしたか?」


「誰とも会ってねえ」


いや。


視界の端に、黒いものが映った気がする。


あれは。


思い出そうとした瞬間。


大地が大きく跳ねた。


立っていられないほどの衝撃が、足元から全身を突き上げる。


「うわっ!」


牙狼が倒れ、摩耶がミミを抱えて転がった。


床に亀裂が走る。


一本。


二本。


何十本。


円形のフロア全体へ広がっていく。


違う。


地震じゃない。


中央のゴーレムが動いている。


膝の上に置かれていた巨大な手が、ゆっくりと持ち上がる。


腕を動かした。


ただそれだけで、床が波打ち、空気が押し寄せた。


「走れ!」


柴田の声が揺れに掻き消される。


ゴーレムが顔を上げる。


二つの窪みに、赤い光が灯った。


次の瞬間。


巨大な掌が、俺たちへ向けて振り下ろされた。


「散れ!」


四人が動く。


俺も床を蹴った。


つもりだった。


身体が思ったより前へ出る。

足がもつれた。


受け身を取ろうと伸ばした腕も、いつもの位置にない。


肩から床へ落ちた。


「黒ちゃん!」


摩耶の声。


頭上が暗くなる。


間に合わない。


反射的に影を呼ぶ。


黒い影が床から噴き上がった。


何本も絡まり、巨大な掌を受け止める。


一瞬。


本当に、一瞬だけ。


止まった。


次の瞬間には、影ごと押し潰される。


「っ……!」


重い。


何だ、こいつ。


力を込めるほど、知らない身体の内側で魔力が暴れる。影は俺のものなのに、通る場所が違う。


牙狼が俺の襟を掴み、後ろへ投げた。


直後。


掌が床へ落ちる。


音が消えた。


そう感じるほどの轟音だった。


石の床が砕け、岩と砂煙が爆発する。


吹き飛ばされた身体が、何度も地面を転がった。


息ができない。

耳も聞こえない。


砂煙の向こうで牙狼が立ち上がろうとしている。

澪が倒れた摩耶を引きずり、柴田は何か叫んでいる。


巨大な掌が持ち上がる。


床には、指の形をした深い穴ができていた。


その穴から砕けた岩が浮かび上がり、ゴーレムの掌へ吸い込まれていく。


欠けた部分が埋まる。


壊しても戻る。


資料で分かっていた。


でも、これは。


ゴーレムが立ち上がる。


大地がもう一度揺れた。


頭が上がる。


さらに上へ。


牛久大仏みたいだと誰かが言った。


違う。


牛久大仏は、こっちを殺しに来ない。


俺たち五人を見下ろし、赤い目が光る。


円の向こう側は、巨大な両脚と砂煙に遮られて見えない。


白がどこにいるのか。

俺の身体がどうなっているのか。


何も分からない。


それなのに、ゴーレムはもう片方の腕を持ち上げていた。


さっきより速い。


俺は立ち上がろうとした。


また、足の位置を間違えた。


影だけが先に広がっていく。


巨大な拳が落ちてくる。


「黒ちゃん!」


摩耶の声に床を蹴ったが、また身体が思ったより前へ出た。着地で足が滑り、膝が折れる。


「くそっ!」


摩耶の腕からミミが跳ねた。飛び出した黒い針が拳へ突き刺さり、岩が弾ける。


拳は止まらない。

それでも、落ちてくる角度がわずかに変わった。


「牙狼!」


「分かってる!」


空中に現れた狼の顎が、ゴーレムの手首へ食らいついた。岩の砕ける音に、牙がへし折れる音が重なる。


その一瞬で、俺は拳の下から転がり出た。


直後、背中のすぐ後ろで床が沈んだ。轟音とともに身体が跳ね、砂と岩が全身へ叩きつけられる。


「全員いるか!」


「いる!」


摩耶の返事に、澪の「いるにゃ!」が続く。牙狼は「生きてる!」と怒鳴り、瓦礫の向こうから柴田の声も聞こえた。


「僕もいます!」


四人ともいる。


「よし。大したことねーよな?」


床へ手をついて立ち上がった。


「どうやら黒なのは本当みてーだな」


牙狼が笑う。


足の位置も、腕の長さも、重心も、まだ気持ち悪い。


白の身体。


何でよりによって会ったこともない奴の身体で、階層支配者と戦わなきゃならないんだ。勝ってもコイツのお陰なんて思われたら最悪だ。死ぬのは、もっと最悪だがな。


ゴーレムが拳を持ち上げた。牙狼に噛み砕かれた手首へ床の岩が吸い寄せられ、数秒前まで欠けていた輪郭を埋める。


「……本当に戻るんだな」


牙狼が口に入った砂を吐き出す。


「事前記録より速いです。少なくとも映像で確認した個体より、補填速度が――」


「治る前にぶっ壊すしかねーか」


柴田が顔を上げた。


「次、横薙来ます!」


「下がれ!」


四人が散った。俺も後ろへ跳び、床を薙いだ腕から離れる。


「どうする、黒ちゃん」


摩耶が瓦礫を越えてくる。白の顔をした俺を見ても、もう呼び方を迷わない。


牙狼も澪も、俺の次の言葉を待っていた。


「決まってんだろ」


手元に何かないかと腰へ手を伸ばすと、剣の柄に触れた。


白が持ってた剣か。


あのでかい目へ投げつけてやろうと、柄を握って引き抜いた。


『……おい』


頭の中で声がした。


「何だ!?」


「なんだこの声?」


『お前、今、俺様を投げようとしただろ』


摩耶の声とは違う。すぐ近くから聞こえるのに、耳を通っていない。


右手にある剣が喋っていた。

なんでだよ。


「お前、喋んのか」


『は? 白、お前どうした?』


「白じゃねえ」


『……なんだお前? 白だろ』


ゴーレムの足が動き、俺たちは横へ走った。

会話をしている間も止まっている暇はない。


もう一度柄を握り、銀色の刀身を意識した途端、手首の収まりが変わった。


「よし、コイツに魔力を流して、ゴーレムの頭にぶん投げよう」


『……何言ってんだ。やっと出番かと思ったら投げるだと!?』


「黙ってろ! 剣はしゃべらねぇ」


『いや俺、そういう剣なんだけど』


何なんだ、こいつ。


「名前は」


『ラディッシュだろ。本当、どうしたんだよ。白。あ、投げんなよ?』


返事をする前に、澪の耳が動いた。


「来るにゃ!」


澪が岩の破片を蹴り、俺たちから大きく離れる。ゴーレムの顔がそちらを追い、片足が持ち上がった。


「澪、そのまま走れ!」


俺は剣を握ったまま、斜め前へ踏み込んだ。


歩幅はまだ合わない。だが、剣を振ろうとした時、踏み出した足が自然に外へ開いた。腰が落ち、腕が身体の後ろへ引かれる。


知らない構えだった。


なのに、さっきまでより立ちやすい。


頭上から足が迫る。横へ跳ぶと、今度は着地で膝が衝撃を逃がした。そのまま腰を回し、目の前を通った足首へラディッシュを振る。


硬い手応えが腕へ返った。刃は浅く食い込み、岩の表面を削って抜ける。


ゴーレムの足が床へ沈むより先に、俺は間合いの外へ出た。


「……へえ」


『何だよ? 今日はずいぶんへっぴり腰じゃねーか』


「うるせー。剣なんて使ったことねーんだよ」


『……てめー、誰だ』


ラディッシュを無視する。


そんな余裕もない。だが、最初に思ったより動ける。


柄を握る手を見る。

今の動きが身体に染み込んでいる。


「こいつ、思ってたより、ちゃんとやってんじゃねえか」


『当たり前だろ。白は努力大好きマンだからよ』


「へっ、やっと白じゃねーって分かったか」


次に巨大ゴーレムの腕が来た時は、無理にいつもの歩幅へ戻そうとしなかった。


敵の動きを見て、行きたい場所を決める。

剣を持つと、そこへ踏み込む足と腰の使い方が少し分かる。


この身体には、俺の知らない動きが染みついていた。


「なるほどな」


『お、何かわかったか?』


「黙ってろと言ったよな」


『持ち主じゃない奴に命令されたくねえ』


面倒くせえ。

俺は足元へ影を出した。


さっきみたいに一度に噴き上げず、細く伸ばす。量を抑えれば、思った場所へ届いた。


影は変わらず俺のものだ。呼べば応えてくれる。


身体までいつもの俺と同じ動きをさせようとするからずれる。


剣を振る時は、この身体の動きを使う。

俺の影は、それに合わせればいい。


「黒ちゃん、右から来るよ!」


摩耶の声で身を沈めた。巨大な腕が頭上を通り過ぎる。


通過した手首へ影を巻きつけ、振り抜かれる先を床へ向けて引く。


「牙狼!」


「おう!」


牙狼の呪文とともに空中に浮かんだ巨大な狼の顎が手首へ噛みつき、摩耶の針がその上へ突き刺さる。砕けた岩が散って、腕が一瞬だけ低く落ちた。


そこへ踏み込んだ。


牙狼が噛み割った継ぎ目が見える。


ラディッシュを振ると、手首が刃の向きを合わせ、腰の動きが腕まで通った。


さっきとは違う。


硬い岩の中を、刃が抜けた。

刀身から黒い影が滲み出ている。


切り離された手が落ちる。残った腕の断面が跳ね上がり、俺は身体を伏せてやり過ごした。


「おおっ!」


「黒ちゃん、剣使えたんだ!」


「俺じゃねえ!」


『俺様だ!』


「お前でもねえ!」


摩耶が笑った。


『うげっ、何だこの魔力。こんなもの俺様に流すんじゃねー!』


「うるせえ!」


落ちた手の周りで、もう岩が動いていた。


「柴田。どのぐらいで修復する?」


「……過去のデータでは三分程度です! ですが、今回は明らかに速い!」


床から剥がれた石が断面へ殺到する。俺たちが三人がかりで落とした手が、次の攻撃へ移る前に形を取り戻していく。


「損傷量に合わせて補填量も――」


「長い!」


目の前では、巨大なゴーレムが身をかがめていた。


そして、地を揺らして宙に舞った。


着地点は俺たちの真上。


俺は途方もない大きさの足の裏を睨み、腰を落とす。


「散れっ!」


全員が着地点から飛び退く。


直後、強烈な衝撃波と爆音が響いた。円形の地面は大きくひび割れ、クレーターのようになった。


仲間たちは……少なくとも生きているようだ。


俺はさっきより早く避ける姿勢へ入れたが、横へ跳んだあと、崩れた岩を踏んで足を取られた。


ラディッシュを床へ突き立てて支える。


『おいおい、白のほうがまだうまく避けるぜ』


「てめー、なんかムカつくな」


『早く白に身体返せよな』


それは俺の台詞だ。

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