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black side 11

十一月十七日。

夜。


昼間は寝た。

店のことは店長たちに引き継いだ。どちらにしろ俺には細かいことはわからない。


昨日の騒ぎのあとでも、身体に残っている痛みはほとんどない。魔力も戻っている。


夜の闇。ランドマークタワーを見上げると、60階くらいからモヤが立ちのぼり、その上は全く見えない。時々、稲光を放っている。


周囲のビルとつながった遊歩道を歩くとランドマークタワーの3階につく。そこから中へ入る。夜の入口には探索者がまばらにいるだけだった


俺たちは、ずっとこの時間に登ってきた。

五人とも装備を整えている。


牙狼。

澪。

摩耶。

柴田。

俺。


全員いる。

いつもと同じはずなのに、頷きあって上りエレベーターへ乗りこんだ。


登録済みの九十九階を選ぶと、低い駆動音が足元から伝わってきた。


「昨日の公蔵会」


牙狼が言う。


「何」


「百階の前日にやることじゃなかったよな」


「だろうな。だが、いい腕慣らしになっただろ」


「お前だけだよ、そう思ってんの」


「私はちょっと思ってるにゃ」


「澪!?」


摩耶が笑った。

柴田だけが真面目な顔で言う。


「消耗が残っていないなら、実戦調整として完全に無意味だったとは言いません」


「ほら」


「肯定はしていません」


重力がふいに無くなり、また生まれる。

視界がひらけた。


九十九階のチェックポイントに着いたようだ。


見慣れた湿った空気が流れ込んでくる。

チェックポイントの淡い光の先に、百階へ続く階段がある。


白には……会えなかったし、店も燃やされた。

それでも、五人ともここにいる。


俺は一度だけ全員を見る。

誰も欠けていない。

それで十分だ。


階段へ向き直る。


「よし」


四人の気配が背中に並んだ。


「百階いくぞ!」


「おう!」


牙狼の声が、湿った九十九階に響いた。


百階へ続く階段へ足をかける。

何度も資料では見た。柴田が集めた写真にも映っていた。


それでも、実際に目の前にすると、思っていたよりずっとでかい。


階段は五人どころか、横に百人並んでも余りそうな幅があった。白っぽい石でできた一段一段が淡く光り、遥か上まで続いている。


両側に壁はない。頼りないが美しい手すりがあるだけだ。白い階段の外には暗い空間がどこまでも広がり、その中を、細い光の筋が何本も流れていた。


星みたいだ。


「……綺麗だにゃ」


澪が呟いた。


「うん。なんか百階っぽくないね」


牙狼も珍しく静かだ。


「何だよ、百階っぽいって」


「もっとこう、血とか骨とか」


「嫌だよ」


摩耶が笑う。

俺も、ちょっとだけ分かる。


ここまで来る途中は、毒の沼だったり、臭え魔物だったり、意味の分からない罠だったり、ろくなものがなかった。


最後くらい綺麗でもいい。


俺たちは一歩ずつ階段を登り始めた。


◇


しばらく登ったが景色が変わらない。


上を見れば階段。

振り返れば、遥か下まで階段。


近そうに見えた百階の入口は、歩いても歩いても大きくならない。


「長くない?」


牙狼が言った。


「長いですね」


「柴田が言うなら長いな」


「どういう意味ですか?」


「いつも話長いから」


「関係ないでしょう」


どうでもいい会話をしながら登る。

昨日まで殺し合いをしていたとは思えない。

まあ、それでいい。


身体は軽い。魔力も戻っている。

澪の動きも普通。牙狼はいつも通りうるさい。摩耶も元気。柴田はさっきから階段の構造について何か考えている。


全員いる。

それだけ確認できれば十分だった。


「そういえばさぁ」


摩耶が一段上から振り返った。


「何」


「結局、白くんとは会えなかったね」


その名前が出る。

俺は一瞬だけ足元を見る。


「……俺が行けなかったからな」


「残念だった?」


「別に」


「絶対残念だったじゃん」


「うるせえな」


「服まで選んでたのに」


「選んでねえ」


牙狼がこっちを見る。


「服?」


「黒ちゃんねぇ、白くんに会うからって――」


「摩耶」


「なに?」


「影の外に放り出すぞ」


「怖〜い」


全然怖がっていない。

澪が笑っている。


柴田まで少し口元を緩めていた。


殺す。

いや、殺さないけど。


摩耶が数段先へ進んでから、また振り返った。

今度は少しだけ、声が違った。


「ねえ、黒ちゃん」


「何だよ」


「ハイネちゃんがさ」


白い階段を、摩耶の靴が一段上がる。


「白くんのこと好きだったら、どうする?」


足が止まりかけた。

嫌なことを聞く。

想像するだけで、普通に嫌だ。


ハイネが白を見て笑って。

俺にするみたいに話して。

もっと近くなって。

俺じゃなく、白を選ぶ。


嫌だ。

すげえ嫌だ。


「……そりゃ」


口の中に、少し苦いものが残る。

でも。


「ハイネが誰を好きになるかなんて、ハイネが決めるだろ」


摩耶が黙った。


「俺が決めることじゃねえよ」


「……そっか」


さっきまで笑っていた摩耶の顔が、一瞬だけ静かになった。


何だよ。

そう思った時。


胸元の通信端末が震えた。

画面を見る。

ハイネのアイコン。


「ハイネだ!」


思ったよりでかい声が出て口を押さえる。

牙狼が笑う。


「テンション違いすぎない?」


「うるせえ」


すぐに端末を操作する。

短いピンメッセージが、聞き慣れた読み上げ音声で流れた。


『黒、もう登ってる?』


「電話する」


「早っ」


通話を押す。

数秒して。


『黒?』


本物のハイネの声。

やっぱり全然違う。


「おう。今、九十九から百に行く階段」


『もうそんなところなんだ』


「おう」


横から牙狼が通信端末を覗き込んだ。


「ここでも普通に繋がるんだな」


柴田が反応する。


「普通の電波とは少し違います。ピンメッセージという技術が使われていて、この辺りはまだ探索者組合の管理圏ですから、中継機が――」


「今いい」


「はい」


電話の向こうでハイネが笑った。


『柴田くんもいるの?』


「全員いるよ」


俺は後ろを見る。

ちゃんと四人いた。


『そっか』


少し間があった。


『白もね、今日、百階に行くって』


「……白も?」


思わず聞き返した。


『うん』


胸の奥が、妙にざわついた。


「昨日は?」


口から先に出た。


『え?』


「白。昨日、来たのか?」


ハイネが少し黙る。


『……白も来られなかったよ』


なんだそりゃ?


「そうなのか?」


『うん。白も色々あったみたいで』


何だ。


じゃあ。

俺だけがすっぽかしたわけじゃなかったのか。いや、それで約束を破っていいわけじゃねえけど。


少しだけ。

本当に少しだけ、胸の奥が軽くなった。


『でも、帰ってきたらちゃんと会ってよね』


「分かってる」


『三人で』


「……おう」


『それから』


ハイネの声が少し低くなる。

何を言うか分かった。


『ちゃんと帰ってきてね』


前にも言われた。

あの時も。


俺は。


「帰るよ」


今度はすぐに答えた。


『うん』


それだけで、ハイネの声が少し明るくなる。


『いってらっしゃい、黒』


「行ってくる」


通話を切る。

画面が暗くなった。

少しだけ静かになる。


「黒ちゃん」


摩耶がにやにやしている。


「何」


「顔、かお」


そう言って自分の頬を指さす。


「何だよ」


「すっごい嬉しそう」


「うるせえ」


階段を登る速度を上げた。

後ろで四人が笑っている。


◇


どれくらい登ったか。

途中で、階段が大きく曲がった。


そこから景色が一気に開ける。


暗い空間の遥か向こう。

最初は、光の筋の一つだと思った。


違う。

階段だ。


俺たちが登っているものよりずっと下から伸びて、別の角度から同じ上方へ向かっている。


「何あれ?」


牙狼が指をさす。


「階段だにゃ」


「それは見れば分かるよ。そうじゃなくて」


牙狼が身を乗り出す。


「九十九階から来てないよな? どこから伸びてるんだ?」


柴田が目を細めた。


「それはないと思います」


「何で?」


「もし九十九階を通らず、安全に百階まで来られるルートがあるなら、とっくに組合の記録に残っています」


「じゃあ何なんだよ」


「分かりません」


珍しく短い。


「分からないんだ」


「分からないものは分からないです」


遥か遠くに伸びる、もう一つの階段を見る。

どこから来ているのかは見えない。

途中から暗闇の向こうへ消えていた。


「まあ、どうでもいいだろ」


俺は前を向く。


「俺たちはこっちだ」


牙狼が目を輝かせて言った。


「あ、百階終わったらよ、あっちから降りてみるのどうだ?」


「よし、頼んだぞ。牙狼。俺たちはエレベーターで帰るから」


「おい、一人は嫌だって!」


笑い声を響かせながら、また五人で登り始める。


◇


やがて。

今度こそ、上にあったものが近づいてきた。


階段の終わりを塞ぐように、大きな門が立っている。

暗い金属みたいな表面には細い筋が無数に走り、その隙間から淡い光が漏れていた。


それは、どんな巨人でも通り抜けれそうな巨大な門だった。見上げても、一番上が遠い。


「こんなデカい門、どうやって開けんだよ」


「牙狼。あっちだ」


巨大な門の足元に小さなドアがついてた。

取っ手付きのドア。勝手口だろうか。


俺は門へ近づき、取っ手に手をかける。


とにかく、この向こうが百階だ。


何度も話した。


何度も調べた。


何度も準備した。


死ぬ可能性もある。

全員知っている。


それでも。

ここまで来た。


牙狼が俺の隣に立つ。

澪。

摩耶。

柴田。


「行くぞ!」



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