black side 10
メッセージを送ってすぐ、ハイネから電話が来た。
画面に白い耳のアイコンが出る。
出たい。
でも今は話している暇がない。
電話を切った。
すぐ、もう一度鳴る。
「……悪い」
今度は画面を伏せた。
◇
明るくなった頃、全員が揃った。
柴田が写真と地図をテーブルに広げる。
俺には文字は読めないが、場所と建物なら分かる。
「公蔵会が直接使っていると確認できた場所です。資金源になっている直営店舗が三ヶ所。本部が一ヶ所。ほかにも関連はありますが、今日動いている中心はここですね」
「三つの店の状況は?」
「一般の従業員と客もいます」
「じゃあ店と本部は分ける」
牙狼が俺を見る。
「どう分けんだ」
「お前と澪が店をぶっ潰す」
「三軒とも?」
「順番に全部」
澪が尻尾を揺らす。
「首。首刈ってもいいにゃ? いいにゃ? 普通の人はどうするにゃ?」
「外に出せ。公蔵会じゃない奴には手を出すな。店と、連中の物だけ壊せ。襲ってくる奴のは刈って良い」
「了解にゃ。は〜、久しぶりに首が刈り取れるにゃ」
澪は相変わらず首を欲しがる。
こいつを本部に連れて行くと掃除が大変になるからな。
「黒はどうすんだ?」
牙狼が眠そうに尋ねる。
「本部で話してくるよ」
摩耶が当然みたいに立つ。
「私もそっち」
柴田も端末を閉じた。
「僕も行きます」
「決まりだな」
牙狼がため息をつく。
「完全休養日って何だったんだろうな」
「明日休め」
「明日は百階だろ!」
そうだった。
◇
牙狼たちから最初の連絡が来たのは、一軒目へ入って十分ほどした頃だった。
『客と店員は出したぞ』
電話の向こうで派手な音がする。
「何の音だ」
『あー、澪が興奮しちゃってな。またたびでも食ったのかアイツ』
「ま、うまくいってんならいいや」
『もっと心配しろよ!』
その通りだった。
二軒目は澪からだった。
『普通の人は外に出したにゃ。奥にいた公蔵会の人だけ抵抗した』
「そいつらは好きにしろ」
『もうしたにゃ』
通話を切る。
店で働いているだけの人間を巻き込む理由はない。
本部は別だ。
古い建物の前で、柴田が眼鏡を押し上げた。
「中は三十人以上。武器を持った人間や探索者くずれが複数。公蔵義男は上にいる可能性が高いです」
「公蔵義男ってのは?」
「公蔵会の会長です」
摩耶がミミを抱き直す。
「黒ちゃん。明日百階なんだから、怪我しないでよね」
「しねえよ」
「そう言う人が一番するんだよ」
「うるせえな。お前らも絶対怪我すんな」
正面の扉を蹴り開けた。
すぐにソファに座っていた三人が立ち上がる。
一人は金属の棒。二人は魔道銃。
俺の顔を見た瞬間、全員の動きが変わった。
「黒!」
「おい、黒が乗り込んで来やがったぞ!」
名前を知っている。
武器を出した。
なら、もういいか。
銃口が光る。
床へ影を走らせる。撃たれるより先に、三人の足元から黒い帯が噴き上がった。
一人目の腕を絡め取り、そのまま天井近くまで引き上げる。身体ごと床へ叩きつけると、息が止まったような音を立てて動かなくなった。
二人目が魔導銃の引き金を引いた。
紫色の光が走る。
身体を半歩ずらす。
頬の横を熱が抜けた。
遅れて壁が爆ぜる。
「危ないじゃん!」
摩耶の声と同時に、彼女の腕の中のミミが突然2mほど膨らんだ。
人形だったものが俺より大きくなる。太い腕が横から振られ、三人目ごと二人目を壁へ叩きつけた。
「黒ちゃん、褒めて〜!」
「雑魚倒して喜ぶなよ。こいつらより三十階のハダカメガネのほうがよっぽど強いぜ」
「それって、ハデスメデスのことー?」
怒号と流血のビルの中、摩耶の笑い声が異質に響く。俺も、なんだかいい気分になってきた。
倒れた二人のうち、一人がまだ魔導銃を握ろうとした。
影を伸ばす。
手首に巻きつけ、銃を握るその手首ごと握り潰す。
「ぐああぁぁ!」
男が俺を見る。
震えながら両手を上げた。
「……頼むっ、命だけは」
ならいい。
俺はそいつの横を通った。
「え?」
「命だけ、助けて欲しいんだろ? いいぜ」
「……あ、ああ」
「じゃあ帰れ」
男は一瞬固まったが、俺が振り返る前に出口へ走っていった。
柴田がその背中を見る。
「逃がしていいんですか?」
「駄目か?」
「いえ。確認です」
「逃げる奴まで追ってたら時間かかるだろ」
今日は忙しいからな。
廊下の奥から、今度は五人。
刃物。魔道銃。杖みたいなものを持った奴もいる。
「柴田」
「右奥に階段。左の部屋は行き止まりです。事前に確認した間取りと同じなら、2階へ上がる経路はそこだけです」
「分かった。摩耶」
「うん」
俺は走った。
銃声。
一発。
二発。
黒い影を床から壁へ這わせる。
一発目を撃った男の足首へ絡みつけ、その身体を横へ引く。二発目の射線を塞ぐ。撃たれた男が崩れ、銃を構えたもう一人も動きを止めた。
正面からオレンジ色に光る刃物が来る。
なんらかの強化が施されているのだろう。だが、当たらなければ何の意味もない。
右。
左。
速くはない。
腕を避け、懐へ入る。
出っ張った腹へ思い切り膝を入れる。
身体が折れたところで襟首を掴み、後ろの男へぶつけた。
杖を持った男の足元に光が集まる。
「黒ちゃん、魔法だよっ!」
摩耶に言われる前に分かった。
あんだけ光ってたらわかる。
床が熱い。
横へ跳ぶ。
直後、さっき立っていた場所から火柱が上がった。
「火ぃ使うのかよ」
熱風の向こうで男がもう一度杖を構える。
その腕へ影を巻く。
引く。
「うわっ!」
身体が前へ飛んだ。
俺はその顔面へ拳を入れた。
男が自分の起こした炎の中で悶える。
残った二人は武器を捨てた。
「……降参だ」
「俺もだ! 子どもがいるんだ。頼む」
俺たちは手を出さない。
そのまま脇を通る。
後ろで摩耶が笑った。
「分かりやすいね」
「何が」
「黒ちゃんのルール」
「ルールなんかねえよ」
「あるよ。逃げる人と降参した人はどうでもいいんでしょ」
「邪魔じゃなくなっただけだ」
階段へ入る。
2階へ上がった瞬間、横から強烈な光が飛んだ。
今度は避けきれない。
肩へ衝撃。
先週購入したばかりの黒いジャケットが裂ける。
皮膚が焼けるように痛んだ。
「黒ちゃん!」
「これくらい平気だ」
ま、痛ぇーんだけどよ。
俺の足元から影が一気に広がる。
廊下。
壁。
天井際。
光が少ない場所ほど、黒が増える。
それらは、一直線に男たちの足元へと向かう。
奥にいた三人の足元から同時に黒い剣が幾つも噴き上がる。一人の両足をズタズタに切り裂き、もう一人はひどく刻まれ絶命した。
最後の一人が叫びながら突っ込んできた。
電気をまとった短刀。
刃を避ける。
もう一度。
三度目。
こいつ、速い。
さっきまでの連中よりは、少しだけましだ。
俺の脇腹を狙って短刀が来る。
影で手首を止めた。
男の顔が引きつる。
「惜しかったな」
影が黒い刃になる。
一閃。
男の身体が崩れた。
床へ落ちる前に、その輪郭が影の中へ沈む。
柴田が一度だけ視線を落とした。
「死体はどうします?」
「いつものでいい」
「分かりました」
摩耶が呆れたように言う。
「相変わらず片づけまで一緒だね」
「死体があるといろいろ面倒なんだよ」
「そこ?」
「こいつらが居なくなったって、世間はどうでもいいんだよ。けど、死体が出たら捜査しねーとだからな」
「へー」
柴田の受けいりだがな。
俺の言葉を聞いた柴田は満足気に頷いている。
ふいにスマホが震えた。
澪の顔だ。
通話にでる。
「おう」
『三軒目終わったにゃ。一般の人は全員外。奥の人たちはちょっと暴れたにゃ』
「怪我は?」
『ないにゃ。今日はもう大満足にゃ』
こいつらの後処理にも行かなきゃいけなそうだな。
少し肩が重くなる。
「牙狼は?」
遠くから『俺もいる!』と聞こえた。
「お疲れ。じゃあ、こっち来いよ」
『了解にゃ』
切る。
階段の踊り場から、下へ逃げていく男が見えた。
逃げる奴は追わない。
代わりに上から六人降りてくる。
今度は全員が武器を持っていた。
「黒! ここから先は――」
最後まで聞かなかった。
先頭の足へ影を絡め、階段の上へ引き倒す。
一人が倒れる。
後ろの二人も巻き込まれる。
その横を、巨大化したミミが駆け上がった。
「なんだこれ、うわああああ」
「えい」
摩耶の軽い声。
だがミミの拳は軽くはない。
壁が揺れた。
残った三人が散る。
一人が摩耶へ向かった。
俺の影の方が早い。
足を止める。
腕を止める。
首元まで黒いものが這い上がる。
「武器捨てろ」
男がなんらかの魔法効果で光る刀を落とした。
もう一人も杖を床へ置いた。
パンッ。
最後の一人だけが撃った。
乾いた音。
光。
柴田のすぐ横の壁が砕け穴が開く。
動けず、頬から血を流している柴田。
「あ……」
頭の中で何かが切れた。
「黒さん、僕は――」
柴田はかすり傷だ。
……だけど、死ぬところだった。
俺は、短距離を影に潜り移動する。次弾を準備する男の背後からその首を掴む。
「ぐあっ」
そんな音が出ることに驚く。
魔力を込めて、握り潰すほどの力で締め上げているからだ。
乾いた音の後、それは動かなくなった。
「黒ちゃん」
「何」
「今の、いらなかったでしょ」
「柴田を撃ちやがったからな」
「当たってないじゃん」
「そういう問題じゃねぇよ」
柴田が何か言おうとした。
「黒さん、その理屈についてですが」
「今はいい」
「あ、はい」
3階。
廊下の先に、大きな扉が見えた。
その手前に四人。
さっきまでと違って強者の風格を備えている。
全員、あからさまに魔力を出している。
一人の足元から石の板が浮いた。
別の一人の腕へ風が集まる。
高そうな魔道銃が二丁。
「やっとそれっぽいのが出てきたな」
「黒ちゃん、嬉しそうにしないで」
一斉に来た。
石の板が飛ぶ。
影をぶつけて相殺する。
砕けた石の向こうから弾が二つ。
身体を沈める。
一つは頭上。
もう一つは肩の上を掠めた。
風を感じてかがむ。
横から来ている。
避ける場所がない。
なら。
前へ行く。
床を蹴る。
風の塊の中へ突っ込む。身体が押されるが、そのまま影を前へ伸ばした。
銃を持った二人の腕へ絡む。
互いに引き寄せる。
「なっ――」
二人がぶつかった。
その間を抜ける。
風を出した男の腹へ魔力をたっぷり込めた拳を撃ち抜く。
「ゴフッ」
一歩踏み込み、もう一発。
その時、嫌な予感が走る。
後ろから石片が凄い速さでとぶ。
「黒ちゃん!」
ミミが割って入った。
巨大な両腕で石板を受け止め、そのまま投げ返す。
石使いが避ける。
だが、躱したその先には……。
俺の黒い影が、誰もいないのに床を黒く染めていた。
「待ってたぜ!」
足。
腰。
胸。
黒い水たまりのような影から、無数の黒い刃が突き出す。
「まだやるか?」
返事がない。
そのまま床へ下ろす。
残った二人も、もう銃を握っていなかった。
「終わり?」
摩耶が聞く。
柴田が大きな扉を見る。
「この先が会長室です」
俺は裂けた肩を見る。
少し血が出ている。
「怪我してるじゃん」
「こんなの怪我って言うな」
「怪我は怪我だよ」
「摩耶が治してくれんだろ?」
「そういう話じゃないんだけどなあ」
本部の連中にまで優しくする気はない。
こいつらは俺の店を燃やして、人に手を出した。
◇
一番奥の部屋に、公蔵義男はいた。
大きな机の向こうで、顔を青くしている。
周りにいた護衛は、もういない。
部屋に入った瞬間に柴田と摩耶に片付けられている。
俺がゆっくり近づくと、公蔵は椅子から半分立ち上がった。
「黒……待て。話を――」
「気が合うな。俺も話しに来たんだよ」
向かいの椅子へ座る。
公蔵は座らない。
「俺、明日の夜から百階行くんだ」
「……は?」
「何日戻れねえか分かんねえ」
公蔵の顔を見る。
「その間に、また俺の店とか、俺の周りの奴に手出されたら嫌なんだけど。どうすれば俺は安心できる?」
公蔵の口が開いて、閉じた。
横で柴田が答える。
「確実性だけを優先するなら、公蔵義男をここで殺しておいた方がいいです」
公蔵の顔から血の気が消えた。
「ま、待て!」
摩耶が首を傾ける。
「でも、この人は生かしておいた方が楽じゃない? 会長なんでしょ。自分の手下に、もう黒ちゃんのところへ行くなって言わせればいいじゃん」
公蔵が激しく頷いた。
「そうだ! そうする! 絶対に手を出させない! 約束する!」
柴田を見る。
「どう思う」
「再発防止だけなら、どちらにも利点があります」
「そうか」
摩耶を見る。
「私は生かす方、かな」
公蔵はまた何度も頷く。
うーん。
俺は少し考えた。
◇
外へ出た時には、陽がだいぶ高くなっていた。
何をどうしたのかは、誰も話さなかった。
牙狼と澪も戻ってきて、五人で歩く。
俺と牙狼と柴田は大きなリュックを背負い、摩耶と澪も小さめのバッグを持っている。
中身は現金と金塊だった。
牙狼が俺のリュックを見る。
「なあ」
「お前、こうやって店買ってんのか?」
「……違えよ」
「でも今、ヤクザの本部から金持って帰ってるよな?」
「今回は弁償代だ」
「弁償ねぇ……」
「うるせえな。牙狼も持ってんだろ」
澪が笑い、摩耶まで吹き出した。
柴田は何か法律の話を始めそうな顔をしているので止めておいた。
店は直さなきゃいけない。怪我した奴もいる。しばらく働けない奴もいる。
燃やしたのは公蔵会だ。
なら、公蔵会の金を使えばいい。
簡単な話だった。
スマートフォンを出す。
ハイネのアイコンがある……。
朝の着信履歴を見ると、胸の奥が少しだけ重くなった。埋め合わせは必ず、するからよ。
音声入力を開く。
『今日は行けなくて悪かった。もう一回、ごめん』
少し考える。
続ける。
『明日の夜、百階行ってくる』
送信。
白にも、また会えなかった。
百階から帰ったら、その時でいい。
そう思うのに、朝の着信履歴が頭に残った。
店は守った。
公蔵会も潰した。
燃やされた分の金も取り返した。
それなのに。
大切な何かを取りこぼした気がした。




