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white side 5



――閉じ込められる!




キキキ




黒インプはローブをなびかせて、小さな身体で走り続ける。




「追え、やらせるな!」




僕らは来た道を駆け戻る。


全身のあらゆる筋肉を使い、今までで一番速く走った。




それでも、笑いながら走る黒インプに追いつけない。




「くそっ、速すぎるだろコイツ。止まれぇええ」




後ろから、トウヤとシエナが魔法と矢で攻撃するが、すべて避けられる。




そして、黒インプが入り口横の壁に設置された怪しげなレバーに飛び移る!




「キキキ、カッタ、カッタ」




黒インプは恍惚とした表情を浮かべ、レバーに力いっぱいぶら下がった。




ガゴン。




今度は石壁ではなかった。


巨大な鉄格子が一瞬で眼の前に現れ、道を塞ぐ。




「くそー!」


「間に合わなかった」




石壁よりはまし、なのか?


手や足がギリギリ通る程の隙間しかない鉄格子にドランが蹴りを入れる。……びくともしない。




「どうするっ、白!」




胸元のプロテクターの裏にある、小さな石の存在が一瞬だけ頭をよぎる。


……まだだ。




「キキキ!」




黒インプが、鉄格子の向こう側で踊り始める。




「この――!」




トウヤが魔法杖を向ける。




「絶対に殺す!」




インプが嬉しそうにトウヤへ向き直る。




「キキキ。シネシネ」




その手には。


いつの間にか横笛が握られていた。




「まだ何かあるのか」




黒インプはまぶたを閉じて踊りながら、音を奏でた。


力が抜けるような不協和音が響く。




ギギギギギ。




石でできたホールの床が、ぼこぼこと隆起し始める。


それは人の形になり。狼の形になり。あるいは巨大なゴーレムとなった。




目の部分だろう。薄暗いこの広場の中に、赤い光がいくつも灯る。




「……嘘だろ」




トウヤが呟く。


ゴーレム……。




その数は、十や二十ではない。


しかも、今も増え続けている。




あの黒インプが笛を吹いている限り、溢れ続けるのか? 僕の背中を、今日何度目か分からない冷や汗が流れた。




「囲まれているよ!」




ユイが叫ぶ。




「見れば分かるわよ!」




シエナの声が飛ぶ。


普段の彼女からは考えられないほど、余裕を失っていた。




「ドラン、前! トウヤ、右! 僕は左!」




「了解!」




「ユイは中央!」




やがて、不快な音色が止まった。


そして、一斉にゴーレムが動き出す!




狼型のゴーレムが飛びかかってきた。


剣を振るう。




一体。




続けて二体目。


横からトウヤの《光矢》が飛ぶ。




ドランが人型ゴーレムの拳を受け止める。


シエナの矢が飛び交う。




戦える。


戦えている。


しかし。




「くそ!」




減らない。


倒した場所を埋めるように、次のゴーレムが現れる。




「キキキ、シネシネ」




「うるさい!」




石壁の上に、いつの間にか黒インプがいた。


足をばたばたさせて笑っている。




「シネシネ! マヌケ、バカザル!」




「黙れ!」




トウヤの《光矢》が黒インプへ向かう。


だが、黒インプは笑い声だけを残して消える。


その間も、無数のゴーレムによる攻撃は止まらない。




「キャアァァァ! 痛い、痛い!」




ユイが右足首を押さえ、転がり出す。


吹き矢が刺さっている。




「キキキ、コッチコッチ」




「くそっ!」




こいつは最初から僕らと戦うつもりなどなかった。




誘導して。


閉じ込めて。


他の魔物に殺させる。




「白!」




声がした。


ドランを見る。


背中の鱗が剥がれていた。




その隙間から、大量の血が流れている。




「すまねぇ、やられちまった……」




「駄目!」




巨大なゴーレムの拳。


普段なら避けられる緩慢な攻撃。




だが、ドランにはもう、それを避ける力が残っていなかった。




その直前。


トウヤの《光壁》がドランの前に出現する。




激突。




バリン。




光の壁が一撃で砕けた。


ドランは殴り飛ばされ、鉄格子に叩きつけられた。




「嘘だろ……」




トウヤの顔が引きつる。


シエナが矢を放つ。




一本。


二本。




手を背中へ伸ばす。


止まった。




「……もう、ない」




ユイも肩で息をしている。




「回復は、あと……何回できるか……」




まずい。


剣を握る手が震えている。




魔力も。


体力も。


それでも、ゴーレムは次々と押し寄せてくる。




「キキキ」




「ガンバレ、ガンバレ」




「……っ」




インプが手を叩いている。




楽しんでいる。


僕らが削られていく様子を。




ゴーレムと戦う間、絶妙に避けられないタイミングで吹き矢が飛んでくる。




「痛っ、ぐあっ」




完全に避けることが出来ただろうゴーレムの攻撃。だが、ドランは突然の激痛でバランスを崩し、ゴーレムの攻撃も当たる。




僕らは避けきれず、全員が、何本もの吹き矢が身体中に刺さったまま戦っていた。激痛を、感じていた。




「ヨワイヨワイ」




「シネシネ」




――怖い。




逃げられない。


助かるビジョンが、何も見えなかった。




嫌悪感を抱いていた、あの声と笑い声。


――今では、怖い。




その声が、怖くてたまらない。


身体中が痛い。




倒せなくてもいい。


何も得られなくてもいい。




逃がしてほしい。


見逃してほしい。




地図を買う前まで時間を戻してほしい。


最新版の地図が出るまで、攻略を待てばよかった。




もう、どうにもならない。




――怖い。




そう思った。


久しぶりだった。




いや。


こんなにはっきりとそう思ったのは、初めてかもしれない。




◇




死ぬ。




このままだと。


僕だけではない。




みんなが死ぬ。




それだけは。


部長として。




このチームのリーダーとして。


それだけは。




「……撤退する」




声に出した。




「え?」




「どうやって!?」




トウヤが振り返る。




「撤退する! みんな、僕のところへ!」




胸のプロテクターの裏ポケットへ手を入れる。


指先に、小さな石が触れた。




それだけで。


胸が痛んだ。




――白。


ヘルメスばあちゃんの顔が浮かぶ。




これを渡された日のこと。


小さな石を、僕の手のひらに置いた。




値段を聞いて。


冗談だと思った。




僕が三年間。


ランドマークタワーで稼いだお金。




その全部を注ぎ込んでも買えない。それどころか、この先、何年稼いだって買えるか分からない。




そもそも。


金を積めば手に入るような代物ではない。




帰還石。




ランドマークタワーのどの階にいても、狭間のフロア――70階へ帰還できる。


たった一度だけ。




僕が探索者を始める時。


ばあちゃんが出した条件は、一つだった。




「白。もし、この石を使わなければならないような事態になったら」




あの時の声を、今でも覚えている。




「その時は、探索者を辞めなさい」




僕は笑って頷いた。


そんな日は来ないと思っていたから。




この石を使うことなんてない。


使いたくなかった。




だって。


これを使ったら。


僕の探索者としての冒険は、ここで終わる。




「し……白」




ドランの声。


考えている場合ではない。




今だ。


今が。


その時だ。




「全員、僕に触れろ!」




ユイが腕を掴む。


シエナが肩に触れる。


トウヤ。


ドラン。




全員いる。


確認した。


石を握り締める。




「キキ?」




初めて。


インプの笑い声が止まった。




石を握り締めた右手から、光が溢れる。




「キキキ、ニゲタ、カッタ」




黒い影が立ち上がる。




「……キキキ、バイバイ」




視界が白く染まった。




◇




身体が床へ投げ出された。




「――っ!」




「ぐああ!」




硬い。


しかし。


襲ってくるものはいない。




顔を上げる。


見慣れた広い空間。




壁の表示。


70階。




アラビア数字の階層表示が元の世界への帰還を示している。心から、ホッとした。




「……戻った」




声が震えた。


トウヤがその場に倒れ込む。




「……生きてる」




「全員います」




シエナが人数を確認している。


ドランが壁にもたれた。


ユイも座り込んだまま動かない。




僕は。


握り締めていた右手を見た。




ゆっくり開く。


何もない。




ばあちゃんが僕に持たせてくれた最後の切り札。


跡形もなく消えていた。




そして。


あの約束だけが残った。




僕の探索者としての冒険は。


ここで終わった。




「君たち、大丈夫か!」




探索者組合のスタッフが駆け寄ってくる。


声が聞こえた瞬間。


安心して、身体から力が抜けた。




何かを尋ねられている。




しかし。


もう、答える力は残っていなかった。




僕の視界は、そこで暗くなった。

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