国王との対面
屋敷から店に着くまでとは違って、そこまで距離が無かったからか。
程なくして馬車は城門の前へと辿り着く。
王城を守る門とあって、今度はちゃんと確認されるらしい。
近寄ってきた兵士達と御者が何やらやり取りをすること数分。
再び動き出した馬車は城門を潜り抜け、真っ直ぐ城へと向かっていき、広場らしきところで止まった。
「馬車はここまでか」
「また抱えた方が良い?」
「うんにゃ、こっからは良いや」
さっきは街中だったからぬいぐるみのフリをしていたが、もう城の中に入ってるからな。
そもそもこっちは招かれた側なんだから、騒ぎになるかとか気遣う必要なんてないだろう。
そう、ステラより先に馬車を降りた瞬間、肌にヒリヒリと刺さるような感覚が走った。
オレ達はちゃんと国王から招待されたはずなんだが、おかしなことに歓迎されていないようだ。
謎のぬいぐるみへの警戒か、それとも隔離している王女への警戒か。
どこかひりつく空気の中、剣を携えた兵士を数名引き連れた男がオレ達の前へとやってくる。
「ようこそお越しくださいました。陛下がお待ちです。どうぞこちらへ」
身なりから察するに、国王の従者といったところか。
どうやらこの先の案内はあの男がするようで、オレ達の姿を確認した男は、丁寧な所作で頭を下げる。
それと同時、後ろに控えていた兵士達が城への道を作るかのように左右に分かれて整列し、オレ達に向けて敬礼する。
相変わらず警戒は解いてくれていないようだが、歓迎の形は取るってことかねぇ。
随分と大層な出迎えにちょいと足踏みしかけたものの、ステラからすればこれも良くあることなのか。
何も言わずただ城へと向かって歩き出したステラに、オレは置いて行かれないようその隣へと駆け寄った。
従者を先頭にオレとステラ、そして兵士達の順で奥へと進んでいく中、オレはちらりと周りを見渡す。
王城ともなれば大勢の人がいるものだと思っていたが、そういうものなのか。
綺麗に磨き上げられた城内は静寂に満ちていて、誰一人すれ違わない。
というより人の気配すら感じなくて――ステラに近寄らないようにされているのか。
試しに軽く気配を探ってみれば、離れた場所ではそれなりの人数が動いている気配がするのに、オレ達の周りは不自然なほどごく僅かな人数しか感じない。
こうもはっきりとわかるぐらいだと、この辺りは立ち入り禁止にでもされてんのかねぇ?
隔離されている王女への対応としては正しいのかもしれないが、一体何故そうまでして隔離するのやら。
オレからすれば、ステラはただ魔法の才能があるだけの子供でしかない。
知らない事ばかりだが、やらせてみれば大抵はできる器用な子供。
しかし他の誰かからすれば、すれ違う事すらできないよう、隔離しなければならない理由がある。
今からその理由を知っているだろう人物と会うわけだが、ステラに対してどんな反応を見せるのか。
今後のためにもその辺りはよーく見極めねぇとだな。気合い入れとこ。
花やら彫刻やら、飾りはあれどどこか変わり映えの無い廊下を歩くことしばらく。
案内をしていた男がとある一室の前で止まったかと思うと、扉の横へと下がっていく。
その扉は、それまであった扉と比べて見ても明らかに装飾が多く、魔法も仕掛けられてようだ。
従者がオレ達へ向けて頭を下げると同時、魔力が動く気配と共に、扉が独りでに開かれる。
ゆっくりと開いた扉の先を見れば、一人の男が窓辺に立っていて。
ステラと同じ銀色の髪をしたその男は、ステラとは違う蒼色の瞳をこちらに向けて微笑んだ。
「ようこそ、待っていましたよ」
ふわりと、聞いた者を柔らかく包み込む声が響く。
まるで身を委ねたくなるような、優しさを纏った声。
だというのに、温かさも感情も感じられないその声の主は、緩やかに胸元へ手を添えた。
「初めまして。私はこの国の王、マルス・アルブ・フォルテリア。
ステラの父親でもあります」
目尻を下げ、ほんの少し細められた蒼色が真っ直ぐオレに向けられる。
作り物のように美しく微笑む姿はひどく中性的で、一切年齢がわからなくて。
ステラの父親だと名乗られなければ、この人物が男だともわからなかったかもしれない、なんて思ってしまう。
ステラの容姿は父親譲りだったみたいだな。
隣の少女とはまた少し違う、人形のような美しさに少々圧を感じつつ、オレは自分の白いフワフワの手を持ち上げた。
「初めまして、自分はロアと申します。
奇しくも彼女のぬいぐるみに身を寄せさせていただいております」
「そのようですね」
片手はちょいとマントを揺らすように後ろへ、もう片手はマルス国王と同じく胸元へ。
そう、見様見真似ではあるがオレなりに精一杯の一礼を行えば、一応及第点はもらえたのか。
マルス国王は小さく頷き、変わらぬ微笑みで受け入れる。
こういう時、ぬいぐるみで良かったって思うわ。色々と甘めに見てくれてそうだもん。
にしても、なんかステラが目を見開いてこっち見てきてんだけど、どした? 悪いが今は突っ込む余裕はねぇぞ?
「大まかな状況は聞いています。
ですが、詳しいことはわからずにいましたからね。
是非一度お会いしたいと、貴方も招待させていただいたのですよ」
まだ昼食の時間には早いので、きっとお茶会という奴なのだろう。
マルス国王が手で示した先、白いテーブルには三人分の席と色とりどりの菓子や軽食が並べられている。
少し離れたところには給仕だろう侍女が数名控えていて、まさに準備万端だ。
でもオレ、食べるのも飲むのも難しいんだよな。どう断ったもんか。
「あのー……用意してもらって申し訳ないのですが、自分はちょっと……」
「えぇ、貴方が食事を取らないのは存じています。
なのでお気になさらず、そのままにしていてくださって構いません」
どうやらオレが食事をしないとわかった上で準備したらしい。
どうにか遠慮の言葉を絞り出すオレに対し、マルス国王は何一つ表情を変えず静かに頷く。
あれか、招待した手前、用意しないわけにはいかないってとこか。
作法的には正しいんだろうけど、それで食べられなかった菓子達はどうなるのかねぇ?
色んな種類を用意するためか、絶対二人じゃ食べきれない量が並んでるんだが。
余ったら持って帰って明日のおやつにできねぇかな、なんて考えつつ、マルス国王に促されたのもあってオレはステラと共に席に着いた。
「さぁどうぞ遠慮なく。細かな作法なども気にせず楽しんでください」
「お気遣いありがとうございます」
作法は気にせず楽しめと言われても、どう楽しめば良いのやら。
匂いはわかるから紅茶の匂いでも嗅いでみるか? わぁ、このティーカップ、ものすごく高そう。触りたくねぇ。
ぬいぐるみだし、何もせず座っていても良いかもしれないが、それはそれで失礼になるかもしれないからなぁ。
フワフワの手で掴むのは少々心許なく、絶対に落とさないよう魔法も使ってティーカップを持ち上げていると、マルス国王がステラへと視線を向けた。
「この紅茶は以前君が気に入っていた茶葉と同じ産地のものだそうだよ。どうかな?」
「……美味しいです、陛下」
「それなら良かった。ロア殿も、香りだけでも楽しめていると良いのですが」
「あ、はい、良い香りですねー」
宣言通り、多少の無礼は見逃してくれるようで、変わらず微笑みを浮かべるマルス国王に紅茶の香りを楽しむフリをしてホッと息を吐く。
基本的にマルス国王がステラに話を振り、ステラがそれに短く答えるのがお決まりらしい。
どこかゆったりとした空気の中、短い会話だけが繰り広げられている。
オレにもちょくちょく話が振られているが、振られたとしても今のような当たり障りのないものばかりだ。
もっと、こう、何故ぬいぐるみになったのかとか聞かれるかと思ってたんだが、その辺りには触れないつもりっぽいな?
何だか拍子抜けしたというか、妙な感じだ。
むしろこっちから話した方が良いんじゃないかって気がしてきたわ。
下手に話してやらかしたくないからやらねぇけど。
腹の探り合いでもするのかと身構えていたのが無駄だったようで、安心したやら気が抜けたやら。
日常会話にしか思えないものばかりのやり取りの中、この国王は一体何を考えているのだろうか。
探ろうにも最初と一切色が変わらない微笑みからは何一つ読めず、ただ穏やかな時間が過ぎていく。
だがそれは、遠くで鳴った鐘の音によって途切れた。
「残念ですが、そろそろ時間のようです」
「は? もう、ですか?」
「今回は少し無理をして時間を作ったものですから、あまり時間が取れなかったのですよ」
不意に告げられた終わりの言葉につい呆けた声が漏れてしまったが、全く気にしていないんだろう。
マルス国王はティーカップをソーサーへ置いただけで、その微笑みに一切変化はない。
もしかしてオレが現れたから無理矢理このお茶会を設けたのか?
自分でも突然だった自覚はあるし、動くぬいぐるみなんて気になるだろうからなぁ。その可能性が高そうだ。
最初にオレと一度会いたかったって言ってたし、マジで一目見られればそれで良かったってことなのか。
それならもっとこう、違う形で会えば良かったんじゃね? お茶会までする必要あったか? 王族のすることってよくわかんねぇなぁ。
多少思うところはあるが、主催者が終わりだと言ったなら招待されたオレ達は帰るしかないんだろう。
とりあえず席を立った方が良いのか、それとも何か合図でもあるのか。
どういった流れで帰れば良いのかわからず、周りの様子を窺おうとした時、マルス国王が口を開いた。
「最後に、何か聞きたいことはありますか?」
酷く穏やかな声色でオレとステラへ問いかけるマルス国王。
その声色は、まるでそれまで行っていた日常会話を続けるかのように、何一つ変わらなくて。
――何一つ変わらないことに、無性に腹が立った。
聞きたいこと、なんてあるに決まっている。無い方がおかしいぐらいだ。
何故乳母が突然いなくなったのか。何故ステラが一人にされているのか。何故ステラが隔離されているのか。
今ここで聞いても良いんだろう。そのつもりでマルス国王も尋ねてきたんだろう。
だけどそれは、オレから聞いても良いことなのか。
その事実は、隔離され、放っておかれ、育ち切れていないステラの心が受け止められることなのか。
今もステラは視線を彷徨わせ、何も言わず、何も言えずに黙り込んでしまっている。
この子はまだ聞けないんだろう。知りたいと思えないんだろう。
だったら、ステラが知りたいと思うまで、聞かずにいた方が良いと、オレは思う。
「今は、何も」
「……そうですか」
淡々と告げたオレの答えを聞いた瞬間、マルス国王の揺らがなかった微笑みに少しだけ変化が表れる。
それまでずっと色が感じられなかった蒼の瞳に、ほんの少し、僅かに色が見えて。
一体何の色か、確認することはできないまま、その眼差しはステラへと向けられた。
「ステラ、貴女は?」
「……ロアが何もないのなら、私もありません」
「わかりました。では今日はお開きにしましょう」
元の微笑みに戻ったマルス国王の一言に、それまで壁際に控えていた従者達が動き出す。
いつもこうしてステラを送り出しているんだろう。
黙って席を立つステラにオレも倣い、ぴょんと椅子を飛び降りマルス国王へと一礼した。
「この度はお招きいただきありがとうございました。これにて失礼致します」
「えぇ、またお会いしましょうロア殿。ステラも」
「……はい、陛下」
消え入るような、小さなステラの声がぽつりと響く。
それを最後に、オレ達はマルス国王の前を後にした。




