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ひとりぼっちの姫と不思議なぬいぐるみ  作者: 空桜歌
第一章 偶然と、必然と
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身支度の合間に



「いやぁ、我ながら良い仕事をしましたなぁ」



 満足げな店長から解放され、元居たカウンターへと戻されたオレは、店長に気付かれないようくったりと体から力を抜く。

 もう、さ……フワフワされるわモチモチされるわで……なんか、すごい目に遭ったわ……。

 絶対着替えにかこつけてオレのフワフワボディを堪能してやがったよこのおっさん。

 そりゃあオレは最高にプリティなぬいぐるみですが? ステラのぬいぐるみであって、おさわり自由じゃねぇんですよ。



 それにしても、こんなものよく置いてあったもんだ。

 マントは見た目だけじゃなくしっかり丈夫そうな生地だったし、礼装も細かいところまで作り上げられていた。

 ぬいぐるみに着せて飾るためだけなら多少簡略化しそうなものだが、そういう様子はなく、とことん着る相手を考えて作られたものに間違いないだろう。


 いくら服を専門に取り扱う店だとしても、それは人向けの商売であって、ぬいぐるみ向けの服なんて置いててもあんまり商売にならなそうなもんだがな。

 やっぱあれか? 王族が来るような店だし、何を言われても応えられるよう色々取り揃えてるってやつか?

 流石は王族も利用する高級店だなーなんて思っていたら、店の奥から一人の店員がやってきた。



「そろそろです……って、あら? 店長ったらあの服をぬいぐるみに着せたんですか?」



 どうやらステラ側の状況を伝えに来たようだ。

 短く店長へと報告を入れた際、着飾ったオレが視界に入ったらしく、店員が驚いた様子で店長へと問いかける。



「えぇ、お似合いでしょう?」


「似合ってますけど……良いんですか?

 先生に頂いたからと、とても大事になさっていたじゃないですか」



 はーん、なるほど? この服は店長からすれば先生とやらとの思い出の服ってところか。

 え、そんな大事な服をオレに着せちゃってんの? ちょっと背筋伸ばしとこ。


 視界の端で気付かれないよう姿勢を正しているオレに気付いているのかいないのか。

 店員から心配そうな視線を向けられた店長は、店の外へと視線を向け、ただ静かに頷いた。



「大事にしていたからこそ、似合う方に着てもらうべきだと思ったのですよ。

 『誰かに着られてこそ服』だと、あの人も良く言っていましたから」



 どこか柔らかな眼差しで、どこか晴れやかな声で、どこか寂しそうに微笑む店長。

 なんだか満ち足りた様子だが、着せられた側はそんな大層なものを着せられたと知って、ちょいと困ってるんだがな。

 別にオレぬいぐるみだし、裸でも問題ないと思うんだよね。そんな大事ならすぐ脱ぐぞ? これ返しちゃダメな感じ?



「それにしても、まさかこれほどまでにピッタリなぬいぐるみにお会いすることになるとは思ってもみませんでした。

 きっとこのぬいぐるみを作られた方は先生と同じ、北部の方なのでしょうね。

 でなければ調整もせず着ることなんてできませんから」


「調整もせずこの状態ですか……そんな奇跡みたいなことがあるんですねぇ」


「これも巡り合わせというものでしょうね」



 もう完全にこの服を着せたままで行くつもりなのか。

 店長と店員はオレを眺めながら穏やかな様子で会話を続けている。


 まぁ確かに、ホントにピッタリだったもんなこの服。

 実際に動いて試したわけじゃないが、今のところ突っ張ってるとことか無いし。

 まるでオレのために誂えた服といっても過言ではなさそうだが、二人の口ぶりから察するに、ここまでピッタリなのは北部とやらで作られるぬいぐるみの特徴のようだ。



 ――オレがこのぬいぐるみに宿ったのは、あくまでもステラに呼ばれ、招かれたからだ。

 このぬいぐるみ自体に魂を捕まえる仕掛けなんてものは施されていなかった。

 だが、このオレの魂を受け入れ依り代となり、器となった代物だ。

 もしかすると、この体はただのぬいぐるみでは無いのかもしれない。


 北部ってのは頭の端にでも覚えておいた方が良いかもしれねぇな。

 なんて、思っていたら、見知った魔力が近付いてくるのを感じた。



「あれ、ロアが服着てる」



 扉が開くとほぼ同時、聞こえた声につい反応しそうになった体を押さえ込む。

 あっぶねー。体がビクッてしかけたわ。気が抜けてたな。

 幸い、その場にいる全員がその声の主へと視線を向けていたようで、オレが反応しかけたなんて誰も気付いていないようだ。


 この状況ならちょいと顔を動かしても問題無さそうだな。

 そう、視線をステラが居るだろう場所へと向ければ、水色のドレスを着たステラがこちらを見てキョトンとしていた。



 宝石か何か散りばめているのか。

 歩く度にキラキラと煌めく水色の生地は、銀色の髪と合わさりまるで水晶のように透き通って見える。

 首と耳には深い青の宝石を用いたアクセサリーも着けていて、まさにお姫様といった装いだ。


 初めて見た時から思ってたが、やっぱステラって綺麗な顔してるよなぁ。

 綺麗なドレスや宝石を着せられても、全然負けてねぇっつーか、むしろ儚さが際立って更に綺麗さが増してるっつーか。



「国王陛下とお会いするとのことでしたから、勝手ながらこちらでご用意させていただきました。

 いかがでしょうか?」


「……ロアが良いなら、何でも良いよ」



 どうやら化粧もされているらしい。

 いつもより頬や唇の血色が良く見えるステラがオレを抱き上げ、こちらの様子を窺うようにそっとオレを覗き込む。


 いや、まぁ、オレも綺麗にしてもらえる分には良いんだよ。

 汚いより綺麗な方がぬいぐるみとしても良いことだろうし、こんな綺麗に着飾ってもらえるのはありがてぇことだろうし。

 ただ手付きがちょっと気になったのと、大切そうな服を着せられてもどうすりゃ良いんだってだけで。


 この服って貸し出しなのかねぇ? それとも買い取り? どっちにしろ皺にならないよう気を付けねぇと。

 そんなオレの迷いが魔力を通して伝わったのか。

 マントが歪まないようオレを抱え直したステラに、店長がそっと声を掛けてきた。



「ロア、とおっしゃるのですか。とても良い名前を付けられましたね」


「……そうなの?」



 唐突に褒められ戸惑うステラの反応を見て、名付けたのがステラではないと察したのだろう。

 軽く目を見開いた店長は、すぐに目を細め、柔らかな微笑みで頷く。



「えぇ、ロアとは古い言葉で光や希望を意味するそうです。ステラ様のお名前とお揃いですよ」


「……そうなんだ」



 ほーん、オレも知らなかったわ。オレの名前ってそんな意味になってんのね。そんでステラと同じ意味だと。

 特に狙って付けた名前じゃなかったんだが、偶然ってのはこういうことを言うんだろう。

 何だかちょいと気恥ずかしく感じるが、それはオレだけじゃなかったようで、ステラが小さく呟きながらオレを抱く力を少しだけ強める。

 真上にあってあまり見えないけれど、その口元が僅かに緩んでいるように見えて、オレはつい視線を彷徨わせた。

 こう、なんか意図せずお揃いってのもそうなんだが、こうも微笑まし気に見られると変に恥ずかしくなってくるな。すげぇソワソワする。



 ちょっぴり感じる居心地の悪さもあってか、そもそも身支度が整ったからなのか。

 会話が途切れたところで、ステラがオレを抱えたまま店の外へと歩き出す。

 特に支払いなどをしていた様子は無かったが、その辺りはしっかり話が通っているらしい。

 店長も店員も、誰一人ステラのことを止めようとせず、出迎えた時と同じように整列して頭を下げた。



「またのお越しをお待ちしております」



 きっといつも同じ流れなんだろう。

 お決まりの言葉を告げた店長に対し、ステラは一切振り返る事も無く、店の前で待機していた馬車へと乗り込む。

 そうして動き出した馬車の中、オレはよっこらせとステラの腕から降りた。



「ふぃー……やっと動けるぅ」



 ぬいぐるみのフリなんて簡単だろって余裕こいてたけど、動かずにいるってのも結構大変だなぁ。思ったより疲れたわ。

 微妙に上げ続けなければならない腕とか、角度を保ち続けなければならない顔の角度とか。

 ぬいぐるみの体だからか、腰が痛くなるなんてことは無かったから助かったが、ずっと座ってたから尻が凝っちまった気がするぜ。



「いやぁ、じっとしてっと体が固まっちまうのなんの」


「……何か手伝う?」


「気持ちだけもらっとくー」



 隣で腕を伸ばしたり体をムニムニと揉み解したりしてたから、気を遣わせてしまったらしい。

 ステラが手伝いを買って出てくれたが、ひらひらと腕を振って断る。

 だっていくらぬいぐるみとはいえ、女の子に尻なんて揉ませらんないっしょ。セクハラになっちまうって。


 しかしステラにはそんなオレの気遣いは伝わらないんだろう。

 本当に良いのかと言わんばかりに首を傾げてこっちを見てくるステラに、ポリポリと頬を掻く。

 一応、精神的には男なんだけどなぁ。

 見た目はプリティなぬいぐるみだから、男だとか女だとか、意識しなくなるのも仕方ねぇか。



「あ、そうだ。ステラ」



 どうにか話を逸らそうと頭を働かせ、思い付いた話題にポンと手を打つ。

 そして不思議そうに見つめているステラへ、オレは姿勢を正した。



「ドレス、似合ってるぜ。すぐに言えなくてごめんな」


「……? 謝ることなの……?」


「人が綺麗に着飾ってたら褒めるのが鉄則ってもんなのさ。特に女性相手にゃ早さも重要だな」


「……そうなんだ」



 オレも詳しいわけじゃないが、女って前髪をちょっと切っただけでも気付いてほしいものらしいからなー。

 正直バッサリ切ったなら流石に気付くだろうが、マジでちょっとだけとかだと無理があると思う。



「ロアも似合ってる、よ?」


「おう、ありがとな」



 何か返さなければと考えたのか、少し迷いながら似合っていると言ってくれたステラに緩く笑って返す。

 この様子だと『似合っている』ってのがどういうことか良くわかってなさそうだ。

 それでもオレの雰囲気から良い言葉だと理解して、オレにも言ってくれたって感じかねぇ。


 あの屋敷に隔離されていて知らない事ばかりなだけで、ステラは何でも拾って、覚えて、自分のものにできる子だ。

 きっとその内『似合っている』というのがどんなことなのか、わかるようになるだろう。

 ま、こんなプリティなぬいぐるみが傍にいるわけだし? 『可愛い』とかはすぐにわかるだろ。でも『格好いい』は難しいかもしれねぇ。プリティなのも考えものだな。

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