迎えの馬車
あんまり気にしててもなぁと、ステラに魔法を教えたりしながら過ごすこと数日。
何となくソワソワしながら朝食の後片付けを終えれば、本当に迎えが来たらしい。
屋敷の玄関前で何かが止まった気配に、オレは小さく溜息を吐いた。
丁度最後の皿を水切りに置いたところで来るとは、随分とタイミング良く来たもんだな。
まぁ、どうせそこら辺にいる誰かさんが逐一報告してたんだろうが、こうもピッタリだと気味が悪いの方が勝つっての。
ステラが全く気にしていないから良いものの、繊細な子だったらどうしてたんだか。
あ、別にステラが繊細じゃないとか、図太いとか言いたいわけじゃなくてね? 言葉の綾ってやつでしてね? 魔法で繋がってるからってオレが考えてることとか伝わってないよな?
どうやら色々と気にしているのはオレだけのようだ。
戸惑う様子も見せないステラと共にトテトテと屋敷を出れば、立派な馬車が静かに待機している。
その傍に立っていた御者だろう男がこちらに視線を向け、パチリと目が合った気がしたのだが、御者は何も言わずただ頭を下げるだけ。
それどころか当然のようにオレ達を馬車へ乗るよう促すものだから、オレは一人、苦笑いを零した。
このプリティな姿を見て、何にも言わないってのも何だかなぁ。
わざわざぬいぐるみのフリをせずに済みそうだから別に良いんだけどさ。
ちょいと身構えてた分、拍子抜けっつーかなんつーか、ねぇ? あるじゃんそういうの。
隣でオレが微妙な反応をしているというのに、ステラからすればいつものことだからか。
御者に促された通り、馬車へと迷いなく乗り込むステラ。
置いて行かれても困るので、それについて一緒に馬車へと乗り込む際、ふと御者の方を見ればまた目が合って、とりあえず会釈をしておいた。
「どーも」
「……ど、どうも……?」
表に出さないようにしてただけで、やっぱ動いて喋るぬいぐるみって珍しいっぽいな。
姿勢こそ崩してなかったが、オレに声を掛けられて戸惑ってるわ。何かホッとしちゃったのは何でだろうね?
御者も仕事があるだろうと、それ以上は触れずに中に入れば、流石は王族が使う馬車といったところか。
白を基調に整えられた内装は隅から隅まで掃除が行き届いていて、座席部分にはクッションまで完備されていた。
軽く触ってみるが、オレ並みに柔らかいクッションのようで、これなら尻も痛くならなそうだ。
クッションを確かめつつ座るオレが気になるのか。
チラチラと御者の方から視線を感じる中、そっと扉が閉められる。
オレのことが気になるのは仕方ないと思うが、運転はちゃんとしてくれるよな? よそ見運転なんかするなよ?
若干心配になってきたが、馬車がゆっくりと動き出したので、オレはちょっとだけ警戒しながら揺れに身を任せることにした。
屋敷の周囲を囲っていた木々を抜けた馬車は、次第に街の中へと入っていく。
王城が近くにあるだけあって人が多いのだろう。
明るく響きわたる呼び込みの声や、何かしでかしたのか誰かを怒鳴る声など、馬車の壁越しに賑やかな音が聞こえてくる。
軽く見た感じ、ドレスなんて高そうな物は売って無さそうだし、この辺りは所謂一般層向けってやつかねぇ?
野菜を売っている店から何やら怪しげな道具が並んでいる店など、様々な店が並んでいるが、馬車は止まることなく街中を進んでいく。
そうしてしばらくすると街には少し似合わない大きな門が見えてきた。
ちらっと見えた門の内側は、王城などではなく、まだまだ街並みが続いているようだ。
っつーことはこっから先は富裕層が暮らすところとかなのかもしんねぇな。あれだろ、高級住宅街ってやつだろ。聞いたことはあるぞ。
こちらの見た目で判断したのか。
門の両脇には門番もいたというのに、馬車は速度を落とさず進み、止められる事無く門を通っていく。
先程までの街並みとはまた違う、見るからに高級品を取り扱ってそうな店や綺麗な建物が並ぶ中を走ることしばらく。
それまで一定の速度を保っていた馬車が緩やかに速度を落とし始め、とある店の前で静かに止まった。
「ついたみてぇだな」
「そうだね」
店の正面には店の顔だろうドレスと対になる礼服が飾られていて、店内に入らずとも一目で店の雰囲気が伝わってくる。
王女が利用する店だし、それなりにお高い店なんだろうなとは思ってたが、こりゃあすごそうだ。
そういや、ステラの服装はいつもの白いワンピースなんだが、大丈夫なのかねぇ?
こういう服屋って入るのにもそれなりの服を着てないと門前払いされそうなもんだが、まぁ、こちとら王女だしな。
乗ってきた馬車も王家の馬車ってやつだろうし、向こうにも話は通ってるだろ。気にすることはねぇか。
「さてステラ、オレを抱えてくれるか?」
「自分で歩かないの?」
「こんな街中で騒ぎになったら面倒だろ? 念のためさ」
御者が扉を開け、ステラが席を立ったところで、そう声を掛けつつ抱えてもらえるよう手を伸ばす。
店は事情を知ってるかもしれないが、全く関係ない通行人がそこらへんにいるからな。
今は様子見をしておいた方が安全ってもんなのよ。頼むって。
ステラは騒ぎになろうが気にしないらしい。
オレの懸念がわからないとばかりに首を傾げていたが、頼みは聞いてくれるようで、ゆっくりとオレを持ち上げる。
そしてオレを正面に向け、腹のあたりを支えるように抱え直した。
少女に抱えられるなんてなんとも変な気分だが、見た目はぬいぐるみだからなぁ。
傍から見ればただ少女がぬいぐるみを抱えているだけのこと。
きっと動くぬいぐるみよりかは目立たないだろう。まぁ、こんだけ綺麗な子供だとどうやったって目立っちまうけどさ。
御者は付いて来ないらしく、オレを抱えて一人店へと入っていくステラ。
カランカランとドアに設けられたベルの綺麗な音が響くと同時、紳士っぽい装いの男性が数名の女性と共にオレ達の前へと整列した。
「ステラ様、ようこそおいでくださいました。
本日もどうぞよろしくお願いいたします」
「……よろしくお願いします」
恐らく店長なんだろう。
男性が一言挨拶をしてから頭を下げ、それを合図に女性店員達も揃って頭を下げる。
一糸乱れぬ動きに驚いたのはオレだけだろうか。
だってよ、全員が全員同じ角度、同じ速さで頭下げてきたんだぞ。機械みたいで怖いって。
ちらりとステラの様子を窺うが、戸惑っている様子はなく、むしろ慣れているようだからいつもこうなんだろう。
高級店ってそういうもんなのかねぇ、なんて思っていたら、店長がにこやかに微笑みながらオレへと視線を向けた。
「本日は可愛らしい同行者様もいらっしゃるようですね」
「……可愛い?」
「えぇ、とても可愛らしいぬいぐるみですよ」
おい、ステラ。今こんなにプリティなオレのことを可愛いか疑問に思ってなかったか。
ステラのことだから可愛いが何かわからないだけなんだろうが、ちょっと苦言を呈するぞこら。
「失礼ながら、少しの間こちらで預からせていただけますか?
ぬいぐるみとはいえ、レディの着替えに同行するのはあまりよろしくありませんから」
ぬいぐるみのフリをしている以上、何もできず聞き流すしかできないオレに向け、そっと手を差し出す店長。
なるほどね。店側がどこまでステラの事情を知ってるかわからないが、隔離されてる王女が持ってるぬいぐるみだもんなぁ。
いくら王族の私物とはいえ、何か仕掛けでも施されてたら困るってところか。防犯意識ってやつ?
王族相手でもちゃんとそういう対応ができるのは良いことに違いない。
なので店に入ってから初めて戸惑いを見せ、オレを抱きしめる力を強めているステラの腕を店長達に気付かれないよう軽く撫でた。
「…………わかった」
まだ迷ってはいるが、大丈夫だと伝わったんだろう。
オレを店長へと渡し、女性店員に連れられて店の奥へと向かうステラ。
さて、女性の身支度は時間が掛かるっていうし、気長に待つとするかねー。
なんて思っていたのだが、ステラが扉の奥へと消えた途端、頭上から降り注ぐ視線に緊張が走った。
なんか、店長にものすごく見つめられてねぇかこれ。
もしかしてオレが動いたのに気付かれたか? それならそれで動いちまっても良いんだが、何の視線なのこれ。
店長が向けてくる熱い視線の意図が読めず、とりあえずじっと動かずにいれば、店長はオレをそっとカウンターへと乗せる。
そして次の瞬間、気付けばオレの体には計測器らしきものが巻かれていた。一体いつの間に!?
「やはり、ピッタリだ……!」
どうやらオレの体の大きさを計っているらしい。
計測器の結果を見て、驚愕している店長。
オレからしたら感知できなかったアンタの動きの方が驚きなんだが、何なのコイツ。
顔が引き攣りそうになるのを耐えている間にも、計測器が片付けられていき、店長は小走りでどこかへと去って行ってしまう。
あの、何がピッタリだったんですか。ぬいぐるみのフリをしてるから聞けないのはわかってるけど、ホント何。
カウンターに座ったまま呆然とすること数十秒。
戻ってきた店長の手には深い紅のマントと、煌びやかな銀の装飾が施された礼装が収まっていた。
あー……なんか、オレが着れそうなサイズだな……?
「陛下とお会いになるのですから、ぬいぐるみも綺麗にしませんと、ね?」
まるで誰かに対して言い訳をするように呟く店長。
ニコニコと微笑んでいるのに変わりはないが、ちょっと雰囲気が違うのは気のせいではないだろう。
あ、あの、なんか鼻息荒いんだが……? もしかしなくともその服をオレに着せようとしてるよな……?
す、ステラー!? ちょ、戻ってきてくれねぇかー!? 助けてー!?




