一通の手紙
翌日、いつものように食事を作ろうとステラと共に厨房へと来たのだが、どうやら今日はいつもと少し違うらしい。
食材が入っている籠の上、埃避けに掛けられている布のど真ん中に手紙が一通置かれていた。
「なんだこれ」
白い封筒に金の装飾が施されているだなんて、随分と豪華だな。
トテトテと籠へ駆け寄り手に取ってみるが、見た目が派手なだけでただの手紙のようだ。
軽く揺らしてみるが、特に紙以外の重さは感じない。
魔法とかも掛けられて無いみたいだし、マジでただの手紙っぽいな。
それならせめて宛名ぐらい書いてくれねぇかな。
送り主が誰かわからない手紙とか、怪しすぎるんだが。
籠の上に置いてあるということは、食材を用意している誰かさんからのメッセージか何かだろうか。
紅い封までしてある手紙の送り主が誰か見当が付かず、開けて良いものかと悩んでいたら、ステラがぽつりと呟いた。
「……また来たんだ」
「ん? ステラはこれが何か知ってるのか?」
「招待状。国王陛下からの」
「お、おぉ……そりゃあ、また……すごいのが来たな」
時々父親に呼ばれて城に行くって言ってたし、この招待状がその呼び出しなのか。
まるで今日の天気を答えるかのように何てこと無い様子で答えられた言葉に、つい固まってしまったのは仕方ないと思う。
お前さん、王女なんだもんな。んで国王からの招待状なんだから手紙が豪華なのも納得だわな。
でもさ、国王からの招待状をこんなところに置かないでほしい。
テーブルとかもっと置きやすいところあっただろうが。少なくとも食べ物の上に置いておくような物じゃないって。
きっと「開けないの?」とでも言いたいんだろう。
ステラがじっとこちらを見てくるので、促されるまま封を開けて中身を取り出す。
封筒の装飾と同じく金の装飾が施された紙には、ステラの名前と日付、そして一言メッセージが記されていた。
『君の新しい友人も連れてくると良い。歓迎するよ』
「これってさ、オレのことだよな?」
「たぶん……?」
まるで機械が書いたかのように癖一つ無い短いメッセージに、ステラと二人、首を傾げる。
ステラへ宛てた招待状で新しい友人となると、オレしか居ないよなぁ。
国王からのメッセージはステラにとっても予想外だったようで、パチパチと瞬きを繰り返しているステラにちょいちょいと手を振りながら話しかけた。
「この日に城に行きゃあ良いのか?」
「ううん。朝、馬車が迎えに来るよ。それに乗って、街に行って、店に行くの」
「店ってーっと、なんだ? 服屋か?」
「そう。ドレスを着せられて、宝石も身に着けて、そこからまた馬車に乗って城に行くの。
案内される場所で待ってたら陛下が来て、一緒にご飯とかお菓子とか食べながら聞かれたことを答えるの。
しばらくしたら陛下が帰って良いって言うから、また馬車に乗って屋敷に帰ってくるだけ」
「ほーん」
日時以外何も書かれていないが、ステラの話を聞く限り、所謂食事会とかお茶会ってやつだろう。
しかも普通の食事会などではなく、国王と会うわけだから、服装はしっかりして来いってところか。
そういえばステラの服は白いワンピースばかりで、ドレスなんて見たことがない。
ちょいちょい家探しとかしてっけど、アクセサリーの類もなんも無かったからなこの屋敷。
王女という身分でありながらドレスの一着も用意されていないのもおかしな話だが、だからって毎回店にまで連れていって着飾られるのも変な話だ。
「それで、どんなことを聞かれるんだ?」
「……最近は何をしてたか、とか。お菓子は美味しいか、とか」
「見事に普通の会話だな……」
そんな日常会話程度なら、招待状なんて送らずともそれこそ手紙でやり取りしても良いのにな。
しかも親子なんだろ? 普通に会えば良くねぇか、と思うのはおかしなことなのかねぇ?
まぁ、そもそもこんな子供を屋敷に隔離してるような親だし、オレが知っている普通の親子のような関係を築けているはずがない。
こうして呼び出されるのもいつものことのようだし、きっとこの距離間がこの親子にとっての普通なんだろう。
釈然としないものの、今気にしても仕方ないと改めて招待状へと視線を落とす。
そして変わらず書かれている国王のメッセージに、ポリポリと頭を掻いた。
「んで、そこにオレも来い、と」
どうせこの家に出入りしてる奴らが国王へ報告でもしたんだろう。
隔離してる自分の娘の傍に、ある日突然喋って動くぬいぐるみが現れたってなったら、そりゃあ気になるわなぁ。
オレが逆の立場でもそうするだろうなと、ステラの方を見上げれば、ステラは何やら深刻そうな顔でオレを見つめていた。何事?
「……ロアってご飯食べられないよね? どうしよう」
「うん、それは別に大したことじゃないなー?」
何を考えているかと思えば、どうやらオレの心配をしていてくれたらしい。
あのね、別に食べられないなら食べなきゃ良いだけだから。
向こうもオレのことを把握してるってんなら、普段食事を取ってないのだってわかってるだろうし、そんな真剣に悩むことじゃないっての。
もし何か食えと言われたとしても、この柔らかボディの中に押しこみゃ良いだけのことだ。
口に放り込むフリして魔法で圧縮して、どっか詰めときゃ食べた風に見えるでしょ。どうとでもできるって。
「そういえばたまに庭園の散策? をすることもあるから、そうするのかな……?」
「散策ねぇ……ま、どっちでもどうにかなるさ。
それよりなんかオレ達側で準備することはあるのか? 服屋に行くなら服装は問題無さそうだが」
「特に、何も。案内されるから、それについて行けば良いよ」
「りょーかい」
大したことじゃないと言ったのに、まだ気になるらしいステラに思わず苦笑いしつつ、話を別の方向へと持っていく。
どうやら準備らしい準備はなく、ただ言われた通りに従えば良いだけのようだ。
となると、問題は何か無礼を働いて咎められないかどうかだなぁ。
最低限そういった教育を受けているらしいステラだけなら心配ないが、オレ国王との謁見なんざしたことねぇもん。大丈夫かな。
ぬいぐるみだからって多少の無礼は許してもらえねぇかなー。
一応言動には気を付けるけどさ。知らないマナーなんか指摘されたら無理よ。オレ、庶民の出なんで。貴族のルールとか知らねぇって。
「……嫌なら行かないでおく?」
王侯貴族のマナーについて考えていたオレを見て、行きたくないと思ったようだ。
こてん、と首を傾げたステラがそう問いかけてくる。
オレを気遣ってくれてのことなんだろうが、そういうわけにはいかない状況だとわかってないんだろうなぁ。
ただじっとこちらを見つめて返事を待っているステラに、オレは緩く笑い返した。
「嫌ってわけじゃねぇさ。
わざわざ国王陛下に招待されたんだ、是非ともご挨拶させてもらわねぇとな」
ステラはいまいちわかってないみたいだが、この国の権力者からの誘いを断るなんて真似はそう簡単にできるはずもない。
特にオレは何の身分も無い、ステラのぬいぐるみに入り込んだだけの存在だ。
招待された時点で断るなんて選択は与えられていないだろう。
はてさて、国王はこんな害の無さそうなぬいぐるみから何を聞き出そうとしてくるのやら。
正直、何か聞かれても答えられることなんてほとんど無いんだよなぁ。
っつーか正式に招待されてるなら、ぬいぐるみのフリなんてせずに堂々と動いて良いよな。
店に行く時とかは一応ぬいぐるみのフリしといた方が良いか? その辺りも考えとくかぁ。




