もしものために
マルス国王に見送られて部屋を退室すれば、扉の傍に控えていた従者が俺達へ頭を下げ、何も言わず歩き出す。
どうやら来た時と一緒で案内を務めてくれるようだ。
従者の後を追いながら静かな廊下を歩いていたら、ステラがポツリと呟いた。
「ロアって敬語使えたんだね」
「お前さんオレのことなんだと思ってたの?」
そんな横柄な態度取った事無いよねオレ。大人しくて優しいぬいぐるみだよねオレ。
オレがマルス国王挨拶した時、やけに驚いてるなとは思ったが、お前さんそんなこと考えてたの……。
ちょいと問い詰めてやりたいところだが、こんな廊下のど真ん中でやることじゃないしなぁ。
とりあえず代わりにジト―っと視線を向けてみれば、ステラはきょとんと首を傾げた。
「変な顔してる」
「そうね、変な顔してるね。誰のせいだろうねー?」
「……ロアが勝手にしてるだけじゃないの?」
「おいおい相棒、ほんのちょっと前の自分の発言を忘れたか?」
ステラのことだから本当に何もわかってないんだろう。
首を傾げたまま不思議そうに紅い瞳を向けてくるステラに、ポリポリと頭を掻く。
一から説明してやっても良いんだがなぁ……そうなるとどこから説明すれば良いのやら。
国王の招待を断っても良いとか言うぐらいだぞ。普通は断れないってところから説明しなきゃじゃね?
なんて考えてたら、前を歩いていた従者から変な声が聞こえてきた。おん?
「今の声、この人の?」
「そうだなー。おいお兄さんや、どうかしたか?」
「し、失礼いたしました……お気になさらないでください」
何か問題でも起きたのかと思ったが、そういうわけではないらしい。
けどさ、気にするなって言われたら余計に気になるんだが? 絶対なんかあったろ。
様子を見ようと近付いてみるが、今は顔を見られたくないらしい。
オレが覗き込もうとしているのに気付いた瞬間、従者は顔を背け、歩く速度を上げて距離を取ってしまう。
そこまで見られたくないなら見ないけどさ。一体なんだったんだか。
諦めて歩く速度を戻したところで、ステラがオレへと問いかけた。
「ねぇロア、相棒ってなに?」
「うん、ごめんねオレが悪かった」
どうやらノリでテキトーなことを言ったせいで余計な疑問を生んでしまったようだ。
これからはあまり変なことは言わないようにしよう。うん。
疑問だらけのステラに相棒という言葉の意味を教えつつ、若干様子のおかしい従者に案内されて城の外へと出れば、オレ達を待っていたんだろう。
当然のように馬車が待機していて、来た時と同じ御者がオレ達へと頭を下げる。
そのまま流れるように馬車の扉が開かれて、案内を務めた従者は役目が終わったとばかりに横へと下がり、一礼する。
「ロア?」
「おー、今行くー」
王女からすればこの程度の見送りはいつものことのようだ。
何か一言掛けた方が良いのかと立ち止まったオレとは違い、ステラは既に馬車へと乗り込もうとしていて、不思議そうな顔をしている。
初めて来たオレと違って今まで何度も来てるらしいからな。そりゃあ慣れるのも当然か。
あの王様は「また」と言っていたが、オレもいずれこの対応に慣れるんだろうか。
馬車に乗り込み、優しく音を立てないように閉じられた扉を見ながら、あまり想像できないいつかのオレを想像して緩く首を振った。
多分ずっと慣れないだろうなー。オレってば庶民生まれ庶民育ちだからさ。こう、尽くされる立場ってのはむずがゆいったらありゃしねぇ。
帰りは寄る店が無いからか、来た時とは違う道を進んでいく馬車の中。
慣れてはいても緊張していたようだし、疲れもするんだろう。
オレに少し凭れながらうとうととしているステラを横目に、流れ行く街並みへと視線を移す。
いやぁ、思っていたより早く帰れそうで良かったっちゃ良かったんだが、探る時間が少なすぎたなぁ。
わかった事と言えば、ステラは隔離こそされてはいるものの、冷遇されてるわけでは無さそうって事ぐらいか。
店での対応は問題無かったし、特に何か話したわけではないが御者も従者も、しっかりと礼節をもって対応していたように思う。
マルス国王だって感情こそ全く読めなかったが、魔力からは敵意なんて欠片も感じなかったしな。むしろ何も無さ過ぎて気味が悪かったぐらいだ。
関心がないから隔離しているのか、それとも感情だけでなく魔力すら押さえ込んでいたのか。
その辺りはマルス国王の人となりをもっと知らないと何とも言えないが、あの様子じゃオレが現れたところでステラへの扱いが変わる事は無さそうだ。
しかし、ステラの地位が危うくなった時、この扱いはどうなるのか。
たとえばあの国王の身に何かあれば、王位が替わってしまえば。ステラの暮らしはすぐさま変化するだろう。
なんてったって王女様だからなぁ。本人が望まなくても権力争いに巻き込まれる可能性は十分あるはず。
あの屋敷に隔離され続けるのか、別の場所へ送られるのか、それとも処分されてしまうか。
何にせよ、このままあの屋敷に閉じこもり続けることがステラのためになるとは到底思えない。
「どうにかしてやらねぇとな……」
魔法のことはなんだって教えてやる。教えてやれる。
だがそれ以外の、この世界で生きる術をオレはこの子に教えてやれるだろうか。
なんせ王女に必要そうな貴族のマナーなんか知らねぇし、今着てるドレスや宝石の値段も全然わからねぇからなぁ。
ぬいぐるみになってから通貨も見たことないから、今どうなってるかわかんねぇんだよな。そう考えたらヤバくないかオレ達。
今は国王の庇護下に居られるとは思うが、いつ何があるかわからないのがこの世の常だ。
いざという時に行動できるよう、様々な知識を身に着けておく必要があるだろう。
となると、ステラが自立できるようにするのを目標に動いた方が良さそうだなぁ。
小さな揺れと共に増したステラの重みに少し体勢を整えた時、ふと魔法の気配を感じて窓の外へと視線を向ける。
どうやら誰かが狩ってきた魔物を売っているところだったようだ。
商人らしき人物が傭兵達と何やら話し合っている横で、荷台に載せた魔物の死体をとある建物へと運び込まれている。
一瞬しか見えなかったが、ちゃんとした店構えだったしそれなりに繁盛してそうだった。
つまり、魔物に関する商売はある程度需要があるということで。
魔物を狩るぐらいならこの体でも問題なくできるはず。
ステラも、今すぐは無理でも十分戦える素質は持っている。
一つの金稼ぎの手段としてやってみるのもアリかもしれないと思ってしまったオレは、とりあえずコンコンと馬車の壁をノックした。
「なぁ、ちょいと良いかい?」
「はっはい! 何か不手際がございましたか……!?」
「あぁいや、そういうんじゃなくてな」
ちゃんと聞こえるように大きめの声で御者に声を掛けただけだったんだが、突然だったから驚かせてしまったらしい。
慌てた様子の返事に申し訳なく思いつつ、ステラを起こさないよう気を付けながら質問を投げかけた。
「さっき魔物の素材を買い取ってる店があったが、ああいうのは突然持ち込んでも買ってくれるもんなのか?」
「魔物の素材、ですか? えぇと、私もあまり詳しくは存じ上げませんが、ギルドであればいつでも歓迎されるかと」
「ギルド?」
「ギルドというのは魔物討伐を主とした民間組織です。
魔物に関する様々な依頼を請け負い、登録者へ斡旋しているそうで……言ってしまえば、魔物専門の傭兵組織ですね」
戦争でもなければ傭兵の稼ぎどころなんてたかが知れている。
まともに稼げない傭兵がどうするか、なんて、どの時代でも変わらないだろう。
それに、魔物の存在は最早この世界にとって切っても切れない関係だ。
魔物の対処ができて、傭兵も仕事を得られる上に、商売にもなるってんならそれこそ三方良しってやつかねぇ。
「そこに持っていけば買い取ってくれる、と」
「恐らくは。登録者以外からの持ち込みも受け入れていたはずですし……興味がおありで?」
「まぁなー」
オレの意図を探ろうとでもしているのか。
馬車を操る手は止めず、ちらりと向けられた視線を緩く躱す。
向こうからすればオレって正体不明のぬいぐるみだもんな。そりゃあ気になるわ。
この様子だと、この会話もマルス国王に報告されるだろう。
知られたところで困りはしないが……ステラを連れて行けないと話にならないんだよなぁ。
オレのことを放っておいてるぐらいだから、多少のことは許されそうなものだが、流石に隔離している王女を外へ連れ出すとなれば話は別だろう。
行動を起こす前に、一度マルス国王に許可を求めてみた方が良さそうだ。
どんなことでも印象ってもんがあるからな。一応向こうが保護者だし? オレも世話になってる立場なわけだし? 一筆したためてみるとするかねぇ。
ま、それはそれとして情報は集めるんだが。
あの屋敷じゃ誰かと話せる機会なんてこんな時だけなんでね。
「そのギルドに登録するってのは難しいもんなのかい?」
「いえ、腕に自信のある若者達など、登録している者は多いと聞きます。
年齢制限はあったと思いますが……それ以外は特に制限などはなかったと思います」
「なるほどねぇ……」
どうやらギルドってのは随分と幅広く受け入れているようだ。
まぁ、魔物にも強い個体がいれば弱い個体もいるからな。
適材適所に応じた人材を派遣できるように、人手はできるだけ欲しいってことだろう。
問題はオレ達が登録できるかどうか、か。
オレは年齢なんていくらでも誤魔化せるから問題無いんだが、ステラがなー……。
多分十歳は越えてると思うんだが、十五歳までは行ってないだろこの子。十八歳以下は登録できないとかだったらどうしようね?
そう、ステラの年齢について考えていた最中、ふと思い至ったことがあり、オレは再び御者へ問いかけた。
「……ところでよ、ぬいぐるみって登録できると思う?」
「それは……どう、でしょうね……?」
顔は見えないが言葉を選んだ様子の御者に、オレは乾いた笑いを零しながら頷いた。
そうだよなー。年齢どころか正体もわからねぇ存在だもんなー。
こればかりは行ってみないとわからなそうだ。最悪登録できなくともどうにかなるだろ。多分。




