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ひとりぼっちの姫と不思議なぬいぐるみ  作者: 空桜歌
第一章 偶然と、必然と
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微睡みの片隅で

 まだそれほど過ごしていないとは思うのだが、オレにとってもすっかり帰る場所になっているらしい。

 窓から見えた屋敷にどこか安心感を覚えつつ、馬車が止まったの確認してから、オレはステラの体を揺らす。



「ステラー、着いたぞー」


「……ん……おきてる……」



 起きてるんなら目を開けてくれー? そんでオレを枕にしないでくれなー。

 フワフワボディなぬいぐるみなもんだから、丁度良かったんだろうな。

 最初はちょっともたれかかってただけなのに、いつの間にか思いっきり支えにされちまって困った困った。


 もしこのままだったらオレの体ってどうなっちゃうんだろうか。やっぱり凹んじまうのかな。

 それは流石に嫌かもしれないと思いつつ、まだ微睡みに漂っているステラをもう一度揺らす。

 御者の兄ちゃんもどうしたもんかと困ってっからよー。起きろー。



 何度も揺らされて何とか立ち上がったが、まだ半分眠った状態らしい。

 ステラの紅い瞳はほとんど開いていなくて、いつもよりぼんやりとしている。


 こりゃあちゃんと歩けるかも怪しいなぁ。

 とりあえず先に降りて手を差し出せば、ステラは素直にオレの手を取る。

 そしてフラフラと覚束ない足取りで馬車を降りたステラがそのまま屋敷へと行こうとするものだから、オレは御者の兄ちゃんへ空いている片手を振った。



「送迎どーもなー」


「……どーもなー……?」



 よっぽど寝惚けてるんだろうなー。ポヤポヤしながらオレの真似してるよこの子。

 昼メシを食ってから寝てほしいんだが、この様子じゃ無理そうだ。

 ま、少しとはいえさっき菓子とか食ってたからなぁ。昼寝した後でも軽く食えるもんを用意してやりゃあ良いか。

 早い所ステラをベッドに連れて行くためにも、オレ達が屋敷に入るまで動けないらしい御者のためにも、オレはステラの手を引いて屋敷へと入っていった。



「ほれステラ、ちょいと触るぞー」


「ん……」



 どうにかステラの部屋まで辿り着いたオレは、すぐさま机の上に登り、近くに来たステラの首元へと手を伸ばす。

 首やら耳やらにアクセサリーを付けたまんま寝たら危ないからな。

 見るからに高そうなアクセサリーを外してやって、ついでに髪も解いてやってっと……やべ、ちょっと髪引っ張っちまった。



「……いたい……」


「ワリィワリィ、もうちょいだから……よし取れた!」



 ぬいぐるみのフワフワな手では細かい作業は難しいものの、どうにか取れた髪飾りを含め、アクセサリー類を魔法で宙に浮かせる。

 アクセサリーはこれで全部だよな? 取り忘れは無いよな?

 どこかに隠れたりしていないか、念のため確認しつつ、オレは宙に浮いているアクセサリーを連れて机から飛び降りた。



「いつものワンピース取ってきてやっから、一人で着替えられるか?」


「……ん」



 先程の痛みもあってか少し目が覚めたらしい。

 オレの問いかけに小さく頷き、もぞもぞと着替え始めたステラを後目に、オレはクローゼットへとトテトテ駆け寄る。

 ドレスはここに仕舞えば良いとして、アクセサリーをどうすっかだなー。

 なんか保管できそうな箱とかねぇかな。こんな高そうなアクセサリーをそこら辺に放っておくの怖いんだが。


 とりあえず、クローゼットからワンピースを引っ張り出し、魔法でステラの近くに浮かせておく。

 寝惚けているから若干心配だが、オレが手伝うのもあんまり良くないだろうしな。

 今のうちに棚を漁っとこう。確かここら辺に箱がなんかあった気がすんだよなー。この際、菓子の箱でも何でも良いからあってくれ。



「……ロア……」


「んー? あ、着替えたのな。ドレスはこっちにくれりゃそれで良いぞー」



 自分を呼ぶ声に振り返れば、着替え終わったらしいステラがぼうっとこちらを見つめてくる。

 若干はだけてっけど、どっか捲れてるわけでもないし、今から寝るならあまり気にしなくて良いか。

 とりあえずそのままでは踏みかねないので、足元に脱ぎ散らかされているドレスを魔法で浮かせてやれば、ステラは障害物が無くなったとばかりにベッドへ向かい始める。

 だが、ドレスに合わせてヒールのある靴も履いていたのもあってか、その足取りはとても覚束なくて、慌ててその体を魔法で浮かせてやった。



「ういてる……?」


「そーね。運んでやっから靴は脱いでくれー?」



 魔法で留め具を外してやれなくもないけど、今他にも魔法使ってっから、できるなら自力でやって欲しいんだわ。

 自分と同じように宙に浮かぶアクセサリーやドレスを見て理解したのかしていないのか、足首の辺りに手を伸ばすステラ。

 少ししてパチン、という音が二度聞こえたので、魔法で引っ張ってやれば、深い青色の靴がするりと脱げていく。



「化粧落とすのはまた後でやろうなー」


「……ん……おやすみ、ろあ」


「おう、おやすみステラ」



 見るからに限界そうなステラに顔を洗えなんて流石に言えず、そのままベッドへと降ろしてやる。

 そして魔法でシーツを掛けてやれば、ステラはすぐに目を閉じ、穏やかな寝息を立て始めた。


 さて、ステラが寝ている間にオレはオレで色々済ませておかねぇとな。

 ドレスは洗って良いのかわからないから一旦クローゼットに、アクセサリーは布に包んで空き箱へ、靴は特に何も入っていなかった棚へと押しやって。

 そう、見た目は片付いたところでステラの部屋を出て――結界を施した。



「なぁ、そこに居るんだろ。ちょいと出てきてくれねぇか?」



 視線はステラの部屋へ向けたまま、人気のない廊下へ向けて声を掛ける。

 返事はない。だが、こちらの呼び掛けに応えてはくれるのだろう。

 フードを深く被り顔を隠した男が二人、音もなく現れた。



「そう警戒しなさんなって。ただ色々と話を聞きたくってよ。

 あの子には聞こえないようにしてっから、少し付き合ってくれねぇか?」



 オレが魔法を使えると知っているが故の警戒だろうか。

 距離を保ち、こちらの様子を窺っている二人に緩い声を意識して話しかける。

 ずっと見てたんならオレが善良なぬいぐるみだってことはわかると思うんだけどなー。仕事柄仕方ないってやつかねぇ?


 姿を見せた以上、一応付き合ってくれる気はあるらしい。

 近付いて来ようとはしないが、問題なく会話できる距離を保つ男達。

 彼らの気が変わって姿を消される前に、聞きたいことは聞いてしまうべくオレは口を開いた。



「単刀直入に聞くぞ。お前さんらはあの子の何なんだ?」


「…………姫には、内密にお願いいたします」



 その沈黙は葛藤か。

 少し不安になる程の間を置いて、男の一人が小さく囁く。



「我らは王の命を受け、姫の護衛、監視を担っております」


「護衛に監視、ねぇ」



 監視、はまだ理解できる。

 だが護衛となると、首を傾げてしまうのは仕方ないだろう。

 なんせオレという不審物が現れても、姿を見せることすらしなかったんだ。

 護衛というには守る意思が一切感じられない距離感に、疑問を感じるのは当然だろう。



「護衛って割にゃ、随分と距離を取ってんだな」


「……不要な関与は禁じられておりますので」


「なんだそりゃ」



 まさか近くにいることすら不要って言いたいのか?

 そんなんで何か会った時、護衛の役目を果たせると思っているのか。

 護衛はあくまでもついでで、監視が主な仕事って事なんだろうが、どうにも納得が行かず顔を顰めてしまう。



「我々に命じられたのは姫の護衛と監視。それのみでございます。

 それ以上のことは我々も知り得ません」



 聞かれても答えられないからか、本当に知らないからか。

 オレが何か聞くよりも先にそう言い切った男は、僅かに頭を下げる。


 この様子だと、何故監視をしているかといった質問は答えてくれなさそうだ。

 こうして姿を見せて、話してくれるだけでも進展ではあるんだが、なんつーか、謎が深まったって感じだなぁ。



「ステラの立場はあんまり良くないのか?」


「……事実のみ語るのであれば、以前、姫の食事に下剤を盛られたことがあります」


「は?」


「主犯は第一王女。現在は他国へ嫁いでおります。

 それ以来、食事は我々が食材を運び込み、乳母が作っておりました」



 なるほどな、いつも厨房に食材が運び込まれていたのはそういう流れがあってのことなわけか。

 そんな事があったのなら、対策としてここで料理を作るようになったのも当然の流れだろう。

 関係としてはステラの姉になるわけだが、妹へ下剤なんて物を盛るとは随分と殺伐とした関係みたいだな。



「権力争いってやつか」


「いえ、それは無いかと」



 うっかり零してしまったらしい。

 すぐさま否定した男が、ハッとした様子で一瞬顔を背ける。

 その様子を見つめていれば観念したのか、男は少し言い淀みながら口を開いた。



「……姫はお生まれになった時から王城とは隔離され、権力とも無関係の位置におられる方。

 第一王女の供述によれば『王の寵愛を受けている第三王女への嫉妬』とのことでしたので」


「……なるほどねぇ」



 生まれた時から乳母と共に屋敷へ隔離され、時折城に呼ばれて国王と会う。

 そんな生活のどこに寵愛があると感じたのかオレには全くわからないが、第一王女の目にはそう映ったようだ。


 ステラを見ている限り、食事に対して抵抗がある様子は無かった。

 だから心の傷になったりはしていないんだろう。それとも、何かを感じることすら無かったか。

 もうその第一王女はこの国に居ないようだし、ステラが問題なく食事を取ってくれるのなら、今はそれで良い。そう言い聞かせるしかない。



 まぁ、第一王女とやらの印象はとてつもなく悪いがな。

 もし会うことがあったらどうしようね? それこそ食事になんか盛ってやろうか。やらねぇけど。



「ロア様」



 少々物騒なことを考えていると、それまで黙っていたもう一人の男がオレへと呼び掛ける。

 畏まって何なんだと視線を向ければ、男はフードを取り払い、隠していた顔を露わにしながらその場に跪いた。



「不躾なことと承知の上で、お願いしたいことがございます」



 隣で同僚の男が明らかに戸惑っているが、跪いた男は構わず胸に手を当て頭を下げる。

 その姿勢はまさに騎士といった佇まいで、こちらも自然と姿勢を正した。



「……言ってみろ」


「どうか姫を、守ってくださいませんか。

 我々は姫の命が危険に晒されたその時にしか動けません。

 我々は姫が死にかけない限り動くことができないのです」



 静かに、淡々と。けれど心から訴え掛けるように。

 男は真っ直ぐオレへと言葉を連ねていく。



「しかし貴方は傍にいることを許されている。隣で共にいることが許されている。

 ……ですからどうか、守っていただけませんか。

 何も知らない姫を、独りでいることが当然になってしまった姫の心を、守っていただけませんか」



 護衛といっても人で、人であれば感情があるのだろう。感情があれば、情も生まれるのだろう。

 王命に縛られながらもステラを想うその言葉には、揺らぎも偽りも感じない。


 言われるまでもなく守るつもりでいるが、きっとこの男にとって、言葉にする事に意味があるものだ。

 だからオレはトンと自分の胸を叩き、男へと笑い返してやった。



「良いぜ。この体が動く限り、ステラのことはオレが守ってやるよ」



 なんてったってオレはステラのぬいぐるみだからな。

 お前さん達の大事な姫さんは、このプリティキュートなオレが守ってやろうじゃねぇか。

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