初めてだらけの外出
裏でちょいと話し合いもした、マルス国王との茶会から数日。
若干寝惚けているステラと厨房へ向かえば、籠の上にまた手紙と何やら重そうな小袋が置かれていた。
「また来たの……?」
「うんにゃ、これはちげぇよ」
こんな頻度で届くことなんて今まで無かったのか、驚いた顔をしているステラを横目に手紙を手に取る。
宛名にはステラではなくオレの名前が書かれていて、中には便せん一枚と、もう一つ別の物が入っていた。
「こりゃあ話が早くて助かるわ」
やっぱし御者との話も報告されてたっぽいなー。じゃなきゃこんな物まで用意してくれないだろ。
じゃらじゃらと鳴る小袋を片手で弄びつつ、それぞれの内容を最初から最後まで念入りに確認する。
そしてある程度頭に入ったところで、首を傾げているステラへ視線を向けた。
「ステラ、今日は街に出かけてみないか?」
「……え?」
突然の提案にピタリと固まってしまうステラ。
そんなステラに、オレはただにっこりと笑ってやった。
「――ね、ねぇロア……大丈夫なんだよね……?」
行き交う人々に視線を彷徨わせ、オレを抱き締める力を少し強めて不安そうに呟くステラ。
そりゃあ今の今までずっと屋敷で過ごしてて、行ったことがあるのも王城だけとなればそうなるわなー。
「おう、ちゃーんとお前さんの父親にも許可を取ってあるって言ったろ?」
多少動いて喋ったところで街の喧噪に紛れるだろうと、ステラへ声を掛けながらポンポンと肩から掛かっている鞄を叩いてみせる。
出発前に見せた手紙の内容を思い出したのか、多少不安は取り除けたらしい。
視線はまだ彷徨っているものの、少しだけ力を抜いたステラにオレは小さく頷いた。
ステラを守ると言っても、ぬいぐるみの体じゃできることなんて限られている。
だから今も隠れて見守っているだろうあの二人には、ステラに気付かれない程度に今後は手助けをしてもらえるよう話を付けておいた。
あの手紙もその一つで、オレがステラと一緒にギルドとやらに行ってみたいから許可をくれとマルス国王へ手紙をしたためたところ、ちゃんと仲介を務めてくれたというわけだ。
正直あんな立派な手紙で返ってきて驚いたけどな。
オレが書いたの、屋敷にあったテキトーな紙をどうにか手紙の形にしただけだったからさ。
多分これからもマルス国王とは手紙のやり取りをしなきゃいけないだろうし、早めにちゃんとした手紙を用意しとくかねぇ。
手紙に添えられていた小袋に入っていたのは、彼らが乳母から預かっていたというこの国の通貨だ。
なんでも今までの呼び出しで着たドレスの類は、乳母の頼みで彼らが売りに行っていたらしい。
マルス国王からすれば一度買い与えた後はご自由にって感じなのか、咎められる事は無かったようで、そうやって作った資金で屋敷の整備をしていたんだとか。
オレ達が使っていた調理設備や洗濯機も乳母が導入したものだそうで、余った資金は本を買うのに充てていたそうだ。
外に出かけるならいくらか手持ちが欲しいと全額渡してもらったんだが、やっぱりドレスとかってそれなりの値段になるのかねぇ。
少しだけ預かってるって話だったから子供の小遣い程度かと思ってたんだが、結構重い小袋が置いてあったもんだからこれも驚きだったわ。
知らない通貨だからいくら入ってるのかわからないが、この重さだったらそれなりの額ありそうだよな。
しかも屋敷の整備をした余りでこれだろ? あのドレスってホント一着いくらぐらいすんだろうなー。立派なアクセサリーもあるわけだし、考えないでおいた方が良いかもなー。
まぁ、そもそもの話、そういった家の事なんざそれこそマルス国王が一から手配するべき事なんじゃねぇのって思うが。
乳母がどうにか資金作って手入れをしてなきゃ、ボロボロで何にもない屋敷だったって事だろ? 保護者としてどうなんだよそれ。
「ロア、こっちで良いの……?」
「ん? あー、多分この辺りのはず?」
ステラにこそっと声を掛けられ、考え事を止めて辺りを見渡す。
色々と思うところはあるが、今日の目的は御者から聞いたギルドだからな。
登録できるなら登録して、できれば依頼とやらも一つはこなしてみたいところだ。
それにしても、この国は色んな種族が出入りしているようだ。
さっきから鳥みたいな顔の商人や、耳と尻尾の生えた傭兵らしい男達など、多種多様な種族がそこら中を行き交っている。
中には魔法で姿を変えている者もいるようだし、これならオレが出歩いてても問題無いかもしれない。
なんて考えていたら、不意に後ろから怒声が飛んできた。あ?
「おいそこの銀髪のガキ! 邪魔だろ、どけ!!」
賑やかな街に突然響いた怒鳴り声に多くの人が顔を見合わせ、声のした方へと視線を向ける。
それはステラもそうで、後ろを振り返ったステラはこちらを睨みつけている男に対し、不思議そうに首を傾げた。
「……私のこと?」
「だなー」
怒鳴られたことへの恐怖なんて物はなく、単に誰のことを言っているのかという疑問しか抱かなかったんだろう。
驚きも怯えもせずただキョトンとしているステラ。
そんなステラに、男は額に血管を浮き上がらせていた。
周りには銀髪の子供なんてステラしかいないからね。間違いなくお前さんのことだよ。
見れば男の後ろには大きな台車があり、何を運んでいるのか、僅かに魔力を放つ袋がいくつも載せられている。
見た目と漂う魔力の鈍さからして、傭兵が魔物の素材を採ってきたってところか。
仲間だろう台車を押している男が若干申し訳なさそうにしている辺り、自分の連れがやらかしている自覚はあるようだ。
苛ついている男には見えないよう、片手で謝罪を示してくるので、ステラの腕をちょいちょいと突いて端へ寄るよう促す。
そうしてようやく道を開けたステラに対し、怒鳴ってきた男は更に睨みを利かせてきた。
「ったく、退けって言われたらさっさと退けよな」
別にここ、そんな狭い道じゃねぇんだけどな。むしろ大通りなんだが。
台車も人一人分の大きさしかないんだ。
普通に横を通れただろうに、わざわざ怒鳴ってまで道を開けさせるとは随分と横柄な奴がいたもんだ。
周囲の視線もあってか、ステラにそう吐き捨てて足早に去っていく男に呆れていたら、少し離れたところにいた婦人が二人近付いてきた。今度は何だぁ?
「あなた、大丈夫だった?」
「あ……はい、大丈夫、です」
「ホント? ごめんなさいね、すぐ助けてあげられなくて」
あー、傍から見たら大男に絡まれた子供だもんな。そりゃあ心配になって声も掛けてくるか。
当の本人は一切怖がっても居ないんだが、言葉少ないステラを見て、気丈に振舞っているとでも思ったのか。
ステラの顔を覗き込みながらご婦人方は顔を曇らせ、男の歩いて行った方を睨みつけた。
「嫌よねぇあの人、最近この街に来た傭兵さんでしょ? 聞いた話だと西の方で結構有名な人らしいわよ」
「有名だからってあんな風に子供に怒鳴らなくても良いじゃないの、ねぇ?」
「ホントよねぇ」
この様子だと、この辺りでも悪い意味で有名になりそうだな。
あの男にとってそれは望んでいる事なのか知ったこっちゃないが、こういうご婦人を敵に回すと後が厄介なんだよなー。
きっと後であの男には面倒事が降りかかるだろう。知ったこっちゃないが。
「あの、ギルドってどこですか」
「あら、ギルドに行きたいのね。ここを真っ直ぐ行ったら良いわ。大きい建物だからすぐわかるはずよ」
「でも今行って大丈夫かしら? さっきの人もギルドに行ったんじゃないの?」
「確か魔物の素材を受け渡す時は別で搬入口があるんじゃなかった? そっちに行くなら大丈夫じゃない?」
「あらそうなの? 詳しいわねー」
「娘が受付やってるのよー言ってなかったかしら」
「あらま! すっかり忘れちゃってたわ!」
「もう、あなたってば前も財布忘れて買い物行ったって言ってなかった? しっかりしないとまた息子さんに怒られるわよー」
「もうねぇ、年よ年! もうすっかりおばさんだもの、物忘れだってしちゃうわよ!」
あのさ、知り合いだから会話が弾んじまうのは仕方ないんだろうけど、ステラを置いて怒涛のお喋りをし始めないでやってくれねぇかな。
ほらもう、ステラってば固まっちまったよ。わかるぞー、オレもちょっとこの勢いにはビビっちまうもん。
話に花が咲いたとはまさにこのことのようで、物忘れの話から隣に住む呆けた爺さんの話へと会話を弾ませるご婦人方。
まぁ、必要な情報は話してくれたし、これ以上聞いてても知らない爺さんの個人情報が頭に入るだけだからな。
とりあえずこの場を離れようと、口を挟む間も無く繰り広げられる会話にオロオロとしているステラへ、ちょいちょいと腕を突いてこちらへ意識を向けさせた。
「適当に礼を言って逃げちまえ、な?」
「う、うん……」
ご婦人方はすっかり自分達の会話に夢中のようだから気にしなくても良さそうだが、念のため魔法を使ってステラにだけ声を届ける。
きっとステラも居心地の悪さは感じていたんだろう。
ソワソワとしながらご婦人方の様子を窺い、少し間が開いた瞬間を狙ってステラが声を張り上げた。
「あの! ありがとうございました……!」
「あ、ごめんなさいね! おばさん達すっかり話し込んじゃったわ!」
「おばさん達ってばすぐに会話が弾んじゃうから駄目よねぇ。
お嬢ちゃん、気を付けていくのよ。何かあったらすぐ周りの人に言いなさいね」
「は、はい、失礼します……」
ステラが小走りで離れてすぐ、再び花が咲いたんだろう。
今度の話題は最近開発された家事魔道具についてのようで、離れている最中にも関わらずケラケラと楽し気な笑い声が聞こえてきて、思わず笑ってしまった。
こう、おばさまってすげぇよなぁ……オレ、聞いてるだけなのになんだか疲れちまったや。




