初めての魔法
オレとステラが出会ってから、早いもので数日。
ぬいぐるみとお姫様の共同生活は、お互い慣れない事ばかりで何かと大変ではあるものの、なんだかんだ上手くやれている。
ちょくちょくやらかしてはいるけどなー。火加減を間違えて料理を焦がしちまったり、洗剤の量を間違えて泡まみれになったり。
とはいえ、そんな失敗もステラにとっては大きな経験になるはずだ。
実際失敗から学んだのか、目玉焼きを焦がすことはなくなっている。
何なら半熟も硬めも両面焼きも蒸し焼きもできるようになっているぐらいだ。目玉焼きに関してはもう完璧でしょ。
まだ危なっかしさはあるが、料理も洗濯もできている。
となると、そろそろ魔法を教えても良い頃合いだろう。
そう決めたオレは、洗濯がひと段落ついたところで、ステラを屋敷の外へと引っ張り出した。
「どこ行くの」
「なぁに、ちょいと広い場所に行くだけさ」
隔離されている王女だが、屋敷から離れ過ぎなければ良いのか。
ステラの手を引いて屋敷の周囲を囲う木々の方へ近寄っているというのに、誰かさん達は相変わらず姿を見せようとしない。
そもそも動く気配すらないものだから、何だか拍子抜けだ。邪魔されないならそれで良いんだけどさぁ。
流石にこの森だか林だかを越えようとすれば動くだろうか。
試してみたい気もするが、それで教える時間が無くなったら面倒だなと踏み止まり、オレはステラへと振り返った。
「さてステラ、今日からお前さんに魔法を教えようと思う」
「魔法……? なんで?」
「使えたら便利ってのもあるが、何よりステラのためだな」
繋いだままの手を伝い、初めて会った時と同じように魔力を通わせて、再び自分達の繋がりを可視化させる。
光に目立った変化はないものの、あれから時間が経っているからだろう。
繋がりが少しずつ互いに馴染んできているのを感じる。
ま、出会ってからずっと一緒にいるからな。そりゃあ繋がりだって強くなるってもんだ。
この様子なら、互いに承認しない限り繋がりは解けないはず。
魔法を練習している際に、誤って繋がりを消してしまうなんてことは起きないだろう。
それでも念のため魔法で軽く保護を掛けておき、オレは改めてステラを見上げた。
「実はな、オレをこのぬいぐるみに結び付けたのはステラの魔法なんだ。
お前さんは無意識だったろうが、魔法で彷徨う魂を招き入れ、このぬいぐるみっつー器に宿しちまったんだよ」
「わたしが、魔法で……?」
「そ。今回はオレだったから良かったものの、もし悪い奴を招いちまったら大変だろ?
だから自分で魔法を制御できるぐらいにはなった方が良いと思ってな」
そうだろうとは思っていたが、やはり自分が魔法を使った自覚なんて欠片も無かったんだろう。
オレの言葉を聞いたステラは瞬きを繰り返し、オレから手を離す。
そして自分の手を見つめてしばらく考え込んだ後、ゆっくりとこちらへ視線を向けてきた。
「……ロアは悪い人?」
「オレほど良い人はあんまりいないと思うぞー」
どうやらステラが気になるのはそこらしい。
不思議そうに首を傾げるステラに、つい苦笑いしながらそう答えた。
あのね、オレが悪い奴だったらお前さんに料理やら洗濯やら教えてないっての。
しかも他に気になるところはないのか、ステラはそれ以上何も聞かずにただこちらをじっと見つめてくる。
危機感を持つためにも、もうちょい色んな事を気にして欲しい気もするが……まぁ良いや。
「まずは魔力を操るところから始めるか。
ステラは魔力について何か知ってることはあるか?」
「知らない」
「んー、まぁ、魔力ってのは『人知を超えた不思議な力』だと思っていれば良いさ。
昔は魔力を操れる存在なんて居なかったんだが、魔力がこの世界に結び付いてから長い時を経た結果、今じゃ誰しもが持つ力になったらしくてな。
魔力を操れるようになれば、何も無い所で火を作り出したり水を作り出したり、とにかく色んな事ができるようになるんだ」
「……そうなんだ」
抽象的な説明になったのは許して欲しい。
なんせ魔力は操ることはできても、解明できる者なんて存在しない力だ。
だからこそオレなりの説明をしてみたのだが、ステラには少し難しかったか。
理解しているのかしていないのかわからない顔で頷くステラに、オレはポリポリと頭を掻いた。
「とにかくだ、こういうのは実践が一番だからさ。
今回はオレが魔力を引き出してやるから、まずは魔力を認識するところから始めるぞ」
手っ取り早く教えるためにも、改めて手を繋ぐべくステラへ手を差し出す。
別に触れていなくても魔力を引き出せはするが、触れている方が安定させやすいからな。
だから手を繋ぎたいのだが、オレの意図が伝わらないのか、パチパチと瞬きをしているステラに、催促するように手を動かす。
ほれほれ、別に痛いことなんてしないから、大人しく手を乗せなー。
フワフワなぬいぐるみの手をひらひらとちらつかせること数回。
戸惑いがちに手を乗せてくれたステラとしっかり手を繋ぎ、オレは魔力を操りステラの奥に眠る魔力に触れる。
流石はオレを呼び寄せただけあって魔力の相性が良いようで、すぐさま吸い付くようにオレの魔力と結び付いた清らかな魔力を引き上げた。
「今のは……?」
「お、何か感じ取れたか?」
「ん……なにか、温かいのがある」
「それが魔力だ。補助してやるから、そいつに意識を向けて指先に集めるよう自分で操ってみな」
「わ、わかった」
魔力の動きを違和感として感じ取ったか、反応を示すステラを次の段階へと導く。
今まで魔力を感じたことが無かったのなら、まだ操るのは難しいかもしれないと思っていたが、上手いことコツを掴めたらしい。
ステラはすぐに拙いながらも魔力を操り始め、オレの指示通り指先へと集めていく。
いやー、いくらオレが補助してるとはいえ、こんだけすんなりいくとは思ってなかったわ。
ま、無意識にオレを捕まえるぐらいだし、当然っちゃ当然か。
この様子なら、すぐに魔法も使えるようになりそうだ。
徐々に補助を弱めていっても変わらず魔力を操れているステラの集中を遮らないよう、声を押さえて語りかけた。
「いいか、魔法に大事なのは祈りと願いだ。祈りと願いが奇跡を形作る。それが魔法なんだ。
お前さんに力を貸してくれる魔力へ強く願え。強く想え。
そうすりゃ魔力がお前さんに応えて奇跡を起こしてくれるのさ」
「奇跡を起こす……?」
「ま、物は試しにやってみようぜ」
急に奇跡だなんて言われても、想像もつかないんだろう。
ならば見せてやるだけだと、繋いだ手はそのままに、空いている手を宙に向ける。
そして何も無い空中に水の球を作ってみせれば、ステラから小さく息を呑む音が聞こえた。
「こんな感じで、魔力を操りながら水の球が浮かんでる光景を強く思い浮かべてみるんだ。できるか?」
「……やってみる」
一番簡単だろう魔法にしてみたが、どうだろうか。
オレの言葉を聞きながら、水の球をジーっと見つめていたステラが手を宙へと向ける。
そして魔力が動いた瞬間、何も無かった空間に、オレのと全く同じ水の球が現れた。
「おー! 一発でできるなんてすげぇじゃねぇか!」
「そうなの?」
驚くオレを他所に、普段と変わらない様子で水の球を宙に浮かばせているステラ。
特に疲労を感じている様子も無く、随分と余裕そうだ。
初めてだし、ほとんど補助もしてないから失敗すると思ったんだがな。こりゃあ教え甲斐があるってもんだ。
「そんじゃあ次は同じ要領で火の球とか作ってみるか」
「火の球……」
これだけすんなりできるのなら、似たような魔法はすぐにできるはず。
そう今度は火の球を作ってみるよう促したが、何故か上手くできないらしい。
何も現れない空中を前に、ステラは眉を下げて首を傾げている。
オレが視たところ魔力の相性が悪いとかではなさそうなんだが、どこで躓いちまったのかねぇ?
何度挑戦してもうんともすんともいかないようで、ステラが無言でこちらを見てくる。
魔力の流れも問題無いし、込めてる魔力の量も問題無いし、一体何が原因なのか。
とりあえず見本を見せてやるかとオレも火の球を作ってみせれば、次の瞬間、ステラの前に火の球が現れていた。おんやぁ?
「できた……」
「んー、もしかしたらステラは目が良いのかもなぁ」
恐らく見た光景を模倣するのはできるが、見たことのない光景を想像するのが苦手といったところか。
魔力を操る才能は目を瞠るものがあるが、こればかりは屋敷に隔離されていたのが原因だろう。
祈るにしろ願うにしろ、元となる心や精神が必要不可欠だ。
だがステラは幼い頃から隔離され、関わる人間も限られていたため、心や精神が育ち切ってないとしても無理はない。
となると、魔法に慣れるのもだが、色んな事を経験していくのも必要そうだな。
このぬいぐるみの体でどこまで世界を見せてやれるかわからないが、できることはしてやりたいものだ。
やっとできた火の球に、心なしか目を輝かせているように見えるステラを眺めながら、オレはポリポリと頭を掻いた。




